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第四話 リョウ
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『に……ちゃん……』
誰かが何かを言っている。遠すぎて聞こえないが空耳ではない。
『おに……生きて!……ために!』
さっきよりは鮮明だ。この声に聞き覚えがある。もう何年も会っていない聞きなれた声。
『お兄ちゃんは生きて!私のために!』
藍崎リョウはソファの上で目を覚ました。天井には簡素な電球が点灯せずにぶら下がる。一応部屋の端には観葉植物もあり、インテリアに気を使っている箇所も散見されるが、掃除が行き届いていないのか埃まみれだ。
本日寝床に選んだのはどこかのアパートの一室。閑散とした街の人気の無い部屋にこっそり忍び込んで体を休めていた。体に蓄積されたダメージはもうすっかり取れて、疲れもない。やはり雨風を凌げる拠点は良い。
上体を起こすと「んあっ?」と寝ぼけた声が聞こえてきた。
「あによ?もう朝?」
「ふぁ~……」と豪快に口を開いて欠伸をする頭。ファスナーのあるニット帽はポッカリと空いた穴のようになっていて、そこから声が出ている。
二つの口。それがこの男の通り名だ。
寝ぐせのように跳ね上がった頭をボリボリ掻きながらソファから降りる。真っ直ぐ台所に歩いていくと冷蔵庫を開けて中を物色し始めた。
「……ここの住人は消えて間もないな……しばらくは過ごせそうだ……」
リョウはミルクを取り出して蓋を開けるとグイッと呷る。
「あぁっ!ズルいズルい!私にも私にも!!」
ニット帽の口はパカパカ口を開けて駄々をこねる。リョウは台所の隅っこに置かれていたバケットを手に取るとその口に投げ入れる。
「モガモガッ」
何かを喋りながら吸い込まれるように口の中に入っていく。30cm程あった長いパンはあっという間にサクサクと食べられた。
「うぅ~口がモサモサするぅ……喉が乾いたわ!飲み物をちょうだい!」
注文の多い口にミルクをプラスチックの容器ごと投げ入れる。流石に口は焦りながらペッと吐き出した。
「ちょっ……バカ!なんて大雑把なの!!あんたいっつも私に助けられてるんだからちょっとは敬意を払いなさいよ!!」
プンプン怒ってリョウに怒鳴る。
「おいおい……何やってんだよもったいねぇな……お前がいるっつったんだろ?」
今一度容器を手に取り、また口に放り込んだ。今度はモガモガ言いながらも口に含むとしばらく黙ってゴクゴク喉を鳴らした。何処に喉があるのか不思議だが飲み終わったのか、ペッとくしゃくしゃになった容器を吐き出す。ペコンッと落ちた容器は穴だらけで見るも無惨にしわくちゃに潰れていた。
「……お前何でも喰うくせに何でこういうのは食わないんだよ……?」
「私はゴミ箱じゃないわ!!」
相変わらず蒸気が出そうな程怒り心頭である。そんな抗議を無視して近くの窓から外を見る。四階の部屋から下を覗くと平日だというのに多少の車と四、五人くらいの少ない往来しか見えない。ここから見ても歩行者は暗がりに目を向けてビクビクしながら車道側に身を寄せて移動しているのが見える。
「……今回の奴は陰湿な奴だな……民衆の恐怖を煽って楽しんでいやがる……せめて一瞬で感じる間もなく殺してやるのが親切ってもんだ……これだから悪魔とは分かり合えねぇ……」
「それマジで言ってんの?悪魔なんてどれも同じよ。私から言わせれば人間の方がよっぽど下劣で救いがたいわ。性善説なんて嘘っぱちよ」
「……根拠の無い言い分だな……お前自分の言ってること自分で理解してんのか?」
「いや、お互い様でしょ?」
チッと舌打ちして再度ソファに身を投げる。
「ねぇ……なんでベッドあるのにソファに転ぶのよ。もうどうせこの部屋の人いないわよ?体を休めるなら絶対広い方が良いでしょ?」
「……るせー……俺はソファが良いんだよ。それに……」
ズッ
陽光の射す反対側の出入り口から不穏な影が伸びる。白っぽいドアに黒い靄がかかりドアの形すらよく分からなくなる。
「そら見ろ……お出でなすった……」
その影は質量を持ってソファに寝転がるリョウに突如伸びてきた。
スタタタッ
伸びた影はソファを貫通し床にまで穴を開ける。リョウは即座に頭上に向かって空中回転して軽々と着地を決める。腰を落とし、両手を前に出した戦闘体勢で影の動向を見る。
『ほぅ、避けるか。ただの人間では無いようだな』
いくつかの声が混じったような耳障りで不穏な音が聴こえてくる。ニット帽の口はスンスンッ臭いを嗅ぐような音を出して何かに気付いた様に口を開く。
「昨日の豚に比べたら本体に近いわね。いよいよ出て来たってところかしら?」
それに鋭敏に反応するリョウ。
「……そうか、今回は早かったな……」
一週間くらいは街を散策する予定だっただけに少し残念な気もする。しかし観光に来たわけではないのでその事には目を瞑る。そう、来た理由は一つ。
「……聞きたいことがある……お前をこの世界に呼び出したのはどこの誰だ?」
黒い靄は質量を持った黒い影を、今一度靄に変えてドアの方に収束していく。靄は形をハッキリと保ち、段々肉体を作った。
『くくくっ……知れたこと。聞かずとも答えは出ているのではないか?トゥーマウスよ』
幽鬼の様に痩せ細った手足の長細い怪物が姿を現す。目は落ち窪み、骨と皮だけの頭から小さな角が三本生えていた。
「……暗闇の怪物か……」
他にもベッドの下の怪人、クローゼットの魔物など多数の異名を持つ悪魔。
「何よ雑魚じゃない。下級悪魔は引っ込んでなさいよ」
『裏切り者こそ引っ込んでろ。貴様の存在が一番迷惑なんだからな……くくくっ』
怪物は含み笑いでリョウ達を煽る。
「何が迷惑よ!こんな世界に引っ張り出されて自由に動けない今の状態ほど迷惑なことなんて無いんだからね!!」
ヒステリックに騒ぎ始めた。リョウは顔を顰めながら左耳を塞ぐような真似をする。
「……うるせぇなぁ……仲間割れは死んでからにしろカス共……」
「あ"ぁん!!」
ビキビキと牙を噛み締める。一緒にするなと言いたげだ。そんな口を無視して怪物に向き直る。
「……俺らに関する事前情報は入手済みか……こうして真っ正面からやって来たってことは、余程の自信かはたまた間抜けか……ところでもう一つ聞きたいんだが、この街の人間を何人食った?」
声が何人も一斉に唱和しているのは、怪物の腹の中の魂に起因している。いくつもの魂の叫びを怪物は声にして発しているのだ。悪趣味と言える。
『数えればいいじゃないか?我が腹の中で……!!』
怪物はバスッという音を立て、一瞬にして靄に変化する。この状態に変化されればこちらからの攻撃は不可能。続け様に影を高質化させ、槍の様に何本も伸ばしてきた。ソファを貫いた鋭利さは人間の体など簡単に引き裂く。
「……なるほど、間抜けだったか……」
リョウは影の射線上から左側に移動した。左足を軸にして右足を前に出して影を背中越しにギリギリで避けると伸びた影は窓を破壊して外にまで波及する。リョウはそのまま前のめりに進む。
紙一重で避けるリョウの動きに少々驚くが、その動きに合わせて、伸びきった影から四方八方に棘を出現させた。先の影同様に凄まじい速度で伸ばし、逃げ道を無くす。
棘の伸びる速度は一定だが速い。とてもじゃないが避けることが出来ない。棘を遮るように手をかざした。
ジャキィッ
もしこの光景を端から見ることが出来れば、瞬時にこの部屋一杯が雲丹のような棘で破壊されるのが目に見えただろう。
もしこの光景を端から見ることが出来れば、彼が串刺しになり、死んだと判断するだろう。
だが真実は違う。リョウは立ち止まって手をかざして棘を防いでいた。
これには悪魔も目を見開いて唖然とする。均等に伸びるはずの影はかざした手に阻まれ、伸びるはずだった先っぽは炭化してボロボロと崩れ落ちている。
『なんだ!?なにをした!!』
悪魔の顔から余裕が消える。この力は聖なる物が発する清き力。悪魔の存在を消し去る力。
