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ガールズの戦い

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「……ええと。どうなってるの、これ?」

「わたしが知るか、お互いずっと回廊うえにいただろうが」

 衣装を脱いで地上階に下りたアタシたちは、公演前とはまるで違う状況に困惑を隠せないでいる。ほんの少し前まで、来客者は満遍なく色々な店を散策し、それぞれの味を楽しんでくれていた……筈だったんだけど。

 舞台装置を収納したインフォメーションセンターの周辺。中央広場にある魔王領と王国の最精鋭部隊が対峙していたいくつかの露店は、いつの間にかひとつになっていた。
 その周りを幾重にも取り囲むようにお客さんが群がっていて、アタシたちにはなかの様子が見えない。わずかに漏れ聞こえてくる声と調理音だけが、そこで行われている戦い・・の様子を伝えている。

「新鮮な牛乳で作ったミルクシェーキでーす! 冷たくて美味しいですよー!」
「ふたつちょうだい!」
「ありがとうございます! ごいっしょに、温かいドーナッツや焼き立てワッフルはいかがですか? ワッフルにはトッピングでアイスクリームがお勧めです」
「あら美味しそう、両方ひとつずついただくわ」
「こっちはドーナッツ3つだ! あとミルフィーユってのをふたつ!」
「ありがとうございます! 都合D3WA1M2!」

「「「「「イエスマム!」」」」

「コールド・カフェルお待たせ。甘いのが良ければ、カウンターの濃縮コンデンスミルクをご自由にどうぞ」
「ミルフィーユ追加上がりました!」
「ありがと、それこっち! パフェルちゃんは、そのまま量産続けて!」
「アイスクリームのロット3上がりました、ロット4完成まで4分」
「お待たせしてるお客さん7組いるの、2分でお願い!」

「「イエスマム!」」

「ねえ、フルーツパフェまだ?」
「少々お待ちください、コーリンちゃん?」
「あと2分ください、ヨックさんフルーツ追加お願いします!」
「ドーナッツ素材払底、クリーム増産、間に合いません!」
「ロレインちゃん、魔珠で補給班ロジスたんに応援要請!」
「イエス……」
「アイスクリーマー、ダウン! 冷却魔法陣が加熱、煙を上げています!」
「ロレインちゃん、応援追加、すぐ工廠チームを呼んで!」

「イエスマム!」

「お待たせしました、ワッフルのアイスクリーム添えです。こちら焼き立てで熱いですので気を付けて」
「うわぁあ……美味しそう!!」
「お姉ちゃん、パフェひとつちょうだい」
「こっちワッフルのアイス添えふたつと、冷たい紅茶ふたつ! 急いでね!」
「メイデイ、メイデイ! こちら中央広場パティシエ・ガールズ! 興奮状態のお客さまに完全包囲され、孤立しています! 至急、補給と増援を!」

“落ち付け、いまフル装備のメイド2名を送った、1分で到着する。それまで耐えろ!”

「「お待たせしましたー」」
「フルーツと小麦粉と生クリームこちらに置いて……ひゃ!?」
待ってた・・・・わ。あなたは、そのままフルーツ剥いて刻んで。そっちの子は生クリームを撹拌、魔道具の使い方はわかるわよね?」
「え、ええと。わたしたちは、補給班なのですが……」
「関係ないわ。わたしたちは、全員でぶつかるの。誰も見捨てない。その代わり、逃げることも許さないわ」
「そんな、兵隊さんみたいな……」

「そうよ?」

 カナンちゃんの背後に立つ、キッチンの少女たちから一斉に視線を向けられ、いたいけなメイドさんはビクッと硬直する。
 みんな穏やかな笑顔だが、目だけは完全に戦う兵士のそれだ。

「「「「「ここは、わたしたちの戦場なの!」」」」」

◇ ◇

「「………………」」

 アタシはあんぐりと口を開いて白目を剥き、まったく同じ顔をした姫騎士殿下と目を合わせる。

「どう、なってる」

「わかるわけ、ないでしょ」

「あそこにいるのは、魔王領の菓子職人と……王国の菓子職人見習い・・・だよな?」

「そう、みたい。だけど、いまでは歴戦の古参兵ベテランって感じ。他にも、王国そちらの兵士やら、メイドさんやら、あと色々と見慣れない人たちも混じってるみたい」

「臨時混成部隊か。それであの動きは大したものだとは思うが、ここは王国の職人や商人たちが、魔王領と競い合う・・・・場ではなかったか?」

「……まあ、お互いに競い合っては、いるみたいよ?」

 どちらが早く美しく美味しいものを作り上げるか。どちらがより多くの客を、より満足させられるか。
 互いに肩を並べ、ともに同じものを生み出しつつも、彼らは間違いなく競い合っていた。
 火花を散らして全力でぶつかり合いながら、そこには見惚れるほどの調和と、無言の連携が生まれていた。
 彼らは躍動するひとつの獣、進撃を続ける巨大な軍隊だった。

「アタシも、行かなきゃ」

「そ、それは……そうだな。わたしの部隊も出そう。調理は無理でも、荷運びや後方との連絡、素材の下拵えくらいなら可能だろう」

 アタシは覚悟を決めて、自分が作り上げた――生み出してしまった、甘美な戦場へ、少女たちの意地と気迫がぶつかり合うフリルのついた鉄火場へと足を踏み入れる。
 若い子たちのテンションに気後れするけど、逃げていられないわ。

