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幼女と鉄路2

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「ふつうは、一定時間が経過すると、魔力が足りなくなって並行自我は消えるんです」

「……で、ふつうじゃない場合を忘れていた、と」

 アタシのコメントにイグノちゃんは首を傾げて笑う。可愛いけど、なんかあざといわ。まあ、あざと可愛いから許すけど。

「そうですよ、魔力量が膨大な方だと残り続けるというのを失念していました」
「イグノちゃんもでしょう?」
「わたしの場合、中級魔族にしては魔力が低いので、維持できるのは7人で丸1日くらいです。用がなければ戻せますし」

 手元を見ないままキューブを動かし、6面を揃えると目の前にいた以外のイグノちゃんは消える。またカチャカチャと回転させるとあちこちに青いフードの悪夢幼女が生み出されてそれぞれに駆けていった。
 おのれ天才め。

 せっかくだからコピー側の――とはいっても、機能停止後に消える以外は質・量・性格・機能ともに、完全に同一ではあるらしいんだけど――イグノちゃんを連れて建設が済んだ鉄道を視察する。メレイア側には正門から徒歩1分ほどのところにこじんまりとした駅舎がある。乗降客のほぼ100%がマーケット・メレイア、もしくはその奥に建設中の魔王城を訪れるひとたちのため、駅舎に商業施設は付属していない。
 改札を置くかどうかは迷ったけど、王国側との折衝で商業貨物以外は無料で乗れるようにした。試験運用で問題が出るようなら考えるけど、目的が採算ではなく経済活動の発展だったので、いまのところ反対意見はない。建設費は王冠債(王国の国債)から出ている上に、魔王領工廠チームのがんばり(と魔王領鉱山からの提供鋼材)でコストもほとんど掛かっていない。
 そもそも、王冠債の原資自体がほとんど魔王領によるものだし。

「鉄道のルートは見たけど、ルート1(南部領府コンカラー~王府)とルート2(コンカラー~姫騎士砦)は、いくつか人口密集地を通っているわよね。事故対策は大丈夫なの?」
「路線は、ほぼ高架化しました。意図して入り込む以外で住民が接触する可能性はありません」
「よかった。住民への周知徹底は、王族のみなさんからお願いしておくわ」
「線路に人が入れない前提ですと、線路そのものに魔導素材を使えます。 “でんしんばしら”が不要になる分、コストダウンになります」
「まあ、高架にするコストの方がずっと大きいけど……それは想定内だったしね」
「はい」

 もともと、王国内での線路敷設は、実質3割ほどが架橋工事なのだ。王国領は平坦だけど、水路が網の目のように走っている。真っ直ぐに引かれた道は少ない。橋も道も、せいぜい馬車程度しか想定していないため、列車の重量にも耐えられない。だったら、最初から既存の道路を気にせずイチからルート設計した方が楽だし効率的だし、経済的だ。

 アタシはイグノちゃんの案内で、メレイア駅のホームに入る。停車している車両は、機関車が1両と客車が1両、貨車が3両と……

「なにこれ、もう出来てるの!?」
「はい♪」

 魔力砲の砲塔を2門搭載した、砲車だ。砲塔基部と車両側面には、薄い鉄板を間隔を空けて重ねたもの。たぶん防弾板。

「帝国の投石砲弾が飛んできても問題ないように、“しゅるつぇん”、着けました」
「あー。ごめんなさいね、全然覚えてないけど、それ戦車の話したときの情報?」
「そうです。客車にも、車体側面に少し薄いですが装甲が入っています。窓にも緊急時には鉄板が降りてきます」
「……ほとんど戦車ね、これ」
「はい。王国が侵略を受けた際の緊急対応が目的のひとつですから」
「機関車は動力からバイパスして防御魔法陣が出せるようになってますし、“かうきゃっちゃー”もありますから、レール上に入った敵は粉砕できます」

 カウキャッチャーって、西部開拓鉄道に付いてた、牛を跳ね飛ばすスカートみたいなやつ。でも見る限り、ここの機関車に付いてるのは、そんな可愛らしいものじゃないわ。帆船の先に飛び出した、体当たり用の衝角ラムが下向きになったもの。ご丁寧にやじりというか、巨大な矢印みたいな形をしてる。

