116 / 166
危機と反攻
しおりを挟む
「……まずいわね」
接客のための笑顔を維持しながらも、カウンターに立つテインの声は暗い。
店の売り上げが銀貨2枚に届こうとした正午前、ピタリと客足が止まったのだ。
意外な敵は、気温だった。
秋だというのに晴天に恵まれ、昼前からどんどん暑くなってきている。わたしたちの商品は焼き菓子と揚げ菓子が中心のため、汗ばむ陽気ではさほど食指が動かなくなる。
喉が渇くのか紅茶など飲み物が売れているが、目標額を考えると微々たるものだ。
「秋だから、温かい物が良いと思ったのに」
「夕方から盛り返せるかも」
「それじゃ間に合わない。それに、明日以降もこうだったら」
5日で銀貨10……全員合わせても金貨1枚だ。
どんよりしているわたしたちの上で、空は憎いほど晴れ渡って雲ひとつない。農家でもないわたしたちには、荒天を望むなど初めての体験だった。
「迷ってる暇はないわ。その間に少しでも飲み物を売るわよ。レモンを入れた方の紅茶、別に濃いめのを出して。甘くして氷を入れるの」
「紅茶に氷?」
「カナンちゃんたちのところで聞いたわ。果汁に砕いた氷をたっぷり入れると子供に受けが良いって。うちでも試してみましょう」
「わかった。よし、みんな動くぞ!」
手をも拱いているだけだった仲間たちは、目先の仕事を得てホッとしたように動き始める。問題の解決にはならないが、何もしていないと不安で押し潰すされそうなのだ。
情けないが、わたしたちは新兵と同じだ。何か命令がないと、まだ誰も満足に動けない。
「ウェリスちゃん、いる!?」
そのとき息せき切って駆け込んで来たのは、魔王領パティシエ・ガールズのカナン先輩。いつもは冷静沈着な彼女が珍しく焦っている。
火を落とした揚げ鍋の前で呆けていたウェリスに近付くと、肩に手を置いて息を整える。
「あなた水魔法が出来たわよね。手を貸して欲しいの」
「わたしに出来ることなら」
「お願い。心配しないで、売り上げはちゃんと分配する……から……」
カナン先輩の動きが、カウンターを見て止まる。
目の前にある売れ残りの商品を、厳しい眼で見詰めている。
懇切丁寧に教えてくれて、いわれた通りに作った筈のドーナッツもワッフルも、客に見向きもされず積み重ねられたまま冷えてゆくだけ。
わたしたちの誰もが、羞恥心と罪悪感で泣きそうになっていた。
「すみません、カナン先輩。先輩たちは悪くないんです。これは、わたしたちの責任で」
「……黙って」
「だって! 頑張っても、ダメだったんだもの。ちゃんと作って、みんなで売ろうとしたけど、昼前から全然、見向きもしてくれなくて、それで……」
「ちょ、ちょっと静かにして、お願いだから!」
わたしやロレインの言い訳を撥ねつけ、カナン先輩の顔がますます険しくなる。
パフェルの新作、“みるふぃーゆ”に目を留めると、ひょいとつまみ上げてひと口で食べる。指を拭って首を傾げ、“これは違う”と呟く。
緊張していたパフェルが、その声にがっくりと肩を落とすのがわかった。
「あ、ごめんね。そういう意味じゃないの。これは物凄く美味しいから売れるとは思うんだけど、いま考えているのは……ええと……」
カナン先輩は周囲を見渡し、何かを探している。
彼女の背後で、魔王領の露店からヨック先輩が駆けてくるのが見えた。
「カナンちゃん何やってるの、早くウェリスちゃんを連れて来てくれないとオレインちゃん潰れちゃう!」
「あはははははは!」
いきなり大笑いし始めた彼女を見て、わたしたちのみならずヨック先輩までビクッと硬直する。
カナン先輩が壊れた!?
暑さで!? それともわたしたちの無能っぷりが逆鱗に触れたか?!
「良いじゃない! すっごく良いわ! なんだ、そういうことなのね魔王陛下、ずっと、最初から、そういうことだったのよね!?」
わからん。サッパリ理解出来ない上に、普段温和なひとが激高する姿はムチャクチャ怖い!!
