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3章 フラグはへし折るもの、いえ、粉砕するもの
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どうにも沈んだ空気のまま、既に本日のメニューもほぼ終盤で、今は夕食前の勉強時間に、敷地内に設えられた図書館を訪れている。
ラステリノーア公爵家は代々勤勉なのか、邸内の一室に収まりきらないほどの蔵書があり、今もそれは増える一方なので、本邸の近くに図書館が建てられている。
父アーネストもそれから外れなかったようで、現在も新刊が出れば手に入る物ならば、それなりに入手されている。中には平民に流行している人形劇の原典等もあり、難しい専門書ばかりではない。
図書館には司書が1人雇われており、一部その彼の好みが反映されているのだろう。一部とはいえ入手する書物の選別に自由権を与えているのは、信頼されている証拠なのかもしれない。
彼も長く公爵家に勤めてくれている人物で、あちこちで情報を拾ってきてくれるメイドのノナリーの兄である。
彼はいつも静かに蔵書の整理や修理をしてくれている。
おかげで館内はひっそりと静まり返りながらも、穏やかな空気に満ちていて、とても居心地が良い。
そんな中エリューシアが頁を捲る音が時折している。
現在読んでいるのはここ最近の王家にまつわる話を集めた物と、過去の貴族名鑑だ。
(いくら本を読んでも結局は表面的な事しか書かれていないのよね……まぁ、あまり踏み込んだ事を書くわけにもいかないか)
エリューシアは何故『王家』と聞くと、家族のテンションがあれほど下がるのか、ずっと気になっているのだ。
エリューシアが『王家』を忌避するのはわかる。何故なら前世の『マジない』の記憶があるのだから当然だろう。
最推し令嬢アイシア様を酷い目にあわせたのは『王太子クリス王子』を筆頭に、その側近たち。そしてそんな彼らを野放しにした『王家』と彼らの『生家』だ。
まぁ、ぶっちゃけ民衆も碌なもんじゃないと思っている。
彼らは支配階層から齎される情報に踊らされただけかもしれない。しかし、ゲーム中でもアイシアが王都だけでなく、各地に『馬鹿リス王子達に代わって』視察に向かい、そのレポートを上げている様子が描かれていたのだ。
その報告を握りつぶしたのかどうしたのかはわからないが、各地の問題点は改善される事なく不満へと繫がり、それが何故だかアイシアのせいにされる始末だ。
理解に苦しむどころの騒ぎではない。
はっきり言えばあり得ない。
まぁ、乙女ゲームにそんな政治的な話は不要だったのかもしれないが、無理があるにも程があるだろう。
本当に許し難い……っと、つい熱くなってしまった。
前世のゲームは兎も角、今はエリューシアにとってこの世界が現実だ。ならば少しは筋の通った話なのではないかと、こうして図書館に訪れたわけなのだが…。
(うん、まぁ現王がやらかしてたのはわかった。
現リッテルセン王も馬鹿リス王子と同じく、婚約破棄なんて馬鹿げた事をしていた。そして前ヒロイン…と言っても良いか、その彼女が現王妃だ。
現王の元々の婚約者だった公爵令嬢は、現在王弟殿下の妻となっている。
確かにこの事実だけでも眉を顰めるのに十分とも言えるけど、なんだか皆の反応はそれだけで済んでない気がするのよね……文書じゃ為人なんてよくわからないし……って、そうだ、新聞とかゴシップ誌とか…って、そうだった、まだないんだったわね……ぐぬぬ)
無意識にイラつきが出てしまったらしく、机を爪で小刻みに叩いていたようで、司書が少し心配そうに近づいてきた。
「エリューシアお嬢様、如何なさいましたか?」
「!!……ぁ、ヘンドル……ごめんなさい、もしかして邪魔してしまってたかしら…」
「ホッホ、お嬢様には珍しくイラついておられたようなので」
そこまで聞いて、社畜時代の癖がまた出ていた事に思い至った。
「ごめんなさい、机叩いちゃってた? 煩かったわよね…本当にごめんなさい」
「お気になさいますな、そんな時もございます。
しかしイラつきの原因が何かわからないことがあるという事でしたら、儂でもお役に立てるかもしれません故、こうして参りました次第」
ヘンドルと言う名の髪に白いものが混じる男性の柔和な微笑みに、エリューシアが項垂れる。
「………」
正直詰んでいる。自分はまだ外に出られないし、情報を集める手段もない。精霊とおしゃべりができるのなら兎も角、薄っすらと想いが流れ込んでくる程度では話にならない。以前精霊防御が発動した時には強い想いが流れ込んできたが、だからといって会話が成り立つわけではない。
一応アーネストに聞いては見たのだ。
しかし返ってきたのは困ったような表情と沈黙。
まぁわからないではない。邸内は信用のおける者達が殆どだとは言え、前世でもあったように『壁に耳あり障子にメアリー……目あり』だ。王家絡みの話を不用意にすることはできないのだろう。
それが褒めちぎるような内容でないなら尚更だ。
だからこうして活字に活路を求めてやってきたわけだが、分かった事と言えば単なる血筋の話で、それも単純にそのままを記載しているに過ぎない。
その時にあったであろう問題などについては、何も書き残されてはいないのだ。
父親でも濁すようなことを、ただの司書でしかないヘンドルに聞いて良いものかと、エリューシアは悩み項垂れたまま固まっていた。
「お嬢様、この図書館には色々な仕掛けが施されているのを御存じですかな?」
思いもよらない話題転換に、エリューシアが顔を上げて首を傾がせた。
「仕掛け?」
「えぇ、人のいない所は照明が勝手に消えるだとか、前に立てば梯子が勝手に降りてくるだとか、色々ございます」
「まぁ、知らなかったわ。それって魔具か何かなの?」
エリューシアの反応に、ヘンドルが笑みを深め、ふっと悪戯っ子のようにニヤリと口角を上げる。
「えぇ、魔具もございます。他には防音。あと遮音の仕掛けも施されているのです。内緒話にはうってつけでございましょう?」
ピッと人差し指を真っ直ぐに立てて、ぎこちないウィンクまでして見せるヘンドルに、ふっと笑みが浮かぶと同時に、肩の力が抜けた。
「えっと……ヘンドルに迷惑をかけたいわけじゃないの…だから、聞いたり話したりしてはダメな事なら、忘れてくれる?」
「ホッホ、お約束しましょう」
ヘンドルはエリューシアの隣に椅子を持ってきて座る。
「あのね、お父様もお母様もお姉様も……ううん、邸の皆、王家って聞くと、とても嫌そうにするの。
それがどうしてなのかなって……血筋の問題があったみたいなのは読み取れたけど、それだけじゃ説明が出来ない気がして」
「ふむ。なるほど。いや、感服いたしましたぞ。流石お嬢様ですな。
……しかし王家ですか……どこまでお話ししたものですかな…。
我らがリッテルセン王国の現王陛下がホックス様で、ホックス様の妃陛下がミナリー様とだと言うのは…」
「えぇ、それはわかってるわ。
そしてホックス王陛下が妃として迎えたミナリー様は子爵令嬢だという事も、過去の貴族名鑑を見て確認したわ。
だから書かれてはいないけど、いろいろと問題があったのではないかなって思ってるのだけど……」
「そこが知りたいのですな?」
「そこがと言うか、そこだけじゃなくてもっと知らなくてはならないと思ってるけど……王家の求心力は下がってる…のでは、ない?」
エリューシアの呟くような言葉に、ヘンドルが微かに目を見開いた。
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