死神と恐れられた俺、転生したら平和な時代だったので自由気ままな人生を享受する

オカさん

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魔導大会五日目

負の涙

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『ギール! 駆けっこで負けたほうが今日の洗濯当番なっ!』
『ギール君、絶対に魔法の才能あるって!』
『ギールっ! あんたがディルさんに悪戯したせいで私が怒られたんだけどォ!』

 どんな顔でどんな姿だったのか黒い霧が掛かってはっきりと思い出せない。

 それでも前世で過ごした仲間たちの声が確かに聞こえる。

『ギール! お前はどうして暴力で問題を解決しようとするんだ』
『みんなを守る為なのは分かるけどもう少し自分を大切にしようね、ギールちゃん』

 どんな日々を送って来たのかほんの少ししか思い出せない。
 
 それでも前世で親のように接してくれた人たちの声が確かに聞こえる。

『何気ない日常に何気ない会話、そんなありふれた素敵な人生を貴方と一緒に……』

 どんな人間で、どう生きて欲しかったのか全く思い出せない。

 それでも前世で愛してくれた人の声が確かに聞こえた。

『私には貴方さえいれば他に何もいらない、だから貴方も私だけを愛して』

 彼女をどう想っていたのか、思い出せない……思い出したくない。

 それでも聞こえてしまった……堕ちてしまった彼女の声が……。

「止めてくれ……」

 そして俺は目を覚まし、胸の奥が震えて左目から涙が止まらなかった。

 ***

「ひとつ訊きたい、なぜ俺は勝てなかった?」

 ズキズキと痛む頬を押さえながらテイバンは尋ねる。

「ああ? それはお前が自ら負けを認めたからだろ」

「……そうか」「うそうそ、軽い冗談だ」

 ベレスは改めて彼と向き合う。

「確かに僅差だったよ、お前が勝ってもおかしくない試合だった。だがひとつ決定的な差があった、それはアルムの戦術をものに出来たか否かだ」

「自傷覚悟の戦術だろ? お前らしくない戦い方で正直焦った。でも複数方向からの千花氷結せんかひょうけつ、これだってアルムの戦術を模したものだ」

 お前の結論はおかしい、そんな反論を含んだ視線を向ける。
 しかしベレスはその視線に衝撃を受け、落胆したようにため息を漏らした。

「お前にとっては戦術の先に得られる結果ではなく、再現そのものに重点を置いているのか?」

「何が言いたい……」

「アルムでさえ失敗に終わった戦術をパクってお前が勝てるわけねェだろ」

「ッ……⁉」

 淡々と告げられた事実に灰色の瞳孔が大きく開かれる。

「世間一般では『自分のものとして自由に使いこなせる状態にすること』を指すのかもしれないけど、
 俺にとっては『欲している結果を得られて初めてものに出来た』と思うけどな」

 淡々と語られるベレスの哲学に灰色の瞳は前を向くことが出来ない。

「まあ実際に追い詰められたし、覚悟を決めなきゃ負けていたから強くは言えない。
 でもな『出来る事を堅実に攻めた』程度で負け続けた相手このおれに勝てるのかって話だよ」

「……ッ――――――――!」

「楽しかったよ、アルムのお膳立てありきだったけどな」

 答えを示した彼は今度こそその場から去って行く。

「俺は、俺は何なんだ……」

 テイバンは動けず、地面に額を擦り付ける。

「俺は、何のためにここに来たんだよォ……!」

 彼は顔を歪め、涙を流し、指が地面の土を強く握り締める。

 敗北の悔しさ、届かない無力感、そしてカルティアたちの期待に対する裏切り。

 彼は審判が肩を貸すまでその場を動くことはできなかった。

「カルティア! なぜ声を上げたっ⁉ アイツが折れるのは知っていただろォ!」

「落ち着いてライザ君っ!」「そうです、暴力は色々と不味いですって!」

 自国の王女を相手に胸倉を掴む彼をスベンとマリアは口頭で注意する。

「あの状況では逆転は不可能と判断し、傷が浅いうちに終わらせようと声を上げたまでです」

 怒りを露わにする巨漢を相手に彼女は一歩も引かず紫紺の瞳も動じなかった。

「そうだとして、そうだとしてもだ! あんな終わり方をテイバンは望んでいない!」

「であれば意識を失うまでボコボコに殴られることが彼の望みだと、ライザ君は仰るんですね」

 挑発的な物言いにライザの眉がピクリと動き、左腕を振り上げた。

「ライザ君っ!」「それだけは止めてください!」「誰か止めてくれェ!」

 阻止しようとする者、言葉で注意する者、助けを呼ぶ者。

 そして行動を起こさせた張本人は掴んでいた右腕を下げ、左腕はそのまま定位置に戻す。

「……合うはずもない価値観を押し付けて悪かった。お前は気品ある王族で俺は血と泥に塗れた戦闘民族、こうして言い争うのもおかしな話だったんだ」

 ライザの怒りは収まりを見せ、そのまま観客席から離れていく。

「会長、お怪我はありませんか?」

「ええ、大丈夫です。皆さんもご心配をお掛けしました」

 心配した面持ちで声を掛けるミリエラ、しかしカルティアは乱れた制服を整え、何事も無かったかのように席に座った。

(……私だって止めたくはなかったんですよ、ライザ君)

 審判に連れられながらフィールド入り口へ向かうテイバンに視線を向ける。

「ッ……⁉」

 内から込み上げる感情、取り繕った表情が徐々に歪み始めた。

 カルティアは自身の顔に触れ、電撃を流していつも通りの笑顔に作り直す。

 しかし彼女の右目から一滴の涙が目尻に浮かび上がる。

「会長、ライザさんの試合まで時間がありますしテイバンさんとアルムくんのお見舞いに行きませんか?」

 重い雰囲気を取り払おうと右隣から提案するマリア。

「そうですね、労いの言葉も含めて行きましょうか」

 顔の動きを控え、藤色の髪で浮かんだ涙を隠し通す。

(何を泣いているの? そんな資格は私には無いのに……)

 カルティアは目尻の滴を手で拭き取り、『いつもの彼女』を守り抜いた。
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