空を飛んでも海を渡っても行き着けない、知らない世界から来た娘

ピコっぴ

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オウジサマってなんだ?

5.夜闇色の髪と橡色の眼をした少女

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 ──私の領地内にいる少女であっても知り合いでもないのに、軽々しく触れて良いものか、判断に迷うが……
 どうしたらよいのだ?

 ルーシェンフェルド・クィルフ・エッシェンリール・アッカード=エリキシエルアルガッフェイル公爵は、己が被せたマントにくるまり震えている少女に触れようとして、触れられずにいた。

 震えながら身を縮込ませるだけで、立ち上がって歩ける様子はないが無理も無い。
 自力で歩けないのなら、抱き上げて身を温め休める場所に、速やかに運ばねばならない。
 その為に娘にみだりに触れて良いものか、判断がつかないのだ。

 人気ひとけの無い暗い林の中で、男に、いわゆる性的暴行をされかけたのだ。
(むしろ、助けに入った我々とて体格差の大きな、同じ『男』なのだ。先程の乱暴を思い起こさせるのかも知れぬ。怖がるのも無理はない)
 助けに来たのに怖がられて、地味に傷ついていたが、そこは気づかない振りで自尊心を護った。

 夜闇色の髪は艶があり、あちこちについていた草葉を払ってやったが、つるっとしていてひんやりと触り心地が良い。
 零れる涙を拭いもせず見開いた目。
 微かに開いた震える唇は、寒さか恐怖か、或いはその両方か、血の気がひいて色がない。
 普段なら紅いのだろうか。

「……ぁ」
 少女の喉がヒクつき、声が漏れたが、言葉にはなっていなかった。
 やはり寒さか恐怖に、小さな声はかすれていた。

「何だ? すまない、聞こえなかった。もう一度言ってくれ」
 ルーシェンフェルドは、もっとよく少女の声を聞こうと、顔を僅かに近づける。
 見知らぬ男が顔を近づける事への羞恥か緊張か、少女の頰に朱が入る。
《お、王子様…?》

 やっと言葉が聞こえたというのに、生憎、ルーシェンフェルドの知識にない言語らしく、意味が理解できなかった。
 ──残念だ。せっかく、子供達が甘える時のような可愛らしい声を聞かせてくれたのに……
 何と言ったのだろう。

 ルーシェンフェルドは領地内を視察中、よく子供に挨拶をされる。
 声をかけられれば必ず愛想よく手をあげてやるので、子供達はこぞって挨拶に来る。
 その時間がルーシェンフェルドは大好きだった。子供が元気で、幸せであれば、それは自身の領地の管理が正しく良いものであるあかしだからだ。

 ──子供は幸せいっぱい笑っているべきだ。

 ルーシェンフェルドの領地政策の信念の一つに『明るく子供が常に笑っている未来』と言うものがある。

 喧嘩して泣いている子供がいれば仲裁に入り諭し慰め、転んで怪我をした子供がいれば治癒ヒールをかけてやり、遊びに夢中になってつい遠出してしまい迷子になった子を見つければ、親を家を捜してやる。
 決して、凍えさせたり餓えさせてはならない。
 弱き者を護り幸せにする。公爵位とは、そのための地位であり、財力であり権力であるべきなのだ。

 ──先程、男は、この娘が同郷だと言ったな。

「おい、お前、同郷なら言葉は解るのだな?
 『オウジサマ』って何の事なのだ?」
「はぁ!? 何色気づいてんだよ、オバハン。ケッ。《ええ歳こいて恥ずかしくないんかよ》」
 ルーシェンフェルドは、言葉が通じるらしい罪人認定した男に訊ねるも残念ながら、男は口汚く罵っただけだった。

「おい、貴様、局長に向かってなんて口の利き方だ」
 クルルクヴェートリンブルクは、敬愛するルーシェンフェルドに失礼な態度の罪人認定した男を足げにして叱りつけた。生真面目な故に、許せない相手には容赦なく行き過ぎる事もある男だった。

「すいませんね。上品な生まれじゃ無いもんで。しかし、この女が年甲斐もなくそこらの小娘のような馬鹿みたいな事を抜かすから…」
《わ、悪かったわね。……だって、めっちゃ綺麗な、お顔で……。長い髪、とマン、ト翻して……雷撃打つところが、まるでファン……っくタジーの一場面っく、みたいやんか……年甲斐なくても、ドキドキするやん》
《まあ、解らんでも無いけどな……
 さっきまで泣き喚いてたのに、そーゆー所はえらい余裕あるやんけ》

