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鋼の道

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「これが、“てつどう”……?」
「ええ」

 国王陛下の執務室で、アタシは絵を見せている。以前フィアラ王妃に説明したとき予算報告書の端に描いた鉄道の略図だ。当然ながら、手描きのそれは下手くそ過ぎて、いまひとつ理解されていない。

「国王陛下の元いた世界で、貨物の大量輸送は行われていませんでしたか?」
「いや、地龍車という飛べない龍に引かせる車だけだ。後は船だが、かいで漕ぐ程度の小型の物だけだ」

 転生者というが、元いた世界はアタシのいたところとずいぶん違っている。いくつもの並行世界があるのだとしたら、他にも色々なところから召喚されたひとはいるのだろう。
 逆に、アタシがカイトと同じ世界、同じ国から来たことがレアケースだったのかもしれない。

「この車の大きさは、馬車と同じくらいなのか? それに、動力は?」

 こうなったら、実物を見せるしかないんだろうけど……

「ちょっとすみませんね、魔王領うちの担当者と連絡を取りますので」
「……連絡?」

 アタシは魔珠を取り出して、執務机に載せる。

「イグノちゃん、いま大丈夫?」
“はいはい、どうされました陛下”
「鉄道の試作品、いま魔珠これで見せられないかしら」
“ええと……ちょっと待ってくださいね。車輛があるのは……”

 国王陛下は魔珠自体に興味を持っていかれて、会話の内容が耳に入っていない。よく考えたら国王陛下に魔珠これを見せるのは初めてだ。イグノちゃんの顔が映った魔珠の表面を食い入るように見つめている。

“そちらの方は……あら、スティルモン家の英雄様?”
「お!?」

 こちらの姿は見えていないとでも思っていたのか、いきなり話し掛けられた国王陛下はビクッと驚いて身構える。
 彼はイグノちゃんの顔を改めてまじまじと見て、ポカンと口を開けた。

「……まさか。魔王領の、“悪夢将軍”!?」

 魔珠に映ったイグノちゃんが、それを聞いてゲンナリした表情になる。

“その呼び方、いろいろ間違って伝わってるみたいで好きじゃないんですけど”
「失礼した、ヤゥン技術准将、いや、戦功により少将に昇進されたのだったか」
“いいえ。いまは、ただの・・・イグノです。そして、それを気に入っているんです”

 ね、とばかりにアタシを見るが、リアクションに困る。そもそもこちらは彼らの関係を知らないのだから。

「国王陛下、もしかして、うちのイグノとお知り合いですか?」
「ああ。初めて会ったのは、わしが青二才の頃だったがな。それにしても、小匠族ドワーフとはいえ、もう何十年も……」
“もし年齢の話をしたら、そちらのお城を吹き飛ばしますよ”
「し、失礼した。話を邪魔してすまない、続けてくれ」

“では、画像接続チャンネルを変えますね”

 映し出されたのは、薄暗くて広い倉庫のような場所。手前にキビキビ働く水兵セーラー服の集団が見える。
 敷地の隅の方に、ワイヤーで厳重に固定された機関車と貨車が並んでいた。
 その横にはレールの束もあったが、互い違いに積み重ねられ箱状に固められたそれはあまりに几帳面な整理整頓で個別の形状が想像しにくい。見てもそれが鉄路になるとは理解出来ないかもしれない。

“鉄道の敷設は保留とのことでしたが、いつでも出せるように現在もルコックの船倉に積まれています。動力車が2両と、貨車が6両。ヒルセンの工房で同数の新型が製造中ですが、そちらは出力が上がって、貨車も有蓋車両やねつきになります。最終的には動力車20両、貨車100両程度を予定しています”

 イグノちゃんの声に、王族の面々が驚きと感歎の息を漏らす。

「かなりの大きさだな。荷馬車が4台分……いや、もっとあるか」

 撮影側の魔珠が動いて、フレーム外から伸びてきた手が水兵たちに“そこへ立て”と指示を出す。
 大きさの比較用に人を立たせるという意図らしいが、記念撮影でもすると思ったのか、獣人族の水兵たちが笑顔で並んで魔珠に向けて手を振る。

 彼らには見覚えがあった。近衛にいた人狼族の少年と、海軍に残ったヒルセンの漁師だ。
 アタシの横で、フィアラ王妃がクスクスと笑う。国王陛下は、少し戸惑ったような顔でつぶやく。

「魔王領は、変わったのだな」
「ええ。おそらく国王陛下の知る魔王領は……おそらくそこで暮らす住人たちの意識も含めて、もう存在しません」

 断定的な王妃の声に、国王陛下は静かに頷いた。前の魔王領を知らないからアタシには何ともいえないけど、きっと変わったんだろうなとは思う。そして、もっと変わっていかなくてはいけない。

「イグノちゃん、いまレールはどのくらいあるの?」
“こちらに積まれているのは3哩(4.8km)分ですが、総延長10哩(16km)まで生産済みです。増産は、頑張れば日産1哩。資源の量を考えると総生産で200哩といったところです”
「車両とレールのうち、王国に回していただけるのは、どれくらいですか? もちろん、対価はきちんと払わせていただきますが」
「え? ……うーん、それは……」

 王妃の言葉を聞いて、イグノちゃんが画面外で僅かに迷う。フィアラ王妃がアタシを見た。

「やはり、輸出は難しいのですか?」
「まあ、そうだろうな。軍事利用すると凄まじい影響力を与える……いや、“てつどう”そのものが純粋な軍事技術といってもいい代物だからな」

 王妃と国王陛下が、苦笑しながら顔を見合わす。それはもちろんそうなのだけれども、魔王領から輸出された車輛とレールを使用するとしたら、それで魔王領に攻め込まれる可能性は限りなく低い。両国の信用の問題もあるが、それ以前に鉄道は常に維持整備し続けなくては安全確実に稼働できないからだ。

 イグノちゃんの声がした。

“いいえ、そうじゃないんです。まだ魔王陛下に確認してはいないのですが、個人的な意見として、売れるなら全数を輸出に回した方がいいのではないかと考えています。平地が少なく隘路の多い魔王領うちでは使い勝手が悪いのです。使えなくはないにしても、この地形と人口密度では鉄道最大の利点である効率性を発揮出来ません”

 確かに、細い山道ならトラック、それ以外の重量物は船の方が便利だ。

「アタシも賛成。じゃあ、車輛の輸出と、最低限の技術移転を考えましょうか」
“わかりました。が、動力の問題は残っています。化石燃料では公害と資源枯渇と環境破壊が深刻になりますし”
「それについては、魔力でお願い。王都に操車場と魔力充填用の施設を建設するわ」
“肝心の補給源が、まだ”
「それを、見つけたのよ。充填役はここにいる・・・・・わ」

 国王陛下を手の平で示すと、魔珠の映像が切り替わって唖然とした表情のイグノちゃんが映し出された。

“……なるほど・・・・
「あら、わかった?」
“ちょっと待ってください。まさか、勇者様は、魔素中毒、だったんですか?”
「ええ。誰も気付かなかったから、危ないところだったわ」

 アタシたちの会話を聞いて、王族が揃って首を傾げる。理解しているのはメシャエル姫だけだけど、こちらは逆に状況を理解して愕然としている。

「失礼します、あの、魔王陛下、いまのお話は、いったいどういう……」
義母はは上、お父様は、ご自分の強大な魔力で溺れかけていらしたのです。わずかに放出することで体調を回復されましたが、根本的な解決にはなっていませんでした」
「ええ。延命措置といってもいいくらいの時間稼ぎでしかなかったんです。ですけど、鉄道用に必要な魔力補給を行っていただければ、完全に体調維持が可能になると思われます」

「国のためにもなり、民のためにもなり、我が身のためにもなるか。なんという僥倖……」

 ホロホロと涙を流す王妃と国王陛下を見て、アタシは困惑する。王子と王女に深く頭を下げられ、さらにリアクションに困る。

「頭を上げてくださいな。魔王領にとって、これは商売なんですから。せいぜい儲けさせてもらいますよ。そして、貴国もたっぷりと儲けていただかないと」
「ええ、もちろんです。戦い・・は、始まったばかりなんですからね」

 笑顔の戻ったフィアラ王妃に、アタシはホッと息を吐く。
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