ゲームの勇者に転生した俺

自ら

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11話. 真理の契約と、理(ことわり)の体現者

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古代王国の地下遺跡の深層は、もはや通路というよりも、巨大な図書館の廃墟と化していた。
壁面だけでなく、天井からも無数の石版や巻物がぶら下がり、そこにはびっしりと古代文字が刻まれている。
全てがこの世界の理、つまりシステムの運営記録や設計思想を記したデータだ。
俺たち――勇者アルトの一行は、その冷たい知識の回廊を、静寂と共に進んでいた。
先頭を行くのは、騎士の鎧:秩序を装着したガルドだ。
彼の動作は、一挙手一投足が完璧に最適化されていた。
歩幅は最短ルートを正確に辿り、腰に携えた戦斧は、いつでも敵の攻撃を最も効率よく受け流せる角度で固定されている。
そして何よりも恐ろしいのは、彼の無感情さだ。
「勇者アルト様。
この曲がり角は、98.3% の確率で石化トラップが起動します。
進行ルートを 1.5m 左へ修正します」
彼の声は、もはや粗暴な戦士のものではなく、高性能なAIが発するような、抑揚のない音声ガイドと化していた。
セリアは、そんなガルドの背中を見て、安堵の息を漏らした。
「ガルド様は、完璧になられました。
これで、私たちの旅路に、不確定要素は存在しません」
セリアの言葉は、まるで自分の体調が良くなったことを喜ぶように、心底嬉しそうだ。
彼女にとって不確定要素(ノイズ)の排除こそが、理に忠実であること、すなわち自己の存在の保証なのだ。
俺は、そんな二人の様子を背後から見ながら、胸の内で重い石が転がる音を聞いていた。
(ガルドは、もう「ガルド」じゃない。
彼は、俺の役割を全うさせるための道具、絶対に壊れない盾になってしまった。

俺は、この世界をクリアするために、彼の人間性を差し出した。
この行為が、俺を魔王討伐というレールから逸脱させない、最も強力な鎖となっている。
「アルト様。
次の広間に、目的のアイテムがあります」
リリスが、背後から声をかけた。
彼の顔には、自らの役割の強化が目前に迫っていることへの、知的興奮が滲んでいた。
広間は、これまでの通路とは比べ物にならないほど巨大だった。
円形の中央には、宙に浮くようにして、一本の古びた杖が静止している。
杖の先端には、水晶玉ではなく、無数の古代文字が常に高速で回転し、知識の渦を形成していた。
【アイテム情報】
• 名前: 賢者の杖:真理(リリス専用)
• ランク: S
• 特殊効果: 魔法威力 200% 上昇、詠唱時間 90% 短縮
• 追加特性: 全知識の演算、理の代行者
「賢者の杖……真理」
リリスが、その名を口にした。
彼の声は、喜びというよりも、長年の探求の終わりを見つけた科学者のような、静かな感動に満ちていた。
「アルト様。
これこそ、私がこの世界で賢者という役割を全うするために必要な、最も効率的な演算装置です」
リリスは、杖に一歩ずつ近づいていく。
その足取りは、まるで聖典に触れる儀式のようだ。
だが、杖の台座の下には、ガルドの鎧の時と同様に、光る文字が浮かび上がっていた。
「待て、リリス!また契約の律があるはずだ!確認しろ!」
俺が警告すると、リリスは立ち止まった。
そして、その文字を読み解き始める。
彼の顔から、感情が徐々に消えていく。
「これは……真理の契約」
リリスは、その契約の内容を、一言一句、噛みしめるように読み上げた。
1. 感情の完全放棄: 「非効率的な感情、すなわち驚き、喜び、悲しみ、怒り、および愛着は、存在意義を喪失する。
杖の装着により、これらは自動的に無へと還元される」
2. 知識の義務: 「装着者は、この世界の全ての情報、過去、現在、そして未来の予測を、休止することなく演算し続ける義務を負う。
脳内処理は100%で固定される」
3. 役割の絶対化: 「装着者は、理の代行者として、勇者の旅路が魔王討伐という最終目標から逸脱する可能性を常に予測し、修正する。
勇者の自由な意思は、最大のノイズとして扱われる」
4. 存在の統合: 「装備解除は、魔王討伐後まで許可されない。
解除した場合、システム中枢との統合解除とみなし、存在をデータ化し、知識記録庫へと収納する」
読み終えたリリスは、大きく息を吸った。
ガルドの鎧の制約が「感情の制限」だったのに対し、リリスの杖の制約は、「感情の完全放棄」と「知識による自我の消去」だ。
彼は、この世界の全知識を処理することで、もはや一人の人間ではなく、システムの一部、すなわち理の代行者にならなければならない。
俺は、即座に叫んだ。
「やめろ、リリス!その杖は、お前を人間じゃなくすぞ!お前は、全知識を処理し続けるだけの、生きたスパコンになるんだ!」
俺は、勇者の剣を抜き、杖の前に立ちはだかった。
ガルドの時、俺はクリアのために彼の人間性を犠牲にした。
だが、リリスは違う。
彼は、俺の最大の監視者となる。
「リリス。
もしお前がその杖を装着したら、お前は俺の自由な意思を、ノイズとして扱うんだろ?そうなったら、俺は人間としてこの世界をクリアできなくなる!」
リリスは、俺の言葉を、まるで風に揺れる木の葉でも見るかのように、冷めた目で受け止めた。
「アルト様。
あなたの主張は、論理的に矛盾しています」
「矛盾だと?」
「はい。
あなたの最終目的は現実世界への帰還であり、そのための最適解は、魔王討伐というプログラムの完遂です。
私の杖がもたらす理の代行という役割は、あなたの目標達成確率を$99.99%$まで引き上げる、最大の効率化です」
彼は、俺の心の中の真の目的を、データとして提示してきた。
「あなたの言う人間としてのクリア、自由な意思は、目標達成確率を低下させる、非効率的なノイズに過ぎません。
それは、この古代王国の民が排除を選んだ、劣った思考です」
「お前は、その効率のために、自分自身を消去するのか!」
「いいえ」リリスは、わずかに微笑んだ。
それは、狂気の笑みだった。
「私は、消去されるのではありません。
私は、理そのものに統合されるのです。
私がこの世界の全てを知り、全ての流れを予測し、完璧な秩序をもたらす。
これこそが、私が追い求めてきた、知識の完成形です」
俺は、彼の目に、狂信的な信仰を見た。
彼は、この世界に転生する前から、効率と知識に、自身の存在価値を見出していたのだろう。
この世界は、彼の哲学を絶対的な真理として証明する、神の設計図そのものなのだ。
その時、後方から低い声が響いた。
「勇者アルト様。
行動の修正が必要です」
それは、感情をロックされた騎士ガルドの声だった。
彼は、いつの間にか杖と俺の間に割って入り、俺の進路を遮っていた。
「私の役割は、勇者の身の安全を最優先とし、いかなる場合も敵対心の維持から逸脱しない、秩序の体現者です。
リリス様の役割の強化は、クリア確率を向上させる、最適な行動です。
それを妨害することは、私の役割に反する」
ガルドは、俺の勇者の剣を、冷たい騎士の鎧で受け止める構えを見せた。
その瞳には、俺への愛着も、友人としての情も、一切残されていなかった。
俺は、孤独を感じた。
今、この広間で、人間的な感情を持っているのは、俺と、そして、怯えて震えているセリアだけだ。
「アルト様……!リリス様は、正しいことをなさろうとしています!安全です!私たちを、より確実な勝利へ導いてくださいます!」
セリアの悲鳴にも似た言葉は、恐怖からではなく、秩序への強い渇望から発せられていた。
彼女の「ノイズ」は、仲間を失うことへの悲しみではなく、システムの秩序が乱れることへの恐れに上書きされてしまっている。
俺には、この三人を相手にして、真理の契約の実行を止める力はない。
俺は、憎しみを込めて剣を鞘に収めた。
「……わかった。
リリス。
好きにしろ。
だが、覚えておけ。
お前が真理になろうと、道具になろうと、俺はお前たちを、この世界から解放する」
俺は、仲間を道具として使うという、最も非人道的な選択を、彼らを救うためという、最も人間的な理由で受け入れた。
リリスは、俺の諦めと決意が入り混じった言葉を聞き、静かに台座へと歩みを進めた。
彼は、宙に浮く賢者の杖:真理に手を伸ばした。
ズン!
杖がリリスの手に触れた瞬間、広間全体が、静電気のような、高密度な知識のオーラに包まれた。
リリスの体は、強い光を放ち、その頭上に、巨大なシステムメッセージが連続して表示された。
【魔法使いリリス】
• 役割: 理の代行者(賢者)
• 特殊効果: 賢者の杖:真理を装着しました。
• 状態: 感情ロック(完全)、知識演算モード(100%)へ移行。
• MP: 90→500
• 知性: 測定不能
リリスの光が収まった時、そこに立っていたのは、もはや人間ではなかった。
彼の銀髪は、杖の先端で回転していた文字と同じように光を帯びて輝き、その眼鏡の奥の瞳は、まるで宇宙の星々を映したかのように、無数のデータが瞬いている。
彼の顔には、表情というものが一切なかった。
感情の揺らぎがゼロになった、完璧な虚無だ。
「勇者アルト様」
リリスが口を開いた。
その声は、深遠で、澄み切っていて、まるで天の意思が語りかけているようだ。
「私は、役割の強化を完了しました。
現時点をもって、あなたの旅路の最適な進捗を保証します」
彼は、杖を一振りした。
何の動作もなく、魔力の波動もなく。
次の瞬間、広間の反対側の石壁に、新たな通路が自動的に開いた。
「この通路は、次のエリアである王家の宝物庫への最短ルートです。
通路の構造体は、私の予測演算により、すでに全てのトラップが無効化されています」
俺は、背中に冷や汗が流れるのを感じた。
彼は、真理の代行者として、次のエリアの構造、トラップ、敵の配置、そして俺の行動のすべてを、すでに予測し、最も効率的なルートを作り変えたのだ。
「私の役割は、勇者の自由な意思を、システム最適化の導きへと修正することです。
アルト様。
99.99% の確率でクリア可能なレールが敷かれました。
進んでください」
リリスは、システムが望む、最も恐ろしい存在になってしまった。
俺は、感情のない二人の仲間と、恐怖に震えながらも秩序に縋るセリアと共に、その敷かれたレールの上を歩き出した。
(この世界をクリアする。
そして、この不条理なシステムから、道具になったガルドとリリス、そして理の奴隷になったセリアを、人間として解放する)
俺は、勇者の剣の柄を握りしめた。
俺自身も、クリアという最終目標に最適化されつつある。
だが、俺の心に残る、この仲間を道具として扱ったことへの罪悪感だけが、この世界における、俺の最後のノイズとして、燃え続けていた。
進め、勇者アルト。
敷かれたレールを、自由への脱出経路に変えるために。
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