桔梗の花を手折るとき

三浦イツキ

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あなたが好き

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「…………ヒバナさんがそうしたいなら、俺は何も」
 自分が思ったよりもショックを受けたことに驚いた。私を束縛しない優しさだと理解してはいるが、いっそ束縛されたかったのかもしれない。それほどまでの感情を向けられていたかった。キキョウが見せるような、影の落ちたあの瞳が懐かしい。
 初めて見るほど険しい顔をした睦月さんと、微笑んだままのカガチさん。店内のざわめきの中で、この席だけやけに静まり返っているような気がした。いや、実際に沈黙が流れているのだが。緊迫感で言葉が出ず、なんとか収まってくれやしないかと身を縮こませたまま膝の上で両手の指を擦り合わせながらふたりの様子を伺う。魅力的な男性たちが自分を取り合う、まるで少女漫画のようなシチュエーションだと脳の呑気な部分が呟くが、それにしては恐怖が強すぎた。いざこんな状況に放り出されると、ときめきより解放されたい気持ちの方が勝ってくる。一触即発、まさにその言葉が似合う。今私にできることはないし、むやみに動けば火種になってしまうことは目に見えていた。
「そんなに怖い顔しないでください。他にも何か?」
「……いえ」
 空気は依然として凍ったままだが、とりあえずふたりの話はひと段落したみたいだ。細く静かに息を吐いて体の力をゆるめ、話を切り替えようと口を開きかけたところでテーブルの下の手を握られる。
「それなら良かった。実は早急に解決しなければいけない問題を思い出したのですが、解決するには彼女が必要なんです。ヒバナさんからも用がなければ、着いてきていただけるとありがたい」
 急な申し出に私は目を白黒させて睦月さんの方をちらりと盗み見た。それに気がついた彼はようやく口元を和らげて、カガチさんに付き合うことを勧めてくれる。
 結局動揺してしまって彼の好意に何も返事をしていないことに後ろめたさを感じながら席を立つと、カガチさんがテーブルにお札を静かに置いた。睦月さんの制止には邪魔をしたお詫びだと返して早々に財布をバッグに放り込んでしまったため、突き返すこともできなくなってしまった睦月さんはそれを素直に受け取ることにしたようだ。
「今度会う機会があれば、そのときは俺が支払いますからね」
「楽しみにしています」
 カガチさんに続いて立ち上がり、睦月さんに挨拶をしてその場を去った。次に会うときはどんな顔をすればいいのだろう。彼は優しいから、仕事中はきっとこんなことがあったなんて忘れてしまいそうになるほど自然に接してくれるのだろうけれど、私はそこまで器用じゃない。頭のどこかでずっと考え込んでしまう。
 睦月さんが私を好きだなんて考えたこともなかった。魅力的な人だとは思っていたけれど、キキョウという恋人がいた頃の私のアンテナは常に彼に向いていて、彼以外からの好意なんて気にも留めていなかったから。だから、真剣に想いを伝えられたときの胸の高鳴りがそういったものなのかただの驚きだったのか、自分では判別のしようがない。
 ふと、初めて名前で呼ばれたことに気がついた。
 いつもは長月ちゃんと呼ばれていたが、カガチさんが来てからだろうか。ヒバナちゃんと確かに呼ばれた。ある種の対抗心のようなものなのかもしれないが、それもまた私の心を揺らす一因だった。知っている限り睦月さんは家族以外に名前で呼んでいる人はいなくて、数年一緒に働いている人であろうと苗字で呼んでいたはず。……あの場の勢いだったかもしれないし、次からも名前で呼ばれるようならそれが彼のアプローチのひとつなのかもしれない。
 カガチさんから離れるようにと言われたことを思い出す。
 確かに、ずっと一緒にいるから目が眩んでいるんだと言われれば完全な否定はできない。単純接触効果なんてものもあるし、相手が元々は恋人で別れを告げた覚えもないとなれば尚更だ。一時期精神的に離れた時期はあるが、今ではキキョウに対する想いと地続きのような執着を抱いている。カガチさんと全く接することのない期間を設けて、外から見つめ直してみれば正気に戻るのだろうか。元の恋人とは別人なのだという認識を完全に取り戻せるのだろうか。
「……大丈夫?」
 先導していた足が止まり、振り向いた顔が私を見つめた。心配そうな声色で尋ねられて、つい思考に耽ってしまったことを反省する。
「大丈夫です! カガチさんは大丈夫ですか? 何か問題がって話してましたけど……」
 私は何をすればいいのか全くわからないということを思い出して、彼の言う問題について詳細を聞き出すことにした。私がいなければ解決できないと言っていたが、果たして私がいて助けになれるのだろうか。
「……あれ、嘘だ。すまない」
 いまいち彼の意図が掴めず聞き返す。
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