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プロローグ
3.昔とった杵柄で
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生き残るチャンスを与えて貰ったのは良いが、それからが大変だった。
「では、命を繋ぎ止める為の試練について説明しよう」
僕は最前の臨死体験によるトラウマもあり、今度こそ真面目に話を聞いていた。
「今から君には、別世界に転生してもらう」
……でた。出たよ。異世界転生。
流行りを押さえているあたり流石だと思うが、正直なところ個人的には大嫌いなのだ。アンチといってもいい。
中世ヨーロッパ風と言いながら、描写的にはそこそこ近世の世界に転生し、現代日本と全く違うはずの環境には即順応、インフラも整っていないのに街にはゴミ一つ落ちていなくて、疫病や感染症も発生していない。仮にも中世の筈なのに人々の識字率は現代日本並みに高く、明らかに異民族、異文化の存在である主人公の受け入れに寛容な人々の中で、ぬるいカルチャーショックに一々寒いリアクションを起こしながら生活。ついには、貰い物のチート能力にものを言わせて、現地の女を侍らせて回り責任もとらない始末。そんな努力の汗も信念も感じない、何のカタルシスもない物語が大っ嫌いだバーカ!
すると、僕の行きどころの無いクレームを察したメトロンさんが言った。
「安心したまえ。と言うのが正しいのかは解らないが、君の転生にはそんな便利な能力や道具は持たせてやれないよ」
メトロンさんは続ける。
「君には転生後の世界で生きそこで『何かを成し遂げる』それが、君が命を繋ぐ為の試練だ。丁度いい、これからの話題にも少し触れたことだし、このまま先に転生の準備を始めよう――」
人が生まれ変わるのに、ここまで膨大な手続きが必要だとは思ったことがなかった。
まず始まったのは今までの人生の振り返り。本来の寿命を全うした輪廻転生の場合はこうではないらしのだが、今回のように途中の人生を別の世界で途中から始めさせるには、当事者に関するデータの確認と整理を兼ねて必要になるらしい。メトロンさん曰く「例えるなら、ゲームのセーブデータだ。クリアしていないデータを別のゲームに移行するために最適化と変換が必要になる。その為にデータを分析して整理するんだ」とのこと。
ただ、聞かされるのは他でもない自分の半生なのだ。はじめは、こういう事もあったなぁなんて懐かしむ事も出来る。だが中学、高校時代の黒歴史や失敗談を、馬鹿にするでも慰めるでもなく、あくまでも事務的にほじくり返されるのでかなり精神的ダメージがでかい。しかも割りと最近の事となると、振り返らずとも記憶している事も多いので、後半は学生時代の授業時間以来、久々に音を聞く機械と化していた。
自分の半生の振り返りが終わると、次は転生時の記憶と身体能力の調整だ。これは転生後の生活の重要な要素の1つになることは容易に想像できる。
記憶はそのまま移行するとして、トップアスリートの様な高い身体能力を得ることが出来れば、転生後に何をするにしてもかなり有利になるだろう。
だが、メトロンさんは先程『君の転生にはそんな便利な能力や道具は 持たせてやれない』と言っていた。そうなると余り期待は出来ないが、一応確認しておこう。
「メトロンさん。これって今の自分より高い能力にすることってできます?」
「あぁ、君が察している通り出来ないよ。能力というのはその肉体の中での上限が決まっている。今の君の身体を殆どそのまま転生させるんだ。今の君の身体のままで、今まで以上の能力を与えることは出来ない」
それもそうか。例えば筋肉で考えたとして、50kgしか持ち上げられない筋肉に、同じ筋肉量で100kgを持ち上げる力を与えようとすれば、細胞レベルで別物に変えるしか無い。そうなれば、それは自分の身体のままではなくなるという訳だ。
それから自分の身体について、身体検査と健康診断と体力テストを同時に行ったような膨大な項目を一つ一つ確認していく。大体が終わったところでメトロンさんが言った。
「実のところ、この手続きも君には余り関係ないんだよ」
これは身体的障害を持った者が、転生の際にそのハンデを無くす為の手続きなのだと。さすがに医療が発達していない世界で、障害をもって生活するのはかなり不利になるので、平等を喫するために、その年齢の平均能力を基準に障害を取り除くらしい。
「しいて挙げるなら、君の場合は視力を戻せられるな。眼鏡も転生後の世界ではそこそこ高価な物だが、視力と眼鏡、どっちが欲しい?」
「視力を下さい」
即答であった。
ぼくは りょうめ1.2の しりょくを てにいれた!
「では他に、能力を低下させることはできるが希望はあるかね。なければ、肉体に関する手続きは終わりのなんだが」
低下はさせられるのか。何の意味が? 嫌がらせか?
