2 / 6
今日も勇者から逃げてきた。
しおりを挟む「んで? そこまできっちり部下が勇者を追い詰めて舞台を整えてくれたってのに、貴方はいかにもな事を言いながらおめおめと逃げてきたわけ? 『いい度胸だ!』とか人に言っておきながら、自分がその度胸が一番なかったていう話? 敵前逃亡? それって完璧敵前逃亡だよね? 戦わずして逃げてきたんだよね? 滅茶苦茶格好つけながら、滅茶苦茶恥ずかしい事を平気でやって来たんだよね? え? 魔王? 誰が魔王? どこが魔王? 何をもってして魔王っておこがましくも名乗ってるの? 今すぐ返上してきたらよくない?」
「…………ううっ、……ぐぐぐっ」
正座をしながらプルプル震えている男を見下ろしながら、私は仁王立ちで責めに責めた。
彼は返す言葉がないのか、唸るだけで何も言って返してはこない。
けれども悔しいのかもしれない。
顔は俯いていて見えないが、膝の上に置かれた拳は固く握りしめられて手が白くなっていた。
誤解のないように言っておきたいのだが、何も私は怒っているのではない。
ただただ、この男が情けなかった。
情けなくてどうしようもなくて、そして止めてほしかったのだ。今のこの状況を改善してほしくて、私は苦言を呈する。
まぁ、言葉が厭味ったらしくなったのは否定しない。そこは性分っていうの? 私なりの愛の鞭よね。
もう何度目になるか分からない話に嫌気がさして、私は大きく溜息をついた。
ここで、彼がようやく反応を見せる。
何かに弾かれたかのように顔を上げて、こちらを食って掛かってきた。
「だって! だってしょうがないじゃないかぁ!! あんな旅の中盤で勇者がさぁ、命引き換えに俺を倒してくるとか思わなかったんだ! もっと後だろそういう大技は! 城に着いて後俺を倒すだけ! みたいな状況に持って行ってから普通繰り出そうとするだろう?!」
しかもガチ泣きで。
逆切れして怒っているわけでも、悔しがっているわけでもなく、大の大人が本気で泣いているのだ。
大粒の涙を流して。
「……じゃあ、勇者の前にのこのこと現れなきゃよかったじゃん」
「俺は嫌だって言ったんだ! それなのにヴィアンカが『たまには魔王の威厳を見せて来い』って言うし、サルヴァルが『お前は筋肉が足りない』って賛成するし、セヴィアーネは『あの勇者が好みだから生け捕りにしてきて』って言うし、それを受けたクインヴァルが強制的に俺を勇者たちの目の前まで飛ばしたんだ! 不可抗力なんだ!」
「あー……なるほど。相変わらずあんたの兄弟は傍若無人というか、身勝手というか、ドSよね」
よく話に出てくるこの悪の権化の兄弟はいつ聞いても絶好調だ。いつ何時でも、この魔王を全力でいじめにいっている。
今回もそのようで、ヴィアンカという一番上の姉の無茶振りで彼は勇者の所に現れなくてはいけなかったという、何とも理不尽な状況になったわけだ。
その上悲劇なのが、そのヴィアンカの無茶振りを止める兄弟が誰一人としていない。むしろノリノリでそれに協力してしてしまうような奴らしか揃っていないのが、彼をここまで追い詰める。
そして嫌なのに、こうやって魔王のような振る舞いをしなければならないのだ。
同情はしよう。
一から真面目に聞けば、案外聞くも涙語るも涙な話だ。
今まで私が聞いた中で、彼の不憫さに勝るものがない。
――――だからか
「だからってね、そういう事があるたびにわざわざ異次元の扉を開いてここに逃げ込んでこなくていいのよ?」
魔王は逃げてくるのだ。
私の家に。
この一人暮らしの狭い1Kの木造アパートの一室に。
勇者に攻撃されそうだといって逃げ、兄弟に無茶振りされたといって逃げ、部下に下剋上されて殺されそうになって逃げ、魔王の嫁の座を狙う女性に夜這いをされたといっては逃げてくる。
私のこの狭い1Kに。
そのたびに迷惑こうむるので止めてほしいというのだが、彼の耳にそれが届いたためしがない。
魔王は必死だ。
毎度泣きべそをかきながらやってくる。
虐められて家に帰ってくる眼鏡の某少年と状況は同じである。
「別にここじゃなくても、もうちょっと手近なところに逃げ場所作ったらいいんじゃない?」
「嫌だ! ここがいい! カナデのこの穴蔵が一番狭くて落ち着くんだ!」
「穴蔵じゃねーわっ!!」
いい加減腹が立って、魔王の頭にチョップを垂直に落としてやった。
この男、異世界のいわゆる魔王。
城も持っているし、勇者とも戦っちゃう。
黒い髪に黒い服装、ついでに瞳も黒で、頭に立派な角を二本も生やしているし、顔も人を軽く十人くらい殺していそうなほどに凶悪だ。多分、目からビーム出して人を燃やすんと思う。
雰囲気だけは出ている。雰囲気だけは。
だが、私が想像するよりも魔王という仕事は彼にとっては重荷のようで、泣いて逃げるほどに大変らしい。
人使いの荒い兄弟。
魔王の座を狙う気の置けない部下。
貞操を狙う襲い掛かる女たち。
お命頂戴とジリジリと迫ってくる勇者たち。
そしてまた無茶振りをする兄弟。
それに毎日一人で対応している彼を本当に魔王と呼んでいいのかと思ったけれど、やはりこれでも魔王らしい。不本意だが魔王である事には変わりはないと、彼は泣きながら話してくれた。
昨今の魔王も社畜って事よね。
魔王に休みなし。
こき使われ、家でも落ち着けるところもなく、仕事ばかりが毎日山のように舞い込んでくる。
そこは日本か! と突っ込みたくなるほどに異世界の魔王城はブラック企業。
「カナデ……俺はもう疲れた。休みたい……休みたいんだ。この暖かなオフトォンで安らかな時を過ごしたいんだ」
「だからって私の部屋で休まないでよぉ……」
異世界の魔王が安らぎを求めてこの狭い1Kに逃げ込んでくる。
それはもう見慣れた光景だった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?
木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。
追放される理由はよく分からなかった。
彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。
結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。
しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。
たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。
ケイトは彼らを失いたくなかった。
勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。
しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。
「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」
これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
二度目の勇者は救わない
銀猫
ファンタジー
異世界に呼び出された勇者星谷瞬は死闘の果てに世界を救い、召喚した王国に裏切られ殺された。
しかし、殺されたはずの殺されたはずの星谷瞬は、何故か元の世界の自室で目が覚める。
それから一年。人を信じられなくなり、クラスから浮いていた瞬はクラスメイトごと異世界に飛ばされる。飛ばされた先は、かつて瞬が救った200年後の世界だった。
復讐相手もいない世界で思わぬ二度目を得た瞬は、この世界で何を見て何を成すのか?
昔なろうで投稿していたものになります。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる