86 / 166
初めての再会
しおりを挟む
「転生直前の記憶は、あまり覚えていないんですけど。気付けばこの世界で生まれ変わって、何故か物凄い筋肉質の大男になってたんです」
それが、“おっきなまおー”というわけね。
城に残されていた繊細な仕事ぶりと、やたらマッチョな伝聞イメージのギャップも、なんとなくしっくり来た。
本来のカイト少年は、たぶん比較的インドアタイプの優等生なのだろう。
「……本来の姿、というか元々のカイトは、いくつ?」
「そのとき10歳だったから、たぶん13歳」
……日本でいうと、中学生になったばっかり。来たときは、小学生か。
「いきなり魔王と呼ばれて、攻めてくる軍隊相手に戦争ばっかりする羽目になって。いおうとしたことがいちいち違う風に伝わっちゃうし。いろいろ頑張ってはみたんだけど上手くいかなくて、それで……」
しょうがないわ。これは責められない。
年齢を言い訳にするのはアンフェアだと思っていたけど、さすがにここまで幼いなら“若気の至り”以前の問題だ。
結果は残念だったし問題がなかったとも思わないけど、右も左もわからない小学生が、むしろ良くやったというしかない。
彼なりの正義と理想を追求した結果、それとそぐわない現実に押し潰されたという、よくある話。
それだけだ。
「大変だったわね」
他に言い様もない。
アタシの言葉に、少年カイトはくしゃりと顔を歪ます。
泣きそうな顔じゃない。それは、憤怒と羞恥の表情。
「大変だったのは、ぼくじゃない。魔王を信じて従ってくれた獣人たちだ。俺が不甲斐無いせいで無駄死にを……」
「カイトのせいじゃない!」
即座にセヴィーリャが否定する。両腕に力が籠り、巨大な肉球がカイトの頭を押さえつける。
不機嫌そうな顔でありながら口元には笑みを浮かべ、変わり果てた主は変わらない家臣を見上げる。
たぶん乳の壁で、顔は見えてないだろうけど。
「ひとの上に立つ者には責任と義務がある。果たせなければそれは、俺のせいなんだよ、セブ」
なかなかどうして、立派な子じゃないの。
まだ口調には“義務としての魔王口調”と“自分本来の子供口調”が混ざってて違和感あるけど、キャラがブレブレなのは筆頭家臣も同じなので気にしないことにした。
まあ、そのうち治るでしょ。
「あなたの来た頃でも、下級魔族の扱いはひどかったみたいね」
「ぼくの前の魔王が最悪で、堪えかねた獣人に殺されたみたいです。詳しく聞く限り自業自得みたいですが、それでますます獣人族の地位が低くなったとか」
「カイトの前の代では4千人、下級魔族の3割近くが魔王に、それも戯れに殺されました。かつての族長会議で弑逆の決断を下さなければ、種ごと滅びていた獣人も出たでしょう」
そして下級魔族の地位向上を図った先代魔王は上級魔族によって誅殺されるところだったのだから、皮肉なものだ。
そもそも魔族領はひとつの国、ひとつの集合として成り立っていない。経済も政治も民族も分断国家のそれだ。纏め上げるためには何か強力な拘束力が必要になる。現実的に考えれば有無をいわせぬ統率力か外圧。
でも、そのどちらも結果的には失敗し、いまもまた失敗を重ねようとしている。
魔王領をひとつの集合として考えると、そしてそれが理想の姿だと仮定するならば、どうにかしなければいけないのは理解しているのだけれど。
前世でも今世でも常に異物側であったアタシには正直なところ、相容れない者たちとそうまでして寄り添おうとする必要があるのか、と考えてしまう。
「これからどうするかも考えなきゃいけないわね……」
「わたしは、カイトがいればそれで問題ありません」
「いや、あんたはそれでいいかもしれないけど、アタシたちずっと海上を放浪する訳にいかないでしょうよ、海賊じゃないんだから」
「問題ありません。カイトは海賊も似合うと思います」
知らないわよ、そんなこと。楽しそうなのは否定しないけど。
鼻を膨らませて空想に耽るセヴィーリャと、何かに気付いてモジモジするカイト。ほとんど自分の頭ほどもある胸肉の下で埋もれながら彼女に小声で話し掛ける。
「セブ、人前では名前で呼ぶなっていったろ」
「では、元魔王様? 先代魔王陛下、でしょうか」
「……この姿だし、それもヘンだろ。どうしようか」
「では、わたしにとって唯一無二の王であるからして、“我が心の王”と」
「やだよ恥ずかしい……」
「ああ、ちょっとそこの馬鹿ップル。そういう話はふたりきりのときにしてくれないかしら」
「「す、すみません」」
彼らは恐縮しつつも、“一心同体”って感じに密着したまま離れようとしない。サイズが違い過ぎて背負い式のパワードスーツみたいになってるけど。
「陛下、よろしいですか」
部屋のドアがノックされ、入出許可を求めるイグノちゃんの声がした。
それを聞いたカイトは身を強張らせ、セヴィーリャの拘束を解いて床に正座する。現実を受け入れる準備のためか、静かに息を吐いて背筋を伸ばした。
「どうぞ」
幅広のおかしな帽子を手にして、イグノちゃんが入ってくる。それについては相談を受けていたが、承認と同時に作ったのか……いや彼女のことだから、最初から用意していたのだろう。
ともあれ、イグノ工廠長はカイトを見て笑みを浮かべ、いつもと違う年上の顔になって頭を下げた。
何をどこまで知っているのか、アタシはそれを見て彼女のなかにある奇妙に老成した部分を実感する。もしかしたら、イグノちゃんだけが知っていることはアタシの予想以上に多いのかもしれない。
「ご無事で何よりです、カイト様」
「力及ばず、皆には苦労を掛けた。最期まで礼も詫びもいえないままだったが、イグノーベルにも感謝している」
「……望んで従ったのです。自分も、そして他の者たちも、悔いはない。そう思っています」
納得したのかどうかはわからないが、カイトは黙って頷く。
アタシにはその顔が、背負うべきものは背負うと覚悟を決めたように見えた。
「ハーン陛下、メレイアの下流に接岸しました。まだ桟橋が仮設なので貨物の積み下ろしには少し時間が掛かるのですが、乗降は開始されています」
「避難民の受け入れは可能?」
「ええ、問題ありません。“ぷれはぶ住宅”の増築を始めていましたから」
急速に発展したメレイアは移住してきた魔王領の住人や王国側からの一時入植者が爆発的に増え、彼らのために住宅供給が必要になっていたのだ。ひとつずつ設計建築をしている余裕はない。一般人居住区には商業区と同じくプレハブ工法を取り入れ、機械で大量生産し安価・効率的に進める計画になっていた。
そこには終の棲家という発想はなく、内装や簡単な家具も揃えた汎用設計で、いってみれば仮設住宅だ。一時収容には向いている。
「新生魔王城の方でも大部屋が確保出来ます。炊き出しも城の厨房で行う予定ですし、落ち着き次第すぐに帰宅を希望される方には、そちらの方が便利でしょう」
「まったく……さすがイグノちゃん、至れり尽くせりね」
「お褒めに預かり光栄です。新生魔王城の方は、まだ完成している機能が地上階だけですから城というより集会場のようなものなのですけど」
いまはまだ、メレイアの河岸に停泊中のルコックが仮の魔王城、ってことになる。
航行し戦う城というのも夢があって良いんだけど、城というのは政治や行政の中心でもあるわけで、領民側から見れば“いつどこにいるかわからない政府庁舎”というのは不便だろう。沈む可能性があるというのも問題だ。
「それで、ハーン陛下。早くも面会希望者が……」
「え?」
「陛下ーッ!」
「おっきなまおー!」
パットを先導に、ドヤドヤと入り込んで来たのはバーンズ曹長たち重装歩兵部隊の面々。
「「「「ぅおう!?」」」」
お互いの顔を見て、彼らは驚愕のまま固まる。
あ、まずい。両方ともに事情を説明してなかったわ。
「なんで生きてる!?」
「なんで縮んでるんですかッ!?」
数十の目が一斉にアタシを見る。
「「「まさか呪い!?」」」
「そこだけハモんないでちょうだい。違うわよ。バーンズちゃんたちが生き返ったのは、強めに掛けたアタシの安癒。先代魔王は縮んだんじゃなくて、魔王の力を喪ったことで元の姿に戻ったの。これが本来のカイトよ」
たぶん、だけど。他の理由があったとしてもアタシは知らない。
困惑し動揺した彼らはお互いを見詰め、また一斉にアタシを見て声を揃える。
「「「「ウソでしょう!?」」」」
「だからハモんないでよ、どれだけ心が繋がってんだか知らないけど」
「信じられない……」
「おっきなまおー、ちっちゃくなったの!?」
「ちっちゃくない! これから大きくなるんだ!」
「ええ、そうです。カイトはこれから、どんどん大きくなります。身も心も、前よりも大きく逞しい姿に……」
「ちょっとセヴィーリャ、ヨダレヨダレ!」
「それで、陛下……じゃないのか。ええと、カイト様? 近衛の連中とは、もう会ったんですか」
バーンズちゃんの言葉にカイトが固まり、俯いて小さく首を振る。
「彼は、さっきまで死にかけてたのよ。まだ目覚めたばかりだから、もう少し落ち着いたら段階を踏んで会わせるつもりだったんだけど」
先走り過ぎたのを自覚して、イグノちゃんとバーンズちゃんたちがシオシオと恐縮した顔になる。それでもバーンズちゃんは、チラリと目線だけでアタシを見る。
「……先代魔王が健在だって話だけでも、教えてやって良いですか? あいつらずっと死んだような目をしてるの、知ってます?」
知ってる。理由がわからなかったけど、いま理解した。
最初は不可解だった何かを待っているような顔。諦観めいたその表情が何を意味しているのか、ここにきてようやく気付いた。
自分たちだけが生き残ってしまったことに対する罪悪感と後悔。
たぶん彼らは、永遠の地に向かってしまった仲間を追いかける方法、誇り高き死に場所を探していたのだ。
「ええ、お願い。カイトとセヴィーリャの救出後は治療で余裕がなくて、彼らへの気遣いは出来てなかったわ」
「お任せください! 行くぞ野郎ども!」
「「「アイ、曹長!」」」
廊下に駆け出した重装歩兵たちが、歓声を上げながら遠ざかってゆく。その姿を見て改めて、カイトにどれだけ人望があったのかを思い知らされる。
当の本人は、身の置き場もないほど小さくなっているのだが。
セヴィーリャが心配して目の前に座り込み、俯いたカイトの顔を間近で覗き込む。
近い近い近い……。
「どうしたんです、カイト。かつての臣たちと再会できて、嬉しくないのですか」
キッと顔を上げてセヴィーリャを見る。
怒っているのか泣いているのか恥じているのかその全てか、頬と目が紅い。
「そんなの、嬉しいに決まってるだろう! 重装歩兵たちの死は、間近で体験したんだ! 自分の身も心もバラバラに引きちぎられるようだった! 帝国に奪われた近衛部隊の連中がどうなったか、最期まで気掛かりだった! あいつらは……お前らは、俺の全てだったんだ!」
「だったら、何で?」
「……いまの俺には、皆に合わせる顔がな、ぃぶッ!」
セヴィーリャは、前置きなしにカイトの横面を思いっきり張り飛ばした。平手とはいえ、いまは彼女の半分ほどの体重しかないであろう先代魔王はクルクルと壁まで吹っ飛んで叩き付けられる。
「ちょッ!?」
カイトはまともに喰らったらしく、ピクピクしながら目を回している。
なにせ救出時には全身ボロボロのグチャグチャで、生きているのが不思議なくらいだったのだ。文字通りの瀕死状態から3日で意識こそ取り戻したものの、いまもまだ普通の人間なら面会謝絶レベルの重傷者だ。
制止しようとするアタシの手を振り払い、歩み寄ったセヴィーリャはかつての――そして恐らく永遠の――主を、憤怒の表情で見下ろす。
両手で胸倉をつかんで引き摺り起こすと、目を見据えたまま彼と額を合わせた。先ほどまでより遥かに近いが、そこに甘い空気は微塵もない。
「わたしたちは、誓った」
「……ぅ?」
「あなたに従うと、あなたを信じると、あなたに全てを捧げると誓ったんだ」
「だ、から、こんな結果に……」
「結果なんて知ったことじゃない! 負けない戦などない! 死なない兵などいない! 命懸けで戦い散った者に憐憫など要らない! そんなこともわからなくなったんですか、陛下!」
「止めろ、俺は、もう……」
「玉座を下りたからといって、過去が消えるわけじゃないんです。あなたはいまも、いつまでも、歴代魔族最強の武人と称された、第七十三代魔王陛下なんですよ。彼らにどう対するべきか、あなたならわかるはずだ。いえ、本当は最初から、わかっていたんでしょう?」
「お前に」
「何がわかるかって? 全てですよ。なんでも、どこまででも。わたしは……」
セヴィーリャは笑う。
「ずっと、あなただけを見ていたから」
それが、“おっきなまおー”というわけね。
城に残されていた繊細な仕事ぶりと、やたらマッチョな伝聞イメージのギャップも、なんとなくしっくり来た。
本来のカイト少年は、たぶん比較的インドアタイプの優等生なのだろう。
「……本来の姿、というか元々のカイトは、いくつ?」
「そのとき10歳だったから、たぶん13歳」
……日本でいうと、中学生になったばっかり。来たときは、小学生か。
「いきなり魔王と呼ばれて、攻めてくる軍隊相手に戦争ばっかりする羽目になって。いおうとしたことがいちいち違う風に伝わっちゃうし。いろいろ頑張ってはみたんだけど上手くいかなくて、それで……」
しょうがないわ。これは責められない。
年齢を言い訳にするのはアンフェアだと思っていたけど、さすがにここまで幼いなら“若気の至り”以前の問題だ。
結果は残念だったし問題がなかったとも思わないけど、右も左もわからない小学生が、むしろ良くやったというしかない。
彼なりの正義と理想を追求した結果、それとそぐわない現実に押し潰されたという、よくある話。
それだけだ。
「大変だったわね」
他に言い様もない。
アタシの言葉に、少年カイトはくしゃりと顔を歪ます。
泣きそうな顔じゃない。それは、憤怒と羞恥の表情。
「大変だったのは、ぼくじゃない。魔王を信じて従ってくれた獣人たちだ。俺が不甲斐無いせいで無駄死にを……」
「カイトのせいじゃない!」
即座にセヴィーリャが否定する。両腕に力が籠り、巨大な肉球がカイトの頭を押さえつける。
不機嫌そうな顔でありながら口元には笑みを浮かべ、変わり果てた主は変わらない家臣を見上げる。
たぶん乳の壁で、顔は見えてないだろうけど。
「ひとの上に立つ者には責任と義務がある。果たせなければそれは、俺のせいなんだよ、セブ」
なかなかどうして、立派な子じゃないの。
まだ口調には“義務としての魔王口調”と“自分本来の子供口調”が混ざってて違和感あるけど、キャラがブレブレなのは筆頭家臣も同じなので気にしないことにした。
まあ、そのうち治るでしょ。
「あなたの来た頃でも、下級魔族の扱いはひどかったみたいね」
「ぼくの前の魔王が最悪で、堪えかねた獣人に殺されたみたいです。詳しく聞く限り自業自得みたいですが、それでますます獣人族の地位が低くなったとか」
「カイトの前の代では4千人、下級魔族の3割近くが魔王に、それも戯れに殺されました。かつての族長会議で弑逆の決断を下さなければ、種ごと滅びていた獣人も出たでしょう」
そして下級魔族の地位向上を図った先代魔王は上級魔族によって誅殺されるところだったのだから、皮肉なものだ。
そもそも魔族領はひとつの国、ひとつの集合として成り立っていない。経済も政治も民族も分断国家のそれだ。纏め上げるためには何か強力な拘束力が必要になる。現実的に考えれば有無をいわせぬ統率力か外圧。
でも、そのどちらも結果的には失敗し、いまもまた失敗を重ねようとしている。
魔王領をひとつの集合として考えると、そしてそれが理想の姿だと仮定するならば、どうにかしなければいけないのは理解しているのだけれど。
前世でも今世でも常に異物側であったアタシには正直なところ、相容れない者たちとそうまでして寄り添おうとする必要があるのか、と考えてしまう。
「これからどうするかも考えなきゃいけないわね……」
「わたしは、カイトがいればそれで問題ありません」
「いや、あんたはそれでいいかもしれないけど、アタシたちずっと海上を放浪する訳にいかないでしょうよ、海賊じゃないんだから」
「問題ありません。カイトは海賊も似合うと思います」
知らないわよ、そんなこと。楽しそうなのは否定しないけど。
鼻を膨らませて空想に耽るセヴィーリャと、何かに気付いてモジモジするカイト。ほとんど自分の頭ほどもある胸肉の下で埋もれながら彼女に小声で話し掛ける。
「セブ、人前では名前で呼ぶなっていったろ」
「では、元魔王様? 先代魔王陛下、でしょうか」
「……この姿だし、それもヘンだろ。どうしようか」
「では、わたしにとって唯一無二の王であるからして、“我が心の王”と」
「やだよ恥ずかしい……」
「ああ、ちょっとそこの馬鹿ップル。そういう話はふたりきりのときにしてくれないかしら」
「「す、すみません」」
彼らは恐縮しつつも、“一心同体”って感じに密着したまま離れようとしない。サイズが違い過ぎて背負い式のパワードスーツみたいになってるけど。
「陛下、よろしいですか」
部屋のドアがノックされ、入出許可を求めるイグノちゃんの声がした。
それを聞いたカイトは身を強張らせ、セヴィーリャの拘束を解いて床に正座する。現実を受け入れる準備のためか、静かに息を吐いて背筋を伸ばした。
「どうぞ」
幅広のおかしな帽子を手にして、イグノちゃんが入ってくる。それについては相談を受けていたが、承認と同時に作ったのか……いや彼女のことだから、最初から用意していたのだろう。
ともあれ、イグノ工廠長はカイトを見て笑みを浮かべ、いつもと違う年上の顔になって頭を下げた。
何をどこまで知っているのか、アタシはそれを見て彼女のなかにある奇妙に老成した部分を実感する。もしかしたら、イグノちゃんだけが知っていることはアタシの予想以上に多いのかもしれない。
「ご無事で何よりです、カイト様」
「力及ばず、皆には苦労を掛けた。最期まで礼も詫びもいえないままだったが、イグノーベルにも感謝している」
「……望んで従ったのです。自分も、そして他の者たちも、悔いはない。そう思っています」
納得したのかどうかはわからないが、カイトは黙って頷く。
アタシにはその顔が、背負うべきものは背負うと覚悟を決めたように見えた。
「ハーン陛下、メレイアの下流に接岸しました。まだ桟橋が仮設なので貨物の積み下ろしには少し時間が掛かるのですが、乗降は開始されています」
「避難民の受け入れは可能?」
「ええ、問題ありません。“ぷれはぶ住宅”の増築を始めていましたから」
急速に発展したメレイアは移住してきた魔王領の住人や王国側からの一時入植者が爆発的に増え、彼らのために住宅供給が必要になっていたのだ。ひとつずつ設計建築をしている余裕はない。一般人居住区には商業区と同じくプレハブ工法を取り入れ、機械で大量生産し安価・効率的に進める計画になっていた。
そこには終の棲家という発想はなく、内装や簡単な家具も揃えた汎用設計で、いってみれば仮設住宅だ。一時収容には向いている。
「新生魔王城の方でも大部屋が確保出来ます。炊き出しも城の厨房で行う予定ですし、落ち着き次第すぐに帰宅を希望される方には、そちらの方が便利でしょう」
「まったく……さすがイグノちゃん、至れり尽くせりね」
「お褒めに預かり光栄です。新生魔王城の方は、まだ完成している機能が地上階だけですから城というより集会場のようなものなのですけど」
いまはまだ、メレイアの河岸に停泊中のルコックが仮の魔王城、ってことになる。
航行し戦う城というのも夢があって良いんだけど、城というのは政治や行政の中心でもあるわけで、領民側から見れば“いつどこにいるかわからない政府庁舎”というのは不便だろう。沈む可能性があるというのも問題だ。
「それで、ハーン陛下。早くも面会希望者が……」
「え?」
「陛下ーッ!」
「おっきなまおー!」
パットを先導に、ドヤドヤと入り込んで来たのはバーンズ曹長たち重装歩兵部隊の面々。
「「「「ぅおう!?」」」」
お互いの顔を見て、彼らは驚愕のまま固まる。
あ、まずい。両方ともに事情を説明してなかったわ。
「なんで生きてる!?」
「なんで縮んでるんですかッ!?」
数十の目が一斉にアタシを見る。
「「「まさか呪い!?」」」
「そこだけハモんないでちょうだい。違うわよ。バーンズちゃんたちが生き返ったのは、強めに掛けたアタシの安癒。先代魔王は縮んだんじゃなくて、魔王の力を喪ったことで元の姿に戻ったの。これが本来のカイトよ」
たぶん、だけど。他の理由があったとしてもアタシは知らない。
困惑し動揺した彼らはお互いを見詰め、また一斉にアタシを見て声を揃える。
「「「「ウソでしょう!?」」」」
「だからハモんないでよ、どれだけ心が繋がってんだか知らないけど」
「信じられない……」
「おっきなまおー、ちっちゃくなったの!?」
「ちっちゃくない! これから大きくなるんだ!」
「ええ、そうです。カイトはこれから、どんどん大きくなります。身も心も、前よりも大きく逞しい姿に……」
「ちょっとセヴィーリャ、ヨダレヨダレ!」
「それで、陛下……じゃないのか。ええと、カイト様? 近衛の連中とは、もう会ったんですか」
バーンズちゃんの言葉にカイトが固まり、俯いて小さく首を振る。
「彼は、さっきまで死にかけてたのよ。まだ目覚めたばかりだから、もう少し落ち着いたら段階を踏んで会わせるつもりだったんだけど」
先走り過ぎたのを自覚して、イグノちゃんとバーンズちゃんたちがシオシオと恐縮した顔になる。それでもバーンズちゃんは、チラリと目線だけでアタシを見る。
「……先代魔王が健在だって話だけでも、教えてやって良いですか? あいつらずっと死んだような目をしてるの、知ってます?」
知ってる。理由がわからなかったけど、いま理解した。
最初は不可解だった何かを待っているような顔。諦観めいたその表情が何を意味しているのか、ここにきてようやく気付いた。
自分たちだけが生き残ってしまったことに対する罪悪感と後悔。
たぶん彼らは、永遠の地に向かってしまった仲間を追いかける方法、誇り高き死に場所を探していたのだ。
「ええ、お願い。カイトとセヴィーリャの救出後は治療で余裕がなくて、彼らへの気遣いは出来てなかったわ」
「お任せください! 行くぞ野郎ども!」
「「「アイ、曹長!」」」
廊下に駆け出した重装歩兵たちが、歓声を上げながら遠ざかってゆく。その姿を見て改めて、カイトにどれだけ人望があったのかを思い知らされる。
当の本人は、身の置き場もないほど小さくなっているのだが。
セヴィーリャが心配して目の前に座り込み、俯いたカイトの顔を間近で覗き込む。
近い近い近い……。
「どうしたんです、カイト。かつての臣たちと再会できて、嬉しくないのですか」
キッと顔を上げてセヴィーリャを見る。
怒っているのか泣いているのか恥じているのかその全てか、頬と目が紅い。
「そんなの、嬉しいに決まってるだろう! 重装歩兵たちの死は、間近で体験したんだ! 自分の身も心もバラバラに引きちぎられるようだった! 帝国に奪われた近衛部隊の連中がどうなったか、最期まで気掛かりだった! あいつらは……お前らは、俺の全てだったんだ!」
「だったら、何で?」
「……いまの俺には、皆に合わせる顔がな、ぃぶッ!」
セヴィーリャは、前置きなしにカイトの横面を思いっきり張り飛ばした。平手とはいえ、いまは彼女の半分ほどの体重しかないであろう先代魔王はクルクルと壁まで吹っ飛んで叩き付けられる。
「ちょッ!?」
カイトはまともに喰らったらしく、ピクピクしながら目を回している。
なにせ救出時には全身ボロボロのグチャグチャで、生きているのが不思議なくらいだったのだ。文字通りの瀕死状態から3日で意識こそ取り戻したものの、いまもまだ普通の人間なら面会謝絶レベルの重傷者だ。
制止しようとするアタシの手を振り払い、歩み寄ったセヴィーリャはかつての――そして恐らく永遠の――主を、憤怒の表情で見下ろす。
両手で胸倉をつかんで引き摺り起こすと、目を見据えたまま彼と額を合わせた。先ほどまでより遥かに近いが、そこに甘い空気は微塵もない。
「わたしたちは、誓った」
「……ぅ?」
「あなたに従うと、あなたを信じると、あなたに全てを捧げると誓ったんだ」
「だ、から、こんな結果に……」
「結果なんて知ったことじゃない! 負けない戦などない! 死なない兵などいない! 命懸けで戦い散った者に憐憫など要らない! そんなこともわからなくなったんですか、陛下!」
「止めろ、俺は、もう……」
「玉座を下りたからといって、過去が消えるわけじゃないんです。あなたはいまも、いつまでも、歴代魔族最強の武人と称された、第七十三代魔王陛下なんですよ。彼らにどう対するべきか、あなたならわかるはずだ。いえ、本当は最初から、わかっていたんでしょう?」
「お前に」
「何がわかるかって? 全てですよ。なんでも、どこまででも。わたしは……」
セヴィーリャは笑う。
「ずっと、あなただけを見ていたから」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
30
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる