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穴掘り無双~元兎、兎好き女神のせいで〝遠くから敵の身体に穴を掘る〟チート持ち兎人として異世界転生するが特に気にせずタンポポを求めゆるく旅する

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 あたしは、異世界転生した者を完璧にサポートする、〝沈着冷静〟で有名なサポートシステムのポポ。

 右も左も分からない異世界転生者たちを、スマートに、スムーズに、且つエレガントにサポートしている。

 今日も、どうにも頼りない異世界転生者のために、完璧にサポートを――

「あの草、美味しそう! 食べちゃおう!」

 ――スマートに、スムーズに――

「あれ? 硬くて食べられない……。え? このカンバンは食べ物じゃないって? そもそも金属製で食べられる訳が無いって? お兄さん、カンバンってなぁに?」

 ――且つエレガントに――

「あ、ここの地面、他と違って柔らかい! 穴掘っちゃお!」
「だ・か・ら! 王都内で穴掘っちゃダメって何度言ったら分かるの!」

 ……サポートするはずが、目の前のこの子には、何故か通用しない。

「え? 何で? 地面があったら、普通穴掘るでしょ?」
「どこの世界の〝普通〟よ、それ!?」

 今日も今日とて、あたしを振り回してくれるのは、ザ・中世ヨーロッパといった風情の石畳の王都内で〝舗装が剥がれた箇所〟を見付け出して穴を掘ろうとしているこの子。
 兎獣人のミラだ。

 腰まで伸びた艶やかな緑髪が印象的な、スタイル抜群の美少女で、兎獣人らしく上に伸びた長い耳と短くて丸い尻尾を持ち、鮮やかな緑色をした布の服を身に纏った姿は、まるで〝森の妖精〟のようだ。

 しかし、百戦錬磨のあたしが今まで担当して来た転生者と違い、この子は――

「ねぇ、ポポちゃん。さっきのカンバン、〝緑色〟なのに何で食べられないの?」
「〝緑色だったら何でも食べられるはず〟って、おかしいでしょその理屈!」

 ――元兎――アナウサギ――だった。
 何をとち狂ったか、兎が大好きである女神が、兎を転生させてしまったらしい。

 あたしは〝人間〟を支援するためのサポートシステム。〝元兎〟なんて、どうやってサポートすれば良いのよ!?
 思わず、心の中でそう愚痴ってしまう。

※―※―※

 〝妖精〟どころか〝獣〟そのものであるミラは、兎獣人として転生した当初、今よりも更に動物然とした振る舞いをしたものだ。

「私は、サポートシステムです」
「シャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャク」
「今後、異世界に転生した貴方のサポートをさせて頂きます」
「シャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャク」
「まずは、手を翳して、脳内で〝サポートシステム〟と唱えて下さい。それだけで、貴方の眼前に〝ウィンドウ〟が出現します」
「シャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャク」
「では、早速行ってみてください」
「シャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャク」
「………………えっと、あの……聞いてます?」
「シャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャク」
「あの~?」
「シャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャク」
「もしも~し?」
「シャクシャクシャクシャクシャクシャクシャクシャク」
「ッだあああああああ! あたしが一生懸命喋ってるって言うのに、タンポポ食べながら無視してんじゃないわよ! ……って、しかも今度は無言で穴掘り始めるって、どういう神経してんのよ!? って、速ッ! 何でこの一瞬でそんな長くて深い穴が出来てんのよ!?」

 完璧だったはずのあたしの言動が、一気に崩れる。

 それから暫くの間、好物のタンポポが多数咲く草原にて、〝食欲〟と〝穴掘り欲〟という、アナウサギの三大欲求の内二つ(残り一つは勿論〝性欲〟)を満たそうと、ミラは、疲れては地べたで眠り、起きてはまたタンポポを食べて穴を掘る、という生活を続けた。

※―※―※

 そして、一ヶ月後。
 あれ程大量に生えていたタンポポを全て平らげ、視界に入る地面は全て穴だらけという状態を達成したミラは、恐るべき〝レベルアップ〟を遂げていた。

 悲しいかな、サポートシステムであるが故に、担当する転生者がレベルアップをする度に、自身の意志とは無関係に〝レベルアップしました〟〝~~~を獲得しました〟と言わなければならないあたしは、折角告げてもミラが全く聞く耳を持たない事から、「あんた興味ないみたいだし、もうこれからは教えてあげないからね! 良いわね! 良いわよ! はい決定!」と、勝手に〝通知オフ〟状態にしていた。

 ――のだけれど、一ヶ月が経過したこの日、気になる能力変化があったため、流石にそれは伝える事にした。

「あんた、〝穴掘り無双〟っていう特殊スキルを獲得したみたいよ。具体的内容は――うわぁ~。えげつない能力よ、これ……。って、これも興味ないのね。はぁ」

 基本的に〝音声〟のみのあたしが、折角〝ウィンドウ〟の姿で現れて、特殊スキル名をとその詳細を表示してあげたにも拘らず、ミラは全く興味を示さず、あたしは深く溜息をつく(尚、初めてあたしが〝ウィンドウ〟の姿を見せた時には、あたしが〝緑色〟であるために、一ミリも躊躇せずに噛み付いて来たミラだったが、あくまであたしは〝表示〟するのみで、触れる事は出来ないため、ミラの歯は空を切るだけだった。好き勝手ばかりするミラに対して鬱憤が溜まっていたあたしは、「あんたと違って、あたしには身体が無いの! つまり、どんな攻撃も当たらず、無敵なのよ! ざまぁ見なさい!」と、大人気ないマウントを取ってしまった。が、この子の自由奔放っぷりを嫌と言う程見ているため、全く後悔はしていない)。

 特殊スキルを獲得した後――

「あ……あ? あ……あ……う……。……え? 何これ? なんか変な鳴き声が出る……」

 ――漸く声を発したミラは、そこで初めて〝言葉を喋れること〟に気付いた。

 そして――

「え? ミラって……名前?」
「そう。あんたの名前よ」

 ――あたしが告げた名前を――

「ミラ……ミラ……」

 ――不思議そうに何度も呟いた後、彼女は、不意にあたしに訊ねた。

「じゃあ、あなたの名前は?」
「へ? あたし? あたしはサポートシステムよ」
「さぽ……名前、長いね」
「名前じゃないわよ。サポートシステムっていう……まぁ、役職みたいな感じよ」
「名前ないの?」
「無いわよ。別にそれで困った事も無いわ」
「ふ~ん。じゃあ……ポポちゃん!」
「へ? ポ、ポポ!?」
「よろしくね、ポポちゃん!」
「何勝手に決めてんのよ! しかも絶対〝タンポポ〟から取ったでしょ、それ!」
「ポポちゃん、お腹空いた! 美味しいタンポポを探しに行こう!」
「人の話聞きなさいよ!」

 ――彼女は、食事・穴掘りと同じくらいのスピードであたしの名前を決めた。

※―※―※

 そして、現在。

「申し訳ありませんが、他の冒険者の方々に危害を加えるような方には、登録を許可致しかねます」

 冒険者ギルドにて、緑色の鎧にローブに帽子、果ては緑色のアクセサリーなど、居合わせた他の冒険者たちが所有する全ての〝緑〟に対して、「緑いいいいいいい!」と、手当たり次第に飛び掛かって噛み付いたミラは、受付の巨乳美女に丁重に断られ、「あと、大変恐縮ですが、ミラ様は出入り禁止とさせて頂きます」と、出禁になってしまったため、仕方なく王都を脱出して、またタンポポが咲く草原を探して荒野を流離おうとした――のに、ミラが王都内の〝緑色のもの〟に一々反応して噛り付き、また、土が剥き出しになっている部分を見付ける度に穴を掘ろうとするため、中々王都から出られない(以前、身体は緑色だが目が真っ赤な〝毒蛙〟に噛み付いた時は、毒にやられて暫く動けなくなった。っていうか、〝蛙に噛み付く兎獣人〟って何?)。

「ほら、行くわよ!」

 異世界転生者たちは、基本的に〝百年もの長きに亘り大勢の人間たちを殺し、苦しめて来た魔王を倒して世界を救う〟事を目的として、この世界に転生させられる。

 〝元兎〟であっても、それは例外ではない。
 ――のだが。

「きゃああああああああ!」
「だ・か・ら! 通行人の服に噛み付くなって言ってるでしょ!」

 ――運悪く〝緑色のワンピース〟を着用していた女性に襲い掛かったミラを、あたしは鋭く叱咤する(転生直後は、「うえっ。マズい……」と、自分の緑髪と緑服にさえ噛り付いていた程の見境の無さだ)。

 ――どう考えても、〝元兎〟のミラがこの世界を救うのは無理だ。
 好き勝手に食べて、穴掘って、寝て、また食べて、穴掘って。
 それで終わりだ。

 無論、他の異世界転生者たちと同じく、ミラにも〝異世界転生特典〟はある。
 それが、先述の特殊スキル――〝穴掘り無双〟だ。

 正直、〝攻撃力〟だけならば、今まであたしが担当した誰よりも高い。
 ずば抜けていると言って良い。

 ――が、如何せんミラは、防御力が低過ぎる。
 数え切れない程レベルアップした今でも、先程ミラが襲い掛かった町娘と同程度の防御力しかない。

 攻撃特化型の身体能力で、布の服以外には、防具もつけられない。

 それに何より、注意散漫で、冷静さは皆無だ。
 〝戦略〟〝戦術〟等と言っても、「何それ美味しいの?」状態だろう。
 
 だからこそ、冒険者ギルドで仲間を募りたかったのだ。

 頑丈な鎧と肉体で守ってくれる戦士や、防御魔法で敵の攻撃を防ぎ、回復魔法で傷を癒やしてくれる僧侶などを。

 しかし――中身が未だ獣そのもののミラは、冒険者として登録する事すら出来ずに、追い出されてしまった。

 他の冒険者や傭兵を雇うという手段もあるにはあるが、転生したばかりで路銀が無い彼女には、そのような経済的余裕は無かった。

※―※―※

「はぁ~。やっと王都の外に出られたわね」

 この子と出会って一体何度目か分からない嘆息を漏らす。

 隣国へと続いて行く、王都東側の街道を歩くミラは、「天気良い! ポカポカ! 美味しいタンポポを探しに行こう!」と、人の気も知らず、ニコニコしながら歩いている。

「あんたねぇ……折角あたしが、あんたのために、冒険者仲間を見付けてやろうとしてあげたのに……」

 そんなあたしの呟きに、ミラは首を振った。

「ミラ、仲間いらない!」
「何言ってんのよ!? どれだけ攻撃力があったって、あんたの防御力じゃ、一発貰うだけで簡単に死んじゃうのよ!?」

 そう。
 今まであたしが担当して来た、転生者たちのように――

 ――皆、それぞれに〝異世界転生特典〟である〝特殊スキル〟を持っていた。

 それは時に、強力な魔法であったり、他の追随を許さぬ剣技であったりした。
 ――だが、彼ら彼女らは、皆、一年以内に死んだ。

 ある者は、モンスターと戦っている最中、ほんの少しの油断で――
 ある者は、ダンジョン内で、致死性の罠に引っ掛かってしまい――
 ある者は、一対一では全戦全勝だったのに、数の暴力によって――

 最初に担当した転生者が死んだ時は、あたしもショックだった。
 が、それが十人、二十人、三十人と続くと――慣れてしまった。
 
 もう、驚く事も悲しむ事もない。
 どれだけ親身になろうが、どれだけ木目細かくサポートしようが、死ぬ時は呆気なく死ぬのだ。

 だから、ここ数年は、感情の一切無いただのシステムとして、振る舞って来た。
 実に〝サポートシステム然〟とした仕事振りだったと自負している。

 ――なのに――
 ――何故だろう。
 この子が相手だと、〝失われたはずの感情〟が呼び起こされてしまう。
 ――〝死んで欲しく無い〟と思ってしまう。

「分かってんの!? 〝死んでも、また転生出来るかも〟なんて思ってるかもしれないけど、そんなに甘くはないのよ!? 少なくとも、あたしが今まで担当して来た人たちは、みんな死んだわ! 転生する事もなく! そこで全て終わってしまったのよ!」

 そうだ。
 この子のせいだ。
 この子が、有り得ないくらい自分勝手で、ワガママで、自由過ぎるから――
 だから、あたしの心はざわつくんだ。
 
 そう。
 全ては、この子が自己中心的なせいだ――
 だからあたしは――
 こんなにも声を荒らげる羽目に――

「ミラは、〝ポポちゃんと二人っきり〟が良い!」
「!」

 ――気付くと、ミラは空を見上げていた。
 雲一つない晴れ渡った空は、彼女の笑顔と同じくらい輝きに満ちていて――

 刺立っていたあたしの心が――瞬時に、温かく柔らかい何かで包まれていく。
 あたしは、どう反応して良いか分からず――

「……何よそれ……折角あたしが仲間を見繕ってやろうとしたってのに……。絶対その方が、生き延びられる確率が上がるってのに……バカじゃないの?」

 ――そう呟くのが精一杯だった。

「それより! タンポポ! 美味しいタンポポ!」
「はいはい、もう、しょうがないわね」

 そう言って再び溜め息をついたあたしだったが、先刻と違って、胸の奥がくすぐったいような、不思議な感覚を感じていた。

※―※―※

「本当、あんたってタンポポが好きよね」
「うん! 大好き!」
「でも、注意しなさい。確かに兎はタンポポが好物だけど、食べ過ぎたら駄目なのよ? あんた、そんなに食べて大丈夫? お腹痛くない? 体調悪くなってない?」
「タンポポ美味しい! 嬉しい! 楽しい!」
「人の話聞きなさいよね! ……ったく、幸せそうな顔しちゃって……」
「しあわせ? しあわせってなぁに、ポポちゃん?」
「嬉しくて楽しくて、心が温かくなる。それが〝幸せ〟よ」
「じゃあ、ミラ、今しあわせ!」
「そうね。見れば分かるわ」
「ポポちゃんも、しあわせ?」
「え? あたし? あたしは――」
「しあわせ!」
「はいはい、そうね。あたしも幸せよ」

 街道を外れ、タンポポが咲く草原へと辿り着き、四つん這いになってひたすら食べ続けるミラ。
 その姿は、兎そのものだ。

 食事が済むと、ミラは穴を掘り始めた。
 いつも通り、恐ろしい勢いで野原が穴だらけになって行く。

 ――と、その時。

「ギィッ!」

 ――どこからともなく、一匹のゴブリンが現れた。
 どうやら、出来るだけ見付からないようにと、体勢を低くして近付いて来たらしい。

 赤い目、耳まで裂けた口、尖った耳、そして全身緑色の小柄な身体は、襤褸切れを纏っただけで、その手に持つ棍棒もボロボロだ。

 ――が、人間とは比べ物にならない程の膂力を持ち、その凶悪な見た目通り獰猛なモンスターである彼らは、全世界に満遍なく棲息するその数の多さから、〝最も人間を殺しているモンスター〟とも呼ばれている。

「ゴブリンよ! 注意して! 低級モンスターだけど、あんたの防御力じゃ、一発でも食らったら死にかねない――」

 ――あたしは、慌てて声を上げる。
 ――しかし。

「って、何自分から飛び掛かってんのよ!? 〝緑〟でも、それは〝食べちゃ駄目な緑〟なの!」
「え? そうなの?」

 何の躊躇もなくゴブリンに向かって自ら跳躍したミラに、あたしは声を荒らげる。

「これからは〝地面から生えてる緑〟しか食べちゃ駄目――って、そんな事よりも、避けて!」

 弧を描きながらゴブリンへと跳んでくミラは――

「ギギィッ!」

 ――自分を迎撃せんと、棍棒を高く掲げて振り下ろす、ゴブリンの動きに合わせて――

「よっと」
「ギィ!?」

 ――空中で身体をしなやかに捻って、回避すると――
 ――着地と同時に左前方へと跳躍して、素早く危険区域から離脱――

「ギ――ギィ!?」

 ――ゴブリンが振り返った時には、既にかなり距離を取っていた。
 ――正にその様、脱兎の如し。

「今よ! 〝特殊スキル〟――〝穴掘り無双〟を使うの!」
「とくしゅ……何言ってるのポポちゃん?」
「何であたしが〝変な事言った〟みたいになってんのよ!? 〝特殊スキル〟よ!」
「???」

 その間に――

「ギギィッ!」

 ――ゴブリンが猛スピードで走って来る。

「ああ、もう! 良いから、〝敵の身体〟に〝穴〟掘って! あんたが大好きな〝穴〟を、〝敵の身体〟に掘るの! 遠くから! あの〝緑色〟が近付いて来る前に!」

 ――あたしが叫ぶと、ミラは――

「分かった! ミラ、あの〝緑色〟に〝穴〟掘る!」

 ――穴を掘る時のように、前足――ならぬ、両手を揃えて――

「ギギギィッ!」

 ――迫り来るゴブリンに向けると――

「『穴――掘る』!!!」

 ――虚空を掘った。

 ――すると――

「ギャアアアアアアアアアアアアアア!」

 ――あと数メートルまで近付いていたゴブリンの胸が大きく抉られて――

 ――大量に吐血、流血しながら――

「……ギッ……ギィッ……」

 ――倒れて――死んだ。

「ふぅ。何とか倒せたわね。危ない所だったけど」

 もしも身体があったならば、額の汗を拭っていたであろうあたしは――

「って、何タンポポ食べてんのよ!?」
「ん?」

 ――原っぱに蹲り、小気味好い音を立てながら通常運転で咀嚼するミラに、鋭く突っ込む。

「もう。死ぬ所だったのよ?」
「うん! タンポポ美味しい!」
「何それ? 九死に一生を得たから、食事で〝生の実感〟を味わいたいって事?」
「しあわせ!」
「……単にいつも通りなだけね……」

 はぁ、と溜息をつきつつ、あたしは苦笑した。

※―※―※

 その後。
 草原から草原へと旅を続ける中で、様々なモンスターが出現した。
 人智を超えた膂力・攻撃力・防御力を持つ彼らによって、今まで数多くの一般人が、そして冒険者が殺されて来た。
 人間にとって恐るべき存在であり、明確な脅威。
 ――なのだが。

「オークよ! ゴブリンよりもずっと力が強いから気を付けて!」
「『掘る』!」
「プギイイイイイイイイイイイイイイ!」

 ――豚の半獣人のモンスターであるオークも――

「ゴーレムよ! 攻撃が掠っただけでも大ダメージを食らうわ! 気を付けて! ……って、草原にゴーレム!?」
「『掘る』!」
「ゴオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 ――全身が岩で出来た巨大なモンスターであるゴーレムも――

「ドラゴンよ! ブレスを吐いて来るわ! 気を付けて! ……って、ドラゴン!? え? 本物!?」
「『掘る』!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアア!」

 ――小山と見紛う程の巨躯を誇る、最上級モンスターであるドラゴンも――

 ――全て特殊スキル〝穴掘り無双〟によって、ミラは遠くから一撃で粉砕していく。
 最強モンスターと謳われるドラゴンが、近付く事さえ出来ない。

「あんたねぇ……ドラゴンの鱗って、最高級防具として使われるくらい硬いのよ? そのスキル、本当デタラメね……」

 ドラゴンの鱗を易々と抉り、胸部に大きな穴を掘って致命傷を与えて屠ったミラに、あたしは呆れて声を掛ける。

 が、当の本人は、特に気にもせず――

「ここのタンポポも美味しい!」

 ――相も変わらず、タンポポを食んでは穴を掘り、弾けるような笑みを浮かべるだけだった。

※―※―※

 その後も、何度かドラゴンを倒したミラは、ドラゴンスレイヤー・ラビットヒューマンという異名を得た事で――

「私はキャロ! 村を助けてくれてありがとう! これはお礼よ!」
「人参! キャロ、ありがとう!」

 ――毎年、近くに棲息するドラゴンから生贄を要求されていたらしい村人たちから大量の人参を貰ったミラは、あっと言う間に全て食べ尽くして――

 ――〝ドラゴンを単独討伐する美少女〟として知名度が上がったミラに、何人もの冒険者が「仲間にならないか?」と声を掛けて来たが、「ミラ、仲間いらない!」と全て断ると、そのような者たちは徐々にいなくなっていき――

 ――代わりに、イケメン求婚者が数名現れて――

「俺はビッグ。兎獣人の好物である飛び切り上等な人参を贈るぜ。是非とも俺と結婚してくれ!」
「わぁ、おっきい! ビッグ、ありがとう!」

 ――一メートル程ある巨大な人参を貰うと、ミラは物凄いスピードで食べ切って――

「フッ。僕の名前かい? ブルームさ。絶世の美女である貴方には、美しい花が良く似合う。さぁ、僕と永遠の契りを結ぼうじゃあないか!」
「花! 美味しそう! ブルーム、ありがとう!」

 ――色取り取りの花が咲き誇る花束を受け取ったミラは、もしゃもしゃと全て平らげて――

「俺っちはリングって言うんだ! この指輪、キラキラして綺麗だろ? これあげるから、結婚して欲しいなー!」
「緑! リング、ありがとう!」

 ――〝緑〟色の宝石が嵌め込まれた指輪を贈られると――

「硬い……マズい……」
「だから、〝緑〟だからって何でもかんでも噛り付くのは止めなさい!」

 ――即座に噛み付いたので、あたしは叱った。

 皆、整った顔立ちをした青年たちだったが、あたしが「結婚とは、夫婦――つまり、つがいになる事よ」と説明すると、何故かミラは、「じゃあ、いらない!」「「「ガーン!」」」と、全て断った。

「何で断ったの? あんた、〝元兎の兎獣人〟の癖に、性欲無い訳?」
「ポポちゃん、せいよくってなぁに?」
「うっ。それはその……エッチしたくないのかって聞いてるのよ!」
「えっちってなぁに?」
「それも!? ええと、その……子どもを作って子孫を残すためにする事よ!」
「交尾のこと?」
「交尾って言うな! でもそうよ! 交尾よ! あの男たちと交尾したくないのかって言ってんのよ!」

 何だか恥ずかしくなったあたしは、思わず声を荒らげてしまう。
 そんなあたしの気も知らずに、ミラは幼女のような天真爛漫な笑顔で――

「ミラ、交尾するなら、ポポちゃんが良い!」
「…………へ?」

 ――肉食系女子も真っ青な、強烈な一言を放った。

「えっと……あたし、一応女なんだけど? いやまぁ、そもそもサポート〝システム〟だから身体無いし、性別以前の問題だけど――」
「ポポちゃんが良い!!」
「……はいはい、分かったわ。じゃあ、気持ちだけ受け取っておくわね」

 初めて異世界転生者から――しかも同性から――求愛されてしまった。
 でも、ミラに言われると、不思議と嫌な気はしない。

 と、その時。
 歯を見せて笑う彼女を見て、あたしはある事に気付いた。

「っていうか、あんた! 歯が欠けてるじゃない! 指輪なんて噛むからよ!」

 ミラの前歯が、半分欠けていたのだ。

「大丈夫! すぐ伸びるから!」
「あのね、確かに兎の歯は〝常生歯〟と呼ばれていて、兎は一生歯が伸び続ける生き物だけど、それだけ大きく欠けちゃったら、暫く待たないと――」
「ほら、伸びた!」
「伸びてるううううううううううう!」

 ――いつの間にかミラの前歯は伸びて、元通りになっていた。

「どうなってんのよ、あんたの身体!? 花だって、兎が食べて良いのと駄目なのとあって、種類によっては本当に気を付けなきゃいけないのに、あんだけ色んなの食べて、何ともないみたいだし……」
「タンポポ美味しい!」
「だから人の話聞きなさいって言ってんのよ!」

※―※―※

 そんなやり取りを重ねつつ、あたしたちは旅を続けた。

 新たな草原を見付けては、タンポポを探して食し、穴を掘り満足気な笑みを浮かべるミラに、ふとあたしは訊ねる。

「そういやあんた、村の少女や求婚して来た男たちの事は、全員呼び捨てだったのに、あたしの事だけ〝ちゃん〟付けで呼ぶわよね? 何か理由があるのかしら?」
「ポポちゃんはポポちゃん!」
「……説明になってないわね……」

 晴れの日も雨の日も風の日も、そんな風に共に過ごしていく。
 穏やかだが、悪くない日々。

 もう、魔王討伐とか忘れて、このまま二人で、当ても無く旅を続けるのも良いかもしれないわね。

 ――と思っていたのだが――

「え!?」

 ――ある日。あたしは自分の目を疑った(まぁ、目は無いのだが)。

 草原を探していると、荒野のど真ん中に、『美味しいタンポポはコチラ↑』と書かれた看板が立っていたのだ。

 文字と共に書かれた矢印が指し示す方向に向かって、タンポポが生えていた。
 どこまでも真っ直ぐに細長く続く〝タンポポの道〟が出来ており、先刻の看板と相俟って、明らかに不自然なのだが――

