157 / 157
5章 不公平の傍らで
57
あれから暫く経った―――いや、もしかすると随分経ったと言う方が正しいのかもしれない……。
扉をノックする。
中からの返事はないが、目覚めているらしい気配はするので、そっと開いて中へ入った。見れば室内は片付けの途中と言った感じで、恐らくもう少しすれば誰か戻って来るだろう。
そう思って扉は開け放しておく。
目指す人物は薄く目を開け、顔をこちらに向けていた。
嬉し気に目を細めてくれるのが、とても嬉しい。
「伯父様、おはようございます」
そう、父アーネストの兄で、エリューシアにとっては伯父にあたるフロンタールだ。
あの事件の後、少ししてエリューシアは前倒しでの卒業を決めた。
何の憂いもなくなった後は卒業して家も出るつもりだったが、アイシアの婚約話他もあり、そうもいかなくなった。
もう姉アイシアを脅かす影はなく、カーナを始めとして彼女に友人も徐々に増えて行き、そこも決断する切っ掛けとなった。
勿論暫くは警戒していた。
しかしフラネアとコダッツの刑が執行され、少しずつ…誰からも記憶が薄れかけ始めたように感じ、エリューシアは領地に戻る事にしたのだ。
誰から記憶が薄れても良い、だけど自分だけはそう出来なかった…否、したくなかった。
自分が抗った事が間違っていたとは思っていない。だけど結果としてフラネアを追い詰め、逃げ場のなかったコダッツにも罪人の肩書を与えてしまった。
そこを自分で否定出来なかった。
何よりクリストファとフィンランディアと言う犠牲が、エリューシアには重かった。
「……ぅ、ぁ……ぁ、ぁ」
10年以上寝たきりだった伯父は、宰相の失脚と王家への調査開始と共に、中央治療院から連れ出す許可がやっと下りた。
エリューシアは、卒業と同時に伯父を領地へ連れ帰る事にしたのだ。このまま治療院で治療を続けるより、エリューシアが光魔法を行使した方が回復するのではないかと思ったから……。
そしてそれは正解だった。
領地へ戻り、離れに伯父の部屋を設け、毎日光魔法による治癒を続けていると、ずっとピクリとも動かなかった伯父の瞼が開いたのだ。
これにはアーネストやセシリアも大喜びで、その日は大宴会となった。
王都で学院生をしていた頃は、短時間の面会が許されるだけで、監視もついていたし、傍に近寄る事も難しく、正直どんな治療を受けているのか不安であったが、末端で働く魔法治療師達は、思った以上に手厚くしてくれていたらしい。それが功を奏したのだろうと思っている。
寝たきりだった事による運動能力の低下も最低限で済み、今は発声等も含めて日々リハビリに励んでいる。
「お嬢様、すみません!」
開け放っていた扉から、大きな盥を抱えた青年が入ってきた。
彼は中央治療院で魔法治療師として働いていた青年で、働きだして直ぐ伯父の担当となったらしく、領地への帰還にも、中央治療院を辞めてまでついて来てくれた。
「毎日ありがとう」
「うえぇ! そそそ、そんな…お嬢様、お止め下さいってッ!」
エリューシアが感謝の会釈をすると慌てるのが少しおかしく、朝から小さく笑ってしまう。伯父も楽しそうに目を細めている。
「今日もお願いね。
あぁ、朝食はまだでしょう? 今日は確か伯父様と貴方の大好きな物もあったはずだわ。楽しみにしてて。
それとこれ、御実家からかしらね」
エリューシアは手に持っていた沢山の封筒の中から1通取り出し、魔法治療師に手渡した。
「あ、ありがとうございます!」
「返事が書けたら何時ものように、ね?
