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別れと9月の風
電話と涙
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「____ちゃん、桜ちゃん」
「ん……んん」
「起きて、桜ちゃん」
喜代の柔らかな声に手を引かれるように桜は、ゆっくりと目を覚ました。
寝る前にたくさん泣いたせいで重たいまぶたをこじ開けると、喜代がひどく心配そうな顔で桜をのぞき込んでいた。
「もうそろそろ夕飯だけど、食べれる?」
「あ、うん。食べます」
「そう、よかった。
じゃあ、もう少ししたら居間に来てね」
「うん」
桜の返事を聞いた喜代が、勇気づけるようにぽんぽんと桜の肩を叩いてから部屋から出ていく。それを見送った桜は、絶望的な気分で深くため息をついた。
「桜ちゃーん」
「はーい、今行きます」
喜代に呼ばれて返事をした桜は、気持ちを切り替えるように頬をゆるく叩くと、襖を開けて居間に向かった。
その日の夕食は鮭の塩焼き、きゅうりの塩もみそれから大根のお味噌汁と、白米だった。いろどりの豊かなメニューに、桜は少しだけ頬をゆるめた。
暖かく美味しいご飯を口にしているうちに、少しだけ気持ちが明るくなるのを桜は感じた。
後で奏音に電話してみよう。話を聞いてもらえば少し気持ちが晴れるかもしれない。
桜はそう心に決めると、残りの夕食を食べることに専念した。
夕食とお風呂を済ませた桜は部屋に戻ると、電話をかけるには遅すぎるかなと心配しながら奏音に電話をかけた。
プルルプルルとコールがなって、桜と奏音を繋いでくれる。
「もしもし」
コールが途切れて、奏音の声が聞こえた。
「もしもし、桜です」
「桜かー、どうかした?」
桜が名乗ると、硬かった奏音の声が柔らかいいつもの声に変わる。その声に背中を押されるように、桜は今日あった出来事を掻い摘んで、奏音に語った。
「それで、線引かれたのが悲しくて」
感情が高ぶって、桜の頬を涙が伝う。
「そっかぁ、辛かったね」
なんでもない同情の言葉なのに、その言葉は桜のぎゅっと固まった心をするすると解いた。
「うん……!」
桜は、泣きながらうなづいた。
「桜、よく頑張ったよ。謝りに行くなんて私じゃ絶対できない」
お疲れ様、奏音が声のトーンを落としてささやくように桜のことを労ってくれる。桜はまた涙があふれるのを止められなかった。
「でも、だめだったぁ」
言葉と一緒にまた涙が溢れて、桜の頬を濡らす。ずずっと鼻をすする音が電話越しに聞こえてきて、奏音も泣いていることがわかった。
それから、少しの間二人で静かに涙を流した。
「よし」
気持ちを切り替えるように、明るい声をだした奏音に釣られるように桜も涙を拭う。
「じゃあ、ここからどうするか、考えよう」
明るい声で話す奏音に合わせて、桜も明るい声を心がけながら返事を返した。
「桜は追いかけたい?それとも逃げたい?」
「えっと……?」
奏音の言う意味が、なんとなくしか分からなくて聞き返す。真面目な声で話す奏音になんとなく、ではなくてきちんと分かってから返事をしないといけないと、桜は感じた。
「好きな人に引かれた線を強引に超えるか、このまま距離をとるか。桜はどうしたい?」
強引に線を超えて、もしも嫌われてしまったら。それはとても怖い。
けれど、このまま距離をとれば、ゆっくりと静かに、でも確実にモエギもの心の距離は今以上に離れてしまうだろう。
それだけは、どうしても嫌だと桜は強く思った。
「追いかけたい。それで振り向かせたい」
線を踏み越えるだけじゃだめなんだ。モエギが抱えているなにかを、軽くしてあげたい。モエギが辛い時、悲しい時、抱きしめる資格が欲しい。
桜は、モエギが抱きしめくれた時のことを思い出しながらそう思った。
「うん。じゃあ頑張れ。応援してる。桜が悲しくなったり辛くなったりしたら、いつでも話聞くかし、慰めるし、一緒に泣く。だから、いつでも電話しておいで」
「ありがとう」
「桜なら、大丈夫だよ」
そっと、優しく、それでいて力強く背中を押してくれる奏音に、桜は感謝の気持ちでいっぱいだった。暖かい涙が、桜の頬を伝う。
「ありがとう」
「うん」
それから、少し雑談してから桜は奏音との電話を終えた桜は、お気に入りのワンピースに着替えて家を飛び出した。
今、ここで行動を起こさなかったら奏音にもらった勇気がなくなってしまうような、そんな気がした。
心の中で、止まれと叫ぶ恐怖をどうにかしたくて、桜はただひたすら神社までの道のりを走った。
住宅街を抜け、公園に差し掛かったところで桜は一旦止まって息を整える。
また突き放されたら、そう思うと、足が震えてしまう。怖くて、怖くて、この場から逃げ出したくなる。
桜は、目をつぶりながら上をむくと大きく息を吸い込んだ。昼間より少し冷たい夜の空気が、肺全体に行き渡る。
桜は、目を開けるとぐっと拳を握りしめて、神社までの道のりを歩き出した。
どんなにゆっくりと歩いても、あっという間に神社の鳥居が見えてきてしまう。鳥居をくぐる前にもう一度大きく深呼吸をした桜は、大きく一歩踏み出して、神社に足を踏み入れた。
「……モエギ」
いつものように賽銭箱の前の階段で、星を見上げているモエギに、桜はためらいがちに声をかけた。
小さな声になってしまったけれど、静かな境内ではその声はよく響いた。
「……桜」
星に向けられていたモエギの視線が、ゆっくりと桜に向けられる。
「い、一緒に星見てもいい?」
震える声で桜はモエギに問いかけた。なかなか返事が返ってこないことが、怖くて桜はモエギから視線を外して俯いた。
一、二、三……と心の中で無意識に数を数えてしまう。
「……どうぞ」
モエギの小さな声が桜の鼓膜を揺らす。突き放されなかったことが嬉しくて、桜は顔をほころばせた。
「ありがとう」
モエギのいる1番上の段から二つ下の段に腰掛けて、桜はモエギと同じように空を見上げた。東京では見ることの出来ない多くの星たちが、夜空に輝くその姿は、とても美しかった。
花火の時は、隣においでよって言ってくれたのになぁ。
桜は上下に座っていることを少し寂しく感じた。今回は言ってくれないのだろうか、と期待しながら、星を見つめる。
しばらく星を見つめても、何も言ってくれないモエギにやっぱり嫌われてしまったのかと、桜は泣きたくなった。
そこで、ふと気がつく。
待っているだけじゃダメなんだ。
追いかけるって決めたんだから、自分から言わなきゃダメだ。
桜は、ぎゅっと拳を握りしめると、小さく息を吸い込んで言葉を発した。
「も、モエギ、隣いってもいい?」
「狭くなるよ」
「それは、別に気にしないよ」
「狭くなるから」
「でも」
「俺が、狭いの嫌だから」
モエギの声が硬くなる。
突き放すような冷たい言い方と声に、桜は心に冷たい風が通るような、寂しさを感じた。
前みたいな関係に戻りたい、そう思ってもモエギは心の扉を閉めたまま、近寄らせてもくれない。そう、強く感じてしまって桜は涙が溢れそうになった。
星を見上げていても、涙が零れそうになって慌てて瞬きを繰り返す。
泣いたら、だめだ。
泣いたら、モエギにめんどくさい人だと思われる。
そう思うのに、溢れてくる涙は止まらなくて、透明な雫が、桜の頬を濡らす。
「泣かないでよ」