「わぁ! このタンポポ、すごく美味しい!」
「絶対怪しいわよコレ! 注意して――」
「わぁ~い! 美味しいタンポポ!」
「ちょっと! 少しは警戒しなさい!」

 ――何も考えていないミラは、嬉々として〝タンポポロード〟を辿って行く。

 その後、何度も看板が出現し、その度に「絶対おかしいわよ!」と、あたしが警告するが、頭お花畑兎獣人は、「すごく美味しい!」と、聞く耳を持たなかった。

※―※―※

 やがて、目に映る荒野は――
 ――〝灰色の大地〟へとその姿を変えて――

 挙げ句の果てには――

「よく見て! ほら! 絶対にヤバいわよコレ! いつまでもワガママ言ってる場合じゃないわよ!」

 ――あたしたちは、〝暗黒の大地〟へと誘われていた。
 真っ黒な地面に咲き乱れる黄色は、恰も光り輝いているかのように見える。

 その段になっても、ミラは何一つ変わることなく――

「このタンポポ、すごく美味しい!」

 ――ただタンポポを食べ、穴を掘り、享楽に耽っていた。

※―※―※
 
 〝荒野〟から〝灰色の大地〟、そして〝暗黒の大地〟へと風景が変わっていく中で――
 襲って来るモンスターにも変化があった。

 まずは――

「滅茶苦茶いるじゃない!」

 ――その数だ。

 例の看板が現れた直後、百匹のモンスターたちに襲撃された。

 それをミラは――

「『掘る』!」
「エグいわね……」

 特殊スキル〝穴掘り無双〟によって、一瞬で殲滅した。
 彼女がモンスターたちに対して両手を揃えて、虚空を掘ると、百匹の種々様々なモンスターたちが、全て同時に――

「「「「「ギャアアアアアアアアアアアアアア!」」」」」

 ――胸を大きく抉られて、絶命したのだ。

 その次は三百匹、更にその次は四百匹のモンスターがやって来て――
 ――それぞれ、特殊スキルを一回と二回使用して返り討ちにしたのだが――
 ――終いには――

「軍隊かよ!? いくらなんでも多過ぎよ!」

 ――千匹のモンスターの大軍に包囲された。

 地鳴りと共に全方位から走って来る恐るべき敵軍に、しかしミラは――

「『掘る』! 『掘る』! 『掘る』! 『掘る』!」

 東西南北と、素早く身体の向きを変えつつ、〝穴掘り無双〟を〝四回〟行うだけで――

「「「「「ギャアアアアアアアアアアアアアア!」」」」」
「嘘でしょ……?」

 ――大隊規模のモンスターの軍勢を撃滅してしまった(ドラゴンなどが、炎や氷といったブレスを吐いて来たが、それも特殊スキルによって〝穴を掘る事〟で、掻き消している)。

※―※―※

 会敵するモンスターの、もう一つの変化は――

「……う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛……」
「……あ゛ぁ゛ぁ゛……」
「……お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛……」

 ――〝アンデッド〟が出現するようになった事だ。
 そう。所謂〝ゾンビ〟だ。

 類稀な攻撃能力を持っているミラだが、流石に〝リビングデッド〟とも呼ばれる〝アンデッド〟は、一発では倒せないらしく――

「『掘る』! 『掘る』! 『掘る』!」
「「「「「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛……」」」」」

 ――百匹の〝アンデッド〟たちに対して、完全に動かなくなるまでに、三回特殊スキルを使う必要があった(頭部、胸部、胴体と、三カ所に〝穴〟を掘る事で、漸く倒す事が出来た)。

※―※―※

 そうして辿り着いたのは――

「って、待って! 嘘でしょ!?」

 ――魔王城だった。
 
 聳え立つは、紅い月が怪しく照らす漆黒の城。
 特殊な魔法でも使っているのか、まだ日が出ていたはずなのに、いつの間にか周囲を闇が支配している。

 城門前に立つ真っ黒な看板には――

「それは無理があるでしょ!」

 ――『魔王城』の文字が二重線で消されて、その上には代わりに『タンポポ↑』と書かれている。

「冗談じゃないわ! 〝紙装甲で魔王をソロ討伐〟なんて出来る訳ないでしょ! ミラ、今直ぐ逃げるわよ!」

 予想外の事態に、あたしの声が引き攣る。

 流石のミラも、〝急に夜になって〟〝何故か月が紅くて〟〝目の前に魔王城がある〟のを見たら、ビビッて逃げるでしょ! 中身兎だし!

 ――そんなあたしの予測は――

「このタンポポ、すごく美味しい!」
「通常運転だったあああああああああああああ! どこまでワガママなのよ!?」

 ――見事に外れ、ミラは〝タンポポロード〟を追って、開け放たれた城門から魔王城の中へと入っていった。

※―※―※

 城門と同じく開けっ放しの扉から魔王城建物内へと侵入したあたしたちを出迎えたのは、モンスターの軍団――
 ――ではなかった。

 意外な程に静寂に包まれた屋内は、松明が壁にあり(十分とは言えない数と大きさではあるが)、外壁と違って赤い壁をゆらゆらと照らしている。

 エントランスホールは、両側に階段があり、中央で合流する形で上階へと向かっているのだが――

「タンポポ!」
「選択肢は無いのね……」

 ――何故か室内にも咲いているタンポポが、一階奥へと続いているため、当然ミラは階段を無視して、そちらへと歩を進める(猛然と食べながら)。

 一階奥の扉もまた、当然のように開いている。
 中に入ると、そこには広大な空間が広がっており――
 その中央には――

「よく来たねぇ、兎ちゃん」

 ――真っ赤な長髪を持つ、やたらと露出度の高い紅のドレスを身に纏った妙齢の女性が、不敵な笑みを浮かべて佇んでおり――

「あたいはイービルファイア」

 ――明らかに〝強者〟のそれと分かる威圧感と燃え盛るオーラを迸らせる彼女に対して――

「魔王様直属の四天王の一人さ。おいたが過ぎる兎ちゃんは、あたいがこんがりと丸焼きにして――」
「『掘る』!」
「ぎゃあああああああああああああ!」

 ――ミラは問答無用で〝穴掘り無双〟を発動、胸を大きく抉り、屠った。

「〝台詞の途中で〟て……。あんた、容赦ないわね……」
「ん?」

 四つん這いになり美味しそうにタンポポを頬張るミラに対して、あたしは呆れる。

「まぁ、でも、四天王は、今まで大勢の人間たちを殺して来たから、そのくらいで丁度良いと思うわ」

※―※―※

 その後、だだっ広い広間の最奥から部屋を出ると、階段があり、それを上ると、また先刻と同じような開けっ放しの扉があったため、広間の中に入り、次なる四天王と対戦する、という事を繰り返した。

「私は四天王が一人、ヴィシャスアイス。この私が憐れな子兎を――」
「『掘る』!」
「ぎゃあああああああああああああ!」

 ――やたらと眼鏡の位置を直す長身痩躯の男を倒し――

「おいらは四天王のデビルロック! おいらが――」
「『掘る』!」
「ぎゃあああああああああああああ!」

 ――肥満体の男を打ち負かして――

「俺様は――」
「『掘る』!」
「ぎゃあああああああああああああ!」

 ――筋肉質な男を一蹴した。

※―※―※

 そして、最上階である五階に辿り着くと――

「とうとう来ちゃったわよ! もう、どうすんのよ!?」

 それまでとは明らかに異質な部屋が待ち構えていた。

 まず、先程までとは扉(今回は閉じている)の大きさが全く違う。
 見上げる程に巨大且つ重厚なそれは、絡み合う亡者たちを連想させるような不気味な模様が一面に施されている。
 だが、何よりも――

「この感じ……いるわよ……!」

 中から溢れ出て来る〝邪悪な気配〟が、この先の空間に〝諸悪の根源〟がいると、如実に告げていた。

 ――が。

「今からでも遅くないわ! 逃げ――」
「美味しいタンポポ!」
「お願いだから〝通常運転〟やめてええええええええ!」

 ミラはぴょんぴょんという擬音語がしっくり来る程の軽やかさで、いつの間にか音も無く開いていた巨大な扉から中へと入って行く。

「広いわね……」

 四天王のいた部屋も広かったが、この広間は、それに輪を掛けて広大だ。

 〝タンポポロード〟は丁度部屋の中央まで続いており、全てのタンポポを食べ尽くしたミラは――

「ポポちゃん、帰ろう!」
「今!?」

 ――あたしがこれまで何度も欲していた言葉を、玉座の間のど真ん中で発しながら、くるりと入口を振り返るが――

「「!」」

 ――先刻は音も無く開いた巨大な扉が、今度は軋みながら閉じてしまい――

「貴様はもう逃げられん」

 ――薄暗い最奥にある玉座に座っていた巨漢が立ち上がると――
 ――地の底から響いて来るような低い声音で言い放ち――

「タンポポは、貴様をここへ誘い込み殺すための罠だったのだ」
「え!? そうなの!? おじさん、ひどい!」
「クックック。騙される方が悪い」

「いや、確かに悪役の台詞だけど、こんなのに騙されるあんたもどうかと思うわよ!?」

 ――二人のやり取りに、思わずあたしは突っ込みを入れる。

 直後。
 数歩前に歩みを進めた男の姿が、松明に照らされて、はっきりと見えた。

 血のように赤い目、耳元まで裂けた口、尖った耳、二本の角と牙、尻尾、そして一対の黒翼。
 漆黒を纏いしその姿は、形容するならば、〝闇〟そのもの。

 巨躯を誇る〝闇〟に対して、ミラが問い掛ける。

「おじさん、なんでこんな事するの!?」

 すると、彼は答えた。

「我は、魔王だ。人間は動物を食べて生きる。では、我は何を食べると思う?」
「タンポポ?」

 首を傾げ、見当外れ極まりないミラの代わりに、あたしが答える。

「人間……って言いたいのかしら?」
「御名答。サポートシステムか。存外、優秀だな」
「ええ。あたし、評判良いのよ」

 今まで何人もの異世界転生者を支援して来たあたしだけど、誰もここまで辿り着けなかったから、魔王と対峙するのは初めてだ。

 恐怖と緊張で声が震えるかと思ったけど、先程のミラと魔王のやり取りが予想外にコミカルだったためか、意外と普通に話す事が出来ている。

 魔王は、「ところで」と、両手を広げた。

「我が城は、気に入って頂けたかな? 特にインテリアには拘ったのだが」
「インテリア? 石造りの普通の城じゃない。よくある〝飾り用の鎧〟とかもないし、むしろインテリア少なくないかしら? もしかして、松明とか? 〝うちの松明は他とは違う〟とか言われても、分かんないわよ?」

 質問の意図が分からず、あたしは困惑する。

「いやいや、そうではない。我が拘ったのは、〝壁の色〟だ」
「〝壁の色〟? そんなの、ただ赤いだけ――」

 そこまで言って、あたしはハッと気付いた。

「まさか……そんな……!?」
「そうだ」

 魔王は、あたしが思い描いた〝最悪の事態〟を首肯した。

「我が城の赤――これは、全て〝人間の血〟だ」
「「!」」

 ――と同時に、魔王が指を鳴らすと、玉座の後ろが、魔法で明るく照らされた。
 そこには――

「若い人間の女。それが我の好みなのだが、どうにも、食べ飽きてな」
「「!」」

 ――若い女性のバラバラ死体が堆く積み上げられており――
 ――他は食い尽くされて顔だけ残っている者もいれば、足だけ、手だけという者もいて――

「やはり食事は〝量〟より〝質〟だなと考え直して、〝強くて若くて美しい兎獣人〟である貴様を誘き寄せたのだ。無論、我が軍勢に少なからぬ損害を与えた貴様を殺す事は、戦略的にも重要な事は言うまでもないがな」

 ――目を細めながら、そう告げた後――

「さて、貴様はどんな声で泣いてくれる? どこまで死なずに耐えられる? どこまで正気でいられる?」

 ――舌舐めずりし――

「貴様はどんな味がするか、楽しみだ」

 ――邪悪な笑みを浮かべる悪の権化に――

「『掘る』!!!」

 ――蟀谷に青筋を立て、初めて明確な〝怒り〟を露わにしたミラが、叫んだ。
 と同時に、魔王の胸が深く抉られる。

 あたしも同じ気持ちだった。
 絶対に生かしておいたらいけない存在だ。
 そう確信する程に、目の前にいる男は、どこまでも〝魔〟の〝王〟だった。

「『掘る』! 『掘る』! 『掘る』! 『掘る』! 『掘る』! 『掘る』! 『掘る』! 『掘る』!」

 両手を揃えたミラが、何度も虚空を掘る。
 魔王の頭部が、胴体が、両腕が何度も〝掘られて〟――
 ――〝ほぼ皮のみ〟となった上半身が千切れて、床に落ちた。

「はぁ、はぁ、はぁ……」
「やったわね! ミラ!」

 肩で息をするミラに、あたしが声を掛けた――
 ――次の瞬間――

「最強硬度を誇るこの我の身体をこうも易々と抉るとはな。素晴らしい攻撃力だ」
「「!?」」

 ――死んだはずの魔王の声が聞こえて――

「ただ、残念ながら」
 
 ――床に転がっていた魔王の上半身がスーッと浮かび上がったかと思うと、下半身の上に舞い戻り――

「我は再生能力持ちでな」

 ――抉られていた部分が――

「加えて言うと」

 ――時間を巻き戻すかのように、元に戻って行き――

「アンデッドでもある」
「「!」」

 ――傷など初めから無かったかのように、全て元通りに回復した。

「化け物ね……!」

 このような者を相手に、一体どうやって戦えば良いのだろうか。
 アンデッドに有効な〝浄化魔法〟は、基本的に僧侶や聖職者が得意とするものであり、ミラは使えない。

 いや、仮に使えたとしても、あの常軌を逸する再生能力では、どの道倒し切る事は不可能だろう。

 焦るあたしを余所に、魔王は涼しい顔で告げる。

「我は近接・遠距離、どちらでも構わんが、貴様は遠距離攻撃が得意なのだろう。であれば、我もそれに付き合おう」

 魔王が無造作に人差し指を立てると――

「「!」」

 ――魔王の頭上に、数多の炎が生み出された。

 一つ一つが最上級魔法である、それらは――

「行け」

 ――魔王が指を下ろすと同時に、猛スピードで飛んでくる。

「『掘る』!」

 ミラが虚空を掘ると、炎が全て掻き消されて、更に――

「流石だな」

 ――魔王の胸が再び抉られていた。

 だが、ごく自然に再生しつつ、魔王は顎を触る。

「今まで、貴様の戦いぶりをじっくりと観察させて貰った。その結果分かったのは、貴様の特殊スキルが同時に攻撃出来るのは、一度に〝三百〟までであるという事だ。それは、モンスターと、モンスターが飛ばす炎などの攻撃、両方含めてだ。が、敵の身体に関しては、一匹に一回ずつしか穴を掘れない」

 再び指を立てる魔王。
 と同時に、その頭上に、今度は幾多の氷柱が出現する。

「先刻の炎が丁度〝三百〟だった。我に対しても攻撃出来たことから、〝三百〟の壁を超えたようだが、〝四百〟の氷柱はどうだ?」
「!」

 魔王が指を下ろすと、高速で氷柱が降り注ぐ。

「『掘る』!」
「ほう」

 ミラが特殊スキルを発動、全ての氷柱を迎撃する事に成功した。

「では、これならどうだ? 〝五百〟」
「!」

 今回魔王が生み出したのは、無数の風刃だった。

「『掘る』!」

 迫り来る風の刃を、ミラの〝穴掘り無双〟が、相殺――
 ――し切れずに――

「くっ!」
「ミラ! 避けて!」

 ――俊敏に動き回り、ミラが回避する。

 床がズタズタに切り裂かれる中、何とかダメージを受けずに済んだミラに対して、魔王は拍手を送った。

「感服だ。まさか、我が一度に出現させることの出来る〝最大数〟を全て凌ぎ切るとはな」
「そうよ! ミラは凄いのよ! あんたの攻撃なんか当たらないわ!」

 息が荒いミラの代わりに、あたしは精一杯の強がりを言う。
 分かっている。
 どう考えても、ジリ貧だ。
 まだ余力がありそうな魔王に対して、ミラの体力と精神はどちらも擦り減らされていくばかりだ。

 このままじゃ、殺されるだけ。
 どうすれば――

 ――と、その時。

「五百でも仕留め切れないとは、決め手に欠けるな」

 そう呟いた魔王が――

「但し、それは、貴様が全力を出し続けられたならば、の話だがな」
「「!?」」

 ――口角を上げた――
 ――直後。

「うっ」
「ミラ!?」

 ――ミラが倒れた。

「どうしたの!?」

 慌ててあたしは、彼女の身体を診断する。
 その結果分かったのは――

「これは――毒!?」

 ――ミラが〝神経毒〟に侵されているという事だった。

「いつの間に……!?」

 倒れる程の量の毒物を摂取したならば、あたしが気付かないはずがない。

 魔王は、「まだ気付かないのか?」と嘲笑うと、「食べ過ぎには注意せねばな」と、ヒントを与える。

「まさか……タンポポ!?」
「そうだ」

 首肯した魔王は、何が起きたかを説明した。

「貴様らが最初の看板を目にする少し前の事だ。我は、魔法でタンポポに毒を付与した。だが、ただ付与するだけでは、小賢しいサポートシステムに気付かれてしまう。そこで、一本当たりに与えるのは、感知出来ない程度の、ごく微量に留めた。一本二本なら食べても問題ないが、何百何千と食べれば、その蓄積で、神経毒が身体中に回って、動けなくなるという寸法だ」

 〝恰も光り輝いているかのように見えた〟タンポポだったが、実は、僅かではあるが、魔力によって実際に光っていたのだ。

 ミラを見る限り、命に別状は無さそうだが、問題は――

「さて……続きと行こうか」
「!」

 ――この状態でも、容赦なく魔王の攻撃が来る事だ。

 再度魔王が指を立てると、その頭上に、夥しい数の雷槍が現れて――

「果たして、今度は防げるかな?」
「「!」」

 ――一斉に襲い掛かって来た。

「……うっ……『掘る』……!」

 必死に言葉を紡ぐミラだが、〝動作〟が伴わなければ、発動は出来ず――

 どうすれば良いの!?
 あたしは、ただ焦るばかりで――

 ――眼前に迫る雷槍を前に――
 ――ミラは――

「……ミラの……せいだ……。……また……ワガママ……言って……ごめんね……」
「!!」

 ――目に涙を浮かべて――

「……お願い……キライに……ならないで……」
「!!!」

 ――その瞬間、あたしは、前世の記憶を思い出した。

※―※―※

 あたしは、現代日本で、ごく普通の両親の一人娘として生まれた。
 〝ノコ〟。
 それがあたしの名前だった。

 小学校高学年の頃。

 犬や猫を飼っている友達が羨ましくて、両親に無理を言って、飼い始めたのが、彼女――兎の〝モコ〟だった。

 初めは友達のように犬か猫にするつもりだったのだが、ペットショップを訪れた際に、今一つピンと来なくて、「それじゃあ」と、両親が連れて行ってくれたうさぎ専門店で、一目惚れしたのが、モコだった。