それじゃ伯父様、また後できますね」
エリューシアは伯父の部屋を辞し、同じ離棟の2階を目指す。
この離棟にもエリューシアの部屋があり、最近はもっぱらこちらで寝起きしている。
自室の前を通り過ぎる。
すぐ隣の扉をノックした。
返事はない…。
返事がない事等、わかり切っているがそれでも毎回ノックする。
「おはよう…」
薄暗い室内を進み、窓にかかったカーテンを開けば、朝の眩しい光が室内の空気を浄化してくれる気分になる。
「今日も良いお天気よ」
大きなベッドに近づく。
そこに横たわるのは……クリストファだ。
彼はあれ以来一度も目覚めていない。
動かず、呼吸もしてない……だけど…。
そっとシーツの上に組んだ彼の手を取る。
――温かい…。
診てくれた誰もが口を揃える。
―――考えられない。
―――不思議だ…いや、奇跡だ。
―――呼吸も鼓動もないのに、確かに生きている、と
だから伯父を連れ帰る時に、クリストファも連れて行きたいと、ベルモール家に手紙を送った。
返事は直ぐにきた。
クリストファの母、シャーロットが直接持ってきた。
転移紋が必要になるかもしれないと、やってきてくれたのだ。エリューシア自身が転移を使えるので、必要ないと言えばそうなのだが、気持ちを無下にしたくなくて、伯父含めて転移紋を有難く使わせて貰った。
シャーロット自身はその後離婚。
現在は修道院に入っていて、そこを終の棲家とするつもりのようだ。
「今日も手紙が沢山届いてるわ」
ベッドの端に腰を下ろして、クリストファの寝顔を覗き込む。
「これは貴方宛よ。
シャーロット様からだわ。こっちはシャネッタ様。
きっとあれね……王と王妃、王太后も皆幽閉に決まったからだわ」
バルクリスの協力の元、王家の不都合は公にされた。
幽閉として発表後、そのうち病死にでもされるだろう。
民達は動揺したものの、ベルモール家が先頭に立って抑え、現在はある意味王不在となっている。
王弟リムジールが暫定的に王位に就くかとも思われたが、これはシャーロット夫人や他貴族達による反対で実現しなかった。
ならば元王女カタリナをと言う声も上がったが、本人があっさり拒否をし、途方に暮れていた所、ずっと消息不明だった公爵家の当主が仮の代表として立ってくれたのだ。
何とも驚いたが、雑貨屋の店主スヴァンダット老人が、過去凍結されていたソドルセン公爵家の行方不明となっていた嫡男だったのだ。
これを機にソドルセン公爵家も復活し、ラステリノーアも含む(逃げられなかったらしい)各公爵家主導による暫定中央として落ち着いた。
おかげでアーネストはぶつぶつ文句を言いながら、ほんのちょっぴりだけ王都に行く機会が増えていた。
「こっちは馬鹿リ……ぁ、バルクリス様からだわ。また早く目覚めて代わってくれって言う手紙ね。
そうそう、メルリナったらまた卒業前倒しに失敗したんですって。
結局普通に卒業って事になりそう」
学院生で居られる時間等短いモノなのだから、急いで卒業をする必要はないと思う。
だから今はまだ、アイシアは勿論、ヘルガもオルガもメルリナも王都に居る。
エリューシアと共に領地へ足を向けたのは、伯父フロンタールとその魔法治療師、アッシュとジョイにセヴァン、何故かギリアンもついて来てしまった。後はグラストンでクリストファ付きだったメイドのニーナとシディルもラステリノーア公爵家で雇う事になった。そしてクリストファ……。
手紙を脇に退け、エリューシアは唇を噛みしめた。
今日の治療をしなければ…と光の魔力を流し込む。
今日も動かない…。
何の変化もない…。
「もう、起きてくれないと、私の方が年上になっちゃうわよ?
もしかしたら御婆ちゃんにだって……。
………
……………お願いよ…目を覚ましてよ…」
エリューシアはクリストファの手を握ったまま、顔を伏せる。
声もなく肩が揺れ、雫が1つ、シーツに零れ落ちた。
「……ごめんなさい。
また後で来るわ」
エリューシアが手を離そうとする。
「………………ェ……」
掠れた音を耳が拾い上げた気がした。
『まさか、ね』と、期待する事を恐れて否定する。
だって期待してしまったら、そうじゃなかった時に負うダメージが一際大きくなってしまう。
だから期待しない…信じない……きっと空耳……。
そう思い込もうとしているのに、今度はシーツが微かに音を立てる。
自分のドレスがきっと擦れた音だ、そう思いたいのに、どうしても頭を擡げる期待が、視線をクリストファに向けようとする。
黄金色……。
以前とは違って、宝石のような煌めきが見える…だけど確かに黄金色と見つめ合う。
「…リュ……ア……」
「!!」
起きたばかりの病人……いや、病人と言うのは違うかもしれないが、確かに弱っているはずの人物に、勢いよく抱きついた。
「お……おそ、よう……寝坊が、過ぎるわ……」
まだ動きが緩慢で、思うように動けない彼はエリューシアにされるがまま、甘んじて揉みくちゃにされてくれる。
細やかなそんな事が本当に嬉しい。
「今日は、大宴会ね…知らせてくるわ」
身を翻そうとするエリューシアの手を、目覚めたばかりのクリストファが離さない。
それさえも嬉しいのだから、どうしようもない。
クリストファが目覚めたなら、この先王位の話やら色々と舞い込んでくるだろう。その話を聞かされた時には固まってしまったが、何にせよ全て、今は後回しだ。
エリューシアは手を繋いだままベッド端に座り直し、窓から空を見上げる。
空に思い描いたのはイヴサリアかフィンランディアか…それともアマリアか……わからないが、その表情はとても穏やかだった。
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
長く……本当に長くお付き合い下さり、ありがとうございました!
今話を以て完結となります。
過去に書いたものを、そのまま投下するだけではありましたが、改めて自分の文章能力のなさ、表現力のなさに打ちひしがれております(苦笑)
それでも読み続けて下さった皆様、本当にありがとうございました。
皆様のおかげで完結までアップする事が出来ました。
重ねて、ここまでお読みくださり、本当にありがとうございました<(_ _)>
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(12件)
あなたにおすすめの小説
【完結!】国外追放された公爵令嬢は静かにやり直す――戦えば最強、そして勇者は彼女を離さない
雨音 休
ファンタジー
王国に捨てられた令嬢は、王国の魔法より強かった。
婚約破棄。国外追放。
すべてを失った公爵令嬢ノクティア。
彼女には魔力がない。
だが――魔法を斬る力を持っていた。
追放された先で再会したのは、異世界から召喚された勇者マコト。
世界から居場所を失った二人は、小さな町メルメイユで静かな生活を始める。
やがて二人は町の人々と出会い、日常を取り戻していく。
少しずつ――恋も。
だがその裏で、魔王軍は動き始めていた。
ノクティアの中に眠る、ある秘密。
魔王すら関わる世界の因果。
平穏な町に迫る影。
揺らぐ灯り。
それでも勇者は言う。
「世界が敵になってもいい。君がいるなら」
これは、
魔法を斬る最強令嬢と、
彼女を選んだ勇者の物語。
第一巻完結‼️
第二巻完結‼️
(この作品は小説家になろう様でも同時投稿しております)
悪役令嬢に転生したけど、破滅エンドは王子たちに押し付けました
タマ マコト
ファンタジー
27歳の社畜OL・藤咲真帆は、仕事でも恋でも“都合のいい人”として生きてきた。
ある夜、交通事故に遭った瞬間、心の底から叫んだーー「もう我慢なんてしたくない!」
目を覚ますと、乙女ゲームの“悪役令嬢レティシア”に転生していた。
破滅が約束された物語の中で、彼女は決意する。
今度こそ、泣くのは私じゃない。
破滅は“彼ら”に押し付けて、私の人生を取り戻してみせる。
まず、後宮に入れませんっ! ~悪役令嬢として他の国に嫁がされましたが、何故か荷物から勇者の剣が出てきたので、魔王を倒しに行くことになりました
菱沼あゆ
ファンタジー
妹の婚約者を狙う悪女だと罵られ、国を追い出された王女フェリシア。
残忍で好色だと評判のトレラント王のもとに嫁ぐことになるが。
何故か、輿入れの荷物の中には、勇者の剣が入っていた。
後宮にも入れず、魔王を倒しに行くことになったフェリシアは――。
(小説家になろうでも掲載しています)
政治家の娘が悪役令嬢転生 ~前パパの教えで異世界政治をぶっ壊させていただきますわ~
巫叶月良成
ファンタジー
政治家の娘として生まれ、父から様々なことを学んだ少女が異世界の悪徳政治をぶった切る!?
