伯爵令嬢と想いを紡ぐ子

ちさめす

文字の大きさ
1 / 11

1

しおりを挟む




「ルーナ。私は、君とは結婚できない」


 ある夜、私は婚約者である殿下にそう告げられた。


「やはり……愛しては下さらなかったのですね」


「すまない」


「いえ、構いませんわ……。殿下の御心はこの国の方針。ですから私は、殿下のご判断に従いたく存じます」


「本当にすまない」


 殿下はそういい残してこの場を後にした。


 ――私は知っている。殿下は私を想ってはいないということを。



◇◇◇



 私の名前はルーナ・ディエス。ディエス家の伯爵令嬢だ。


 決して裕福とはいえないまでも、お父様のおかげである程度の生活は保障されていた。


 理由は、現殿下のオージ様が今の地位に就く頃、この国は他国との戦争状態にあったのだが、父は対立関係にあった諸勢力に対して和平条約を提言、その手腕にて、血を流さずしてその締結に至った。


 その功績によりお父様は高く評価され、終戦した今も尚、殿下の推薦によって公職に就いているのだ。


 またお父様は、殿下が定期的に主催なされるお茶会に私が出席できる状況を作り出してくれた。


 そして、初めて私がお茶会に出席した際、お父様の協力を得ながらも私は殿下のお眼鏡にかなうことができ、数か月の時を経て見事婚約へと漕ぎつけたのだ。


 ところがだ。


 いざ婚約には至ったものの、蓋を開けてみれば、そこに私への愛はなかった。


 この婚約は、もともと殿下が私のお父様に向ける敬意や羨望が、私と殿下を結ぶきっかけとして上手くはまったにすぎない。殿下の会合などに私が列席する場合、表面上は常にその仲良しぶりを周りに見せてきたが、結局のところ殿下の本心は、一度だって私を想うことはなかったのだ。


 二人になればすぐにわかる。殿下がどれほど大切に私と接しようとも、殿下の表情はいつも暗く遠くを見ていたのだから。


 そして先程、とうとう殿下は私にその想いを打ち明けてしまった――。



 ◇◇◇



 月に一度、城下町にはとある大道芸の一行がやってくる。


 侍女に気分転換にといわれた私は侍女を連れて町へとやってきたのだ。


 大道芸の公演は毎月の楽しみの一つでもあるのだが、殿下に婚約を破棄されたばかりということもあり気分は乗らなかった。


 ――殿下は私のことなど想ってはいなかった。そのことはわかってはいたのだけれど……いざ目の前にして婚約の破棄を告げられるというのは、とても気持ちのいいものではないわね。


 そして問題はもう一つあった。殿下との婚約破棄は今日にもお父様の耳に入るだろう。


 お父様が作ってくれたディエス家の好機を私は潰してしまったのだ。父はなんていうのだろうか。夕食時に怒られることを私は覚悟した。


 大道芸の会場に着いた。


 会場とはいっても広場を雑にロープで囲っただけのものだった。公演までまだ時間はあるが、ロープの外側は庶民で人が溢れかえっている。内側の有料席には、名のある家系の子息令嬢がちらほらと見える。


 侍女が支払いを済ませると私たちは中へと入る。侍女は角度よりも距離感を優先したいとのことだったので、私たちは空いている最前列の一番端に座った。


 私はため息をついた。今この場にいる中で、間違いなく私が一番この雰囲気を楽しんではいなかった。


 あの子が現れたのは、そんな時だった――。


「ねえ、隣いい?」


「え?」


 まさか声を掛けられるとは思ってもいなかった。


 振り向くと、そこには一人の女の子がいた。歳は十前後だろうか。綺麗な緑色のドレスを着ている。


「ねえってば! 隣いいの!?」


「え、ええ。構いませんわ」


「あは! ありがと!」


 女の子は私の隣に座った。


「ねえ、お姉ちゃん。名前は何ていうの?」


「名前、ですって?」


 ――この子、身なりはとても素敵ではあるのだけれど、教養はあまり足りてはいないのかしら? 


 品位のある令嬢は、社交の場や目上の人に名前を聞かれない限り、基本的には名前を明かしてはいけない。もちろんそれは、このような嗜みの場であっても同じである。そのことを弁えている令嬢は、決して相手に名前を聞くようなことはいわないのだが、この子は違った。


 侍女はこの子を追い払うためか席を立とうとするが、私はそれを遮る。


「申し訳ございませんが、私は名乗る程の身分ではございません」と、頭を下げて優しくこたえる。これが大人の対応なのだと教えるように。


「え~そうなの!? てっきり偉い人なのかと思ってた! だってね、失敗はしてるけどオージさんと結婚の約束までしてたんだもん! でも違うのかあ」


 ――ちょっと待って!? 婚約の破棄はまだ公にはなっていない。……それなのに、どうしてこの子は知っているの!?


「あなたはいったい――」


 誰なの? といいそうになる自分をかろうじて抑え込む。


 ――動揺のあまり自分を取り乱すところだったわ……。


 今しがた私はこの子に名前は聞かないという礼儀を説こうとしたのだ。それなのにもしも聞いてしまっては目も当てられない。


「婚約破棄の件はどうして知っているのですか? まだ未公表のはずですけども」


「私は見てたからね~。だから知ってるの」


 ――見ていた……?


「もしや、昨晩は殿下の屋敷にいらしていたのですか?」


「違う違う! そうじゃなくてね、お姉ちゃんの『糸』を今見たの!」


「『糸』……?」



 ◇◇◇




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

真実の愛を見つけたとおっしゃるので

あんど もあ
ファンタジー
貴族学院のお昼休みに突然始まった婚約破棄劇。 「真実の愛を見つけた」と言う婚約者にレイチェルは反撃する。

元婚約者のあなたへ どうか幸せに

石里 唯
恋愛
 公爵令嬢ローラは王太子ケネスの婚約者だったが、家が困窮したことから、婚約破棄をされることになる。破棄だけでなく、相愛と信じていたケネスの冷酷な態度に傷つき、最後の挨拶もできず別れる。失意を抱いたローラは、国を出て隣国の大学の奨学生となることを決意する。  隣国は3年前、疫病が広がり大打撃を受け、国全体が復興への熱意に満ち、ローラもその熱意に染まり勉学に勤しむ日々を送っていたところ、ある日、一人の「学生」がローラに声をかけてきて―――。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

処理中です...