 自分には全く理解できない言語で会話するのが、なぜか腹立たしかった。

 震えながら、力の入らない様子で無理に体を起こそうとするので、自然な流れで背中を支える事に成功したルーシェンフェルドは、かすれ震える声で、途切れ途切れでも、罪人認定した男と言葉を交わす内容が解らず、イライラが募って、つい男を睨んでしまった。
「だから、何と言っているのだ?」
「あまりにもバカバカしいので黙秘しま~す」
 縛られたまま地面に転がされていた男は、そう言ったきり、目を閉じて、何を言っても一言も話さなくなった。

 どのみち、夜中に尋問していても仕方ないし、少女をこのままにしておく訳にもいかない。
「夜も遅い。ここでこうしてる訳にもいかぬ。そろそろ出立しよう。
 私よりも弱い魔獣は身を潜めていようが、それでも出て来るものがいれば、この者達を護りながらでは3人ではいつも通りとは行かぬかもしれん。
 馬は三頭しかいない。どう振り分けるか…」
「はっ! 自分の愛馬は軍馬なれば大の大人2人乗せた所で、ビクともしません。万が一この者が暴れても、自分が抑えてみせますのでお任せ下さい!!」
 クルルクヴェートリンブルクが自ら、男を運ぶと申し出て、二歩ほど進み出る。その大きな体の月明かりの影が少女にかかると、ビクッとして、弛緩していた体が再び縮まってしまった。
 その様子に心配げにルーシェンフェルドが見下ろすと、少女は俯いてしまった。

「お前はかなり大きいんだから、怖がらせるな。今は、状況が普通じゃないだろ?」
 オウルヴィに後頭部をはたかれ、はっ!と短く応えると、数歩下がって、縛られた男を担ぎ上げる。

「少女はどうされますか? 局長よりずっと私がまだ小柄です。か、顔も姉に似てると言われる力強さのないものですし」
 言いながら、オウルヴィは自身の言葉に傷ついているようだった。こんな場面でなければ微笑ましく慰めるのだが。

 オウルヴィが優しい表情で気遣わしげに少女の顔を覗き込もうとする。
 が、やはりビクッとして身を縮め、自分の背を支えるルーシェンフェルドのシャツの弛んだ部分を握り締めた。
 それが、助けを求めて縋るようで、恐らくはそうなのだろう、ルーシェンフェルドの中の、女性や子供を大切にするよう育ってきた部分に、再び護らねばならないという使命に火がついた。

「いや、このまま私が連れて行こう。オウルヴィは周りの警戒をより慎重に頼む」
「了解しました。局長は少女の保護に、クルルクヴェートリンブルク・カスルヴァ・シルルブェンドリウム・ヒルシェヴァーンは罪人の確保に、留意して下さい。周りの警戒と守護はすべて私にお任せを」
 目をキラキラさせて、ルーシェンフェルドに任されて嬉しいのだろう、張り切って馬に跨がる。

「ずっとここにいるわけにも行かぬからな。体も冷えているようだ。すぐに温めてやるからな。
 移動するが、心配するな。行き先は私の屋敷だ。怖がる事はない。母も妹もいるから安心して休め」
 なるべく優しい声を心掛けて話しかける。言葉が通じなくても、気遣っている事と、怯える必要はない事を解らせてやりたかった。
 未だ涙を溜めた目で、じっと見つめてくる。恐らく、言葉が解らなくても、雰囲気だけでも感じとろうと、声を、表情を、必死に観察しているのだろう。

 少女の自分を観察する視線が、心の中まで見通して来るようで、秘密にしていた恥ずかしい大切なものを覗かれたかのような、微妙な居心地の悪さを感じる。
 居心地悪さは感じたが、少女の信頼を得ねばならず、眼を反らすわけにもいかず、十数秒間、見つめ合う形になったまま耐えた。
 その十数秒間は、まるで数分のようにも感じ、少女の背を支える手が震えそうになる。

 ──ここで不審な行動は絶対に出来ぬ。

 時折溢れる涙が勿体ないもののように思えて、つい空いた手の人差し指で掬い取った。

 少女は頰を朱に染めて、やや俯く。

 眼を反らしてはいけない場面だったはずだか、少女が俯いた事になぜかホッとしながら、頰に触れた事を怯えなかったので、出立出来そうで内心胸をなで下ろす。

 かなり冷えてきたし、時間をとられ深夜にさしかかってしまった。
 少女が触れても嫌がる素振りを見せぬ今、この場を離れる好機と捉え、少女を抱き上げた。


 *** *** *** *** ***

 公爵さまロリコン説浮上?(笑)
 彼らには、明莉が幾つに見えてるんでしょうね。  
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