////////////////////////////////////////////////////
悪役令嬢に転生させられた琴音は政治家の娘。
しかしテンプレも何もわからないまま放り出された悪役令嬢の世界で、しかもすでに婚約破棄から令嬢が暗殺された後のお話。
琴音は前世の父親の教えをもとに、口先と策謀で相手を騙し、男を篭絡しながら自分を陥れた相手に復讐し、歪んだ王国の政治ゲームを支配しようという一大謀略劇!
※魔法とかゲーム的要素はありません。恋愛要素、バトル要素も薄め……?
※注意:作者が悪役令嬢知識ほぼゼロで書いてます。こんなの悪役令嬢ものじゃねぇという内容かもしれませんが、ご留意ください。
※あくまでこの物語はフィクションです。政治家が全部そういう思考回路とかいうわけではないのでこちらもご留意を。
隔日くらいに更新出来たらいいな、の更新です。のんびりお楽しみください。
前世ブラックOLの私が転生したら悪役令嬢でした
タマ マコト
ファンタジー
過労で倒れたブラック企業勤めのOLは、目を覚ますと公爵令嬢アーデルハイトとして転生していた。しかも立場は“断罪予定の悪役令嬢”。だが彼女は恋愛や王子の愛を選ばず、社交界を「市場」と見抜く。王家の財政が危ういことを察知し、家の莫大な資産と金融知識を武器に“期限付き融資”という刃を突きつける。理想主義の王太子と衝突しながらも、彼女は決意する――破滅を回避するためではない。国家の金脈を握り、国そのものを立て直すために。悪役令嬢の経済戦争が、静かに幕を開ける。
白雪姫の継母の夫に転生したっぽいんだが妻も娘も好きすぎるんで、愛しい家族を守るためにハッピーエンドを目指します
・めぐめぐ・
ファンタジー
※完結保証※
エクペリオン王国の国王レオンは、頭を打った拍子に前世の記憶――自分が井上拓真という人間であり、女神の八つ当たりで死んだ詫びとして、今世では王族として生まれ、さらにチート能力を一つ授けて貰う約束をして転生したこと――を思い出した。
同時に、可愛すぎる娘が【白雪姫】と呼ばれていること、冷え切った関係である後妻が、夜な夜な鏡に【世界で一番美しい人間】を問うている噂があることから、この世界が白雪姫の世界ではないかと気付いたレオンは、愛する家族を守るために、破滅に突き進む妻を救うため、まずは元凶である魔法の鏡をぶっ壊すことを決意する。
しかし元凶である鏡から、レオン自身が魔法の鏡に成りすまし、妻が破滅しないように助言すればいいのでは? と提案され、鏡越しに対峙した妻は、
「あぁ……陛下……今日も素敵過ぎます……」
彼の知る姿とはかけ離れていた――
妻は何故破滅を目指すのか。
その謎を解き明かし、愛する家族とのハッピーエンドと、ラブラブな夫婦関係を目指す夫のお話。
何か色々と設定を入れまくった、混ぜるな危険恋愛ファンタジー
※勢いだけで進んでます! 頭からっぽでお楽しみください。
※あくまで白雪姫っぽい世界観ですので、「本来の白雪姫は~」というツッコミは心の中で。
あなたを見送るための
あかね
ファンタジー
私の最初の記憶は、彼の死を喜ぶものだった。私は、好きだった人物が死んだあとの世界に転生した。そして、思いがけず彼の墓守になることになり、化け物が現れると言う場所で生活を始める。推しがいない世界で祈るだけの生活は平穏だったけど、私の知らぬところで問題は発生していたのだった。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
感想ありがとうございます<(_ _)>
いつもお返事ありがとうございます。
どんどん寒さが厳しくなっていくので、お身体ご自愛くださいませ。
よいお年を(*´꒳`*)
こちらこそが御礼申し上げねばなりません。
何時も、本当にありがとうございます<(_ _)>
こんな……拙作の中の拙作とも言える作品に、感想を頂けるだけで、本当に感謝です。
重ねて、ありがとうございます<(_ _)>
さやえんどう様も、どうか御身お厭い下さいませ。
またも感想を頂けるとは……本当に感謝しかございません、ありがとうございます<(_ _)>
しまも身に余るお言葉…思わず目頭を押さえてしまいました。
お馬鹿達がわちゃわちゃしてて、まだまだおバカ指数は上昇すると思いますが、これからも呆れないでやって頂けましたら幸いです<(_ _)>