「冷却魔法を掛け続けてオレインちゃんが限界なの。ウェリスちゃんは魔王領の店に……いや、違う。みんな来て。商品持って、いますぐ!」
何も理解出来ないまま、わたしたちは魔王領の店に連れて来られた。そこでは新しく加わったウェリスさんという人魚族の方が、ズラリと並んだおかしな金属の筒を抱えて青褪めながら唸っていた。
「来たわよ、ウェリスちゃんそこの筒を冷やして。出来るだけで良いから」
「なんです、これ」
「アイスクリ―マー。ミルクを冷やして固めるの。売れ行きが急過ぎて、冷却が間に合わないのよ。そんなことより、これを……」
「????」
いいながらワッフルを炙ってちぎり、皿に分けると金属の筒から白い塊を取り出す。
「みんな、ちょっと来て」
白い塊を載せたワッフルを全員に配る。同じくドーナッツを切り分けて分配し、グラスに注いだ半固形のミルクを添える。
「食べて」
カナン先輩の気迫に押されて全員が従う。特に先輩たちは瞬時に反応し、口に含んだかと思うとそれぞれに頷き始めた。
わからん。なにがどうなっている!?
「「「「「……!」」」」」
食べたら、すぐに理解出来た。仲間も先輩たちが何を感じたかわかった。
そして不思議なことに、全員が同じことを、ちゃんと理解したことまでハッキリと伝わってきた。
新兵の部隊が、戦場で急に自律した行動を取れるようになる瞬間があると、退役軍人の父親から聞いたことがある。
自分たちにとってはそれが、いまだったのかもしれない。
「これ、合う」
「恐ろしいほどにマッチしている。足りないものを補うだけじゃない。引き立て合って、混ざり合って、別の何かになろうとしてる」
「何か足りなかったのは、これか」
タイネ先輩が笑う。
歴戦の勇士らしい不敵な表情。勝機を得て目がギラギラと光っている。
「暑いから冷たいもの、ってだけじゃダメだったんだ。お客さんは目新しさに買ってくれるけど、一度食べたら戻ってこない。これだよ。新しいものを受け止めてくれる、ホッとする物が必要だったんだ」
「ワッフルとアイスクリーム。ドーナッツとミルクセーキ。苦味と甘み、冷たさと温かさ。色も味も、最初から“ふたつでひとつ”って感じ。それと、パフェルちゃん、この、ミルフィーユ? 悪いんだけどこれ……」
「ごめんなさい」
「……? いや、そうじゃなくて、このなかに入っているサクサクした薄いの。これもっといっぱい作れる?」
「は、はい」
「もう少し小さく、細長くして。厚さは半分以下でいい。アイスクリームに添えたいの。チョコクリームは別にして……コルシュちゃん、これも絞り器に入れて」
「わかりました。生クリームと2種類のデコレートですね。素晴らしいです、これはフルーツにもぴったり。きっとパフェにすると、すごく映えるわ」
「……“ぱふぇ”?」
カナン先輩がパンパンと手を叩く。その音に全員が背筋をサッと伸ばし、皿を置いて彼女に向き直った。
「お互いに、足りないものは見つけた。補い合うのはわかったけど、お客さんを行ったり来たりさせるのは時間と利益の無駄、これは重大な“機会損失”よね?」
先輩たちは頷くが、わたしたちは困惑して不安そうな視線を絡ませるだけ。
理解の及ばないわたしたちを代表して、テインがおずおずと手を挙げる。
「あの、カナンちゃん。それで、いったい何をするつもり……?」
「2軒を、ひとつの店にするの」
「「「「え!?」」」」
「不満?」
「……いえ、わたしたちは、ありがたいくらいだけど。それだと、そちらが手に入れるはずの利益を、失うことになるんじゃ……」
「魔王陛下ならこういうわ。“ちっさいこと、いってんじゃないわよ”って」
大袈裟に眉を寄せ、フンと鼻を鳴らすカナン先輩。その仕草は驚くほど魔王陛下に似てた。
コルシュ先輩が、わたしたちを見る。いつも通りの穏やかな笑顔だけど、視線は真剣で、思わず圧倒されてしまう。
「わたしたちは、こんなところでグズグズしてるわけにはいかないの。もっと上に、もっと先に、全力で進まなきゃいけない。そしてあなたたちも、同じ気持ちだと思っているわ」
コルシュ先輩の後ろで、白いワンピースを身に纏った人虎族の女性がクスクスと笑う。
