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バーンズ突撃

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「あ、イグノちゃん退治してくれたんでしょ、ありがとね?」

 なぜバレたし! 魔王様第一声それだし! 裏木戸は無事どころか完全装備の“首狩り小隊”が万全の態勢でほふる気満々だし!
 困惑するわたしに呆れ顔のセバスちゃんが小首を傾げる。

「もしかしてアレか。お前は思ってた以上のアホなのか? “魔王様今日は尖塔に悪い卦が出ていますので何人たりとも決して近寄ってはなりません”というのは、そこで汚れ仕事を引き受けるという意味以外に受け取りようがないと思うのだが」

 わたしの必死のカモフラージュが見抜かれてたし!? 悲壮な決意と献身を返せし!

「レイチェルちゃんがあなたに、ありがとうって。正門側は軽歩兵組であらかた始末がついたらしいわ。将校がいなくなって右往左往していたから、各個撃破でほとんど殺戮でしかなかったらしいけど」
「……はあ」
「御免ね、ヤな仕事あなたにばかり押し付けちゃって」
「とととと、とんでもございません! 好きこのんでやっただけの余計なお節介ですので!」
「そんなこといわないで、イグノちゃん」
「魔王ひゃ、ま……ッ!」

 両側から優しくほっぺを押さえられ魔王様の顔が近付いてくる。近い近い近いッ! なんかムッチャ肌キレイ……なにこのキラキラした瞳。魅了か幻惑か安癒かその複合かわからないけど、周囲の音が遠ざかり世界が消え失せる。眩く輝く美しい光に包まれ頭がボーッとする。魔王様のなかに吸い込まれそうになる。
 もしかしたら意識は吸い込まれていたのかもしれない。気がつくと私は、魔王様に抱えられて子供のように大泣きしていた。感情が抑えられない。

「おこらぇるの、わかってたけど、でもヤなんでふ! もう誰も失くひたくないんでふ! だから、わたひが、かくれて、ぜんぶ、ころひて、それで……」
「わかってるわ、大丈夫よイグノちゃん、もう誰もいなくなったりしないし、あなたのしてくれたことにはとっても感謝してる。怒ったりしないわよ」
「魔王、様」
「だから、自分だけで抱え込もうとしないで。悩みや苦しみや辛いことがあったとしたら、アタシにも……アタシたちにも、一緒に背負わせてちょうだい。あなたに注文があるとしたら、それだけよ」
「……はひ!」

 敵に向かって布陣した姿勢のまま、首狩りバーンズがわたしを見ていた。その目にはどこか驚いたような、困惑したような、そして納得したような色が浮かぶ。なぜか顔が紅い。わたしの視線に気付いて、美しくも厳しい顔がクシャッと綻ぶ。

「よう、“悪夢幼女”。元気だったか」
「あんたも」
「ああ、元気に死んでた。お陰さまで現役復帰だ。取り込み中のとこ悪いが、お前の手下はあとどれくらい持つ?」

 ゴーレムちゃんたちは裏門を守って奮戦中。ざっと見たところ半数近くの敵を削ってはいるが、そろそろ限界だ。手足に欠損が起きていたり可動部に障害が出ていたり、速度や出力に低下が見られたりと満身創痍だ。よく頑張ってくれた。さすがわたしの可愛い子たち。

「三分。それ以上は魔石の交換か魔力再充填チャージが必要になるわ」
「二分経ったら下がらせろ。裏木戸ここを守らせながらお前と陛下が彼らの世話だ。いけるな?」
「もちろんよ」
「バーンズちゃん、それに重装歩兵のみんなも。最初から無茶しちゃダメよ? まだ本調子とはいえないんだから、安全マージンを確保しながら様子を見てちょうだい。苦しくなったらいつでもいって」
「御意」

 ゴーレムちゃんたちが討ち漏らした敵はバーンズの部下たちが倒す……というか、一撃で首を刎ねる。あまりにも一方的なそれは、突破してくる兵の多くが人猪族オークということもあって戦闘というよりも屠畜のようだ。明らかに差別的発言なので、口にはしないが。

「後方より敵増援200、人狼族ウォルフの軽歩兵です!」
「魔王様、ゴーレム稼働時間残り一分。後退の指示を」
「バーンズちゃん、魔力再充填チャージと修復に五分ちょうだい」
「了解しました!」
「……え? 何でそんなに嬉しそうなの? 一応、軽歩兵とはいえ10倍の敵なんだけど、大丈夫?」

 無論、とでもいうように頷いて剣を挙げると、部下たちは直立不動で傾聴の姿勢に入る。
 何その余裕。……ここ、敵前なんだけど。

「野郎ども聞いたな!? 久方ぶりの戦闘だ。残念ながら・・・・・お飾り将校殿は不在だがな?」

 部下たちが小さく笑い声を上げる。バーンズたちを捨てて(あるいは彼らに見捨てられて)単身叛乱軍に下った小隊長ウェイツ中尉のことだ。何を思い出したのか知らないが、部下を見渡すバーンズの目は完全に、野獣のそれに変わっている。

「一匹たりとも通さないのは当然・・だが……なあ、全部・・喰っちまって・・・・・・も良いんだぞ?」
「「「ウッす!」」」」

◇ ◇

 来た。来た来た来た来た。このときを待ってた。ずっと恋焦がれてた。
 最初の死を迎えたとき、私たち重装歩兵が討ち漏らした叛乱軍の人狼族イヌどもだ。主人を変えて恥じもせず尻尾を振る薄汚い駄犬の群れ。数を恃んで得意げなクソ犬どもの牙に、どれだけの仲間たちが掛けられてきたか。無駄に吠え立て跳ね回るヤツらの動きは速い。追いかけるのは骨だが、向かってくるならこっちのもんだ。打撃力でも防御力でも反射速度でも負ける気はしない。

「ゴーレム後退! 一体ずつ下がらせるわ、バーンズ小隊が間を埋めて!」
「いつでも良いぞ、コリンズ分隊前進!」
「「「「ウッす!」」」」

 ゴーレムの後退を見越して隙間から突っ込んできた敵人狼族の前衛50は、コリンズ分隊の5名とぶつかった瞬間に半減した。肉片が飛び散り血飛沫が視界を塞ぐ。展開する間もなく、速度を生かせる位置取りも許さない。

「タバサ分隊は左翼、オマリー分隊は右翼だ」
「「「はッ」」」

 裏門前に山と積み上げられた敵重装歩兵たちの死体を身軽に飛び越え、見えなくなった先でさらに無数の悲鳴と血飛沫が上がる。私は振り返り、ワクワクした少年のような目で見返す部下4名に笑いかけた。馬鹿どもが。この愛すべき戦争狂のケダモノどもが。

「さて諸君、この期に及んで我ら居残り分隊には残り物すら与えられるか怪しい。こういった苦境・・にあっては、どうするべきかわかるか」
「「「中央突破で敵将の首を討つべし!!」」」
「その通りだ! 愛してるぞ、野郎ども! 最後のゴーレム後退と同時に出る!」
「最後のゴーレム、下がらせるわよ!」
「……その言葉を、待ってた」

「総員突撃、続け!」
「「「応ッ!」」」

 踏み出した瞬間に、異常を察した。足が、身体が、軽い。身に纏っている筈の総重量数十キロにもなる重甲冑がまるで存在しないと感じるほどに。速度の乗り・・が、勢いの伸び・・が怖ろしい程に違っている。何なんだ、これがあの、新王陛下の力か!?
 迷いを振り切り余計な考えを捨てる。積み上げられた死体の山を駆け登ってジャンプすると、呆気なく宙に舞った私たちは城壁も堀も・・・・・跳び越えて・・・・・敵陣前に着地した。我ながら、どうかしてる。私を信じて飛んだであろう部下たちも、自分たちが成した驚異に息が弾んでいるのがわかる。

 ――これは、勝てる!

 彼我ともに時間が止まったように見つめ合う瞬間。友軍の裏門突破を確信していたのか無防備な横腹を見せた敵青爪大隊の主力が信じられないような顔で一斉にこちらを見た。
 その最後尾に陣取る、短身巨躯のヒト型。魔人族イヴィル小匠族ドワーフの混血だったか、鍛え上げられた全身に刀創と焼跡。片目を刀傷が塞いでいる。私が付けた、敗戦の証。奴の部下たちが見せた決死の抵抗により逃したのには悔いが残るが、いまここで雪辱の機会を得た。

「カムラン少佐。いや、いまは中佐か? なんでもいいか、しょせん叛乱軍の階級などお飾りでしかない」
「バァーン、ズゥ……」

 憤怒の表情で睨みつける彼の手には先王陛下の帯剣。それだけで万死に値する。私はスタスタと近寄り、身構える重装歩兵の首を次々に刎ねる。ようやく硬直が解けた彼らが向かってくる頃には、数十の首が恨めしげな顔で地べたに転がっている。

「殺せ! 相手はたかが下級魔族の死にぞこないが5名だ!」

 討ち掛かってくる護衛の兵を引き倒して首をへし折る。上級中級といったところで、魔族の格を決めるのは種族と魔力量。その全てが戦場での実力と比例はしない。敵味方が入り乱れて大規模魔術を使えない遭遇戦なら尚更だ。
 その間も部下たちは獅子奮迅の働きを見せ、後方での布陣が前提で防御が脆い弓兵や魔導兵たちを容易く屠ってゆく。
 劣勢を悟ったかカムラン配下の兵は集団戦の陣形を取る。盾で防御を固め短槍を繰り出すというヒト型から学んだ・・・技術だが、稚拙で詰めが甘く付け焼刃の域を出ない。しょせん魔族に人間の真似事など……

 ……いや、そうともいえない。そんなことでは新魔王陛下の未来には届かない。

 心に浮かんだ考えに、私は笑う。魔族のなかでも最も人から遠い獣人の自分が、ヒト型の真似事を受け入れることなど出来るのだろうか。既得権益といにしえの法に固執する叛乱軍の思想の方が、おそらく私にはすんなりと受け入れられるだろうに。
 まあいい。思想などどうでもい。新魔王陛下の描く未来に自分に場所がなかったとしても、進んでゆく彼らの礎になれれば、それでいい。
 自分が本当に欲しかったのは、思想や未来や国ではなく、ただ従属に足るあるじ、命を賭けるに十分な戦場だったのだから。

「うぉおおおお……ッ!」

 不細工な模倣でしかない密集陣形は、わずかに動くだけで間隔が乱れ、その機能を失う。
隙間を刃先が行き交うごとに、敵兵は首から血を噴いた死体になって転がる。

「どうした、こんなものか。あんまり失望させるな。お前たちの掲げる旗は、人の手で・・・・染められているのか?」
「「「……ッ!」」」

 簡単だ。
 こと守旧派の魔族は血の気が多く、身の丈以上に誇りを重んじる。だから容易く挑発に乗り、いまやるべきことを呆気なく忘れる。まるでケダモノだ。
 集団陣形が解かれ、重装歩兵は鈍重な動きで、個別に真っ直ぐに斬り掛かってくる。半歩も踏み込めば穂先は空を切り、懐に入れば槍は敵の動きを縛る。長剣を浅く振って頸動脈を切り裂けば、数秒後には確実な死が待っている。
 四肢と首に走る大動脈とその機能、全身の急所とその効果的な攻め方。相手を知り自分を知れば負けないという発想。自らの力だけを盲信し力任せに吹き飛ばし叩き潰すだけだった魔族の戦闘に、先王陛下がもたらした革命的思想。それが私の戦術を創り上げ、無敵の獣人部隊を生み出した。

「さあ、お前の番だ」

 目の前には部下の死骸が転がり、カムランは戦場で孤立していた。前衛は城門での戦闘に掛かりきり、後方部隊は私の部下に蹂躙されている。
 己が置かれた状況が信じられないのか、我に返るまでにわずかな間があった。その間にあっさりと私の接近を許す。

「神輿の上で反り返っているうちに、戦の仕方も忘れたか?」

 カムランが振り抜いた太刀筋は乱れ、剣速は呆れるほどに鈍く、遅い。かつては戦上手の猛者として知られ、名将としての未来が約束されていた筈なのだが。
 どうにも違和感があった。先代魔王のもとで戦っていた頃は無論のこと、記憶にある叛乱軍と比べてすら、あまりにも脆過ぎる。あるいは自分が、生まれ変わったせいか。

「死にぞこないの貴様に、いったい何がわかる!」
「わからんよ、主殺しの能書きなんて。それにな、私は死にぞこないじゃない」

 カムラン渾身の一撃は空を切り、首を失った身体がたたらを踏んで身を泳がす。私の剣先に、ぽかんと口を開けたカムランの首があった。つかみ取れなかった未来を求めるように、数歩を進んだ巨体が地響きを立てて崩れ落ちる。

「……かつて一度は死んだ身だ」

 歓声に顔を上げると王城の上に旗が揚がり、戦闘は終わっていた。
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