猫がいない世界に転生しました〜ただ猫が好きなだけ〜

白猫ケイ

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40 フリアンディーズ領4

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 獣人様の住処はフリアンディーズ領中央のメイン通りを挟んで、海沿いの商店通りとは反対側にあった。白い石造りの建物が規則正しく並んでいる。
 まるで大きな箱みたいーー。

「お嬢様……ついに時が来たのですね」

 キャロリーヌが到着すると、少し枯れた声、メイド服を着た年配の女性が話しかけてきた。キャロリーヌの表情もどことなく固く、笑顔が少ない。
 エリアスとソフィアには、万が一に備えて騎士とマスカットをつけて商店通りに残ってもらい、こちらにはライラ、レオン、エル、騎士のメイソン卿と来ていた。

「ライラ先輩とテレシア様は、お怒りになるかもしれませんわね」

「こちらでございます」

 意味深なキャロリーヌのつぶやきと同時にメイドに促され建物に入ると、何処かでかいだことのある匂いがする。
「嫌な匂いだ」
 レオン、エルが手で鼻を覆い、顔をしかめた。

「この様に、他の建物にもが暮らしていらっしゃいますわ」
「この様、に……?」

 白い壁、木製の窓の閉められた薄暗いその空間にはーー

 放心状態で座る獣人が数人いた。


 部屋に人が入ってきたのに、彼らは何処か彼方を見つめてピクリともしない。一人は口をあけて座りよだれが滴っている。
 ライラ先輩が駆け出す。慌ててあとをついていくと、隣の建物のドアを荒々しくあけ、また隣へ、それを繰り返した。大人の獣人から子供まで……建物毎に年齢が違っている。

 肩で息をするライラ先輩。
 その背後にはいつの間にか平民風の年配者が集り始め、各々に口を開きざわめきが起きていた。

「こんなことが、いつまでも許される訳はないーーそう思っておりました」
「王都から調査団が来た折、覚悟はしておりました」
「獣人様がいらっしゃらないとワシらどうしたらええんじゃ」

 この地に獣人が“いること”自体は調査により把握済みのはず。どのような調査が行われたのか知らないが、この状態を把握していなかったのだろうか。

「ライラ先輩ーーキャロリーヌ様……これは一体、どういうことなんですか?」

 ライラは背を向けたまま、部屋の中の獣人を見つめたまま、怒っているのか、身体の両脇で握り降ろされた手は小刻みに震えている。

「おかしいと思っていた。フリアンディーズ領からの調査から戻った特務団員は若干だけど話が噛み合わなかった。一体、何をしたのーー」

「私は何もしておりませんわ。ただ"獣人様"を保護しているだけですもの」

「保護!? 一体どういうことなんですか、キャロリーヌ様。詳しく説明してください」

 そこへーー

「ようこそいらっしゃいました、テレシア様。これが"獣人様"だよ。出荷される前のね」

 背後から声がしたと思えば、ダニエルがいた。メイソン卿が素早く剣を突きつけると、彼は大人しく両手を上げ降参の意を示した。

「エルーーお前は“こちら”側だ。わかってるんじゃないのか?」
「え?……え? ぼく……? 」
「エルーー?」

 エルは怯えたように後ずさり、頭を抱えている。その瞳は動揺を隠しもせず揺れていて……とても演技には見えない。

「ーー? 記憶がないのか? まぁいい。ライラ様、テレシア様も、もうご存知なのでしょう? 隷属契約書にされた細工を。獣人がいる地域には魔物が出ないことを」

「どうしてそれをーー!?」

「"結界"ですわ」

 神妙な面持ちでキャロリーヌが口を開く。

「キャロリーヌ様が、その名をどうしてーー」

「“結界”という名までご存知なんですのね。ーー前王陛下が神の御元へ旅立たれた後もーーこの地には魔物が来ましたの。でもお父様は悲劇を悔い、救援を求める事はできなかったし、しなかったーー。フリアンディーズ領は何年も、ギリギリ魔物を退けるような……窮地に立たされていましたの」

「それと獣人さんたちのこの状態とどう関係がーー 」
「待ってくださいライラ先輩。 キャロリーヌ様のお話を聞きましょう 」

 激昂した様子のライラだが、唇を噛みしめると小さく“わかった”と返事をし、それを見届けたキャロリーヌは再び口を開く。

「私が産まれた頃、お父様は決死の思いで騎士を引き連れ、森へ入ったそうですわ。何日も、魔物を狩り続けーー偶然、見つけましたの」

「ーー何を見つけたと言うんだ」

 何故かレオンが汗を垂らしながら震え始めた。そっと手に触れるとひどく冷たい。

「ーー獣人の、村ですわ」


「「「ーーーー!!!!!! 」」」


 全員が息をのんだ。獣人の村ーー! 魔の森の中に獣人の村があるなんて。

「そこでお父様は、ダニエルと出会いましたのーー」

 獣人騎士に首筋に剣をあてられ、メイソン卿がいつでも魔法が放てるように構えている状態でダニエルはその場に座らされている。その瞳は三日月のように歪んだ。

「案内して差し上げましょうか? 獣人の村へ。いや、むしろあなたは来るべきだーー」

「だってあなたは“獣人の”守護者なのだから」

「どうしてそれをーー」
「私にくらい手下はいます。ところ構わず話されていれば簡単に漏れます」

 悪びれもなく言ってのけるが、要は少し探ればダダ漏れと言うことか。何も言い返せない。

「俺がーー」

 ずっと沈黙していたレオンが警戒した様子で口を開く。

「俺が、あんたを胡散臭く感じるのは何なんだ? ただの感かと思っていた。でも“結界”と言う言葉にも聞き覚えがあるーー」
「全ては、村へ来てもらえれば話す。どちらにしても、ここにいる獣人の理由が気になるんだろう? 見た方が早い」

「キャロリーヌ様はーー」

「ダニエルがそう仰るなら私から言えることはありませんわ……ただ、私もお父様もフリアンディーズ領を守りたかっただけですの」


 白い建物にい獣人達は、先程出てきた平民達が世話をしているのだという。あの存在が領地を守っていることを知り、獣人様と呼ぶようになったのだとか。


 一度屋敷へ戻り、ダニエルには獣人騎士と騎士一人ずつ交代で見張りについてもらうことにして、私たちはエリアス、ソフィアに状況を説明した。

「獣人の村ーーまさかこんなに早く、獣人の出処がわかるなんて……」
「明日の早朝に出ることにしたから、ソフィア様……エリアス様、ウッドリィ神官と第3騎士団長に伝えていただきたいのです」

「わかりました……。しかしテレシア様、テレシア様が獣人を信頼している気持ちはわかりますが、こうまで不可解な状況下、公爵家の騎士は2人ともテレシア様がお連れください。僕らがマスカット卿達と共にいます」

「レオンさんやエルさんを悪く考えたくはありませんがーー念の為に」

「ーーわかりました」
 エリアスの言いたいことはわかった。レオンも、エルも獣人騎士の3人も信用できないと言う意味だろう。
 そう返事はしたものの、レオンにだけは裏があるとは思えない。




 翌朝、乗馬時に着るような、動きやすい服に身を包むと、ダニエル、キャロリーヌと共に私、エル、レオン、騎士のバリー卿、メイソン卿は獣人の村とやらへと向かった。

 村へはフリアンディーズ領の北にある門を抜け、平原を越えると森へ入り更に北へと向かっていく。ダニエルの歩くところは何度も踏み締めた後があり、よく使われている場所であることが推測できた。
 1時間程歩いたところに、人一人通れるくらいのアーチが見えた。
 緑の蔦に覆われたそれは、よく見れば小サイズの“転移門”だった。

「こんな所に門がーー」
「ここで“転移”と唱えると獣人の村に着きます。さぁ、どうしますか?」
 ダニエルを先に行かせるのは危険だ。
「テレシアお嬢様、まず私が転移し戻って参ります。メイソン、お嬢様方を頼む」
 メイソン卿が頷くのを見届けると、バリー卿は転移を唱え消えた。
 少しの間をおいた後、戻ってくる。
「問題ありません。門の先には村が見えました」
 レオンと顔を見合わせ、
「では、バリー卿とダニエル、私とレオン、キャロリーヌ様とライラ先輩、エルとメイソン卿、と言う順番で参りましょうか」

 ダニエルがおずおずと手を挙げる。
「あのーー、人一人サイズだと思うんですが、まさかーー」
「はい。バリー卿には申し訳ありませんが、ダニエルを抱えて転移を唱えてください」

 ダニエルが笑顔で拒否しているが聴く気はない。

「承知しました。お任せください」

 要は抱き合うようにして、はたまた背後から抱きしめるようにして門の間に立つしかない。男性同士でバリー卿には少し申し訳ないけど、しかしダニエルを一人で転移させるのは不安だし、致し方ないだろう。
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