どこぞのお嬢さまかとおもいきや、よく見ると魔王領軍重装歩兵部隊の猛者、ミルトンさんだ。最初に紹介を受けたときには信じられなかったけど、不敵に笑うその迫力は噂通りの豪傑を思わせるものだった。
「商売として考えれば型破りかもしれないけど、兵隊から見ると理に適ってるよ。戦力の逐次投入は、愚策中の愚策。敵には常に、持ち得る最大の兵力を、最大の力でぶつけるべきだもの」
「……兵力には、わたしたちも含まれると?」
「当然。新生魔王領軍は、戦いで手段を択ばない。それが厳しい戦いであれば、なおのこと」
「みんな、もう休憩はないと思って。これからわたしたちは、全員で戦う。王国とか魔王領とか、もう関係ない。わたしたちは、全員で、パティシエ・ガールズよ!」
「「「「「「「「はい!」」」」」」」」
◇ ◇
「コーリンちゃんとロレインちゃんは、一緒に来て。いま売り上げはどのくらいある?」
「まだ銀貨2枚弱です」
「それ、ちょっと借りるかも。大丈夫よ、絶対取り返すから」
カナン先輩がわたしたちを引き連れて訪れたのは、隣の店。先輩たちとわたしたちの店の間にある、奇妙な茶を出す怪しげな店だ。
「お忙しいところすみません店主さん、ちょっとお話聞いてください」
「これが忙しいように見えるかい? あんたたちがいうと厭味どころか冗談にしか聞こえないんだけどね」
ひと気のない店先で不機嫌そうな顔を上げたのは、薄布を巻いたような見慣れない服を着た若い女性だった。美人ではあるが、目に少しだけ荒んだ雰囲気を持っている。
怯みそうな気持ちを奮い立たせ、わたしはカナン先輩の横に並んだ。
「お店の場所を入れ替えていただけないかと思って、お願いに上がりました」
「店の入れ替え? いまからか」
「はい。御迷惑をお掛けするのは承知してますので、移動にはこちらから人手を出します。補償として銀貨1枚をお出しすることも……」
「いや、それはいいよ」
店主は少し宙に視線を彷徨わせ、ニヤリとふてぶてしい笑みを浮かべる。
「入れ替えに応じる代わりに、教えてくれないか?」
「教える? わたしが?」
「ああ。あんたたちの店は、どっちも朝からずっと、すごい売れ行きで感心してたんだ。そんなあんたたちから見て、うちの商品は、どうしたら売れるのかと思ってさ」
わたしたちは、傍らに置かれた商品を見る。
ポットに載せられた濾し器に、黒い粉。横には豆を炒める火口と、小さな籠状の金網。麻袋に入った生豆には見たことのない文字。
わたしには売る方法以前に、これが何なのかもわからない。
焦げたような甘い香りが気になっていたが、その正体はわからなかったし、自分たちの店を維持するのに必死で深く考える暇はなかったのだ。
「これは?」
「カフィルって、南国の豆を炒ったお茶だ。シャキッと目が覚めて元気が出るって南大陸じゃ人気らしいんだが、王国じゃ口に合わないのか誰も買ってくれない」
店主は新しく淹れ直して、こちらに差し出してくる。
大きなカップに注がれたそれは2種類。
ひとつは焦げたような香りが魅力的だが、口に含むと濃いコクと強い苦みがある。
もうひとつのはそれほど苦くはなく甘い香りで飲みやすいが、やけに渋い。
両方を試して、すぐにカナン先輩は頷くとカップを置いた。判断が早い。
「まず、どちらも量が多過ぎます。値段も量も半分……1/3でいいくらいです」
「わかるけど、それじゃ解決にならない。そもそも買ってくれないんだから」
「この苦い方は、うちから甘くした濃縮ミルクを出します。カウンターに置いて、お客さんに好みの量を入れてもらいましょう。もうひとつの、苦みの少ない方は氷で満たした大きめのカップに注いでください」
「冷やしたら渋みが増すよ?」
「問題ありません。溶けた氷で薄まると、このすっきりした渋みは悪くないと思います。甘いのが好きな人には濃縮ミルクを勧めて……いや、違う。そうじゃない」
カナン先輩の動きが止まる。息を吐いて首を振る。
顔を上げたときには、魔王陛下そっくりの悪い笑みが浮かんでいた。
「どちらも、飲み物は甘くしないという手もありますね。……もしかしたら、これも同じ……?」
「なに? それ、どういう意味?」
