水神の花嫁

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「おいおい……何だ?
 まるでこの世の終わりみたいな顔して」

 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして、卓郎があっけらかんと言葉をかけるが、それに冗談を返す余裕もない伸子はほろりと涙を浮かべてしまった。
 玄関先で靴を脱いでいた3人が、ギョッとして身を固くする。

 泣き崩れそうになる伸子を宥め、何とか居間に座らせると、ぽつりぽつりと話し出した。
 徐々に常識では考えられない、非現実的な事を口にしだす様子に、勝則と麻砂子は心配しながらも首を捻っているが、伸子と共に小縁村で暮らす卓郎は、恐ろしいほど真剣な表情になっていた。

「その、足首のは泥でも何でもないんだな?」
「何度も拭いてみたんだよ……だけど…」

 重苦しい空気を払拭しようとするかのように、勝則が声を出した。

「姉さん、新手のドッキリとかか?
 だけど、冗談もほどほどにしてくれよ。
 昨晩も怯えてたし、洒落になんないって……。流石に姉さん相手でも怒るよ?」

 明るく言おうとしているが、その声には不信感や狼狽が混じる。

「そ、そうですよ…。
 変な事言わないで下さい。愛子に神様の印? そんな訳ないじゃないですか…。
 あの子はずっと町で暮らしてて、此処へも数年ぶりで……それ以前だって長期休暇に数日だけだったでしょう?
 それなのに…あ…ありえないわ……」

 麻砂子も必死に平静を保とうとするが、怒っているような顔からは恐怖が覗き見える。
 しかし冗談だと捨て置く気にはなれず、伸子の言う愛子の足首に浮かんだ、痣の様なモノを確認しに向かう事になった。

「女の子の素足覗くなんて、申し訳ないが、確認しない事には始まらんしな…」

 卓郎の言葉で、大人4人がぞろぞろと、だけど足音を顰めるようにして愛子の眠る部屋へ向かう。
 様子を窺うと、ぐっすりと眠っているようだ。
 薬も効いたのか、熱も下がっているようで、残っていたとしても微熱だろう。

 『ごめんね』と呟きながら麻砂子がそろそろと布団の足元を捲った。

「「「「 !! 」」」」

 大人達が一斉に息を飲む。
 見つめる先には、愛子の足首に絡み付く様に、真っ黒な細い印がくっきりと浮かび上がっていた。


 誰もが声を出せないまま、居間に戻る。

「………これ見てから、どうしても気になって仕方なくてねぇ…あんた、何かわかんない?」

 タオルに回収したままになっていた、真っ黒な植物を見つめる卓郎が、苦り切った顔で溜息を零した。
 そして伸子が神社の蔵から持ち帰った物に手を伸ばす。
 細長い箱を手に取り蓋を開けた。

「麻砂子さんは……わからんが、伸子も、かっちゃんも知ってるように、湖神様はこの村の守り神さんで、優しい神さんだと伝えられてる…。
 顔役がずっと引き継いでる神事も、薄ら昏いとか、血生臭いなんて事は、全然ない。
 ただ静かなんが好きみたいで、用もないのに近づく事はするなってだけなんだ。

 伝えられてる話も、別に隠すようなモンじゃない。
 湖に落ちた子供を助けてくれたとか、この村に祝い事があったら、木の実とか魚を夜の間に持ってきてくれたとか……そんなんばっかりで、悪い、怖い神さんじゃない。

 それでもやっぱり、神さんは神さんだから、何か伝えようとするときには『印』を使うらしい。
 以前は居たらしい巫女さんとかに出る…って話だけど。
 ……まぁ、俺も父親とかから聞かされただけだし、本当かどうかなんてわからん……あ~、いや、迷信だって思ってたし、今でも……すまん、今はそんな事を言ってる場合じゃなかったな…。
 確か…良い事が起こる時は緑色の印が浮かんで、凶作とか良くない事が起こる時は赤い印が浮かぶ」

 其処まで話して、その先を言い淀む卓郎に、伸子が訊ねた。

「じゃあ真っ黒な印は…?
 あれは湖神様の印で間違いないって事……なんよ、ね?
 だったら黒は何の印なのよ…」

 口をへの字に引き結び、卓郎は黙り込んだままだ。

 そんな卓郎に、勝則も麻砂子も教えて欲しいと頼み込む。
 はぁと殊更大きな吐息をついてから、卓郎は項垂れてからブルンと首を一振りした。

「……黒いんは……怒らせた…。
 神様が怒ってるって印だと……教えられた…」




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