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宣告

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「馬鹿野郎! マイネルてめえ戦闘中に何遊んでやがる!?」

 水飛沫でぐしょ濡れになりながら艦長は怒鳴り声を上げる。

「魔王領の機械化航空兵力です! 型は違いますが、前にも見たでしょう!?」

「知らねえよ! 魔王領だあ? 敵は皇国艦隊あいつらだけで間に合ってらあ! 手え振ってねえで、さっさと追い返せ! おい、投石砲どうした!」

 砲座は打ち上げるものの、炸裂砲弾は船体に張られた鋼板に撥ね返され、ろくな被害を与えられない。甲板に落ちた砲弾が、わずかに犠牲者を発生させていることを願うしかない。

「やべえな」

「艦長、何をいまさら。そんなこと、わかりきってたことでしょうに」

「うるせえ! あんなクズに小馬鹿にされる筋合いはねえよ。例えそれが事実・・だったとしてもな!」

「艦長、いくらなんでも自国の皇帝に対してその言い草はないでしょう」

 前方に視界が開けて、兵たちが歓声を上げる。艦隊を抜けて大きく風を孕んだ帆が船の速力を上げる。
 最悪だ。マイネルは後方を振り返る。艦隊から逃れたということはつまり、敵艦の射界が開けたということ。もう砲撃を遮る物はない。

 遠くで、立て続けに発砲炎が上がるのが見えた。

「面舵、総員衝撃に備えろ!」

◇ ◇

「帝国艦の艦長が魔族?」

“いえ、小匠族ドワーフというのは、渾名あだなです。帝国の人間なのですが、本物の小匠族ドワーフよりもタフで頑固で偏屈な熱血漢です。先代魔王陛下の時代から、彼らは有名人だったのです。抗命罪で北部辺境海域に左遷されて、死ぬまで放置される筈だった名物艦長と、その部下たちです”

「……ああ、あの・・

 よくわからないアタシに代わって、またも反応したのはデルゴワール殿下。フィアラ王妃はアタシと同様、いまひとつ理解できていないようだ。

「抗命罪って?」

“帝国海軍に下された、人魚族メアスの虐殺命令を拒絶しました。海上要塞の安全確保のために、海に毒を流せと命じられたようですが、それは帝国軍人のすべき行為ではないと”

「……」

 そう。要は、愛すべき馬鹿ってことね。アタシたちと同じく、げられないもの、捨てられないものをたくさん背負った、面倒臭い愚か者だってこと。
 そして、アタシたちはいままでに嫌というほど思い知らされている。
 そんな馬鹿は誇りを守って死に急ぎ、簡単に死ぬんだってこと。

“帝国艦、被弾”

 静かに報告されたそれは、帝国艦にとっては死刑宣告に近い物だった。
 船体そのものに損傷は無いようだけど、メインマストが折れてゆっくりと傾いてゆく。船足が止まり、皇国の戦艦が獲物を包囲するように近付いてゆく。砲撃を継続していないのは、もうその必要がないからだろう。

“もう無理ですね。後はなぶり殺しです”

 フィアラ陛下とデルゴワール殿下が、頭を抱えるアタシを痛ましげに見ている。
 正直こんなところで微妙な決断を迫るのは勘弁して欲しいんだけど、そうもいってられない。いま皇国艦が発砲したら、彼らはそこでお終いなのだから。

「馬鹿ばっかり」

 いまにも泣きそうな笑い出しそうな怒鳴り散らしそうな気分で、アタシは魔珠を睨む。
 にやけ面の優男と髭面のチンチクリンが、チンピラめいた手下どもに囲まれて、こちらを見上げているのが見えた。
 いかにもって感じの出来損ない。帝国海軍の軍人てより、海賊の方がしっくりくるむさ苦しい顔の男たちだ。
 アタシたち、きっとお似合いよね。

「イグノちゃん、あなたなら彼らを助けられるわよね?」

“はい! 許可をいただければ、すぐにでも!”