「わたしたちは最初から、陛下の手の上で踊っていたって意味です。わたしは、魔王領の菓子職人カナン。お姉さん、お名前は?」
「マーロ。南部領で流れの商いをしているが、生まれは帝国の貧民窟だ」
「ねえ、マーロさん。わたしたちと、高いとこを見てみませんか?」
接客のための笑顔を維持しながらも、カウンターに立つテインの声は暗い。
店の売り上げが銀貨2枚に届こうとした正午前、ピタリと客足が止まったのだ。
意外な敵は、気温だった。
秋だというのに晴天に恵まれ、昼前からどんどん暑くなってきている。わたしたちの商品は焼き菓子と揚げ菓子が中心のため、汗ばむ陽気ではさほど食指が動かなくなる。
喉が渇くのか紅茶など飲み物が売れているが、目標額を考えると微々たるものだ。
「秋だから、温かい物が良いと思ったのに」
「夕方から盛り返せるかも」
「それじゃ間に合わない。それに、明日以降もこうだったら」
5日で銀貨10……全員合わせても金貨1枚だ。
どんよりしているわたしたちの上で、空は憎いほど晴れ渡って雲ひとつない。農家でもないわたしたちには、荒天を望むなど初めての体験だった。
「迷ってる暇はないわ。その間に少しでも飲み物を売るわよ。レモンを入れた方の紅茶、別に濃いめのを出して。甘くして氷を入れるの」
「紅茶に氷?」
「カナンちゃんたちのところで聞いたわ。果汁に砕いた氷をたっぷり入れると子供に受けが良いって。うちでも試してみましょう」
「わかった。よし、みんな動くぞ!」
手をも拱いているだけだった仲間たちは、目先の仕事を得てホッとしたように動き始める。問題の解決にはならないが、何もしていないと不安で押し潰すされそうなのだ。
情けないが、わたしたちは新兵と同じだ。何か命令がないと、まだ誰も満足に動けない。
「ウェリスちゃん、いる!?」
そのとき息せき切って駆け込んで来たのは、魔王領パティシエ・ガールズのカナン先輩。いつもは冷静沈着な彼女が珍しく焦っている。
火を落とした揚げ鍋の前で呆けていたウェリスに近付くと、肩に手を置いて息を整える。
「あなた水魔法が出来たわよね。手を貸して欲しいの」
「わたしに出来ることなら」
「お願い。心配しないで、売り上げはちゃんと分配する……から……」
カナン先輩の動きが、カウンターを見て止まる。
目の前にある売れ残りの商品を、厳しい眼で見詰めている。
懇切丁寧に教えてくれて、いわれた通りに作った筈のドーナッツもワッフルも、客に見向きもされず積み重ねられたまま冷えてゆくだけ。
わたしたちの誰もが、羞恥心と罪悪感で泣きそうになっていた。
「すみません、カナン先輩。先輩たちは悪くないんです。これは、わたしたちの責任で」
「……黙って」
「だって! 頑張っても、ダメだったんだもの。ちゃんと作って、みんなで売ろうとしたけど、昼前から全然、見向きもしてくれなくて、それで……」
「ちょ、ちょっと静かにして、お願いだから!」
わたしやロレインの言い訳を撥ねつけ、カナン先輩の顔がますます険しくなる。
パフェルの新作、“みるふぃーゆ”に目を留めると、ひょいとつまみ上げてひと口で食べる。指を拭って首を傾げ、“これは違う”と呟く。
緊張していたパフェルが、その声にがっくりと肩を落とすのがわかった。
「あ、ごめんね。そういう意味じゃないの。これは物凄く美味しいから売れるとは思うんだけど、いま考えているのは……ええと……」
カナン先輩は周囲を見渡し、何かを探している。
彼女の背後で、魔王領の露店からヨック先輩が駆けてくるのが見えた。
「カナンちゃん何やってるの、早くウェリスちゃんを連れて来てくれないとオレインちゃん潰れちゃう!」
「あはははははは!」
いきなり大笑いし始めた彼女を見て、わたしたちのみならずヨック先輩までビクッと硬直する。
カナン先輩が壊れた!?
暑さで!? それともわたしたちの無能っぷりが逆鱗に触れたか?!
「良いじゃない! すっごく良いわ! なんだ、そういうことなのね魔王陛下、ずっと、最初から、そういうことだったのよね!?」
わからん。サッパリ理解出来ない上に、普段温和なひとが激高する姿はムチャクチャ怖い!!
