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3章 フラグはへし折るもの、いえ、粉砕するもの
1
今日もエリューシアは訓練場に立っていた。
しかし訓練内容は変更が加わり、今は魔法訓練の後、身体訓練も追加されている。
とはいえ残念ながら剣技他にあまり適性はなかった事が判明してしまった。
こういうのもセンスと言うか、生まれもっての才能と言うのが必要だとはわかっているので、無理のない範囲で、少しでも上達すれば御の字としている。
それに身体技に頼らずとも、エリューシアには魔法という攻撃、防御ともに過剰な手段があるし、過日、一人の悪ガキの所業によって発動が確認された精霊防御と精霊カウンターがある。
これが存外強かった。
検証してわかったが、これらはエリューシアが全く意識せずとも発動する。しかも100%で。その上全方向と言う徹底ぶりだ。
何しろ精霊達が勝手にやっているのだ、そこにエリューシアの意志や技量は影響しない。
正直本人としても、こんな力があったなら、作品内で誘拐なんてされなかったのでは? と疑問が出てくるのだが、誘拐時点で発動に至っていなかったとしたなら、あの結果になったとしても不思議ではない。
悪ガキに感謝するのは業腹だが、あれが切っ掛けで発動に至れたと言うなら、ほんの少しだけ感謝してやっても良いのだが、実は全くもって感謝できない一件だった。
あの後話を聞いて判明した事は、問題アリアリのゴネール子爵父子だが、代官としての務めは最低限果たしており、横領などの明確な咎も、またその証拠もなく解任するのも難しかったそうだ。
彼の子爵について上がってきた苦情は概ね女性問題。
この世界、女性の地位が低すぎる。
女性が所有物とか、ほんとあり得ないの一言に尽きるが、前世でも歴史上そう言う考えがあった事は良く知られている事だ。
世界が変われど、人間と言う生き物に変わりはないという事なのかもしれない。
エリューシア的には問題アリならさっさと解任するなり追放するなりしろよと思ってしまったが、外部からはわからない柵なんかもあったのだろう。その辺は残念だが他家が口出しできるものではない。
あの時、メメッタス伯爵領の被災地、丁度ゴネール子爵の管轄地域なのだが、そこに伯爵夫人と嫡男スコット令息の婚約者も手伝いに訪れていたため、女性にだらしないゴネール子爵を置いておけなかったと言っていた。
子の方も暴れん坊で落ち着きがなく、目が離せないからと仕方なく妹君も同行させたと言う話だった。
今回公爵家でやらかしてくれたおかげで、やっと解任できそうだと感謝されたが、巻き込まれた公爵家側は憤慨しかない。特に、エリューシアの防御とカウンターが発動したおかげで事なきを得たが、後から確認した所、発動がなければ悪ガキが放り投げた石はエリューシアか、アイシアに当たっていただろうとの事だった。
後程エリューシアがクソガキの身柄を寄越せと、父アーネストに詰め寄った事は言うまでもない。
そして現在、訓練場に立つエリューシアはスクワットに励んでいた。
身体技は適正も才能もなく、魔法に関しては既に本日の訓練を終えている。精霊防御とカウンターについては、訓練のしようもないので放置一択。
なので基礎体力作りに励んでいるのだが、同じく訓練場の一角で訓練していたアイシアが、満面の笑みと共に近づいてきた。
「エルル、少し休憩にしましょう?」
「はい! お姉様!!」
アイシアからの誘いを断ると言う選択肢は、エリューシアにはない。いっそ清々しい程に欠片もない。
あっさりと訓練を放棄し布で汗を拭くと、待ってくれているアイシアの方へ駆け寄った。
脇で控えていた、アイシアの専属メイドであるヘルガが、既にお茶の準備をしている。
地下の訓練場なので風景は最悪だが、アイシアがいるだけで天国気分になれるので問題はない。
引いてくれた椅子に座り、広がるお茶の豊かな香りにホッと息を吐けば、アイシアがじっと見つめて来る事に気付いた。
「シアお姉様…?」
不思議に思って首を傾けると、アイシアはふっと一瞬困ったような笑みを浮かべる。
「エルル、どうしても作るのは嫌なの?」
エリューシアもこの冬で5歳になる。まだ少し間はあるのだが、ドレスの注文などは早めにしておかなければならない。しかしエリューシアは注文する必要はないと言ってきかないのだ。
まぁ前世持ち…しかもそこそこ良い年齢だった経験がある身ならではなのかもしれないが、子供の成長と言うのは本当に早い。領内の経済を回すためとはいえ、たった一度着るか着ないかの衣装に、莫大なお金をかけるのは、どうしても抵抗があるのだ。
「嫌と言うか……勿体ないではありませんか…」
「ふふ、また出たわね、エルルの『勿体ない』が」
「むぅ……」
アイシアも分からないではないのだ。実際自分の時はドレスもアクセサリーもオーダー品だったが、ドレスの方はお披露目の時に一度着ただけで、すぐサイズが合わなくなった。
それが高位貴族と言うものだと言って憚らない者もいるし、それを否定する気もないのだが、エリューシアの気持ちも分かってしまう。だからこその苦笑なのだが、ずっとドレスもアクセサリーも自分のお下がりしか持っていない妹を、着飾らせたいと言う気持ちは膨れ上がる一方なのだ。
父母も使用人達もそう望んでいるのだが、これまで皆エリューシアの『勿体ない』防御の前に撃沈している。
そしてとうとう、今日アイシアと言う真打登場だ。
アイシアがエリューシアの牙城を崩せなければ、この話はそこまでとなってしまう。邸一同の願いを背負って、訓練後なら少しは気が緩まないかと持ち掛けたが、なかなか手強い。
「そうね、ドレスの方は一度置いておくとして、アクセサリーはオーダーでも良いでしょう?」
「それも勿体ないと思っています。子供用の宝飾品にお金をかけるなら、その分インフラ……じゃなく、街道の整備とかにお金を回した方が有意義だと思うのですが」
「5歳のお披露目会に公爵家があまり貧相な事も出来ないのはわかってるわよね?」
「それは……はい…」
「お父様やお母様に恥をかかせるわけにはいかないわ、そうでしょう?」
「ぅぅ…」
お金が絡むと妹が頑固になるのはわかっているし、散財しないのは美点の一つだとも思うが、ここはアイシアとしても折れる訳にはいかない。皆の期待と願いを背負っているのだ。何としてもエリューシアの可愛さに負ける訳にはいかない。
妹が妹なら、姉も姉で、エリューシアが我儘を言ってくれたら、全力で叶えに走る自信しかない。
淡く発光するパールシルバーの髪はさらさらで、何時までも撫でて居たくなるし、父譲りの鋭さはあるが大きな精霊眼は、恍惚としてしまう程に美しい。それだけでなく性格も行動も洗練されていて、これで妹愛が炸裂しないはずがないだろうと、心底思っている。
とはいえ何年もエリューシアの姉をしている訳ではない。妹の弱点は把握しているのだ。エリューシアから涙目でお願いされたら負ける自信しかないので、先手を打たせてもらう。
カップをソーサーに戻し、アイシアは少し前のめりに胸の前で両手を組む。
「ぅ……」
そして僅かに眉尻を下げ、さらりと深青の髪が揺れる程度に首を傾けて、じっと見つめる。
「ぅぅ……」
後はダメ押しで…。
「エルル、ね? お願い」
「は、はひぃぃぃぃぃ!!」
宝飾品戦、アイシア完全勝利。
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