喉の奥から絞り出したような、苦しそうな、モエギの声に桜は、「ごめん」と小さく呟いて、涙を拭った。
「ん……んん」
「起きて、桜ちゃん」
喜代の柔らかな声に手を引かれるように桜は、ゆっくりと目を覚ました。
寝る前にたくさん泣いたせいで重たいまぶたをこじ開けると、喜代がひどく心配そうな顔で桜をのぞき込んでいた。
「もうそろそろ夕飯だけど、食べれる?」
「あ、うん。食べます」
「そう、よかった。
じゃあ、もう少ししたら居間に来てね」
「うん」
桜の返事を聞いた喜代が、勇気づけるようにぽんぽんと桜の肩を叩いてから部屋から出ていく。それを見送った桜は、絶望的な気分で深くため息をついた。
「桜ちゃーん」
「はーい、今行きます」
喜代に呼ばれて返事をした桜は、気持ちを切り替えるように頬をゆるく叩くと、襖を開けて居間に向かった。
その日の夕食は鮭の塩焼き、きゅうりの塩もみそれから大根のお味噌汁と、白米だった。いろどりの豊かなメニューに、桜は少しだけ頬をゆるめた。
暖かく美味しいご飯を口にしているうちに、少しだけ気持ちが明るくなるのを桜は感じた。
後で奏音に電話してみよう。話を聞いてもらえば少し気持ちが晴れるかもしれない。
桜はそう心に決めると、残りの夕食を食べることに専念した。
夕食とお風呂を済ませた桜は部屋に戻ると、電話をかけるには遅すぎるかなと心配しながら奏音に電話をかけた。
プルルプルルとコールがなって、桜と奏音を繋いでくれる。
「もしもし」
コールが途切れて、奏音の声が聞こえた。
「もしもし、桜です」
「桜かー、どうかした?」
桜が名乗ると、硬かった奏音の声が柔らかいいつもの声に変わる。その声に背中を押されるように、桜は今日あった出来事を掻い摘んで、奏音に語った。
「それで、線引かれたのが悲しくて」
感情が高ぶって、桜の頬を涙が伝う。
「そっかぁ、辛かったね」
なんでもない同情の言葉なのに、その言葉は桜のぎゅっと固まった心をするすると解いた。
「うん……!」
桜は、泣きながらうなづいた。
「桜、よく頑張ったよ。謝りに行くなんて私じゃ絶対できない」
お疲れ様、奏音が声のトーンを落としてささやくように桜のことを労ってくれる。桜はまた涙があふれるのを止められなかった。
「でも、だめだったぁ」
言葉と一緒にまた涙が溢れて、桜の頬を濡らす。ずずっと鼻をすする音が電話越しに聞こえてきて、奏音も泣いていることがわかった。
それから、少しの間二人で静かに涙を流した。
「よし」
気持ちを切り替えるように、明るい声をだした奏音に釣られるように桜も涙を拭う。
「じゃあ、ここからどうするか、考えよう」
明るい声で話す奏音に合わせて、桜も明るい声を心がけながら返事を返した。
「桜は追いかけたい?それとも逃げたい?」
「えっと……?」
奏音の言う意味が、なんとなくしか分からなくて聞き返す。真面目な声で話す奏音になんとなく、ではなくてきちんと分かってから返事をしないといけないと、桜は感じた。
「好きな人に引かれた線を強引に超えるか、このまま距離をとるか。桜はどうしたい?」
強引に線を超えて、もしも嫌われてしまったら。それはとても怖い。
けれど、このまま距離をとれば、ゆっくりと静かに、でも確実にモエギもの心の距離は今以上に離れてしまうだろう。
それだけは、どうしても嫌だと桜は強く思った。
「追いかけたい。それで振り向かせたい」
線を踏み越えるだけじゃだめなんだ。モエギが抱えているなにかを、軽くしてあげたい。モエギが辛い時、悲しい時、抱きしめる資格が欲しい。
桜は、モエギが抱きしめくれた時のことを思い出しながらそう思った。
