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第5話 逃げ出す
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あれから出来るだけ急いで、仮面舞踏会の会場から逃げ出した。
一緒に参加した友人達と合流してしまうと、そこから色々露見してしまうかもしれないと不安になり、一人で帰ることにしたのだ。
(小さな危険も、回避するに限るよね!)
というわけで、そそくさと適当な辻馬車を拾い乗り込む。
尾行されている可能性も考え、直接屋敷に帰るのは早々に諦めた。
念のため市内を縦横無尽に走らせてから、会場からも家からも離れた実家とは縁のない宿屋に一泊するという徹底っぷり。
年若い娘の、咄嗟の対応としては上出来ではないだろうか。
「よし、こんなもんでしょう」
嵩張るドレスを脱ぎ、鬱陶しかった仮面と鬘を外してしまうと少し、気分がスッキリした。
「今日は本当、ひどい目にあったなぁ。全然、楽しめなかったよ……」
宿の部屋で一人、ポツンと呟く。
パーティーに行けると決まってからは、楽しみで楽しみで……。
ワクワクしながら準備をして、せっかく綺麗に着飾ったのに到着した途端、変な男に絡まれ台無しになってしまった。
「結局、誰とも踊れなかったし。いっぱい練習したのに……」
脱ぎ捨てたドレスが目に入る。
練習に付き合ってくれた彼のことも思い出してしまって、何とも言えない悲しい気分になってしまう。
これ以上視界に入れないようにと、一纏めにして備え付けのクローゼットに押し込んでから、ふぅ、と息を吐いたのだった。
「けど本当によかった……お金持ってて」
多少は軽くなった心と体でベッドに腰かけながら、しみじみとつぶやく。
やんごとなき貴族のお嬢様方なら、自らお財布を持ち歩くなど絶対にないだろう。
ただ彼女は最近まで商売人の娘だったので、不慮の出来事に備えるためにと常に携帯していたのだ。
今回はそれが役立った。
どんな時でも、お金さえあれば大体のことは解決するものだと両親から教えられていたが、実際どうにかなるものである。
急遽、泊まることになった宿屋にも、きちんと口止め料を含めた宿代を前払い出来たし。
初めは真っ赤なドレスを着た仮面の女にドン引きしていたらしい主人も、大金を前にホクホク顔でお口チャックを約束してくれて、ホッとしたものだ。
そこまでやってようやく安心できた。
「はぁ、ひとりで考えてても良い案は浮かばないし。仕方ない……今日はもう寝ようかな」
どちらにせよ今宵のことは父達に話して、相談しないといけないのだ。
「絶対、怒られるだろうなぁ……特に兄さんには」
とりわけ仮面舞踏会の会場で、最後に放った捨て台詞。
あれはとっても気分が良かったけれど、勘違い男にバカ呼ばわりまでしたのは完全に余計だった。
我にかえって青くなったが、口にしてしまった言葉はもう戻らない。
バカ男に釣られたというか興奮から思わず叫んだが、やり過ぎだったと今ならわかる。
「……今から気が重いんですけど」
美しく整った顔立ちをしているだけに、青筋を立てて怒る姿は迫力があり怖いのだ。
簡単に想像できてしまって、ちょっぴり帰りたくなくなってきた。
「あの人、あれで外では冷静沈着な氷の貴公子とか呼ばれちゃってるんだよね。家では全然違うのに……二重人格なのかな?」
今ここに話題の兄がいれば、「全然、違う! お前がやらかすせいだろうがっ」と突っ込んでいたにちがいない。
「仕方ない。もう避けようがないなら、諦めるに限るよね!」
そう割りきってベッドに横になった。
立ち直りが早いのは、彼女の長所なのかもしれない。彼女の兄は短所だといいそうだが……物事を深く考えないという点で。
それはともかく慣れない体験によほど疲れしていたらしい。
目を瞑った瞬間、夢も見ずに爆睡したのだった。
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