上 下
57 / 72
第5章 〝聖魔石〟を巡る死闘

56「聖女の深い愛」

しおりを挟む
 周囲の闇が晴れて行き――

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………………」

 肩で息をするアンの眼前に――

「ぉぉぉぉぉぉおおおおおおお………………ばぼがッ! ……まお……」

 ――子犬サイズに逆戻りした魔王が落ちて来て、大の字で地面にぶつかった後、ゆっくりと仰向けになった。

 ――が、その姿は、ただ元に戻っただけでは無く――

「……まーちゃん……」

 ――コアを斬られたその身体は、足許から少しずつ塵となって消えて行く――

 ――彼女は、間も無く死を迎えようとしているのだと――
 ――誰の目にも、明らかだった。

「お前は、もう直死ぬ」

 ――冷徹に現実を告げるティーパに、魔王は――

「い、いやまお! 死にたくないまお!」

 ――イヤイヤと首を振って、迫り来る死を拒絶する。

 銀剣を鞘に収め、魔王の傍に正座したアンは――

 ――そっと、魔王を抱き上げ、膝の上に乗せると――

「リカ。お願いがあるの。回復魔法で、まーちゃんを助けてくれないかな?」

 ――そう言って、銀杖を持つリカを見た。

「自分が何言ってるか、分かってるの?」

 呆れたように呟くリカに、マーサも続く。

「どわはははははははは! 元気になったら、また人類を滅ぼそうとするぞ、ソイツ!」

 そこにティーパも加わり、首を横に振る。

「確かに、今ならまだギリギリ救えるだろうが、危険過ぎる」

 アンは、魔王の緑髪を撫でながら、呟く。

「……分かっているわ……。でも、あたしにはどうしても、まーちゃんがそこまで悪い子だとは思えないのよ。人類を滅亡させるような子には、どうしても……」

 ――切なそうな表情を浮かべて、アンは魔王のぷにぷにした頬に触れると、彼女に問い掛けた。

「まーちゃん。もしまーちゃんを回復魔法で助けたとしたら、もう悪い事はしないわよね?」
「皆殺しにしてやるまお!」
「ほらね?」

「耳腐ってんの、あなた?」

 顔を上げて得意顔で視線を向けるアンに、リカが辛辣な突っ込みを入れる。

 アンは、悲痛な声を上げながら、魔王を強く抱き締めた。

「とにかく、お願い!」
「ま、まお!?」
「まーちゃんを助けてあげて!」
「……く、苦しいまお!」
「悪い事をしないように」
「……い、息が……!」
「あたしがずっと」
「……出来ない……まお……!」
「見張っておくから!」
「……ギ、ギブ……まお……!」

 白目を剥き泡を吹きながらぺちぺちと力なく銀鎧に包まれた腕をタップして来る魔王を見たアンが、血相を変える。

「きゃあっ! まーちゃん!? ほら、もう一刻の猶予も無いわ!」
「それ、あなたがやったの!」

 リカは、「はぁ」と溜息を一つ付くと――

「しょうがないの。分かったの」

 ――渋々承諾して、銀杖を翳した。
 
 それを見た魔王が、先程吹いた泡を手で拭いながら、密かにほくそ笑む。

(馬鹿な奴らまお!)
(回復したら、コイツら全員、即座に皆殺しにしてやるまお!)
(そのまま、人類全てを殺して、滅亡させてやるまお!)
(今度こそ、世界はこの魔王の物になるまお!)

 悪逆の限りを尽くすと、心の中で決意する魔王に対して――

(ほら! 来いまお! 魔王を回復させるまお!)
 
「『セイクリッド――』」

 ――最上級回復魔法を掛ける――

「――の前に」

 ――直前に、リカは、不意に銀杖から手を離して、地面に落とすと――

「ちょっと、貸して」
「まお!?」

 ――屈んで、アンが膝に乗せていた魔王を抱き上げると――

「な、何するまお……?」

 ――戸惑う魔王に――

 ――顔を近付けて――

「ちゅうううううううううううう」
「――――ッ!!!???」

 ――接吻した。

「「「…………………………………………」」」

 唖然とする仲間たち。

 しかもそれは、ただの口付けでは無く――

「ちゅうううううううううううううううううう」
「――――――――ッッ!!!!????」

 ――もごもごと、口の中で〝〟を行っているようで――

 それが――

「ちゅううううううううううううううううううううう」
「――――――――ッッ!!!!????」

 ――一分――

「ちゅうううううううううううううううううううううううう」
「――――――――ッッッ!!!!!?????」

 ――二分――

「ちゅううううううううううううううううううううううううううう」
「――――――――ッッッッ!!!!!!??????」

 ――三分――

「ちゅうううううううううううううううううううううううううううううう」
「――――――――ッッッッッ!!!!!!!???????」

 ――五分と続いて――

 ――最終的に――

「ちゅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう」
「――――――――ッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!??????????????」

 ――十分間たっぷりと、その〝何か〟を行った後――

「ッぷはぁ! じゅるり。ま、こんな所なの。お兄ちゃんを襲――癒やすために毎晩練習した技術テクニックが、こんな形で役に立つとは思わなかったの」

 ――漸く唇を離したリカは、舌舐めずりしつつ、地面に転がっていた銀杖を拾い上げると――

「じゃあ、治してあげるの。『セイクリッドヒール』!」

 ――最上級回復魔法を発動した。

 温かな光が、魔王を包み込んで――

 ――光が消えると、崩れ落ちかけていた魔王の身体は――

 ――完全に元に戻っていた。

「あなた、元気になったの。……で、元気になったら、何をするって言ってたの?」

 ――リカが屈んで、魔王の顔を覗き込むと――

「ヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッッッッッッ!!!!!!!!」

 ――魔王は、聞いた事のない悲鳴を上げて――

「ア、アイツ……あ、頭おかしいまお……!!! こ、怖いまお……!!!」

 ――アンに縋り付き、顔面蒼白で――

「怖いまお……!!! 怖いまお……!!!! 怖いまお……!!!!!」

 ――そのまま暫く、ガタガタと震え続けた。

 ――その後。
 トラウマを抱えた魔王は、人間を襲う気力を失った。

 ――後世にて、リカは、このように歴史書に記される事になる。

 <〝深い愛ディープラブ〟により、世界を救った聖女>と。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

無垢な賢者

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

幸せメリークリスマス♡ ~童貞くん初めての性の6時間~

BL / 連載中 24h.ポイント:106pt お気に入り:82

母を訪ねて『こうりがし』

SF / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

【完結】 魔王戦隊 ゴオニンジャー

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:10

こぼれた感情と割れた皿

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

【完結】痴漢希望の匿名くん

BL / 完結 24h.ポイント:163pt お気に入り:215

処理中です...