「……聖遺物……」
スッと手を見せる。手に付けたグローブはほんのり光を放つ。
「……この世界に複数存在する聖人に纏わる遺物……その残骸……」
その瞬間状況は一変する。質量を持った影に手刀を叩き込む。伸びきった影はジュワッという音を出しながらあっさり崩れ落ちる。そこから導火線に火を点けたように窓側の影は灰に変わる。
『……聖骸布か!?』
「……正解……いや、贋作と呼べる残骸の名残みたいな胡散臭い物だが、お前らを殺すのには役に立ってるよ……」
バスッ
暗闇の怪物は自身の肉体を靄に変えて逃亡を図る。
「……そいつは悪手だな……」
靄に手を振ると、手を振った場所の靄は瞬時に晴れる。削り取ったといった方が正しい。
『ぎゃああっ!!』
靄は徐々に質量を持ち、また体を為す。それを冷たい目で見下ろしながら完全に出てくるのを待つ。
『何故だ!?それを使えば我が侵入した段階で瞬時に消滅させられたはず!!何故なんだ!?』
焦りながら腰砕けになって床にへたり込んでいる。いや、足が消滅させられて立つ事が出来ないのだ。ズリズリと這いながらリョウから離れようと苦心している。
「……楽しいからだな……」
『……は?』
「……焦る姿を見るのが楽しいって言ってんだよ……お前らが人間にやって来た事が全部返って来て絶望している様を見るのは……ゾクゾクするよなぁ……」
ニチャアッとねっちょりした笑顔を見せる。
『ひぃ……』
その顔に恐怖し後退る。
「……それだよ……それを待ってた」
リョウは指の骨をポキポキ鳴らして一歩踏み出す。
「ちょっとリョウ!」
その時、頭の口が突然喋り出す。
「なにゴチャゴチャやってんのよ!さっさと終わらせて朝御飯にするの!」
「……はぁ……お前さっき食ったろ……」
呆れながら視線を上に上げる。思いがけず隙が出来る。暗闇の怪物はリョウの心臓目掛けて影を伸ばす。
ドスッ
その影は胸の真ん中辺りを易々貫いた。部屋の壁に到達するとガスッという乾いた音を出して木屑をバラ撒いた。
『バカが!油断しすぎなんだよ!!』
嬉々としてはしゃぐ。リョウは胸に刺さった影を見る。そして「はぁ……」と溜め息を吐くと影をグローブで持った。影はボロボロと炭化して消滅する。疑問符が出そうな程ポカンとした顔を見せると恐る恐る呟いた。
『……何故死なない?』
「おぅ……」とリョウは呆れた溜め息を吐いて悲しい顔になる。
「あーあ、恥ずかしー。こいつなにも知らないじゃん。こりゃ前言撤回ねー」
胸元をパンパンッと叩いて汚れを落とす。
「……無知なお前に教えてやるよ……俺はもう死んでるんだよ……」
その答えにまた疑問符を浮かべる。「じゃあ今ここに立つお前は何なんだ?」とでも言いたげな顔で。
「……それが真実だ……」
リョウは屈んで怪物の顔を覗き込むとニヤリと笑う。
「……ついでに教えてやるよ……お前は地獄に戻ることはない……ここで消滅するんだ。跡形もなく。お前が食ってきた人間と同じように……」
観念したように俯くが、肩を震わせて笑い始めた。
『くくくっ……そのグローブがあれば確かに我はこの世から消滅する。しかし、悪魔は不滅だ!貴様に復讐できないだけが心残りだがな!』
はははっ!と快活に笑った後、『地獄で待ってるぞ!』と叫んだ。リョウは目を覆い隠してまた溜め息を吐いた。
「……もう喋るな……恥ずかしいだけだぞ?」
リョウは視線を外す。
「……お前腹減ってるんだよな……こいつを食え」
「えぇ?不味そうなんですけど……骨だけの爪楊枝じゃない。ちゃんと口直しを用意してよね」
何を言っているのか目が上下に泳ぐ。悪魔が悪魔を食うなどあり得ない。それじゃまるで……。
『いや、あり得ない……あの方はサタン様が管理されているはず……こんなところにいるはずが……』
「え?んじゃ私はなんだっての?」
頭の口はとぼけた調子で呟く。リョウは頬をポリポリ掻いた後、口を開いた。
「……分かった分かった……口直しだな?なんか食いに行こう……とっとと終わらせろ……」
断末魔は一瞬だった。その後は枯れ枝を砕くような音が廊下に木霊した。
誰かが何かを言っている。遠すぎて聞こえないが空耳ではない。
『おに……生きて!……ために!』
さっきよりは鮮明だ。この声に聞き覚えがある。もう何年も会っていない聞きなれた声。
『お兄ちゃんは生きて!私のために!』
藍崎リョウはソファの上で目を覚ました。天井には簡素な電球が点灯せずにぶら下がる。一応部屋の端には観葉植物もあり、インテリアに気を使っている箇所も散見されるが、掃除が行き届いていないのか埃まみれだ。
本日寝床に選んだのはどこかのアパートの一室。閑散とした街の人気の無い部屋にこっそり忍び込んで体を休めていた。体に蓄積されたダメージはもうすっかり取れて、疲れもない。やはり雨風を凌げる拠点は良い。
上体を起こすと「んあっ?」と寝ぼけた声が聞こえてきた。
「あによ?もう朝?」
「ふぁ~……」と豪快に口を開いて欠伸をする頭。ファスナーのあるニット帽はポッカリと空いた穴のようになっていて、そこから声が出ている。
二つの口。それがこの男の通り名だ。
寝ぐせのように跳ね上がった頭をボリボリ掻きながらソファから降りる。真っ直ぐ台所に歩いていくと冷蔵庫を開けて中を物色し始めた。
「……ここの住人は消えて間もないな……しばらくは過ごせそうだ……」
リョウはミルクを取り出して蓋を開けるとグイッと呷る。
「あぁっ!ズルいズルい!私にも私にも!!」
ニット帽の口はパカパカ口を開けて駄々をこねる。リョウは台所の隅っこに置かれていたバケットを手に取るとその口に投げ入れる。
「モガモガッ」
何かを喋りながら吸い込まれるように口の中に入っていく。30cm程あった長いパンはあっという間にサクサクと食べられた。
「うぅ~口がモサモサするぅ……喉が乾いたわ!飲み物をちょうだい!」
注文の多い口にミルクをプラスチックの容器ごと投げ入れる。流石に口は焦りながらペッと吐き出した。
「ちょっ……バカ!なんて大雑把なの!!あんたいっつも私に助けられてるんだからちょっとは敬意を払いなさいよ!!」
プンプン怒ってリョウに怒鳴る。
「おいおい……何やってんだよもったいねぇな……お前がいるっつったんだろ?」
今一度容器を手に取り、また口に放り込んだ。今度はモガモガ言いながらも口に含むとしばらく黙ってゴクゴク喉を鳴らした。何処に喉があるのか不思議だが飲み終わったのか、ペッとくしゃくしゃになった容器を吐き出す。ペコンッと落ちた容器は穴だらけで見るも無惨にしわくちゃに潰れていた。
「……お前何でも喰うくせに何でこういうのは食わないんだよ……?」
「私はゴミ箱じゃないわ!!」
相変わらず蒸気が出そうな程怒り心頭である。そんな抗議を無視して近くの窓から外を見る。四階の部屋から下を覗くと平日だというのに多少の車と四、五人くらいの少ない往来しか見えない。ここから見ても歩行者は暗がりに目を向けてビクビクしながら車道側に身を寄せて移動しているのが見える。
「……今回の奴は陰湿な奴だな……民衆の恐怖を煽って楽しんでいやがる……せめて一瞬で感じる間もなく殺してやるのが親切ってもんだ……これだから悪魔とは分かり合えねぇ……」
「それマジで言ってんの?悪魔なんてどれも同じよ。私から言わせれば人間の方がよっぽど下劣で救いがたいわ。性善説なんて嘘っぱちよ」
「……根拠の無い言い分だな……お前自分の言ってること自分で理解してんのか?」
「いや、お互い様でしょ?」
チッと舌打ちして再度ソファに身を投げる。
「ねぇ……なんでベッドあるのにソファに転ぶのよ。もうどうせこの部屋の人いないわよ?体を休めるなら絶対広い方が良いでしょ?」
「……るせー……俺はソファが良いんだよ。それに……」
ズッ
陽光の射す反対側の出入り口から不穏な影が伸びる。白っぽいドアに黒い靄がかかりドアの形すらよく分からなくなる。
「そら見ろ……お出でなすった……」
その影は質量を持ってソファに寝転がるリョウに突如伸びてきた。
スタタタッ
伸びた影はソファを貫通し床にまで穴を開ける。リョウは即座に頭上に向かって空中回転して軽々と着地を決める。腰を落とし、両手を前に出した戦闘体勢で影の動向を見る。
『ほぅ、避けるか。ただの人間では無いようだな』
いくつかの声が混じったような耳障りで不穏な音が聴こえてくる。ニット帽の口はスンスンッ臭いを嗅ぐような音を出して何かに気付いた様に口を開く。
「昨日の豚に比べたら本体に近いわね。いよいよ出て来たってところかしら?」
それに鋭敏に反応するリョウ。
「……そうか、今回は早かったな……」
一週間くらいは街を散策する予定だっただけに少し残念な気もする。しかし観光に来たわけではないのでその事には目を瞑る。そう、来た理由は一つ。
「……聞きたいことがある……お前をこの世界に呼び出したのはどこの誰だ?」
黒い靄は質量を持った黒い影を、今一度靄に変えてドアの方に収束していく。靄は形をハッキリと保ち、段々肉体を作った。
『くくくっ……知れたこと。聞かずとも答えは出ているのではないか?トゥーマウスよ』
幽鬼の様に痩せ細った手足の長細い怪物が姿を現す。目は落ち窪み、骨と皮だけの頭から小さな角が三本生えていた。
「……暗闇の怪物か……」
他にもベッドの下の怪人、クローゼットの魔物など多数の異名を持つ悪魔。
「何よ雑魚じゃない。下級悪魔は引っ込んでなさいよ」
『裏切り者こそ引っ込んでろ。貴様の存在が一番迷惑なんだからな……くくくっ』
怪物は含み笑いでリョウ達を煽る。
「何が迷惑よ!こんな世界に引っ張り出されて自由に動けない今の状態ほど迷惑なことなんて無いんだからね!!」
ヒステリックに騒ぎ始めた。リョウは顔を顰めながら左耳を塞ぐような真似をする。
「……うるせぇなぁ……仲間割れは死んでからにしろカス共……」
「あ"ぁん!!」
ビキビキと牙を噛み締める。一緒にするなと言いたげだ。そんな口を無視して怪物に向き直る。
「……俺らに関する事前情報は入手済みか……こうして真っ正面からやって来たってことは、余程の自信かはたまた間抜けか……ところでもう一つ聞きたいんだが、この街の人間を何人食った?」
声が何人も一斉に唱和しているのは、怪物の腹の中の魂に起因している。いくつもの魂の叫びを怪物は声にして発しているのだ。悪趣味と言える。
『数えればいいじゃないか?我が腹の中で……!!』
怪物はバスッという音を立て、一瞬にして靄に変化する。この状態に変化されればこちらからの攻撃は不可能。続け様に影を高質化させ、槍の様に何本も伸ばしてきた。ソファを貫いた鋭利さは人間の体など簡単に引き裂く。
「……なるほど、間抜けだったか……」
リョウは影の射線上から左側に移動した。左足を軸にして右足を前に出して影を背中越しにギリギリで避けると伸びた影は窓を破壊して外にまで波及する。リョウはそのまま前のめりに進む。
紙一重で避けるリョウの動きに少々驚くが、その動きに合わせて、伸びきった影から四方八方に棘を出現させた。先の影同様に凄まじい速度で伸ばし、逃げ道を無くす。
棘の伸びる速度は一定だが速い。とてもじゃないが避けることが出来ない。棘を遮るように手をかざした。
ジャキィッ
もしこの光景を端から見ることが出来れば、瞬時にこの部屋一杯が雲丹のような棘で破壊されるのが目に見えただろう。
もしこの光景を端から見ることが出来れば、彼が串刺しになり、死んだと判断するだろう。
だが真実は違う。リョウは立ち止まって手をかざして棘を防いでいた。
これには悪魔も目を見開いて唖然とする。均等に伸びるはずの影はかざした手に阻まれ、伸びるはずだった先っぽは炭化してボロボロと崩れ落ちている。
『なんだ!?なにをした!!』
悪魔の顔から余裕が消える。この力は聖なる物が発する清き力。悪魔の存在を消し去る力。
「……聖遺物……」
スッと手を見せる。手に付けたグローブはほんのり光を放つ。
「……この世界に複数存在する聖人に纏わる遺物……その残骸……」
その瞬間状況は一変する。質量を持った影に手刀を叩き込む。伸びきった影はジュワッという音を出しながらあっさり崩れ落ちる。そこから導火線に火を点けたように窓側の影は灰に変わる。
『……聖骸布か!?』
「……正解……いや、贋作と呼べる残骸の名残みたいな胡散臭い物だが、お前らを殺すのには役に立ってるよ……」
バスッ
暗闇の怪物は自身の肉体を靄に変えて逃亡を図る。
「……そいつは悪手だな……」
靄に手を振ると、手を振った場所の靄は瞬時に晴れる。削り取ったといった方が正しい。
『ぎゃああっ!!』
靄は徐々に質量を持ち、また体を為す。それを冷たい目で見下ろしながら完全に出てくるのを待つ。
『何故だ!?それを使えば我が侵入した段階で瞬時に消滅させられたはず!!何故なんだ!?』
焦りながら腰砕けになって床にへたり込んでいる。いや、足が消滅させられて立つ事が出来ないのだ。ズリズリと這いながらリョウから離れようと苦心している。
「……楽しいからだな……」
『……は?』
「……焦る姿を見るのが楽しいって言ってんだよ……お前らが人間にやって来た事が全部返って来て絶望している様を見るのは……ゾクゾクするよなぁ……」
ニチャアッとねっちょりした笑顔を見せる。
『ひぃ……』
その顔に恐怖し後退る。
「……それだよ……それを待ってた」
リョウは指の骨をポキポキ鳴らして一歩踏み出す。
「ちょっとリョウ!」
その時、頭の口が突然喋り出す。
「なにゴチャゴチャやってんのよ!さっさと終わらせて朝御飯にするの!」
「……はぁ……お前さっき食ったろ……」
呆れながら視線を上に上げる。思いがけず隙が出来る。暗闇の怪物はリョウの心臓目掛けて影を伸ばす。
ドスッ
その影は胸の真ん中辺りを易々貫いた。部屋の壁に到達するとガスッという乾いた音を出して木屑をバラ撒いた。
『バカが!油断しすぎなんだよ!!』
嬉々としてはしゃぐ。リョウは胸に刺さった影を見る。そして「はぁ……」と溜め息を吐くと影をグローブで持った。影はボロボロと炭化して消滅する。疑問符が出そうな程ポカンとした顔を見せると恐る恐る呟いた。
『……何故死なない?』
「おぅ……」とリョウは呆れた溜め息を吐いて悲しい顔になる。
「あーあ、恥ずかしー。こいつなにも知らないじゃん。こりゃ前言撤回ねー」
胸元をパンパンッと叩いて汚れを落とす。
「……無知なお前に教えてやるよ……俺はもう死んでるんだよ……」
その答えにまた疑問符を浮かべる。「じゃあ今ここに立つお前は何なんだ?」とでも言いたげな顔で。
「……それが真実だ……」
リョウは屈んで怪物の顔を覗き込むとニヤリと笑う。
「……ついでに教えてやるよ……お前は地獄に戻ることはない……ここで消滅するんだ。跡形もなく。お前が食ってきた人間と同じように……」
観念したように俯くが、肩を震わせて笑い始めた。
『くくくっ……そのグローブがあれば確かに我はこの世から消滅する。しかし、悪魔は不滅だ!貴様に復讐できないだけが心残りだがな!』
はははっ!と快活に笑った後、『地獄で待ってるぞ!』と叫んだ。リョウは目を覆い隠してまた溜め息を吐いた。
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リョウは視線を外す。
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何を言っているのか目が上下に泳ぐ。悪魔が悪魔を食うなどあり得ない。それじゃまるで……。
『いや、あり得ない……あの方はサタン様が管理されているはず……こんなところにいるはずが……』
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上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
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