ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃

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一章

十話 皇帝陛下の復帰

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 宮殿でのアリーシャは、毎日皇帝陛下の治療を行っていた。
 最近では皇帝の体調も安定しており、意識もはっきりしている。
 少し余裕が出来たアリーシャは皇帝の看病の他にも、宮殿内にある薬学研究室に足を運ぶようになった。

 アリーシャは女神教の神殿で、聖女として修行を積んで過ごしてきた。聖女の仕事の中には薬作りも含まれていた。
 女神教は医学や薬学も担ってきた。おかげでアリーシャもかなりの調合知識と技術を身につけている。

 その為、薬学研究室にも通っているのだが、これがなかなか楽しい。 
 アストラ帝国の新しい薬草や毒草を勉強したり、薬にした時の効能を調べたり。研究に没頭して時間を忘れてしまうほどだ。
 
 そんな日々がしばらく続いたある日の事。ついに皇帝は起き上がれるようになり、玉座の間にアリーシャと三人の皇子を呼び出した。
 アリーシャが玉座の間に向かうと、同じように皇帝から呼び出されたハイラル、ロラン、エクレールがいた。
 
「アリーシャ、お前も父上から呼び出されていたのだな」
「はい。皇帝陛下は大丈夫なのでしょうか。まだご無理はなさらない方が――」
「アリーシャが来てくれてからすっかり持ち直したんだよ。アリーシャのおかげでね」
「そうですか……それは良かったです」
「うん……最近は寝込む回数も少なくなって、食事も少しずつ取れるようになってきたんだ……今日も少しなら起きていられるから、話せると思う……アリーシャのおかげだね、息子としてお礼を言うよ……」
「ありがとうございます、エクレール様」
「……うん……」
 
 アリーシャがお礼を言うと、エクレールは照れたように顔を背けた。
 
「それじゃあ、行こうか」
 
 四人は玉座の前まで行くと、片膝をついて頭を垂れる。そして皇帝が現れるのを待った。
 ギィイイッ……。
 しばらくして扉が開き、皇帝陛下がやって来る。
 
「皆の者、よく来てくれたな」
「はっ」
 
 四人は一斉に頭を下げて礼を示す。
玉座には、痩せてはいるが顔色はすっかり良くなった皇帝の姿があった。その姿は初めて見た時と比べ物にならないほど、元気になっている。
皇帝は嬉しそうに口を開いた。
 
「またこうして玉座の間で皆に会えること、心より嬉しく思うぞ。これもアリーシャ、貴女のおかげだ。心よりの感謝を……」
「もったいないお言葉です」
 
 ベッドではなく玉座に座る皇帝は声に張りがあり、振る舞いも堂々としていて威厳に満ち溢れている。アリーシャはその姿に感動して、ホッと胸を撫で下ろした。
 
「さて……今日はアリーシャに話があって呼んだのだ」
「私にですか? はい、なんでこざいましょうか?」
「うむ、実はな……アリーシャと余の息子たちの間に、十年前に何があったのかを聞いたのだ。当時の余が息子たちに言いつけた事でアリーシャを混乱させてしまった事を、ここで詫びたい」
「え……!?」
 
 まさかそんな話をされるとは思っていなかった。アリーシャは目を丸くして驚いた。
 
「そ、そんな……! 陛下に謝っていただく必要などありません! どうか頭をお上げください!」
「そう言ってもらえるとありがたい……しかし、そうした事情があるのなら、むしろ都合が良いと考えたのだ」
「はい?」
「余の三人の息子、ハイラル、ロラン、エクレールは未婚で恋人もいない。元老院派閥との政治闘争の後始末が手こずった為、婚約者も決まっておらん。そこで――だ。余の命を救ってくれた聖女アリーシャと、三人の息子のうちの誰かを結婚させたいと考えたのだ」
「ええっ!?」
「アリーシャが良ければの話だがな」
「なっ、なななっ、ええぇ~っ!?」
 
 アリーシャは驚きの声を上げた。この皇帝は、いきなり何を言い出すのだ。
 自分が皇子と結婚するなんて――。突然そんなことを言われても困る。アリーシャは慌てて口を挟んだ。

「で、ですが私はルイン王国の平民出身の聖女です! アストラ帝国の皇子様と結婚なんて、身分が釣り合いません! 世論が許さないのではないでしょうか!?」
「いいや、それがかえって都合が良いのだ。それというのも、先の元老院派閥との争いの元を辿れば、閨閥で権力を持ちすぎた貴族が、既得権益を維持する為に皇帝の力を奪おうとしたのが始まりだったのだ」
「は、はあ……」

 その辺りの事情は前にも聞いた事がある。アリーシャは頷いた。

「政治闘争の末、元老院は解体され、腐敗した貴族勢力は一掃されたように見える――が、そうした事が直近で起きたばかりなのでな。皇子たちの結婚相手には帝国内の貴族は避け、他国から迎え入れようという向きがあるのだ」
「そ、そうだったのですか……?」
「うむ。元より帝国は多数の民族が暮らしている。歴史上、他民族の王妃を迎え入れた事もある。さらに女神教の聖女となれば、たとえ平民出身であっても申し分ない」
「え、えええっ!?」
「聖女は様々な儀式典礼に出席し、王侯貴族と接する事もあったであろう。立ち居振る舞いや品位、教養すべてにおいて問題がない。今の帝国にとって、皇子の結婚相手にこの上ない存在なのだ」
 
 アリーシャは唖然としていた。
 まさか自分が、皇族と結婚しろと言われる日が来るとは夢にも思っていなかった。

 皇帝陛下から発せられた突然の縁談話に、度肝を抜かれて茫然と佇む。すると、ハイラルが面白そうに笑い出した。

「ふっ……父上も面白い事をおっしゃる。だが、良い提案だ。父上から提案されずとも、俺は近々アリーシャに求婚するつもりだったからな」
「えっ!?」
「アリーシャ、俺の妻になってくれ」
 
 ハイラルはアリーシャの前に立つと、跪いて右手を差し出す。突然の出来事にアリーシャは目を白黒させる。
 
「えええっ……! ハイラル様まで何を言っているんですか!?」
「俺たちは昔から仲が良くて、一緒に遊んでいただろう? 俺は十年前、アリーシャの事が好きだった。そしてこの宮殿で再会し、当時の想いが気の迷いなどではなかったと確信した。アリーシャ、俺はお前が好きだ。結婚してくれ」
 
 ハイラルは真剣な眼差しでアリーシャを見つめると、アリーシャの手を取った。
 
「アリーシャ、好きだ」
「ちょっ……!」
「ちょっと待ってよ、兄さん。アリーシャが困っているだろう」
 
 そこへロランが二人の間に割って入ってきた。そしてアリーシャを見つめると、爽やかに微笑む。
 
「まったく、兄さんはずるいよね。一番初めにアリーシャと会ったのは僕なのに。……アリーシャ、十年前も、そして今回も真っ先に君と出会ったのはこの僕なんだ。君が誰かと運命で結ばれているとするのなら、その相手はきっとこの僕なんだよ」
「ろ、ロラン様!?」
「僕だって、十年前も今もアリーシャの事が好きなんだよ。だから、ハイラル兄さんやエクレールではなく、僕を選んでほしいな」
 
 ロランはアリーシャの左手を取ると、ハイラルと同じように跪いた。
 
「アリーシャ、結婚を前提に僕と付き合ってくれないかな」
「ええっ……!?」
「……ロラン兄さんも、アリーシャを困らせてる。ハイラル兄さんの事を言えない……」
 
 今度はエクレールだ。エクレールはロランを押しのけると、アリーシャの手を取った。
 
「ボクは……十年間ずっと、アリーシャの事が好きだった……他の女の人には興味がない。ボクにとって女の子は、ずっとアリーシャただ一人だけなんだ……」
「エクレール様まで!?」
「君がボクを選んでくれるのなら、ボクは自分のすべてを君に捧げると約束するよ……どうかお願いだ……ボクと結婚して……?」
「えええっ!?」
 
 まさか三人から同時にプロポーズされるなんて。理解できる範疇を超えている。アリーシャがあたふたしていると、皇帝が口を開いた。
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