 だってアタシは、彼女たちの王なんだもの。

「みんな、お待たせ! アタシに出来ることがあったら、何でもいってちょうだい!」

「「「「「「魔王陛下!!」」」」」」

「みんな、魔王陛下が来てくださったわよ! いまこそわたしたちの力をお見せするとき、気合入れて!」

「「「「「「「イエス、マム!!」」」」」」」

 ――ああ、あなたたち、いま、とっても輝いてるわよ。

◇ ◇

 気付けば、姫騎士砦には営業終了を知らせる音楽が流れていた。

 まばらになった会場内を、満足そうな顔のお客さんたちが、手に手に山ほどお土産を持ち、膨れたお腹をさすりながら、帰路に就こうとしている。

「さあ、最後の仕事よ。みんな、もう少しだけ頑張って」

「「「「「「はい、魔王陛下!」」」」」」

 アタシは疲労と安堵で崩れ落ちそうになる少女たちを励まし、姫騎士砦の正面ゲートまで誘導する。
 そこでは送迎用に臨時で用意された王国の大型馬車や魔王領の自走トラックがお客さんを乗せ、最寄りの集落に向けて動き出そうとしているところだった。

「王都方面は、後ろの大きな車にお乗りくださーい。ケイアル・イーナス方面は前の馬車でーす。ダラン・ロムネール方面の車は、もう少しで戻りますので、そのままお待ちくださーい」

「「「「「「「「ありがとうございました」」」」」」」」
「「「「「「「「またのお越しをお待ちしております」」」」」」」」

 ゲートの左右に整列した王城メイド部隊が揃って頭を下げる。
 出遅れたアタシたちも、その横に立ってお客さんたちに頭を下げ、手を振ってくれる子供たちに笑顔で応える。

「ありがと、お姉ちゃんたち。とっても、美味しかった」
「よかった、すごく嬉しいわ」

「おかげで喰い過ぎたよ。驚くようなものばかりで、1日がアッという間だった」
「まだまだ、次はもっとすごい物をご用意してお待ちしています」
「それは楽しみだ」

「すごかったなー、“悪魔の涙”! びゅーんって、あれホントにすごかったなー!」

「ありがとう。みなさんにも、お礼をいいたいわ」
「こちらこそ。ご満足いただけましたか」
「ええ、とっても。まさか、うちの小麦が、こんなお菓子・・・・・・になるだなんてね。畑に出ている夫や息子にも、食べさせてあげないと」
「光栄です。今度は皆さんでいらしてください」

 お客さんたちを送り出した後、アタシたちは残された力を振り絞って、露店の後片付けと清掃を済ませる。
 汗だくのクタクタになって露営地に戻ると、正面ゲートに灯りが見えた。
 聞き覚えのある声が、魔導拡声器から響く。

“みなさーん、お風呂用意しましたよー”

「……イグノちゃん!?」

“男性は城門を出て左側、女性は右側でーす。明日の活力のために、身も心も綺麗になってからお休みくださーい”

「「「「「やったー! お風呂ー!」」」」」

 半信半疑でゲートまで向かうと、魔道具らしい誘導灯で照らし出された城壁外周の先、目隠しの大きなテントから湯気が上がっているのが見えた。
 アタシは得意げな顔で案内をしている、我らが工廠長に近付く。

「イグノちゃん、お風呂って、どうやって?」

「リニアス河の水を濾過して沸かしたんです。浴槽は輸送用の小船を使いました。いちどに20人は入れます!」

「素晴らしいわ……ああ殿下、王国の皆さんにも伝えてくださいな」

 甲冑を脱いだ軽装のマーシャル王女は、イグノちゃんから魔王領特製タオルを受け取ると、頷いてヨロヨロと王国露営地に帰ってゆく。

「あ、ああ。……この期に及んで、公衆衛生そんなことは考え付きもしなかったが、もう驚く気力もない。これが魔王領の底力というやつか……」

「そんな大袈裟なもんじゃないと思いますけどね。あの子が、ちょっと・・・・特殊なだけで」

 例によって例のごとく、お風呂に浮かべてあった薬草と花には薬効があって、翌日以降の殿下や売り子さんたちの髪と肌艶が尋常じゃなかったりはしたのだけれど、それはまた別の話だ。

 その夜、インフォメーションセンターに設置された硬貨計算機守銭奴ちゃんで叩き出された売上集計は姫騎士殿下を驚愕させ、露営地におかしな悲鳴が上がることになる。

 開催期間の半分も過ぎないうちに、マーケット・メレイアに新しくお店が開店することが決まった。

 魔王領パティシエ・ガールズの超人気菓子店“白金の騎士”と隣り合わせに建てられたそこは、斬新ながらもどこか懐かしい味のお菓子と、芳しく香り高い煎り豆茶カフェル、そして白金の甲冑を模したエプロンドレスに赤い羽根飾りの筒帽子を被った仲睦まじい少女たちが評判になり、新たな超人気店として広く名を馳せることになる。

 その名も、“血盟の姉妹たち”。
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