「あれ、威嚇用としては良いのかもしれないけど、一般のお客さんが怖がらないかしら」
「大丈夫です、平時は収納します。このように」

 イグノちゃんの合図で、機関車の運転手が何かしたのだろう、矢印が地面に向いて車体前面にくっつく。確かにこれだと、目立たない。

「砲塔も装甲板も、上から見ない限りわかりません。色も可愛くしましたし」

 そうなのよね。可愛いといえば、可愛い。けど、凄まじい戦闘能力を持ちながら、パステルカラーの車輛色がシュールだわ。機関車が青系、客車が黄色系で、貨車が緑系、砲車が赤系。すごくカラフルなのに、優しそうな印象を受ける。
 ちなみにレールや橋脚などもパステルトーンだけど、アースカラーで統一されて自然との調和が考えられている。ホントに考えてのことかどうかは知らない。たまにメルヘンチックな色した虚心兵ゴーレムが混じってることがあるから、イグノちゃんの趣味なのかも。

「……うん。完璧よ、さすがイグノちゃん!」

 アタシが褒めながら頭をこねくり回すと、イグノちゃんはジタバタしながら頬を染めて身悶える。可愛いわ……なんなのかしら魔王領ウチのガールズたち、ムッチャ可愛いじゃないの。

「メレイア発コンカラー行きのルート0は、まずリニアス河岸を北上してから、南部集合農地を迂回するように西側からコンカラーに入ります。王都に向かうルート1と、姫騎士砦フォートマーシャルに向かうルート2は、コンカラーの東側に駅舎を作りました」

 書面と俯瞰映像で報告を受けてはいたが、再確認しながらの視察になる。
 コンカラー西駅と、コンカラー東駅。南部領府の東西に分かれた駅の間で貨物の積み下ろしと移動が発生するが、そこを繋いでしまうと物資と人が通過して領地内にお金と物が落ちない。経済発展の序盤から無駄を省き過ぎると良くないということで、この判断になった。

 そもそも鉄道が普及すると、まず馬車業者が潰れるのだ。そのため、二次時輸送の需要が発生するように、あまり細かい停車駅は作らないことにした。いま駅舎が完成しているのは、メレイア、コンカラー、王都ティルモニアと、姫騎士砦フォートマーシャル。今後の駅舎建設予定地も、北部貴族領の北東端と北西端だけ。これは、利権を奪われることを怖れた貴族たちが領地への敷設許可を渋っているため、海岸線を大回りするコースを通り、王家直轄地を終着点にする必要があったからだ。それでもグダグダいうようなら、北部貴族領に鉄道は敷かない。南部と王都の経済発展を見て、後から要望を出してきても無視するわ。

 期待半分で身構えていたけれども帝国側からの攻撃や挑発はなし。河べりを通過した列車は、あっという間にコンカラー西駅に到着する。馬車でもすぐなのだから、鉄道だとお弁当を食べる暇もない。

 点検のために降りた駅のホームには、目を輝かせる文官と呆けた顔の武官、その前に立って頭を抱えたマーシャル王女殿下の姿があった。

「お迎えは結構ですとお伝えしてあったはずですが」
「そんなわけにいくか!」
「まだ最初の試験運転ですよ? 本格稼働したときに式典はやりますから」
「そういう問題ではない。見ろ!」

 駅舎の周辺には黒山の人だかり。ふだん長閑なコンカラーでこんな人数を見た記憶はない。たぶん南部領一帯から……もしくは王国全土から、噂を聞き付けた人たちが集まってきたのだ。
 まだコンカラーも路線が接続されたのは西駅だけ。東駅は駅舎があるだけでレールも途中までしか敷設されていないし、当然ながら車両も入っていない。今回の試験運転で商業活動は発生しない筈、だったんだけど。

「こちらの荷物は馬車まで運んでください。真ん中のは資材倉庫へ、後ろのは虚心兵ゴーレムで領主館へお願いします」

 ……って、ルーイン会頭? なんでしれっと貨車から降りてきてるのかしら。
 困った顔で首を傾げるアタシに、いまや王国屈指の大商人となった会頭は、爽やかな笑顔で頭を下げる。

「ご挨拶が遅れて、失礼いたしました。出資者のひとりとしては、無駄に走らせる訳にはいきませんので、少しばかり貢物をお持ちさせていただきました」
「イグノちゃん、今回の貨車への積載量は?」
「それは、その……」
「あなたが試験運転で算定してない訳ないでしょ?」
「……3両で、6千と550きろぐらむ、です」

 アタシはマーシャル殿下と揃って頭を抱える。

 少しばかりどころか、過積載じゃないの!? たしか有蓋貨車って想定が最大2トンそこそこって聞いてたけど、なに載せたの!?

「まあ、いい。良くはないが、それより先に話がある。この鉄道の、動力・・についてだ」
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