30 / 33
微睡みの朝
四
しおりを挟む
「……クロエ様!」
少しだけ慌ただしい靴音と芯の通った声に顔を上げれば、記憶にしっかり焼きついた瞳が私を見ている。
目が合ったかと思えばすぐに何かに視線を遮られ、上質だが少しだけ固めの厚い生地の感触に、一拍遅れて彼女に抱きしめられたのだと理解した。
「よく、ご無事で……」
その言葉は、深い緑の葉に溜まった雨水が先からぽつりと一粒落ちる音によく似ていた。まさか私も知らぬ間にこの身は死の淵をさ迷いでもしたのだろうかと疑ってしまうような空気を纏っている。
「……お前は主人を野生の獣とでも思っているのか?」
呆れ混じりであることが声から察せられる。なるほど、こんな様子で迫られたならば部屋に入れないわけにもいかないだろう。強ばっていた体が納得で緩む。
「まさか。獣とまでは思っていません。ただ、女にとって体の大きな男というものはそれだけで恐怖の対象になりうるのです。その上、旦那様は人間よりも上背がある。クロエ様は人間の女性の中で至って平均的だというのに、旦那様と並ぶとまるで大人と子どもです。恐ろしくないわけがないでしょう。御自分の見え方を再度しっかり確認なさい」
――ぴしゃり、と場が凍ったような気がした。
彼女が物怖じしないことは知っていたものの、ここまで強く咎めているのは初めて聞いた。
いくらエリック様が寛容な主人であったとしても気を悪くするのではと、本能的な恐怖を呼び起こした威圧感を思い返す。この城に来た翌日に知った、あの嫌な重さ。
しかし、それに備えて目を強く瞑っていても、何かが起こる気配は一向になかった。
「く、っはは、ははははッ!!!」
代わりに飛び込んできたのは、ディミトリさんの大きな笑い声。
「どうやら我々の想像以上にクロエ様を気に入られたようですが、いかがなさいますか?」
「私は一度結んだ契約を反故にするほど向こう見ずではない。……一度クロエを放してくれ。お前こそ私の妻を窒息させる気か」
いまいち状況も掴みきれぬ間に視界が開ける。針のような鋭さでエリック様を射抜く彼女の顔を見上げて、それからその眼光を辿り、ようやくいつも通りにきらきら輝くディミトリさんを見ることができた。愉快で仕方がないといった心境を全身に滲ませ、目が合うといっそう眩しい笑顔を浮かべる。
少しだけ慌ただしい靴音と芯の通った声に顔を上げれば、記憶にしっかり焼きついた瞳が私を見ている。
目が合ったかと思えばすぐに何かに視線を遮られ、上質だが少しだけ固めの厚い生地の感触に、一拍遅れて彼女に抱きしめられたのだと理解した。
「よく、ご無事で……」
その言葉は、深い緑の葉に溜まった雨水が先からぽつりと一粒落ちる音によく似ていた。まさか私も知らぬ間にこの身は死の淵をさ迷いでもしたのだろうかと疑ってしまうような空気を纏っている。
「……お前は主人を野生の獣とでも思っているのか?」
呆れ混じりであることが声から察せられる。なるほど、こんな様子で迫られたならば部屋に入れないわけにもいかないだろう。強ばっていた体が納得で緩む。
「まさか。獣とまでは思っていません。ただ、女にとって体の大きな男というものはそれだけで恐怖の対象になりうるのです。その上、旦那様は人間よりも上背がある。クロエ様は人間の女性の中で至って平均的だというのに、旦那様と並ぶとまるで大人と子どもです。恐ろしくないわけがないでしょう。御自分の見え方を再度しっかり確認なさい」
――ぴしゃり、と場が凍ったような気がした。
彼女が物怖じしないことは知っていたものの、ここまで強く咎めているのは初めて聞いた。
いくらエリック様が寛容な主人であったとしても気を悪くするのではと、本能的な恐怖を呼び起こした威圧感を思い返す。この城に来た翌日に知った、あの嫌な重さ。
しかし、それに備えて目を強く瞑っていても、何かが起こる気配は一向になかった。
「く、っはは、ははははッ!!!」
代わりに飛び込んできたのは、ディミトリさんの大きな笑い声。
「どうやら我々の想像以上にクロエ様を気に入られたようですが、いかがなさいますか?」
「私は一度結んだ契約を反故にするほど向こう見ずではない。……一度クロエを放してくれ。お前こそ私の妻を窒息させる気か」
いまいち状況も掴みきれぬ間に視界が開ける。針のような鋭さでエリック様を射抜く彼女の顔を見上げて、それからその眼光を辿り、ようやくいつも通りにきらきら輝くディミトリさんを見ることができた。愉快で仕方がないといった心境を全身に滲ませ、目が合うといっそう眩しい笑顔を浮かべる。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる