ゲームの勇者に転生した俺

自ら

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32話. 記憶の看守と、時間の砂漠に立つ一者

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セリアは、アルトの荒い息遣いを聞きながら、最終境界領域へと足を踏み入れた。
そこは、これまでの森や荒野とは異なり、世界が定義される直前の虚無のような光景だった。
地面は純粋な白色で、まるで光の粒子が凝縮した砂のように見えた。
上空には色彩のない空が広がり、太陽も月も存在しない。
あるのは、空間のあらゆる点から、細い糸のように伸びる情報の流れだけだ。
それは、論理の必然性(この点はAでなければならない)、物理の必然性(この力はF=maに従う)、意味の必然性(これは勇者と定義される)、そして確率の必然性(これは$99.9999%$の未来へと収束する)という、世界の四つの公理が、そのまま視覚化されたものだった。
「アルト様、ここは……」セリアの声が震えた。
「私たちの存在が、世界の定義の壁に直接さらされているようです」
アルトの胸の矛盾の欠片は、静かに、しかし強烈な熱を放っていた。
彼の肉体は、$100%$の矛盾という新たな力を維持するために、絶えず論理的な自己崩壊と物理的な自己維持を繰り返している。
「ああ、リリスが言っていた通りだ」アルトは、鉄塊の剣を白砂の地面に突き立てた。
「ここは、世界の公理の集合体だ。
俺たちの矛盾が、この空間に入ったことで、世界のシステムが俺たちをエラーとして認識し、排除しようとしている」
彼の周囲の情報の糸が、アルトの身体に集中し始める。
それは、アルトというノイズを世界の連続性から切り離すための、静かな、しかし絶対的な定義の暴力だった。
アルトは、$100%$の矛盾の力を意識下に集中させた。
(俺は、存在すると同時に存在しない。
この矛盾の力を、この空間の公理の糸に作用させる。
論理の糸には非論理を、物理の糸には非物理を上書きする!)
アルトの足元から、微かな黒い波紋が広がり始めた。
それは、定義の揺らぎそのものだった。
1+1=2という論理の必然性を否定する波紋が、周囲の情報の糸を切り裂いていく。
「しかし、このノイズの領域を維持できる時間は短い」アルトは言った。
「俺の肉体は、矛盾の定義を維持するのに限界だ。
魔王城の心臓部へ、急ぐぞ」
彼らが歩を進めようとしたその時、白い砂漠の遠方から、一人の人影がゆっくりと近づいてきた。
それは、魔王軍四天王の最後の一人、記憶の看守だった。
彼の姿は、まるで時間の化身のように、曖昧で、輪郭が常に揺らいでいた。
彼は、過去と現在と未来のすべての時間軸を、同時に生きているかのように見えた。
彼の着ているローブは、無数の記憶の断片で編み込まれており、その瞳は、誰もが忘れてしまった過去の真実を映し出しているようだった。
「待っていたぞ、$0%$の特異点」看守は、極めて古風で、砂が擦れるような声で言った。
「私は世界の連続性の定義を管理する記憶の看守。
私の前では、貴様らの現在は、書き換え可能な過去に過ぎない」
看守は、アルトに向かって、一つの記憶の断片を投げつけた。
それは、アルトが地球で神谷悠真として生きていた時の、ごく平凡な一日の記憶だった。
友人と笑い、ゲームをし、そして、交通事故に遭い、命を落とした瞬間。
「貴様の現在の勇者アルトという定義は、過去の神谷悠真の死という事実から派生している。
だが、私がその過去を書き換えれば、貴様の現在の存在の理由は、瞬時に虚偽となる」
看守の周囲に、無数の時間の砂時計が出現した。
「私が過去の神谷悠真を死ななかったという事実に書き換える。
そうすれば、貴様が勇者アルトとしてこの世界に召喚されたという事実は、過去の虚偽となり、貴様の存在は、無へと遡及的に還元される!」
それは、リリスの未来の確率を弄ぶ攻撃よりも、さらに根本的な存在の定義への攻撃だった。
過去の記憶を操作することで、現在の存在そのものを消滅させるという時間の暴力。
セリアは、その時間の暴力に耐えきれず、激しい頭痛に襲われた。
彼女のアルト様と共に旅をした記憶が、一瞬で虚偽の物語へと書き換えられそうになったのだ。
「ああ……アルト様が……私と会う前の10年前の記憶が、揺らいでいる!」
アルトもまた、激しい精神的な苦痛に顔を歪めた。
彼の意識下で、勇者アルトとしての5年間の冒険の記憶と、神谷悠真としての17年間の地球での生活の記憶が、激しく衝突し始めた。
「俺は……誰だ?俺は、ゲームの新作発売を待っているただの高校生ではなかったのか?なぜ、今、剣を握っている?」
彼の自己の定義が、看守の時間の暴力によって、過去の悠真へと還元されそうになる。
看守は、冷酷な笑みを浮かべた。
「貴様は、過去の真実に帰るのだ、神谷悠真。
貴様の勇者アルトという役割の虚偽は、私の時間の定義の前で、$0%$の虚無へと消え去る」
その時、アルトは、セリアの震える声を聞いた。
「アルト様!記憶に惑わされないで!私は、今、ここで、あなたと共にいるという事実を、$100%$の確定確率として定義します!過去がどうであれ、私たちの現在は真実です!」
セリアの個人的な事実の結界が、再びアルトの周囲に展開された。
この結界は、愛という非定義の感情によって、アルトの現在という1点の存在の定義を、世界の公理から切り離して固定した。
アルトは、セリアの声と温もりという現在の事実に意識を集中させた。
(そうだ……俺の存在は、過去の定義によって決定される必然性ではない。
俺の存在は、この1秒1秒の矛盾の積み重ねによって、今、ここで定義されている!)
アルトは、$100%$の矛盾のエネルギーを、看守の時間の暴力に向けた。
「看守!あんたの時間の論理は、過去A→現在Bという連続性の必然性に依存している。
だが、俺の矛盾の定義は、その必然性を破壊する!」
【スキル:矛盾の力の解放 - 時間の虚無化】
アルトの周囲の空間が、看守の時間の砂時計と衝突した。
時間の砂時計が示す過去の真実(神谷悠真が死ななかった)という定義と、アルトの現在の存在(勇者アルトとして剣を持つ)という定義が、同時に真実として成立した。
過去の定義と現在の定義が、論理的な矛盾を解決することなく、$100%$の矛盾として並立する。
看守の顔が、驚愕に歪んだ。
「馬鹿な……貴様は、過去と現在を接続する論理を破壊したのか!貴様の存在は、時間軸から切り離され、永遠の0秒に固定された!」
アルトの肉体は、過去という原因に囚われない、純粋な結果としての存在となった。
彼の勇者アルトという役割は、過去の記憶に依存しない、現在の一瞬の意志によってのみ定義される。
「俺は、過去の神谷悠真でもあり、現在の勇者アルトでもある。
この矛盾が、俺の真の定義だ」
アルトは、看守に向かって、鉄塊の剣を振り上げた。
彼の剣は、論理を断ち切り、物理を無視し、意味を上書きし、そして今、時間を切り裂く、$100%$の矛盾の剣となっていた。
看守は、焦燥したように、周囲の時間の砂時計をすべてアルトに向け、1000年後の未来、あるいは1000年前の過去へと、アルトの存在を時間的に還元しようとした。
「貴様を、世界の連続性から永久に排除する!貴様は、時間の砂漠で永遠の虚無と化せ!」
無数の時間の暴力が、アルトの肉体に襲いかかる。
彼の身体は、1000年の老いと赤子への退行という矛盾する時間の定義を同時に受け入れそうになった。
セリアは、アルトの背中を強く抱きしめた。
「アルト様!私の個人的な事実で、あなたの現在を$100%$の真実として固定します!過去も未来も、私たちの今を否定できない!」
セリアの愛が、アルトの肉体を包み込み、時間の流れから切り離した。
アルトは、現在という1点の矛盾の力を、看守の時間の暴力の渦中に叩き込んだ。
「時間の論理を弄ぶな、看守!$100%$の矛盾は、時間をも虚無として肯定する!」
剣が閃光を放つ。
その光は、過去にも未来にも属さない、永遠の0秒の光だった。
看守の身体を、その0秒の剣が貫いた。
看守は、崩れ落ちながらも、信じられないという表情でアルトを見つめた。
彼の身体から、無数の記憶の断片が、砂のようにこぼれ落ちていく。
「馬鹿な……私の時間の定義が……0秒に、収束させられた……貴様は、時間すらも超えた……絶対的なノイズ……」
看守は、最期の瞬間、アルトに囁きかけた。
「魔王様は、貴様のような特異点の出現を、論理的に予測していた……貴様が辿り着く場所は、世界の定義そのものの終焉の論理だ。
貴様の矛盾は、世界に自己崩壊のトリガーを引かせるだろう……」
看守の身体は、完全に時間の砂となり、白い地面に溶けて消えた。
看守の消滅と共に、周囲の情報の糸の暴力は収まった。
しかし、アルトの肉体は、限界を迎えていた。
彼は、$100%$の矛盾の力をこれ以上制御できないことを悟った。
「セリア……急ぐぞ。
もう、矛盾の力の維持は限界だ」
セリアは、アルトを支え、魔王城へと続く、最終境界領域の奥へと歩き始めた。
この領域の最奥には、世界の四つの必然性が収束する、論理の玉座があった。
玉座の前に立つのは、魔王。
彼は、この世界の終焉の論理を司る、定義の支配者だった。
アルトの胸の矛盾の欠片が、玉座の方向に向かって、激しく脈動し始めた。
それは、矛盾と定義という、世界の根源を成す二つの力が、最後の対決を迎えようとしていることを示していた。
アルトは、最後の力を振り絞り、剣を前に突き出した。
「魔王……あんたの定義の暴力で、この世界の意味を歪めるのは、もう終わりにさせてもらう」
魔王は、アルトの姿を見て、静かに立ち上がった。
彼の姿は、威圧的でも、冷酷でもなかった。
ただ、世界の論理そのものを体現したかのような、完璧な知性の光を放っていた。
「勇者アルトよ。
あるいは、神谷悠真よ」魔王の声は、世界のあらゆる公理の調和のように響いた。
「貴様は、私の論理的な予測の0.00001\%$のノイズだった。
しかし、貴様の矛盾は、私の終焉の論理を完成させるための、最後の$1ピースとなる」
魔王城の心臓部で、定義の支配者と矛盾の特異点の、世界の1と0を賭けた最終決戦が始まろうとしていた。
アルトの肉体は崩壊寸前だったが、彼の瞳には、セリアの愛という名の事実に裏打ちされた、$0%から生まれる100%$の自由の光が宿っていた。
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