ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃

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二章

十八話 ロランのお茶会

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 数日後。よく晴れた休日の昼下がり、アリーシャは庭園のお茶会に参加する事になった。
 場所は宮殿の庭園、薔薇園がある一角。本日はオープンテラスが設営されて、名のある貴族が大勢招かれている。

 アリーシャもお茶会に相応しいドレスに着替えさせてもらって、庭園にやって来た。
 お茶会では執事やメイドがテーブルにお茶やお菓子を運んでいる。
 今日のお茶会は立食形式で、招待客たちは好きなお菓子やお茶を選んで歓談に耽っている。
 
「アリーシャ、よく来てくれたね!」
「ロラン様。ご招待ありがとうございます」
「どういたしまして。それにしても、今日の君は一段と美しいね」
「あ、ありがとうございます。ロラン様も素敵です」
 
 今日のアリーシャが来ているのは、薄紅色のドレスだ。
 この前ハイラルと帝都へ食事に言った時。ハイラルはアリーシャがいつもとは違う雰囲気の服装をしている事に気付いて、似合っていると言ってくれた。
 アリーシャはその言葉が嬉しくて、つい浮かれて新しい服を買ってしまった。
 
 今までは地味な色合いの目立たないデザインの物ばかり着ていた。髪型も普段とは違う編み込みして、花の髪飾りを着けている。ロランはそんなアリーシャを見て満足そうに微笑んだ。
 
「うん、とても可愛い。まるで妖精のようだよ」
「ロラン様、お上手ですね」
「お世辞じゃなくて本気で言っているんだよ。ねえ、みんなもそう思うよね?」
 
 ロランが呼びかけると、集まった貴族たちは笑顔を浮かべながら同意した。
 
「初めましてアリーシャ様。あなた様が我らの皇帝陛下の病を治療してくださったと聞いております。臣下一同、心よりお礼を申し上げます」
「まさか帝国中の医者が匙を投げた皇帝の病を、聖女様が治されるとは……やはり聖女は女神の現身という伝説は本当だったのですね」
「ハイラル殿下にも頼まれて、既製品よりも効果の高いポーションをお作りになられたとも聞いております。素晴らしい! お会いできて光栄です!」

 今日のお茶会には、アストラ帝国の政治家、官僚、有力領主やその親族などが大勢参加している。
 彼らはアリーシャに挨拶すると、恭しく頭を下げる。アリーシャは戸惑いながらも、彼ら一人ひとりに丁寧に返事をした。
 
「みなさん、本日はお会いできて光栄です。ロラン様に誘っていただいたおかげで、こうして帝国の方々とお話しする機会に恵まれて嬉しい限りです」
「いえ、こちらこそアリーシャ様には感謝しております。アリーシャ様がいなければ、アストラ帝国は今頃混乱していたかもしれませんからな」
「そうですな。三皇子はどの御方もご立派で優秀な方々ですが、得意分野が割れているおかげでなかなか次の皇帝が決まらず――おっと、失礼致しました」
「いいえ、大丈夫です。その辺りのお話も既に窺っております」
「……そうでしたか。とにかく、正式な跡取りが決まる前に皇帝陛下が身罷われるという最悪の事態は回避できました。感謝するより他にありません」
「陛下は一年後の退位を宣言なされましたな。この一年で次の皇帝を選別なされるそうですね。ところで風の噂によると、アリーシャ様は次期皇帝のお妃候補として挙げられていらっしゃるとか」
「え、ええ……」
 
 正確にはアリーシャが選んだ皇子が次の皇帝になる、のだが。いくら貴族とはいえ、その辺りの事情は詳しく伝わっていないらしい。
 とはいえ、わざわざ伝える必要もないので、アリーシャは曖昧に笑って返した。
 アリーシャは紅茶を一口飲む。爽やかな風味が口に広がり、緊張が少し解けた気がした。
 
「あら、このお茶は、もしかして――」
「お気付きかい? そうさ、アリーシャがブレンドしたオリジナルのハーブティーさ。君の侍女のリリアナに頼んで分けてもらったんだよ」
「ロラン様! そうだったのですね」
 
 アリーシャは時間がある時に、オリジナルハーブティーのブレンドにも手を出していた。お茶は侍女のリリアナが淹れてくれるので、茶葉はリリアナに預けておいたのだ。
 それをロランが少し拝借し、今日のお茶会で振舞っているらしい。アリーシャのお茶を飲んだ貴族たちが、次々と絶賛する。
 
「おお、このハーブティーはアリーシャ様が作られた茶葉なのですね? 素晴らしい! 芳醇な香りに、爽やかな口当たり、不思議と心を寛がせてくれますね」
「本当ですね。ぜひ我が屋敷にも頂きたい。もちろん対価は惜しみませんよ」
「アリーシャ様、私もこの味に惚れました。レシピを譲っていただけないでしょうか?」
「ありがとうございます。でもこのお茶の製法は門外不出なんですよ。申し訳ありません」
「そうですか……残念です」
「でも皆さんのお気持ちは嬉しかったです。現在作ってある分は後ほどお帰りの際に、お土産としてお渡ししますね」
「ありがとうございます!」
 
 アリーシャは笑顔で応じる。貴族たちは口々にアリーシャを褒めた。アリーシャの第一印象はかなり良かったようだ。
 その後もアリーシャは、貴族たちと談笑した。ロランはアリーシャの隣に座って甲斐甲斐しく世話をする。
 
「アリーシャ、新しいお菓子を取ってこようか」
「いえ、自分で行きますから」
「いいから座ってて。疲れた時は休むのが一番だよ」
 
 ロランは爽やかにウインクするとお菓子を取りに行った。

「ロラン殿下は立派な方ですな。大勢の貴族を招いたお茶会を見事に取り仕切っていらっしゃる」
「皇族でありながら、それを鼻にかけず献身的に尽くしていらっしゃいます。きっと素晴らしい皇帝になるでしょう」
 
 今日集まった貴族たちは、ロランをかなり評価しているようだ。
 アリーシャはさっき紹介された貴族の名前と役職を思い出す。どうやら文官の貴族がロランの支持母体のようだ。
 近衛兵や騎士団など、武官に支持されているハイラルとは支持層が違う。
 
「それにアリーシャ様の知識と実績、お人柄も素晴らしい。ロラン殿下が皇帝に、アリーシャ様が皇妃となればアストラ帝国はさらなる隆盛を誇るでしょう」
「本当に素晴らしいお二人だ」
「まさに理想の夫婦だ」
 
 アリーシャは気まずくなってきた。まだ三人の皇子の誰かと結婚すると言っていないのに、周りは勝手に盛り上がっている。
 
「ええと……私もお菓子を取ってきますね! 失礼します」
 
 アリーシャは席を立って、お菓子が並べられているテーブルに向かう。すると、前方から歩いてきた女性の一団とぶつかりそうになった。
 というよりも、向こうが明らかにぶつかろうとしてきた。彼女たちはアリーシャを睨んで舌打ちする。
 
「あぁ~ら、ごめんあそばせ! ですが前ぐらい見て歩いては如何? ロラン殿下や名家の方々にチヤホヤされていい気になっているのではありませんこと?」
「まあまあ、そう怒らないであげてくださいまし。聖女様はずっと神殿に引きこもっていらしたそうですから、大勢の人がいる場所に慣れていないんでしょう」
「そうですわ、そうですわ。どうせなら帝国でもずっと引きこもって薬だけ作っていればよろしいのに。こんなお茶会に出てこなくてもよろしいですわよねえ?」
 
 三人組の女性は、アリーシャを見てクスクスと笑う。その笑みには、明らかな悪意が滲んでいた。
 アリーシャが次期皇帝の婚約者に選ばれた事で、快く思っていない人もいるだろうと思っていた。
 
「あの、すみませんでした。私の不注意です。どうか許してください」
「あら、随分素直に謝るのですね。もっと反論してくると思いましたのに」
「ええ、これだから根性のない田舎者は困りますわね」
「いくら聖女とはいえ、平民出身の田舎娘を次期皇帝の妃にするなんて、わたくしはどうかと思いますけどねぇ」
 
 女性たちは嘲笑う。アリーシャは俯いて唇を噛み締めた。拳を握って震える。
 なぜなら――さっきからお茶を飲み続けていたせいで、急にトイレに行きたくなってきたからだ。
 アリーシャは内心焦っていた。
 今すぐにでもトイレに行って用を足したいが、この場を離れるわけにもいかない。
 嫌味でもなんでもいいから早く言い尽くして解放してほしいと願う。
 しかし彼女たちはちっとも話を止めないどころか、見かねたロランが間に入ってきた。
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