伯爵令嬢と想いを紡ぐ子

ちさめす

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「……寒くはないか?」


「大丈夫ですわ」


 城の一番高い櫓の中で、毛布に包まりながら私たちは眼前に広がる景色を見ていた。


 日は完全に落ちており、月が上から私たちを照らす。今日は望月だった。


 あの後、私は殿下と再度婚約を取り交わすことができた。


 その流れで、殿下は私に来てもらいたい場所があるといい、城下にそびえる城の櫓へとやってきたのだ。


 ここは月に一番近い場所であり、殿下とセレーネ様の思い出の場所だった。


 尚、復縁における最大の功績者でもあるチリちゃんは私たちついてはこなかった――。


「私はいかないよ~。絶対邪魔になるし~」


「邪魔にはなりませんわ! 殿下にチリちゃんを紹介したいのです」


「も~そういう意味じゃないってば~! いい、ルーナお姉ちゃん? オージさんがルーナお姉ちゃんと二人っきりになりたいってのはね、いわゆる合図なのよ、合図。わかる? 愛を育もうとしてる場面に私がいたらだめでしょーがあ!」


「なっ!? チリちゃん! そのいい方はやめなさい……!」


「あれ~? ルーナお姉ちゃん、今すごく顔が赤いよ~?」


「も~!」


「あは! それにねルーナお姉ちゃん、私はちょっといくところがあるから! それじゃまたね~!」


 そういってチリちゃんはいなくなった。


 結局最後まで『糸』を見ることはなかったけど、チリちゃんのおかげでまた殿下と『糸』を結ぶことができた。


 ――次に会った時にはちゃんとお礼をしないとね。……でも、今は……。


 殿下は後ろから毛布と共に私を包みこんでいる。私はその腕をきゅっと掴む。


「この景色を再び君と見ることになるなんて……ああ! いやその、すまない。またセレーネと――」


 私は振り向き、殿下の言葉をキスで塞いだ。


「いったはずですわ。私は殿下の幸せを望んでいますの。殿下の想いにこたえるのが私の想いでもあるのですからね。ここに気を遣うのはご法度ですわよ」


 優しくいうと、殿下は微笑みで返してくれた。


「もういっそのこと名前を変えてしまおうかしら?」


「それはいけないよ……その、義父様に何といわれてしまうか……」


「では一緒に説得してみませんか?」


「そ、それは……」


「ふふ、冗談ですわ」


 幸せな時間が流れる。


 ――私は知っている。殿下は私を想ってはいないということを。


「殿下、貴方は今、幸せですか?」


「もちろん幸せだよ。君は幸せかい?」


 ――でも、それは一途にセレーネ様を想っているということも私は知っている。


「もちろんですわ」


 ――今はこれでいいの。今は……。



 ◇◇◇



「本当に申し訳なかった」


「ふふ。別れ際まで引きずるのは、殿下の振る舞いとしてはいかがなものでしょうか」


「君こそ、私を支えるのではなかったのかい?」


「そうでしたわね」


 馬車から降りた私は殿下と別れの挨拶をしている。今も幸せな時間だということはお互いに表情をみればわかる。


「殿下を支える、いい方法があるのですが……これを受け取ってください」


 私はネックレスケースから一本の純銀のネックレスを取り出した。


「それは……」


「円かな月のネックレスです。……少しの欠けもない、綺麗な望月……」


 ――本当は殿下には全てを照らす太陽を作りたかったのだけれど、純銀と時間が足りなくて綺麗な正円はできなかった。なので実際は十六夜と七日月を重ねた、二つの月のネックレス。


 私とセレーネ様を重ねたネックレス――。


「殿下、このネックレスは私自身です。私は貴方の御傍でずっと貴方を見守っています……」


 私は殿下にそっと近づいてネックレスを掛ける。そしてそのままキスをした。


 今の言葉を誓いの約束とするように。



 ◇◇◇



 夜遅くに私は帰った。


 時計を見ると優に食事の時間は過ぎている。侍女に居留守を頼んだままだったが、さすがにもうお父様には見つかっているに違いない。


 たとえ事情を説明して納得をしてもらえたとしても、伯爵令嬢としてみれば、居留守も遅くまでの出歩きもあるまじき行いである。私はお叱りを覚悟してお父様にご挨拶をした。


「お父様、今戻りました――」


「あ~おかえり~ルーナお姉ちゃん! オージさんとはどうだった~?」


「チリちゃん!? どうしてここに?」


「ルーナお姉ちゃんはさ、ほら! 抜け出してきたっていってたじゃん? せっかくのハッピーエンドなのに後味悪いとね~って思っただけだよ!」


 ――チリちゃんは本当に抜かりのない子なのね。でも、助かったわ。


「ありがとう、チリちゃん」



 ◇◇◇



 今日の出来事は既にチリちゃんからお父様に話がなされていたようで、その後の報告をする時は、お父様はただ頷くばかりだった。


 ――後で聞いた話だと、チリちゃんが当家を訪れた際、お父様は大層取り乱されていたそうで、目には見えない『糸』のお話をお父様に説明する時、それはもう大変だったそうだ。


「食器を投げる人なんて初めて見たよ」何ていっていた――。


 翌日には破棄撤回の書簡が回った。殿下の宣誓についても、あの日、評議会館で待ってくれていた審議官が親切に対応して下さることで無事に差し戻された。


 お父様とシープ様による式の段取りは異様に早く、巷ではこの数日間に及ぶ婚約破棄、破棄の撤回そして結婚式のご案内のお知らせにより『結局どっちなの?』と困惑する者が城下町内で続出した。


 そして翌週、結婚式は滞りなく執り行われた。


 城下町は活気に溢れていた。ディエス家ではお父様や侍女たち、神父様にシープ様、その他列席されているピーター様に迦具夜工房の技師さんまでもが笑顔で私たちを祝福してくれた。


 みんなが見守る中、殿下はヴェールをめくり私との愛を誓う。


 その胸元にある円かな月は、太陽の光が反射して煌びやかに輝いた。



 ◇◇◇




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