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王女と王と

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「……えええぇ……」
 アタシは魔力小銃をぶら下げたまま、呆れて立ち尽くす。それくらいしか、リアクションのしようもない。
 河川敷に降りかけたところでメシャエル王女が指を振るうと、そこで全てが終わってしまったのだ。
 凄まじい光と轟音。落雷のようなそれは河川敷の上空で炸裂して、数百の兵士を一瞬で弾き飛ばす。立っている者は国王と思われる血塗れの偉丈夫だけ。平服に長剣を抱えただけの彼は、鬼神のような表情でこちらを睨み付けている。帯電したように肌がチリつき、焼け焦げたような匂いが周囲に漂っていた。
「……何の、真似だ!」
 怒号のような声で、王はメシャエル姫に問う。覇気と魔圧がビリビリと伝わってくるが、メシャエル殿下は顔色ひとつ変えない。
 剣を携え身構えていたマーシャル殿下は、近衛の軍勢を一撃で無力化したメシャエル姫の魔法に出鼻を挫かれたようだ。それでも構えは解かず、油断なく警戒を続けている。父王が血迷ったのであれば止められるのは自分だけだと思っているのかもしれない。それが可能かどうかはともかく、必要はなさそうだ。姫騎士殿下の実力はしょせん人として・・・・到達できる高みでしかない。
 でも妹君は、いささか器が違っていたのだ。
 彼女は、正真正銘の“化け物”だ。
 かつて勇者と呼ばれた力の残滓、燃え尽きる前に咲かせた一花でしかない力など指先ひとつで吹き飛ばすほどの。
「あ、ちょッ……姫様?」
 メシャエル王女ががスタスタと戦場の真っただ中に歩み寄るのを見て、アタシはマーシャル殿下とともに後を追う。魔力小銃を持っただけの丸腰で近付くのは生きた心地もしないんだけど、大の大人が揃っていながら幼女を矢面に立たせるわけにはいかない。

「誰の許可を得て、南部領に兵を入れたか!」
 メシャエル姫の静かに澄んだ声は、薙ぎ倒され呻き声を上げるしかない兵たちを一瞬で震え上がらせた。
「わしが……」
たとえ・・・貴殿・・が、王だったとしても・・・・・・・・
 幼女殿下は、父王の言葉をアッサリと一蹴する。
「領主であるマーシャル王女殿下の裁可なしに、南部領へと兵を入れたのであれば、侵略と受け取られる! 他領で兵士が剣を抜けば、その場で処刑されてもおかしくはないのだ! 殺されなかったのはマーシャル殿下の温情と肝に銘じよ!」
「なに、を抜かす……ここは西部領、の」
 ゴン、と激しく地面が震え、河川敷を仕切るように壁が立つ。
「見よ、それが王国法務局長ノイン・コムラッドのした契約魔導印による境界である! 鉄道敷設に伴い、ここは正式に南部領へと編入された! ましてこの地は、魔王領との合同取水事業の契約地! 兵を率いて踏み込めば、取水施設への破壊工作を図った、二国間条約に対する反意と受け取られる!」
 メシャエル殿下は、そこで大きく声を張る。
それが・・・誰であろうと・・・・・・だ!」

 ええと……嘘は、いってないわね。取水施設、といってもパイプの取水口が河に向いて刺さってるだけだけど。いまいる河川敷からも、河から引き込まれたパイプが南に向かって伸びてるのは見える。でも、そんなのいわれなきゃ誰も気付かないわ。
 メシャエル王女が政務向きだと思うのは、こういうところだ。意見を感情として出すか論として出すか。硬軟合わせて使えなければ政治に関わるべきではない。
「……なんだ、なぜわたしを見る」
 マーシャル殿下は、真面目で善良で愛されるキャラだけど、それだけに政治の舞台で生き残るのは難しいかも。
「出番よ、姫騎士殿下」
「お、おう。わかっている」
 ようやく役割を理解したのか、姫騎士は剣を抜き、メシャエル王女の前に出る。
「王国南部領主マーシャル・コイル・スティルモンである。全員、武装解除して投降せよ。抵抗するものは、殺す」
「魔王様」
 駆け寄ってきたイグノちゃんが、アタシに耳打ちする。手にした通信魔珠には執事さんが映っていた。
南部領府コンカラーから兵を出してもらえることになりました。トロッコで戻って、積んできます」
「お願い」
 投降を命じたとはいえ、元勇者との戦闘で壊滅的ダメージを受けた挙句に電撃を食らって身動きも出来ないのだ。全員の武装解除が確認されるまで、マーシャル殿下は兵の到着まで剣を抜いたままで監視に当たる。
 戻ってきたメシャエル姫がアタシの前でポロポロと涙を零す。
「良くやったわ、姫様。ご立派よ、本当に」
 抱き締めて頭を撫でるが、掛ける言葉はない。
「……お父様は、一度も王権を主張されませんでした」
 そうだ。アタシも、それが引っ掛かっていた。王による横紙破りも大概のことは特権として許される。それが正しいかどうかはともかく、王政というのはどういうもの……なのだけど。
「あの方は、そういうやり方を嫌って、あんな暴挙に出たんだもの」
「いいえ、魔王陛下。違うんです、お父様は……」
 メシャエル姫は、真っ赤になった目で見上げる。そうよね、本当は、アタシもわかっていたのよ。元勇者は、きっと……

「もう自分は、王ではないと思っているのです」
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