「帝国艦に対する直接の脅威のみを排除。だったら許可する、わ?」

 いい終わるより前に、皇国の戦艦がまっぷたつに折れて吹き飛ぶ。

“排除いたしました!”

 王妃と王子が揃って頭を抱える番だった。
 それはそうだろう。一応仮にも(一部では)緊張状態にある隣国の軍事力を、目の前で見せつけられることになったのだから。
 間違っても王国相手に使うことはない、などとアタシがいったところで慰めにもならない。それを受け入れるのも信用するのも、為政者としては絶対にあり得ないことなのだから。

「……魔王、陛下?」

「いわないでくださいな。わかってますから。魔王領軍うちは色々と、その……特殊・・なんですの」

◇ ◇

「マイネルこの野郎、アホ面下げて空見てる場合かよ! さっさと後部甲板からボート降ろさせ……るぉッ!?」

 轟音が響いて爆炎が上がり、兵たちはビクッと身を強張らせる。

 船尾方向に目をやると、追い縋っていた筈の皇国戦艦は姿を消していた。
 マイネルは音がしてすぐに振り返ったが、皇国艦が沈んでゆくところは見えなかった。一瞬で消えたということは、爆散したのだろう。火薬式の炸裂砲を搭載していたとはいえ、砲門は左右に4門。自艦を粉微塵に吹き飛ばすような量の炸薬は積まない。
 つまりそれだけの火力を持っている何かが、上空にいるということだ。

「なんだあ? 何が起こった!?」

 呆然としている兵たち。艦長も兵も退艦準備に掛かり切りで、上空を見ている余裕はなかった。いまの状況を把握できているのは、マイネルだけだ。
 苦笑しながら頭を下げる彼の前に、銀色に輝く鳥が、ふわりと舞い降りてきた。
 降下してきた異物を排除しようと剣を抜きかけたラメルナスを手で制して、へし折られたマストの基部に留まる鋼鉄製の鳥を手で示す。

「艦長、ご挨拶を。これは魔王陛下の使い魔です。我々は、魔王領軍に助けていただいたようです」

“久しぶりですね、小匠族ドワーフ・ラメルナス。そして、にやけ面・・・・のマイネル。息災そうで、なにより”

「冗談、じゃねえぞ。なんだ、こいつは。」

“ああ、艦長。最初に警告します。この鳥に危害を加えると爆発する危険性がありますので、これ以上・・・・馬鹿な真似はしないように”

「……ふむ。最初から見られてましたか。その声は、ヤゥン技術少将。“輜重隊の悪夢”と呼ばれた、希代の天才技術者ですね?」

“いまは、ただの・・・イグノ。新生魔王領軍を統べる、ハーン魔王陛下から、お言葉があります”

“ちょ、ちょっとイグノちゃん!? なにその無茶振り……!?”

 鳥に搭載された通信魔珠越しに、妙なノイズとコソコソした声が伝わってくる。
 マイネルとラメルナスは怪訝そうに首を傾げた。ポカンとした顔で固まる兵たちの前で、機械仕掛けの鳥も同じように首を傾げる。

「おいマイネル。魔王領の内乱は続いてるんじゃなかったのか? 代替わりしたってことは……」

「……ええ。あの剛腕・・カイトが、死んだってことでしょうか。なんにしろ、我々が辺境海域で凍えている間に、ずいぶんと色々なことが起きたようです」

“ええと、いきなりだけどラメルナス艦長。本音と建前、どっちが聞きたいかしら?”

 魔珠から流れてきたのは、まだ若い男の声だった。聞いた感じでは、マイネルと同じような年齢。魔王らしからぬそれは柔らかで穏やかで、そして少し疲れたような響きがある。

「生憎、駆け引きできる状況じゃねえ。生かすか殺すかもそっち次第だ」

“そう、じゃあ悪いけど死んで欲しいの。あなたたちには、いますぐ、全員ね”

 甲板がしんと静まり返る。血の気の引いた兵たちの真ん中で、ラメルナスは大声で笑い始めた。
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