上 下
97 / 166

猛る獣人

しおりを挟む
「え!? 発砲が早過ぎない!? まだ100哩以上はあるでしょ?」
虚心兵こっちじゃありません。平野部東側から所属不明の吸精族ヴァンプ魔導師部隊、約20!」
「別働隊か。輜重隊の悪夢おまえの警戒網を抜けたってことは、転移か隠蔽の特殊魔術持ちだな。ゴーレムには荷が重い。人虎族重装歩兵部隊ウチが出る。援護を頼む」
「わかった、けど1分だけ待って!」

 イグノちゃんの声にバーンズちゃんは頷くと、部屋の外に顔だけ出して部下たちに出声を掛ける。

「タバサ、出撃準備!」
「出来てます、いつでも!」
「総員、城壁外で待機、1分後に出る! 人狼族けいそーの連中には城壁を死守するよう伝えろ!」
「はッ!」

「……いまよ、わたしの虚心兵ゴーレムちゃんたち!」

 イグノちゃんが魔珠を叩面タップすると砲撃が開始され、平地のあちこちで爆炎が上がった。血飛沫と肉片が撒き散らされるが、すぐに吸精族《ヴァンプ》魔導師部隊は散開して姿を消す。

「甘い甘い、いくら速くても見えなくても、捕まえられない訳じゃないのよ!」

 虚心兵ゴーレムからの一斉砲撃は、転移も隠蔽も関係なく敵を区画ごと吹き飛ばし、焼き払ってゆく。草原は凄まじい勢いで掘り起こされ、鋤き返され、黒土と肉塊が入り混じって耕される。

「残敵17……14……12……」

 順調に敵を殲滅してゆくように見えた虚心兵たちも、決死の突撃により懐に入られ、動力源の魔珠を貫かれて機能停止させられてゆく。敵勢力の無力化は残り11体で止まった。

いいとこ・・・・だな。後は任せろ、たかが11体程度なら一瞬で片付けてやる」
「バーンズちゃん。合計だと22だけど、大丈夫?」
「問題ありません。混成部隊むこうが来る前に、こっちを片付けます」

 魔珠からの映像には、早くも展開を始めた人虎族重装歩兵部隊の姿が映っていた。分隊ごとにまとまって陣形を組み、指揮官の到着を待っている。
 魔王城を出て行ったバーンズちゃんが、ものの数分でその先頭に立つと、重装歩兵部隊の精鋭20名は一斉に動き出した。

 左翼が回り込みながら敵を囲い、中央が牽制、逃げ場を失くして固まったところを右翼が突進して食い千切る。動きが止まったところを中央からの一撃が切り裂くと、下がる隙も与えず左翼が嚙み砕く。
 敵へと襲い掛かるその動きは、連携などという生易しいものではない。躍動し暴れ回る1頭の猛獣だ。しなやかに伸びる爪と、強力無比な牙。
 魔力と攻撃魔術に長け、速度と隠蔽術で敵を翻弄するのが身上の吸精族ヴァンプが。手も足も出ず次々にほふられてゆく。

 あまりにも一方的すぎる展開に、アタシは唖然として魔珠の映像を見詰めるしかない。

「……なんなの、これ。相手は上級魔族で、バーンズちゃんたちは、下級魔族なのよね?」
「その疑問は、ごもっとも……というより事実、先代魔王様が即位されるまで、彼らが上位の魔族に敵うものなど何ひとつなかったのです」

 イグノちゃんは魔珠を抱き締めるようにして呟く。

「肉の壁でしかない烏合の衆、文字通りのケダモノ扱いしかされていなかった獣人族ウェアたちを、カイト様が変えたのです。規律、統率、連携、指針、目的意識と達成計画。それは、何もかもが聞いたことのない概念。下級魔族の誰もが夢見ることさえなかった理想でした。目の前に差し出された新しい魔王領軍の未来に、獣人族かれらは熱狂し、死にもの狂いで期待に応え、結果を出し、実現しようとしたのです」

 静かで穏やかで愛情に満ちたその声に含まれる何かが、アタシを怯ませる。

「……応え過ぎた・・・・・、ってこと?」
「魔王領をバラバラにしたという意味でしたら、その通りです。獣人族ウェアの成長と躍進ぶりには目を見張るものがありましたが、それは上級魔族の誇りを踏み躙り、中級魔族の存在価値を喪わせたのですから」

 イグノちゃんは、笑う。

「あまりに純粋な彼らは、背中から撃たれるなんて、思ってもみなかったのです」
しおりを挟む

処理中です...