「何かメリットあるんですか?」
「客観的にいえば無い。例えば『汗っかきを直したい』とかだね。能力的には代謝が優れていると言うことなんだが、本人は気にしている事もあるだろう。まぁ、だが実際ヒトの肉体のシステムはかなり精密に、無駄無く出来ているからね。ここで無理矢理体質のバランスを崩してしまうと、はじめは体調を崩したり、あとで結局再発する可能性もある」
「なら、視力は問題ないんですか?」
「君の視力に関しては元々良かったのが衰えた物だ。だから問題ない」
なるほど。確かに自分は元々目は良い方で、生活習慣によって悪くしたものだしな。マイナスをゼロに戻すという理屈が通るのか。
「じゃあ、それでおねがいします」
「了解した」
そして、手続きも終盤に差し掛かる。転生後の持ち物設定である。後から思えばこれが一番手間がかかったと言っていい。
「さて、はじめは服装からかな」
メトロンさんが触手を顔の横に構えると、パチン! と指を鳴らす音がした。同時に、自分の右横にいかにも中世ヨーロッパっぽい男性衣装が出てきた。だが、それどころではない。あの触手のどこから、軽快な破裂音が出たのか気になって仕方がない。
「良かったら試着してみたまえ」
メトロンさんが促すので試着はしてみるものの、頭の中は触手にからめとられていた。後でもう一度触手を鳴らしてもらおう。
夢の中でも御丁寧に再現されている寝巻きを脱ぎ、裾が股下まである白いチュニックを着る。深い茶色の革のズボンを履きベルトを締め、脛の中程まであるブーツを履き、動きやすさに問題ないかどうか試していく。………ふむ、問題は足下か。
「追加とか変更とかできます?」
「基本的には転生先の文化、技術レベルに合わせた物になるが、何かあるかね?」
「ブーツなんですけど、これサイズ合わせてくれてますよね?」
「勿論。どこか不具合でもあったかね?」
「不具合というより、少し足首周りの遊びが多いので、革の脚絆を貰えませんか」
「ああ、良いだろう」
メトロンさんが、また触手をパチン! と鳴らすと明るい茶色の革製の脚絆が出てきた。本当にあの触手でどうやって音を鳴らしているのか……。
気を取り直してブーツの上から脚絆を着け、その場で跳んだり足踏みしてみる。すると足首が程よく固定され動きやすい。
「どうかね?」
「良いですね。あと一つ良いですか?」
「草鞋掛と草鞋をお願いします」
「草鞋か……。君の転生先は地球で言う所の中世ヨーロッパに近い雰囲気があるところだ。浮いてしまうよ?」
メトロンさんの心配は最もだ。一つの集落に長期滞在する可能性も考慮して、明らかな異文化を晒して人々の警戒心を煽るのは上手くない。
「……そういえば、転生直後はどんなとこに出るんです?」
「集落もしくは街から数キロ離れた、人気の無いところだ。人目に付くわけにはいかないからね」
「森だとか、平原だとか具体的に特定は出来ないんですね」
「そうだね。転送先の状況も変わる場合があるから、細かい場所の情報に関しては実際に転生するまでは不明だ」
「なるほど。なら大丈夫です。ブーツ1足だけだと、所によっては不便なことがあるかなと思ったんで。予備として持つなら、かさ張らない草鞋が妥当かなって」
「ふむ。そういうことなら」
メトロンさんが右の触手で先ほど衣装を出した辺りを指す。すると草鞋と草鞋掛が一組。……触手鳴らさなくてもいいんだ。ちょっとがっかり。
その後もズボンの材質を変えてくれとか、緑色のローブがほしいとか、ふんどしが欲しいとか、足袋が欲しいとか、細かい注文をつけながら、あちらの世界での服装を決めていった。
次は持ち物。つまり装備品の決定だ。
草鞋を両手に持ちながら他に必要なものはないかと考える。
だが、必要なものを考えるにも『あっちの世界でなにかを成す』というのが、こちらの世界に戻り生き残る条件なのだが、今のところ一切具体的なことが全く解っていない。
「あの今更ですけど、『なにかを成す』って何をすれば良いんですか」
メトロンさんは一息おいて、神妙な雰囲気で告げる。
「それは私にも解らない。ただ、あちらの世界で自分に心から納得のいく何かを成せればいい。そうすれば、この世界に帰る道が開くだろう」
ほぼノーヒントか。となると、目的に対する道具よりも、あっちの世界で最低限生きていくための準備をする必要があるな。頭の中で、何が必要かを考え始める。すると、ふと重要な事を思い付いた。
「あの、持ち物って、どこまで出して貰えるんですか?」
「物に制限はあるが、数に制限は無いよ」
「…………鞄って出せます?」
「あちらの世界には、まだ鞄に類するものは無いから却下だね。代わりとしたら革袋だ」
「四次元ポケットみたいなのは」
「勿論無いよ」
「出して貰った道具類って」
「基本的には自分で持ち歩くしかない」