「冷却魔法を掛け続けてオレインちゃんが限界なの。ウェリスちゃんは魔王領の店に……いや、違う。みんな来て。商品持って、いますぐ!」
何も理解出来ないまま、わたしたちは魔王領の店に連れて来られた。そこでは新しく加わったウェリスさんという人魚族の方が、ズラリと並んだおかしな金属の筒を抱えて青褪めながら唸っていた。
「来たわよ、ウェリスちゃんそこの筒を冷やして。出来るだけで良いから」
「なんです、これ」
「アイスクリ―マー。ミルクを冷やして固めるの。売れ行きが急過ぎて、冷却が間に合わないのよ。そんなことより、これを……」
「????」
いいながらワッフルを炙ってちぎり、皿に分けると金属の筒から白い塊を取り出す。
「みんな、ちょっと来て」
白い塊を載せたワッフルを全員に配る。同じくドーナッツを切り分けて分配し、グラスに注いだ半固形のミルクを添える。
「食べて」
カナン先輩の気迫に押されて全員が従う。特に先輩たちは瞬時に反応し、口に含んだかと思うとそれぞれに頷き始めた。
わからん。なにがどうなっている!?
「「「「「……!」」」」」
食べたら、すぐに理解出来た。仲間も先輩たちが何を感じたかわかった。
そして不思議なことに、全員が同じことを、ちゃんと理解したことまでハッキリと伝わってきた。
新兵の部隊が、戦場で急に自律した行動を取れるようになる瞬間があると、退役軍人の父親から聞いたことがある。
自分たちにとってはそれが、いまだったのかもしれない。
「これ、合う」
「恐ろしいほどにマッチしている。足りないものを補うだけじゃない。引き立て合って、混ざり合って、別の何かになろうとしてる」
「何か足りなかったのは、これか」
タイネ先輩が笑う。
歴戦の勇士らしい不敵な表情。勝機を得て目がギラギラと光っている。
「暑いから冷たいもの、ってだけじゃダメだったんだ。お客さんは目新しさに買ってくれるけど、一度食べたら戻ってこない。これだよ。新しいものを受け止めてくれる、ホッとする物が必要だったんだ」
「ワッフルとアイスクリーム。ドーナッツとミルクセーキ。苦味と甘み、冷たさと温かさ。色も味も、最初から“ふたつでひとつ”って感じ。それと、パフェルちゃん、この、ミルフィーユ? 悪いんだけどこれ……」
「ごめんなさい」
「……? いや、そうじゃなくて、このなかに入っているサクサクした薄いの。これもっといっぱい作れる?」
「は、はい」
「もう少し小さく、細長くして。厚さは半分以下でいい。アイスクリームに添えたいの。チョコクリームは別にして……コルシュちゃん、これも絞り器に入れて」
「わかりました。生クリームと2種類のデコレートですね。素晴らしいです、これはフルーツにもぴったり。きっとパフェにすると、すごく映えるわ」
「……“ぱふぇ”?」
カナン先輩がパンパンと手を叩く。その音に全員が背筋をサッと伸ばし、皿を置いて彼女に向き直った。
「お互いに、足りないものは見つけた。補い合うのはわかったけど、お客さんを行ったり来たりさせるのは時間と利益の無駄、これは重大な“機会損失”よね?」
先輩たちは頷くが、わたしたちは困惑して不安そうな視線を絡ませるだけ。
理解の及ばないわたしたちを代表して、テインがおずおずと手を挙げる。
「あの、カナンちゃん。それで、いったい何をするつもり……?」
「2軒を、ひとつの店にするの」
「「「「え!?」」」」
「不満?」
「……いえ、わたしたちは、ありがたいくらいだけど。それだと、そちらが手に入れるはずの利益を、失うことになるんじゃ……」
「魔王陛下ならこういうわ。“ちっさいこと、いってんじゃないわよ”って」
大袈裟に眉を寄せ、フンと鼻を鳴らすカナン先輩。その仕草は驚くほど魔王陛下に似てた。
コルシュ先輩が、わたしたちを見る。いつも通りの穏やかな笑顔だけど、視線は真剣で、思わず圧倒されてしまう。
「わたしたちは、こんなところでグズグズしてるわけにはいかないの。もっと上に、もっと先に、全力で進まなきゃいけない。そしてあなたたちも、同じ気持ちだと思っているわ」
コルシュ先輩の後ろで、白いワンピースを身に纏った人虎族の女性がクスクスと笑う。
どこぞのお嬢さまかとおもいきや、よく見ると魔王領軍重装歩兵部隊の猛者、ミルトンさんだ。最初に紹介を受けたときには信じられなかったけど、不敵に笑うその迫力は噂通りの豪傑を思わせるものだった。
「商売として考えれば型破りかもしれないけど、兵隊から見ると理に適ってるよ。戦力の逐次投入は、愚策中の愚策。敵には常に、持ち得る最大の兵力を、最大の力でぶつけるべきだもの」
「……兵力には、わたしたちも含まれると?」
「当然。新生魔王領軍は、戦いで手段を択ばない。それが厳しい戦いであれば、なおのこと」
「みんな、もう休憩はないと思って。これからわたしたちは、全員で戦う。王国とか魔王領とか、もう関係ない。わたしたちは、全員で、パティシエ・ガールズよ!」
「「「「「「「「はい!」」」」」」」」
◇ ◇
「コーリンちゃんとロレインちゃんは、一緒に来て。いま売り上げはどのくらいある?」
「まだ銀貨2枚弱です」
「それ、ちょっと借りるかも。大丈夫よ、絶対取り返すから」
カナン先輩がわたしたちを引き連れて訪れたのは、隣の店。先輩たちとわたしたちの店の間にある、奇妙な茶を出す怪しげな店だ。
「お忙しいところすみません店主さん、ちょっとお話聞いてください」
「これが忙しいように見えるかい? あんたたちがいうと厭味どころか冗談にしか聞こえないんだけどね」
ひと気のない店先で不機嫌そうな顔を上げたのは、薄布を巻いたような見慣れない服を着た若い女性だった。美人ではあるが、目に少しだけ荒んだ雰囲気を持っている。
怯みそうな気持ちを奮い立たせ、わたしはカナン先輩の横に並んだ。
「お店の場所を入れ替えていただけないかと思って、お願いに上がりました」
「店の入れ替え? いまからか」
「はい。御迷惑をお掛けするのは承知してますので、移動にはこちらから人手を出します。補償として銀貨1枚をお出しすることも……」
「いや、それはいいよ」
店主は少し宙に視線を彷徨わせ、ニヤリとふてぶてしい笑みを浮かべる。
「入れ替えに応じる代わりに、教えてくれないか?」
「教える? わたしが?」
「ああ。あんたたちの店は、どっちも朝からずっと、すごい売れ行きで感心してたんだ。そんなあんたたちから見て、うちの商品は、どうしたら売れるのかと思ってさ」
わたしたちは、傍らに置かれた商品を見る。
ポットに載せられた濾し器に、黒い粉。横には豆を炒める火口と、小さな籠状の金網。麻袋に入った生豆には見たことのない文字。
わたしには売る方法以前に、これが何なのかもわからない。
焦げたような甘い香りが気になっていたが、その正体はわからなかったし、自分たちの店を維持するのに必死で深く考える暇はなかったのだ。
「これは?」
「カフィルって、南国の豆を炒ったお茶だ。シャキッと目が覚めて元気が出るって南大陸じゃ人気らしいんだが、王国じゃ口に合わないのか誰も買ってくれない」
店主は新しく淹れ直して、こちらに差し出してくる。
大きなカップに注がれたそれは2種類。
ひとつは焦げたような香りが魅力的だが、口に含むと濃いコクと強い苦みがある。
もうひとつのはそれほど苦くはなく甘い香りで飲みやすいが、やけに渋い。
両方を試して、すぐにカナン先輩は頷くとカップを置いた。判断が早い。
「まず、どちらも量が多過ぎます。値段も量も半分……1/3でいいくらいです」
「わかるけど、それじゃ解決にならない。そもそも買ってくれないんだから」
「この苦い方は、うちから甘くした濃縮ミルクを出します。カウンターに置いて、お客さんに好みの量を入れてもらいましょう。もうひとつの、苦みの少ない方は氷で満たした大きめのカップに注いでください」
「冷やしたら渋みが増すよ?」
「問題ありません。溶けた氷で薄まると、このすっきりした渋みは悪くないと思います。甘いのが好きな人には濃縮ミルクを勧めて……いや、違う。そうじゃない」
カナン先輩の動きが止まる。息を吐いて首を振る。
顔を上げたときには、魔王陛下そっくりの悪い笑みが浮かんでいた。
「どちらも、飲み物は甘くしないという手もありますね。……もしかしたら、これも同じ……?」
「なに? それ、どういう意味?」
「わたしたちは最初から、陛下の手の上で踊っていたって意味です。わたしは、魔王領の菓子職人カナン。お姉さん、お名前は?」
「マーロ。南部領で流れの商いをしているが、生まれは帝国の貧民窟だ」
「ねえ、マーロさん。わたしたちと、高いとこを見てみませんか?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者
哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。
何も成し遂げることなく35年……
ついに前世の年齢を超えた。
※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。
※この小説は他サイトにも投稿しています。
社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命
yukataka
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる