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第1章 追放の儀式
第1話「神童と呼ばれた少年」
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アーデルハイト領の領主館は、朝日に映えて輝いていた。
白亜の城壁、緑色の瓦屋根、そして中庭に咲く薔薇園——この一帯が、王国でも有数の名門貴族の居城だ。
レオン・アーデルハイトは、その城の石畳を歩きながら、早朝の庭園を眺めていた。
十七歳。
容姿は端正で、紺色の制服に身を包んだ彼の姿は、どこから見ても「優秀な貴族」そのものだ。
「レオン様、おはようございます」
と、侍女が頭を下げた。
レオンは軽く手を上げて応じる。言葉は少ないが、態度に無礼はない。これが神童と呼ばれる少年の日常だ。
本を読む。
計算をする。
剣を練習する。
魔法の理論を学ぶ。
何をやっても、何の努力もしないように見えても、レオンは完璧にこなす。
領主の次男である兄・エドガルドは、優秀ではあるが、所詮は秀才の域だ。だが、レオンは違う。本物の才能の輝きが、彼の中にある。その証拠に——
「レオン!朝食の準備ができたぞ」
太った男の声が響いた。父・アーデルハイト公爵だ。威厳に満ちた顔立ちは、息子たちにも受け継がれている。
「おはようございます、父上」
レオンは一礼した。
食卓に着くと、兄のエドガルドと、一番下の妹・エリーズがすでに席についていた。
「レオンか。今日も勉強か?」
とエドガルドが問う。
「ええ、王立魔法学院の試験対策を」とレオンは答える。
「相変わらずね。しかし、あなたの成績なら心配いらないでしょう。去年も首席だったし」
母・ラウラが、優雅にナイフを使いながら言った。
「王立学院の入試なら、レオンなら満点で合格できるでしょう」とエリーズが付け加える。
妹に甘えられて、レオンは微かに微笑んだ。
「そうだな。今年の成人式は、レオンにとって最高の日になるだろう」
と父が言う。
成人式。それは王国の全貴族にとって、人生で最も重要な儀式だ。その日、人は初めて自らの「ギフト」を授かる。神から与えられた超自然の力を。
ギフトの質と性質によって、その人物の人生が決まる。強力なギフトを持つ者は栄光を手にし、弱いギフトを持つ者は……陰に隠れることになる。
「レオンのギフトは、きっと家柄に相応しい素晴らしいものだろう」と母が言う。
全員がそう思っていた。レオン本人も含めて。
その夜、城の塔の一室でレオンは天体観測をしていた。望遠鏡を通して月を見つめながら、レオンはかすかに笑う。
明日は成人式だ。明日、自分のギフトが何であるかが明かされる。
強い力だろう。そうでなければおかしい。自分ほどの才能を持つ者に、弱いギフトなど——
窓を通して見える街並みが、夜明けに向けて徐々に色付き始めた。
朝が来た。
成人式は、王城で執行される。アーデルハイト家は、馬車で王都ヴェルモンドへ向かった。
白い絹の服に身を包んだレオンは、一家の中でも格別に目立つ。周囲の貴族たちも、その存在に気付いている。
「あれが、アーデルハイトの三男か」
「噂通りの美しさだな」
「天才だという」
賞賛の言葉が、背後から聞こえる。
王城の大広間は、金色に輝く装飾で満たされていた。円形の壇の中央に、古い石のティアラが置かれている。それが「ギフトの鏡」だ。そこに手を置けば、その者の運命が決まる。
次々と貴族の子弟たちが壇に上がり、ティアラに手を置く。「火のギフト」「剣術強化」「治癒の力」「言語の天才」……。一人また一人と、ギフトが発動される。その度に、家族たちが歓声を上げる。
そして、ついにレオンの番が来た。彼は静かに壇に上がり、ティアラに手を置いた。全員の視線が一点に集中する。
光が輝き始めた。しかし——その光は、他の者たちのそれとは異なっていた。青白く、淡く、どこか不安定な輝きだ。
「これは……」
と大司祭が眉をひそめる。
やがて、光が消える。大司祭は、厳かに宣告した。
「ギフト名:『再構築(リコンストラクト)』
評価:E級。
効果:壊れたものを修復する。
特記事項:極めて消費魔力が大きく、実用性に乏しい」
その時、大広間に静寂が落ちた。E級のギフト。最下位の評価だ。
レオンは、自分の耳を疑った。自分が、最下級?観客席から、小さなざわめきが起こった。
「アーデルハイトの天才が……E級?」
「また、『修復のギフト』か。あんなもの、何の役に立つ……」
「可哀想に。これまでの秀才ぶりが台無しだ」
レオンの顔から、すべての色が失われた。城に帰るまでの馬車の中は、完全な沈黙だった。
父は顔を真っ赤にして、何度も拳を握った。母は、息子を見つめることができない。兄のエドガルドは、複雑な表情で窓の外を見ている。エリーズだけが、レオンを案じるような視線を送っていた。
「馬鹿な……」
と父がようやく口を開く。
「あんなギフト……そんなものを持つなど……」
「父上……」
とレオンが言いかけた時、父の掌がテーブルを叩いた。
「黙れ!お前は、この家の面汚しだ!神童だと?才能だと?全て嘘だ!」
「父上、お落ち着きください」
と母が懇願する。
「我が家の三男が、E級のギフトだと?このアーデルハイト領の嗣が、ギフトの質で劣るなど……」
父の言葉は続いた。言葉の一つ一つが、レオンの胸を貫く槍のようだ。到着した城で、レオンは自分の部屋に連れられた。その夜、だれもレオンの部屋には訪れなかった。
食事も、だれかが置いていくだけだ。レオンはそれを口にしない。ただ、暗い部屋で、自分の両手を見つめていた。
「再構築」
その言葉を、何度も反復する。
壊れたものを、修復する力。
それは、確かに有用ではない。王国では、強い力ほど価値がある。戦闘に優れたギフト、領土を支配できるギフト、富をもたらすギフト——そういうものが求められるのだ。
壊れたものを直すなど、誰でもできる仕事だ。だから、E級なのだ。
レオンは、自分が何者でもないことに気付いた。天才ではなく、秀才でもなく——ただの、凡人だ。
翌日、父の呼び出しがあった。書斎に入ると、父は厳しい表情で座っていた。
「レオン。聞きなさい」
「はい」
「お前のギフトは、この家には不要だ。よってな——」
父の言葉は、冷たく、淡々としていた。
「お前は、今日限りアーデルハイト家を出ろ。貴族籍も剥奪する。お前は、もはや我が子ではない」
その言葉を聞いても、レオンは驚かなかった。何故なら、すでに覚悟していたから。
「承知いたしました」
「城を出ろ。持って行けるのは、服と、小銭程度。何か質問はあるか?」
「……いいえ」
「では、今すぐ出ろ。二度と顔を見せるな」
レオンは部屋を出た。
昼過ぎ、レオンは城の門に立っていた。背には簡単な旅装束。金は、わずか五十ゴルド。王国では、一日の食費が十ゴルドほどだから、五日分にもならない。
「坊ちゃん……」
と、一人の使用人が近づいてきた。リナという、城で十年近く仕えている女性だ。
「お去りになるのですか?」
「ああ。もう、戻ることはないだろう」
リナは、しばらく何も言わず、ただレオンを見つめていた。
「……私も、ついていきましょうか」
「何を言っている。お前はこの城の者だ」
「いいえ。貴族籍を失ったあなたを見捨てるのは、この家の者には出来ません。私は……あなたに仕えます」
レオンは、その言葉に初めて、心が揺らいだ。
「ありがとう……」
二人は、城の門を出た。
城門の向こうは、広大な荒野が広がっていた。かつては緑豊かだったその土地も、今は枯れ果て、ところどころ灰色に変色している。魔物の跋扈する、危険な領域だ。
しかし、レオンはそんなことを気にしない。むしろ、清々しさを感じていた。
「さて、どこへ向かいましょうか?」とリナが聞く。レオンは、その地平線を見つめた。
「分からん。だが……」
彼の目に、初めて光が戻ってきた。
「ここなら、王家の呪縛もない。誰も、俺を判断しない」
「そうですね」
「なら、やってみよう。このギフトが、本当に何の役にも立たないのかどうか」
レオンは歩き始めた。リナが、その後に続く。二人は、朝日に向かって歩いていく。
王国の最果て、辺境の荒野へ。そこには、何もない。だが、何もないからこそ——すべてが始まるのだ。
白亜の城壁、緑色の瓦屋根、そして中庭に咲く薔薇園——この一帯が、王国でも有数の名門貴族の居城だ。
レオン・アーデルハイトは、その城の石畳を歩きながら、早朝の庭園を眺めていた。
十七歳。
容姿は端正で、紺色の制服に身を包んだ彼の姿は、どこから見ても「優秀な貴族」そのものだ。
「レオン様、おはようございます」
と、侍女が頭を下げた。
レオンは軽く手を上げて応じる。言葉は少ないが、態度に無礼はない。これが神童と呼ばれる少年の日常だ。
本を読む。
計算をする。
剣を練習する。
魔法の理論を学ぶ。
何をやっても、何の努力もしないように見えても、レオンは完璧にこなす。
領主の次男である兄・エドガルドは、優秀ではあるが、所詮は秀才の域だ。だが、レオンは違う。本物の才能の輝きが、彼の中にある。その証拠に——
「レオン!朝食の準備ができたぞ」
太った男の声が響いた。父・アーデルハイト公爵だ。威厳に満ちた顔立ちは、息子たちにも受け継がれている。
「おはようございます、父上」
レオンは一礼した。
食卓に着くと、兄のエドガルドと、一番下の妹・エリーズがすでに席についていた。
「レオンか。今日も勉強か?」
とエドガルドが問う。
「ええ、王立魔法学院の試験対策を」とレオンは答える。
「相変わらずね。しかし、あなたの成績なら心配いらないでしょう。去年も首席だったし」
母・ラウラが、優雅にナイフを使いながら言った。
「王立学院の入試なら、レオンなら満点で合格できるでしょう」とエリーズが付け加える。
妹に甘えられて、レオンは微かに微笑んだ。
「そうだな。今年の成人式は、レオンにとって最高の日になるだろう」
と父が言う。
成人式。それは王国の全貴族にとって、人生で最も重要な儀式だ。その日、人は初めて自らの「ギフト」を授かる。神から与えられた超自然の力を。
ギフトの質と性質によって、その人物の人生が決まる。強力なギフトを持つ者は栄光を手にし、弱いギフトを持つ者は……陰に隠れることになる。
「レオンのギフトは、きっと家柄に相応しい素晴らしいものだろう」と母が言う。
全員がそう思っていた。レオン本人も含めて。
その夜、城の塔の一室でレオンは天体観測をしていた。望遠鏡を通して月を見つめながら、レオンはかすかに笑う。
明日は成人式だ。明日、自分のギフトが何であるかが明かされる。
強い力だろう。そうでなければおかしい。自分ほどの才能を持つ者に、弱いギフトなど——
窓を通して見える街並みが、夜明けに向けて徐々に色付き始めた。
朝が来た。
成人式は、王城で執行される。アーデルハイト家は、馬車で王都ヴェルモンドへ向かった。
白い絹の服に身を包んだレオンは、一家の中でも格別に目立つ。周囲の貴族たちも、その存在に気付いている。
「あれが、アーデルハイトの三男か」
「噂通りの美しさだな」
「天才だという」
賞賛の言葉が、背後から聞こえる。
王城の大広間は、金色に輝く装飾で満たされていた。円形の壇の中央に、古い石のティアラが置かれている。それが「ギフトの鏡」だ。そこに手を置けば、その者の運命が決まる。
次々と貴族の子弟たちが壇に上がり、ティアラに手を置く。「火のギフト」「剣術強化」「治癒の力」「言語の天才」……。一人また一人と、ギフトが発動される。その度に、家族たちが歓声を上げる。
そして、ついにレオンの番が来た。彼は静かに壇に上がり、ティアラに手を置いた。全員の視線が一点に集中する。
光が輝き始めた。しかし——その光は、他の者たちのそれとは異なっていた。青白く、淡く、どこか不安定な輝きだ。
「これは……」
と大司祭が眉をひそめる。
やがて、光が消える。大司祭は、厳かに宣告した。
「ギフト名:『再構築(リコンストラクト)』
評価:E級。
効果:壊れたものを修復する。
特記事項:極めて消費魔力が大きく、実用性に乏しい」
その時、大広間に静寂が落ちた。E級のギフト。最下位の評価だ。
レオンは、自分の耳を疑った。自分が、最下級?観客席から、小さなざわめきが起こった。
「アーデルハイトの天才が……E級?」
「また、『修復のギフト』か。あんなもの、何の役に立つ……」
「可哀想に。これまでの秀才ぶりが台無しだ」
レオンの顔から、すべての色が失われた。城に帰るまでの馬車の中は、完全な沈黙だった。
父は顔を真っ赤にして、何度も拳を握った。母は、息子を見つめることができない。兄のエドガルドは、複雑な表情で窓の外を見ている。エリーズだけが、レオンを案じるような視線を送っていた。
「馬鹿な……」
と父がようやく口を開く。
「あんなギフト……そんなものを持つなど……」
「父上……」
とレオンが言いかけた時、父の掌がテーブルを叩いた。
「黙れ!お前は、この家の面汚しだ!神童だと?才能だと?全て嘘だ!」
「父上、お落ち着きください」
と母が懇願する。
「我が家の三男が、E級のギフトだと?このアーデルハイト領の嗣が、ギフトの質で劣るなど……」
父の言葉は続いた。言葉の一つ一つが、レオンの胸を貫く槍のようだ。到着した城で、レオンは自分の部屋に連れられた。その夜、だれもレオンの部屋には訪れなかった。
食事も、だれかが置いていくだけだ。レオンはそれを口にしない。ただ、暗い部屋で、自分の両手を見つめていた。
「再構築」
その言葉を、何度も反復する。
壊れたものを、修復する力。
それは、確かに有用ではない。王国では、強い力ほど価値がある。戦闘に優れたギフト、領土を支配できるギフト、富をもたらすギフト——そういうものが求められるのだ。
壊れたものを直すなど、誰でもできる仕事だ。だから、E級なのだ。
レオンは、自分が何者でもないことに気付いた。天才ではなく、秀才でもなく——ただの、凡人だ。
翌日、父の呼び出しがあった。書斎に入ると、父は厳しい表情で座っていた。
「レオン。聞きなさい」
「はい」
「お前のギフトは、この家には不要だ。よってな——」
父の言葉は、冷たく、淡々としていた。
「お前は、今日限りアーデルハイト家を出ろ。貴族籍も剥奪する。お前は、もはや我が子ではない」
その言葉を聞いても、レオンは驚かなかった。何故なら、すでに覚悟していたから。
「承知いたしました」
「城を出ろ。持って行けるのは、服と、小銭程度。何か質問はあるか?」
「……いいえ」
「では、今すぐ出ろ。二度と顔を見せるな」
レオンは部屋を出た。
昼過ぎ、レオンは城の門に立っていた。背には簡単な旅装束。金は、わずか五十ゴルド。王国では、一日の食費が十ゴルドほどだから、五日分にもならない。
「坊ちゃん……」
と、一人の使用人が近づいてきた。リナという、城で十年近く仕えている女性だ。
「お去りになるのですか?」
「ああ。もう、戻ることはないだろう」
リナは、しばらく何も言わず、ただレオンを見つめていた。
「……私も、ついていきましょうか」
「何を言っている。お前はこの城の者だ」
「いいえ。貴族籍を失ったあなたを見捨てるのは、この家の者には出来ません。私は……あなたに仕えます」
レオンは、その言葉に初めて、心が揺らいだ。
「ありがとう……」
二人は、城の門を出た。
城門の向こうは、広大な荒野が広がっていた。かつては緑豊かだったその土地も、今は枯れ果て、ところどころ灰色に変色している。魔物の跋扈する、危険な領域だ。
しかし、レオンはそんなことを気にしない。むしろ、清々しさを感じていた。
「さて、どこへ向かいましょうか?」とリナが聞く。レオンは、その地平線を見つめた。
「分からん。だが……」
彼の目に、初めて光が戻ってきた。
「ここなら、王家の呪縛もない。誰も、俺を判断しない」
「そうですね」
「なら、やってみよう。このギフトが、本当に何の役にも立たないのかどうか」
レオンは歩き始めた。リナが、その後に続く。二人は、朝日に向かって歩いていく。
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