……つまり、出してもらう物の数に制限は無いけれど、持ち運べる量にしておかないと宝の持ち腐れになる可能性があるということだ。もちろん多く持てるにこしたことはないのだが、衣服を含め荷重は素直に機動力と体力を削いでいく。最大公約数的に利便性の高い物を選び抜いて決めないと、有事の際に生存率を下げてしまう事になりかねない。
(となれば……)
学生時代、登山に打ち込んでいた頃を思い出し、まず山中の遭難を想定して生存に必要な装備を洗い出す。基本的なところでは、水、食料、地図、方位磁石、燃料、あとは医療道具辺りか――。
「……メトロンさん」
「なんだい?」
「抗生物質をお願いします」
「却下だ。彼方の世界は、まだそこまで薬学が発達していない」
だろうな。だが今回はここで引き下がるわけにはいかない。
「でも、あっちはこっちの世界とは似たところがあっても全く違うものなんでしょう? なら、こっちの世界では未知のウィルスもあるかも知れないじゃないですか。当然、現地の住人とは免疫も違いますよね」
「転生後の身体の免疫については、現時点での身体能力に合わせてあちら向きに調整するから問題は無いよ」
「……いや、その設定の仕方は少し問題があると思いますよ」
「ふむ、どこがだね?」
「さっき、『薬学がそこまで発達してない』って言いましたよね……。聞いて無かったんですけど、転生後の世界ってどんな所なんですか?」
「さっきも少し触れたが、簡単に言うと此方で言う中世ヨーロッパに近い世界だ。生活文化、医療や科学、政治体制も当時のそれに似ているところが多いね。一番の違いは向こうには魔法があるところかな。で、さっきの問題とは何だね」
……まじか、魔法あるのか。と思ったが、今はそうじゃない。
「元々、免疫力って体力とか体質以外にも育ってきた環境や生活、食べ物とかでも決まってくるじゃないですか。なら、ぬるい現代日本で育った免疫と中世ヨーロッパの生活でできた免疫では良くも悪くも違いがありますよね」
僕は続けて畳み掛ける。
「なら、現地で自分にしか罹らない感染症もあるかもしれないじゃないですか。なので生存率をフェアにするためにも抗生物質をお願いします。一回分の処方として一週間分」
ふむ、とメトロンさんは巨大な頭部の前で触手を組んでいるようだ。
「確かに、一理あるといえる。だが、あちらの技術を大きく越えた物であるから……。1日分だけ許可しよう」
「一週間分で」
「却下」
「一週間分」
「駄目だ」
「じゃあ、3日分」
「……」
「いや、一日分なら意味無いですって」
「…………」
「3日分」
「………………」
「ちゃんと効果があってこその意味じゃないですか。だからせめて3日分」
メトロンさんの発光器官の光が上から下に6巡りする長考を経て、
「解った。では、3日分だけ許可しよう。種類に希望はあるかね」
「いえ、無いです。薬の種類とか全くわかんないんで」
あれだけゴネておきながらこの返答。相手が普通の人間なら相当腹立つだろうな。だが例に漏れず流石メトロンさんは寛容である。
「では」と、メトロンさんが触手で卓袱台を指すと、そこに小さく折られた紙が出てきた。アニメか何かで見たことがある。折られた紙の中に薬が入っているやつだ。
ちなみに、今の交渉には実はもう一つの目的がある。詐欺の手口として有名だが、最初に無茶なプランを推しておいて、その後で妥協案として通すべき本命を通させる手口。つまり、最初に二十世紀最大の発明の一つと言われる抗生物質を推しておけば、その後の注文が妥協案として通しやすくなる。この後の交渉に役立つかは解らないが。だが今回は、半分はブラフである抗生物質も手に入れることが出来たので最高の成果と言って良いだろう。
その後、追加で針と巻糸、包帯を出して貰い、同時に革袋を貰い医療道具としてまとめて入れた。
「次はアウトドア用品か……」
パッと思い浮かぶのは、まず地図と方位磁石、水、携帯食料、ナイフ、後は燃料か。いや、燃料よりも火種が無いな。となると、ライターはおろかマッチも無理だから火打ち石と打ち金か。現代のメタルマッチしか使ったことがないが大丈夫だろうか。
とりあえず、転生後、少し離れているとはいえ、集落の有るところには出してもらえるという事なら、初日の至上目的はまずその集落へたどり着くことだ。そうなると、まず必要な物の筆頭は――。
「現地の地図って貰えます?」
「あちらの世界地図かい? それとも、転生直後の地点の周辺のということかね」
「ああ、後の方で。あと可能であれば地形図でお願いします」
「地形図は流石に無理だが、地図はいいだろう。ただ、転生場所に関しては、直前まで確定しないのでね。転生直後に手配しよう」
「ありがとうございます。あと……」
続けてさっき思い付いた物を一通り出して貰った。水は外国の歴史ドラマで出てくるような、動物の胃袋を加工した水筒に入れ、食料は干し飯と干し肉、ドライフルーツを合わせて約1キロ分革袋に詰めた。ナイフは刃渡り10センチ位のシンプルな物。火種はやはり火打ち石だった。方位磁石は無理だったので、棒磁石で代用することにし、医療道具と同じようにまとめて革袋にしまった。
「あと、もう一つ刃物が欲しいんですけど」
「ナイフ以外にかい。護身用かね」
「それもありますけど、やっぱり野外での行動が多くなると大型の物が必要なこともあると思って」
「なるほど良いだろう。なにがいい」
改めて頭に刃の付いた道具と用途を思い浮かべ考える。鎌……ノコギリ……斧……。思い付いた。
「鉈で」
「鉈か。大きさは?」
「えーっと……」
一度、両手の人差し指で大きさを考えてみる。というのも、実は鉈を見たことはあるが、使ったことがないので具体的なサイズ感がおぼろげなのだ。
「鉈の大きめのやつって、どれ位になります?」
「刃渡りで言えば、大体25~30センチ辺りの物になるかな。仮に20cmの物でも柄の部分を含めると全体で40センチ程になるね」
改めて、人差し指で大きさを想定してみる。一応、護身用の側面もあることを考えればそこそこの大きさが欲しいところだ。
「それじゃあ、試しに刃渡り30センチのを出して貰えますか」というと、すぐに卓袱台の上に鉈が現れた。
「鉈のイメージとして一般的な『腰鉈』と呼ばれる種類だ。試してみたまえ」
大きな中華包丁のような長方形の刃、その両端に刃を守るための突起がついている。
試しに卓袱台の上に出された鉈を持ってみる。500グラム位か、重くはないがと確かな手応えがあり、道具としての信頼感を感じさせる。事によっては、太めの枝や薪を割ることもあるだろう。その場合、少し重い方がかえって楽なのだ。
「これ良いですね! これで良いです。あと腰に着けるためのホルダーもらって良いですか」
「良いだろう。では、他には何かあるかな?」
「あとは、対人での護身用の武器が欲しいんですけど。さっき中世って言ってましたけど、向こうの治安ってどうなんですか」
「地域差もあるが街中は比較的安全だね。ただ、人里離れた場所だと盗賊なんかがいることもある」
つまり、遭遇する可能性は少なくないと言うことか。なら、実際使うかは別にして持っていた方がいいな。となると、自分が扱える武器といえば……。
「居合刀って出せます?」
扱えると言っても、これも学生の頃に居合道の型を少しかじった程度だ。実際に盗賊に遭遇すれば文字通り歯が立たないだろうが、それでも何の素養もない武器よりはマシだろう。
「ふむ。君の勝手知ったる物と言うことか、妥当だな。片刃刀の範疇に収まるし良いだろう」
「なら、仕込み杖にして欲しいんですけど」
「仕込み杖かい」
「ええ、基本的に刀としては使いたくないですし、武器として持ち歩くと、少なからず誰彼問わず警戒されると思うので」
「なるほど、そういうことなら。こんな感じかな」
卓袱台の上に一本の杖が現れた。
見た目は、少し反りの入った何の変哲もない整えられた木製の杖である。長さは1メートル位で居合刀としては自分のリーチに対してはかなり長い。おそらく鞘の部分だけ長くしてあるのだろう。特に持ち手の様な部分はなく、手に持つ辺りには紺色の平紐が括り付けられている。
持ってみるとやはり見た目より重い。左手で鯉口を握り、刀を抜いてみる。練習で使う模造刀とは違い、実際に武器として切れ味のある真剣を抜くのは、いつも少し緊張してしまう。
そっと刀を抜き、軽くゆっくりと袈裟懸けに振り、重さを確かめる。納刀する前に刀身を眺めてみると、無機質な銀色が強く輝いている。相手の生命、ともすれば自分の命さえ切り捨てかねない威力を素直に示しているようだ。
手を切らないように慎重に刃を納め、その後は実用に際しての細かい調整を加えて貰い、有事の際、腰に差して使えるよう布の帯を出して貰った。
これで服装、装備も整った。全体的な見た目は、少し色味のある重装備なジェダイの騎士の見事なバッタもんがこうして完成したのである。
「では、命を繋ぎ止める為の試練について説明しよう」
僕は最前の臨死体験によるトラウマもあり、今度こそ真面目に話を聞いていた。
「今から君には、別世界に転生してもらう」
……でた。出たよ。異世界転生。
流行りを押さえているあたり流石だと思うが、正直なところ個人的には大嫌いなのだ。アンチといってもいい。
中世ヨーロッパ風と言いながら、描写的にはそこそこ近世の世界に転生し、現代日本と全く違うはずの環境には即順応、インフラも整っていないのに街にはゴミ一つ落ちていなくて、疫病や感染症も発生していない。仮にも中世の筈なのに人々の識字率は現代日本並みに高く、明らかに異民族、異文化の存在である主人公の受け入れに寛容な人々の中で、ぬるいカルチャーショックに一々寒いリアクションを起こしながら生活。ついには、貰い物のチート能力にものを言わせて、現地の女を侍らせて回り責任もとらない始末。そんな努力の汗も信念も感じない、何のカタルシスもない物語が大っ嫌いだバーカ!
すると、僕の行きどころの無いクレームを察したメトロンさんが言った。
「安心したまえ。と言うのが正しいのかは解らないが、君の転生にはそんな便利な能力や道具は持たせてやれないよ」
メトロンさんは続ける。
「君には転生後の世界で生きそこで『何かを成し遂げる』それが、君が命を繋ぐ為の試練だ。丁度いい、これからの話題にも少し触れたことだし、このまま先に転生の準備を始めよう――」
人が生まれ変わるのに、ここまで膨大な手続きが必要だとは思ったことがなかった。
まず始まったのは今までの人生の振り返り。本来の寿命を全うした輪廻転生の場合はこうではないらしのだが、今回のように途中の人生を別の世界で途中から始めさせるには、当事者に関するデータの確認と整理を兼ねて必要になるらしい。メトロンさん曰く「例えるなら、ゲームのセーブデータだ。クリアしていないデータを別のゲームに移行するために最適化と変換が必要になる。その為にデータを分析して整理するんだ」とのこと。
ただ、聞かされるのは他でもない自分の半生なのだ。はじめは、こういう事もあったなぁなんて懐かしむ事も出来る。だが中学、高校時代の黒歴史や失敗談を、馬鹿にするでも慰めるでもなく、あくまでも事務的にほじくり返されるのでかなり精神的ダメージがでかい。しかも割りと最近の事となると、振り返らずとも記憶している事も多いので、後半は学生時代の授業時間以来、久々に音を聞く機械と化していた。
自分の半生の振り返りが終わると、次は転生時の記憶と身体能力の調整だ。これは転生後の生活の重要な要素の1つになることは容易に想像できる。
記憶はそのまま移行するとして、トップアスリートの様な高い身体能力を得ることが出来れば、転生後に何をするにしてもかなり有利になるだろう。
だが、メトロンさんは先程『君の転生にはそんな便利な能力や道具は 持たせてやれない』と言っていた。そうなると余り期待は出来ないが、一応確認しておこう。
「メトロンさん。これって今の自分より高い能力にすることってできます?」
「あぁ、君が察している通り出来ないよ。能力というのはその肉体の中での上限が決まっている。今の君の身体を殆どそのまま転生させるんだ。今の君の身体のままで、今まで以上の能力を与えることは出来ない」
それもそうか。例えば筋肉で考えたとして、50kgしか持ち上げられない筋肉に、同じ筋肉量で100kgを持ち上げる力を与えようとすれば、細胞レベルで別物に変えるしか無い。そうなれば、それは自分の身体のままではなくなるという訳だ。
それから自分の身体について、身体検査と健康診断と体力テストを同時に行ったような膨大な項目を一つ一つ確認していく。大体が終わったところでメトロンさんが言った。
「実のところ、この手続きも君には余り関係ないんだよ」
これは身体的障害を持った者が、転生の際にそのハンデを無くす為の手続きなのだと。さすがに医療が発達していない世界で、障害をもって生活するのはかなり不利になるので、平等を喫するために、その年齢の平均能力を基準に障害を取り除くらしい。
「しいて挙げるなら、君の場合は視力を戻せられるな。眼鏡も転生後の世界ではそこそこ高価な物だが、視力と眼鏡、どっちが欲しい?」
「視力を下さい」
即答であった。
ぼくは りょうめ1.2の しりょくを てにいれた!
「では他に、能力を低下させることはできるが希望はあるかね。なければ、肉体に関する手続きは終わりのなんだが」
低下はさせられるのか。何の意味が? 嫌がらせか?
「何かメリットあるんですか?」
「客観的にいえば無い。例えば『汗っかきを直したい』とかだね。能力的には代謝が優れていると言うことなんだが、本人は気にしている事もあるだろう。まぁ、だが実際ヒトの肉体のシステムはかなり精密に、無駄無く出来ているからね。ここで無理矢理体質のバランスを崩してしまうと、はじめは体調を崩したり、あとで結局再発する可能性もある」
「なら、視力は問題ないんですか?」
「君の視力に関しては元々良かったのが衰えた物だ。だから問題ない」
なるほど。確かに自分は元々目は良い方で、生活習慣によって悪くしたものだしな。マイナスをゼロに戻すという理屈が通るのか。
「じゃあ、それでおねがいします」
「了解した」
そして、手続きも終盤に差し掛かる。転生後の持ち物設定である。後から思えばこれが一番手間がかかったと言っていい。
「さて、はじめは服装からかな」
メトロンさんが触手を顔の横に構えると、パチン! と指を鳴らす音がした。同時に、自分の右横にいかにも中世ヨーロッパっぽい男性衣装が出てきた。だが、それどころではない。あの触手のどこから、軽快な破裂音が出たのか気になって仕方がない。
「良かったら試着してみたまえ」
メトロンさんが促すので試着はしてみるものの、頭の中は触手にからめとられていた。後でもう一度触手を鳴らしてもらおう。
夢の中でも御丁寧に再現されている寝巻きを脱ぎ、裾が股下まである白いチュニックを着る。深い茶色の革のズボンを履きベルトを締め、脛の中程まであるブーツを履き、動きやすさに問題ないかどうか試していく。………ふむ、問題は足下か。
「追加とか変更とかできます?」
「基本的には転生先の文化、技術レベルに合わせた物になるが、何かあるかね?」
「ブーツなんですけど、これサイズ合わせてくれてますよね?」
「勿論。どこか不具合でもあったかね?」
「不具合というより、少し足首周りの遊びが多いので、革の脚絆を貰えませんか」
「ああ、良いだろう」
メトロンさんが、また触手をパチン! と鳴らすと明るい茶色の革製の脚絆が出てきた。本当にあの触手でどうやって音を鳴らしているのか……。
気を取り直してブーツの上から脚絆を着け、その場で跳んだり足踏みしてみる。すると足首が程よく固定され動きやすい。
「どうかね?」
「良いですね。あと一つ良いですか?」
「草鞋掛と草鞋をお願いします」
「草鞋か……。君の転生先は地球で言う所の中世ヨーロッパに近い雰囲気があるところだ。浮いてしまうよ?」
メトロンさんの心配は最もだ。一つの集落に長期滞在する可能性も考慮して、明らかな異文化を晒して人々の警戒心を煽るのは上手くない。
「……そういえば、転生直後はどんなとこに出るんです?」
「集落もしくは街から数キロ離れた、人気の無いところだ。人目に付くわけにはいかないからね」
「森だとか、平原だとか具体的に特定は出来ないんですね」
「そうだね。転送先の状況も変わる場合があるから、細かい場所の情報に関しては実際に転生するまでは不明だ」
「なるほど。なら大丈夫です。ブーツ1足だけだと、所によっては不便なことがあるかなと思ったんで。予備として持つなら、かさ張らない草鞋が妥当かなって」
「ふむ。そういうことなら」
メトロンさんが右の触手で先ほど衣装を出した辺りを指す。すると草鞋と草鞋掛が一組。……触手鳴らさなくてもいいんだ。ちょっとがっかり。
その後もズボンの材質を変えてくれとか、緑色のローブがほしいとか、ふんどしが欲しいとか、足袋が欲しいとか、細かい注文をつけながら、あちらの世界での服装を決めていった。
次は持ち物。つまり装備品の決定だ。
草鞋を両手に持ちながら他に必要なものはないかと考える。
だが、必要なものを考えるにも『あっちの世界でなにかを成す』というのが、こちらの世界に戻り生き残る条件なのだが、今のところ一切具体的なことが全く解っていない。
「あの今更ですけど、『なにかを成す』って何をすれば良いんですか」
メトロンさんは一息おいて、神妙な雰囲気で告げる。
「それは私にも解らない。ただ、あちらの世界で自分に心から納得のいく何かを成せればいい。そうすれば、この世界に帰る道が開くだろう」
ほぼノーヒントか。となると、目的に対する道具よりも、あっちの世界で最低限生きていくための準備をする必要があるな。頭の中で、何が必要かを考え始める。すると、ふと重要な事を思い付いた。
「あの、持ち物って、どこまで出して貰えるんですか?」
「物に制限はあるが、数に制限は無いよ」
「…………鞄って出せます?」
「あちらの世界には、まだ鞄に類するものは無いから却下だね。代わりとしたら革袋だ」
「四次元ポケットみたいなのは」
「勿論無いよ」
「出して貰った道具類って」
「基本的には自分で持ち歩くしかない」
……つまり、出してもらう物の数に制限は無いけれど、持ち運べる量にしておかないと宝の持ち腐れになる可能性があるということだ。もちろん多く持てるにこしたことはないのだが、衣服を含め荷重は素直に機動力と体力を削いでいく。最大公約数的に利便性の高い物を選び抜いて決めないと、有事の際に生存率を下げてしまう事になりかねない。
(となれば……)
学生時代、登山に打ち込んでいた頃を思い出し、まず山中の遭難を想定して生存に必要な装備を洗い出す。基本的なところでは、水、食料、地図、方位磁石、燃料、あとは医療道具辺りか――。
「……メトロンさん」
「なんだい?」
「抗生物質をお願いします」
「却下だ。彼方の世界は、まだそこまで薬学が発達していない」
だろうな。だが今回はここで引き下がるわけにはいかない。
「でも、あっちはこっちの世界とは似たところがあっても全く違うものなんでしょう? なら、こっちの世界では未知のウィルスもあるかも知れないじゃないですか。当然、現地の住人とは免疫も違いますよね」
「転生後の身体の免疫については、現時点での身体能力に合わせてあちら向きに調整するから問題は無いよ」
「……いや、その設定の仕方は少し問題があると思いますよ」
「ふむ、どこがだね?」
「さっき、『薬学がそこまで発達してない』って言いましたよね……。聞いて無かったんですけど、転生後の世界ってどんな所なんですか?」
「さっきも少し触れたが、簡単に言うと此方で言う中世ヨーロッパに近い世界だ。生活文化、医療や科学、政治体制も当時のそれに似ているところが多いね。一番の違いは向こうには魔法があるところかな。で、さっきの問題とは何だね」
……まじか、魔法あるのか。と思ったが、今はそうじゃない。
「元々、免疫力って体力とか体質以外にも育ってきた環境や生活、食べ物とかでも決まってくるじゃないですか。なら、ぬるい現代日本で育った免疫と中世ヨーロッパの生活でできた免疫では良くも悪くも違いがありますよね」
僕は続けて畳み掛ける。
「なら、現地で自分にしか罹らない感染症もあるかもしれないじゃないですか。なので生存率をフェアにするためにも抗生物質をお願いします。一回分の処方として一週間分」
ふむ、とメトロンさんは巨大な頭部の前で触手を組んでいるようだ。
「確かに、一理あるといえる。だが、あちらの技術を大きく越えた物であるから……。1日分だけ許可しよう」
「一週間分で」
「却下」
「一週間分」
「駄目だ」
「じゃあ、3日分」
「……」
「いや、一日分なら意味無いですって」
「…………」
「3日分」
「………………」
「ちゃんと効果があってこその意味じゃないですか。だからせめて3日分」
メトロンさんの発光器官の光が上から下に6巡りする長考を経て、
「解った。では、3日分だけ許可しよう。種類に希望はあるかね」
「いえ、無いです。薬の種類とか全くわかんないんで」
あれだけゴネておきながらこの返答。相手が普通の人間なら相当腹立つだろうな。だが例に漏れず流石メトロンさんは寛容である。
「では」と、メトロンさんが触手で卓袱台を指すと、そこに小さく折られた紙が出てきた。アニメか何かで見たことがある。折られた紙の中に薬が入っているやつだ。
ちなみに、今の交渉には実はもう一つの目的がある。詐欺の手口として有名だが、最初に無茶なプランを推しておいて、その後で妥協案として通すべき本命を通させる手口。つまり、最初に二十世紀最大の発明の一つと言われる抗生物質を推しておけば、その後の注文が妥協案として通しやすくなる。この後の交渉に役立つかは解らないが。だが今回は、半分はブラフである抗生物質も手に入れることが出来たので最高の成果と言って良いだろう。
その後、追加で針と巻糸、包帯を出して貰い、同時に革袋を貰い医療道具としてまとめて入れた。
「次はアウトドア用品か……」
パッと思い浮かぶのは、まず地図と方位磁石、水、携帯食料、ナイフ、後は燃料か。いや、燃料よりも火種が無いな。となると、ライターはおろかマッチも無理だから火打ち石と打ち金か。現代のメタルマッチしか使ったことがないが大丈夫だろうか。
とりあえず、転生後、少し離れているとはいえ、集落の有るところには出してもらえるという事なら、初日の至上目的はまずその集落へたどり着くことだ。そうなると、まず必要な物の筆頭は――。
「現地の地図って貰えます?」
「あちらの世界地図かい? それとも、転生直後の地点の周辺のということかね」
「ああ、後の方で。あと可能であれば地形図でお願いします」
「地形図は流石に無理だが、地図はいいだろう。ただ、転生場所に関しては、直前まで確定しないのでね。転生直後に手配しよう」
「ありがとうございます。あと……」
続けてさっき思い付いた物を一通り出して貰った。水は外国の歴史ドラマで出てくるような、動物の胃袋を加工した水筒に入れ、食料は干し飯と干し肉、ドライフルーツを合わせて約1キロ分革袋に詰めた。ナイフは刃渡り10センチ位のシンプルな物。火種はやはり火打ち石だった。方位磁石は無理だったので、棒磁石で代用することにし、医療道具と同じようにまとめて革袋にしまった。
「あと、もう一つ刃物が欲しいんですけど」
「ナイフ以外にかい。護身用かね」
「それもありますけど、やっぱり野外での行動が多くなると大型の物が必要なこともあると思って」
「なるほど良いだろう。なにがいい」
改めて頭に刃の付いた道具と用途を思い浮かべ考える。鎌……ノコギリ……斧……。思い付いた。
「鉈で」
「鉈か。大きさは?」
「えーっと……」
一度、両手の人差し指で大きさを考えてみる。というのも、実は鉈を見たことはあるが、使ったことがないので具体的なサイズ感がおぼろげなのだ。
「鉈の大きめのやつって、どれ位になります?」
「刃渡りで言えば、大体25~30センチ辺りの物になるかな。仮に20cmの物でも柄の部分を含めると全体で40センチ程になるね」
改めて、人差し指で大きさを想定してみる。一応、護身用の側面もあることを考えればそこそこの大きさが欲しいところだ。
「それじゃあ、試しに刃渡り30センチのを出して貰えますか」というと、すぐに卓袱台の上に鉈が現れた。
「鉈のイメージとして一般的な『腰鉈』と呼ばれる種類だ。試してみたまえ」
大きな中華包丁のような長方形の刃、その両端に刃を守るための突起がついている。
試しに卓袱台の上に出された鉈を持ってみる。500グラム位か、重くはないがと確かな手応えがあり、道具としての信頼感を感じさせる。事によっては、太めの枝や薪を割ることもあるだろう。その場合、少し重い方がかえって楽なのだ。
「これ良いですね! これで良いです。あと腰に着けるためのホルダーもらって良いですか」
「良いだろう。では、他には何かあるかな?」
「あとは、対人での護身用の武器が欲しいんですけど。さっき中世って言ってましたけど、向こうの治安ってどうなんですか」
「地域差もあるが街中は比較的安全だね。ただ、人里離れた場所だと盗賊なんかがいることもある」
つまり、遭遇する可能性は少なくないと言うことか。なら、実際使うかは別にして持っていた方がいいな。となると、自分が扱える武器といえば……。
「居合刀って出せます?」
扱えると言っても、これも学生の頃に居合道の型を少しかじった程度だ。実際に盗賊に遭遇すれば文字通り歯が立たないだろうが、それでも何の素養もない武器よりはマシだろう。
「ふむ。君の勝手知ったる物と言うことか、妥当だな。片刃刀の範疇に収まるし良いだろう」
「なら、仕込み杖にして欲しいんですけど」
「仕込み杖かい」
「ええ、基本的に刀としては使いたくないですし、武器として持ち歩くと、少なからず誰彼問わず警戒されると思うので」
「なるほど、そういうことなら。こんな感じかな」
卓袱台の上に一本の杖が現れた。
見た目は、少し反りの入った何の変哲もない整えられた木製の杖である。長さは1メートル位で居合刀としては自分のリーチに対してはかなり長い。おそらく鞘の部分だけ長くしてあるのだろう。特に持ち手の様な部分はなく、手に持つ辺りには紺色の平紐が括り付けられている。
持ってみるとやはり見た目より重い。左手で鯉口を握り、刀を抜いてみる。練習で使う模造刀とは違い、実際に武器として切れ味のある真剣を抜くのは、いつも少し緊張してしまう。
そっと刀を抜き、軽くゆっくりと袈裟懸けに振り、重さを確かめる。納刀する前に刀身を眺めてみると、無機質な銀色が強く輝いている。相手の生命、ともすれば自分の命さえ切り捨てかねない威力を素直に示しているようだ。
手を切らないように慎重に刃を納め、その後は実用に際しての細かい調整を加えて貰い、有事の際、腰に差して使えるよう布の帯を出して貰った。
これで服装、装備も整った。全体的な見た目は、少し色味のある重装備なジェダイの騎士の見事なバッタもんがこうして完成したのである。
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