「うん。じゃあ頑張れ。応援してる。桜が悲しくなったり辛くなったりしたら、いつでも話聞くかし、慰めるし、一緒に泣く。だから、いつでも電話しておいで」
「ありがとう」
「桜なら、大丈夫だよ」
そっと、優しく、それでいて力強く背中を押してくれる奏音に、桜は感謝の気持ちでいっぱいだった。暖かい涙が、桜の頬を伝う。
「ありがとう」
「うん」
それから、少し雑談してから桜は奏音との電話を終えた桜は、お気に入りのワンピースに着替えて家を飛び出した。
今、ここで行動を起こさなかったら奏音にもらった勇気がなくなってしまうような、そんな気がした。
心の中で、止まれと叫ぶ恐怖をどうにかしたくて、桜はただひたすら神社までの道のりを走った。
住宅街を抜け、公園に差し掛かったところで桜は一旦止まって息を整える。
また突き放されたら、そう思うと、足が震えてしまう。怖くて、怖くて、この場から逃げ出したくなる。
桜は、目をつぶりながら上をむくと大きく息を吸い込んだ。昼間より少し冷たい夜の空気が、肺全体に行き渡る。
桜は、目を開けるとぐっと拳を握りしめて、神社までの道のりを歩き出した。
どんなにゆっくりと歩いても、あっという間に神社の鳥居が見えてきてしまう。鳥居をくぐる前にもう一度大きく深呼吸をした桜は、大きく一歩踏み出して、神社に足を踏み入れた。
「……モエギ」
いつものように賽銭箱の前の階段で、星を見上げているモエギに、桜はためらいがちに声をかけた。
小さな声になってしまったけれど、静かな境内ではその声はよく響いた。
「……桜」
星に向けられていたモエギの視線が、ゆっくりと桜に向けられる。
「い、一緒に星見てもいい?」
震える声で桜はモエギに問いかけた。なかなか返事が返ってこないことが、怖くて桜はモエギから視線を外して俯いた。
一、二、三……と心の中で無意識に数を数えてしまう。
「……どうぞ」
モエギの小さな声が桜の鼓膜を揺らす。突き放されなかったことが嬉しくて、桜は顔をほころばせた。
「ありがとう」
モエギのいる1番上の段から二つ下の段に腰掛けて、桜はモエギと同じように空を見上げた。東京では見ることの出来ない多くの星たちが、夜空に輝くその姿は、とても美しかった。
花火の時は、隣においでよって言ってくれたのになぁ。
桜は上下に座っていることを少し寂しく感じた。今回は言ってくれないのだろうか、と期待しながら、星を見つめる。
しばらく星を見つめても、何も言ってくれないモエギにやっぱり嫌われてしまったのかと、桜は泣きたくなった。
そこで、ふと気がつく。
待っているだけじゃダメなんだ。
追いかけるって決めたんだから、自分から言わなきゃダメだ。
桜は、ぎゅっと拳を握りしめると、小さく息を吸い込んで言葉を発した。
「も、モエギ、隣いってもいい?」
「狭くなるよ」
「それは、別に気にしないよ」
「狭くなるから」
「でも」
「俺が、狭いの嫌だから」
モエギの声が硬くなる。
突き放すような冷たい言い方と声に、桜は心に冷たい風が通るような、寂しさを感じた。
前みたいな関係に戻りたい、そう思ってもモエギは心の扉を閉めたまま、近寄らせてもくれない。そう、強く感じてしまって桜は涙が溢れそうになった。
星を見上げていても、涙が零れそうになって慌てて瞬きを繰り返す。
泣いたら、だめだ。
泣いたら、モエギにめんどくさい人だと思われる。
そう思うのに、溢れてくる涙は止まらなくて、透明な雫が、桜の頬を濡らす。
「泣かないでよ」
喉の奥から絞り出したような、苦しそうな、モエギの声に桜は、「ごめん」と小さく呟いて、涙を拭った。
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