 ふわふわの白い毛が〝もこもこ〟していたから、モコ。
 小学生の安直な発想だ。
 でも、最高に可愛い彼女にピッタリの名前だと思った。

 名付けの理由はもう一つあった。
 一人っ子だったあたしは、自分の名前に似ている名にする事で、姉妹が出来たような気分に浸れたのだ。

 モコを飼う上で、両親とした約束は二つ。
 一つは、室内では飼えないので、庭で飼う事。
 もう一つは、自分で世話をする事。

 生き物を飼うのは、想像以上に難しかった。
 だけど、両親のフォローを受けながら、一生懸命世話した。

 モコと触れ合う時間は、あたしにとって至福の瞬間だった。

「モコちゃん、モコちゃん。あたしの事も〝ノコちゃん〟って呼んで? ねぇ、呼んでってば! う~ん、やっぱり喋れないから、無理かぁ」

 モコを抱き上げながら、あたしはそう言って笑った。

 どうしてもモコと一緒に寝たかったあたしは、夜、密かに自分の部屋を抜け出しては、家の外に出て、兎小屋から出したモコを抱き締めながら地べたで眠り、何度も両親に叱られた。

 幸せな――本当に幸せな日々だった。

※―※―※

 そんなある日。

 母が大事にしていた梅の木を、モコが枯らしてしまった。
 穴を掘る習性がある彼女が、梅の木の根元に繰り返し穴を掘って、根っこを半分以上傷付けてしまったのだ。

 母は、怒らなかった。

「動物だもの。仕方ないわよ。気にしないで」

 ただそう言って、寂しそうに笑った。
 
 大好きな母がショックを受け、悲しんでいるのを見たあたしは、モコに怒りをぶつけた。

「モコちゃんのバカ! 『そこは掘らないで』って何度も言ったのに! なんであたしの言う事聞いてくれないの!? なんでワガママばっかりするの!?」

 そして――

「モコちゃんなんてキライ! 大っキライ!」

 ――そう叫んだあたしは、荒々しく家の中に入った。

 その翌日――

 ――モコは死んだ。

 モコが逃げないようにと、あたしの家の庭はフェンスで囲ってあったのだが、彼女はフェンスの下に穴を掘って、裏山の方へと逃げていた。

「モコちゃん、どこ? どこにいるの?」

 彼女を探して裏山へと入って行ったあたしが見たのは――

「きゃああああああああああああああああああ!」

 ――狐に襲われるモコの姿だった。
 
 あたしの悲鳴に驚いたのか、狐はモコを置いて逃げ去った。

「モコちゃん! モコちゃん!!」

 ――慌てて駆け寄ったが、噛み付かれた彼女は、既に瀕死の状態だった。
 普段あんなに温かかったモコが、手の中で冷たくなっていくのに――
 ――失われゆく大切な家族を眼前にして、何も出来なかった。

「あたしのせいだ……ごめん……ごめんね……」

※―※―※

 その後。
 失意のまま数年間過ごしたあたしだったが、モコを失った悲しみは、決して癒える事は無かった。

「悲しいって言っても、〝ペット〟でしょ?」

 動物を飼ったことがない者には、あたしにとって彼女が大切な家族の一員である事を理解して貰えなかった。

「え? まだ引きずってんの?」

 ペットを亡くした事がある友達も、その殆どは数ヶ月で立ち直り、長くても一年程度で、誰もあたしの悲しみを理解してくれなかった。

 生きる気力を失くして抜け殻となったあたしだったが、そんな状況でも小学校と中学校は卒業出来た。
 親の勧めで、進学先は通信制高校となった。
 が、高校卒業後は、進学も就職もしなかった。

 ずっと実家にいて、たまにフラフラと当てもなく街中を彷徨うだけ。
 生きているのか死んでいるのかも分からない――いや、きっと死んでいたのだと思う。
 少なくとも、あたしの心はもう――

 そして――
 モコを失ってから十年が経った、あの日。
 二十歳になったあたしは、街中で――

「――――ッ!」

 ――車に轢かれて、本当に〝死〟を迎えた。

※―※―※

 そして、現在。

 魔王の猛攻を前にして――
 ――自身の身の危険よりも、あたしに〝ワガママ〟を詫び、涙ながらに〝嫌わないで〟と懇願するミラは――

 モコちゃん……!

 間違いなく〝彼女〟だった。
 生まれ変わり、姿形がどれだけ変わっても、〝魂〟は変わらない。

 共鳴する自身の奥底にある〝核――魂〟が、彼女が何者であるかを教えてくれる。

 やっと出会えた彼女の眼前に、あたしは――

「今度は死なせない!!!」

 ――ウィンドウを出現、巨大化させると、更に、〝実体化〟させた。

 以前あたしは、ミラに、「身体が無いから、どんな攻撃も当たらず無敵だ」と嘯いた。
 だが、あれは〝通常のウィンドウが、誰にも触る事が出来ないから〟だ。

 もしも実体化すれば、触れるようになってしまって、ダメージを受ける。
 それはつまり――

「ぐっ!」
「……ポポ……ちゃん……!」

 ――壊されれば〝死ぬ〟という事だ。

 魔王が放つ雷槍をその身に受けて、あたしは苦鳴を上げる。
 御丁寧なことに、実体化したこの身体には、痛覚まであるらしい。

 しかし――

「それがどうした!!!」

 ――モコが受けた痛みは、苦しみは、こんなものでは無かったはずだ。

 ただアナウサギの本能のままに行動しただけなのに、あたしから拒絶され、ショックを受けて逃げ出し、挙句の果てに噛み殺されたのだ。

 もう間違わない。
 あたしは、今度こそ、この子を守ってみせる……!

「……ポポ……ちゃん……逃げて……!」

 本当、どこまでもワガママな子だ。
 あれだけあたしが「逃げよう」と言っても、逃げてくれなかったのに。
 自分の命が危なくなったその瞬間だけは、あたしに逃げろと言うだなんて……

「サポートシステムが実体化など……聞いたことも無い。ふむ。興味深いな」

 余裕綽々といった様子で雷槍を発動し続ける魔王は――

「だが、そう長くは持つまい」
「………………」

 ――的確に状況を見抜いていた。

 既にあたしの身体は、罅だらけだ。
 もう直バラバラに砕け散って、死ぬ。
 そして、その後に待っているのは――ミラの死だ。

 分かっている。
 あたしがどれだけ頑張ろうが、耐えようが。
 ほんの少し、〝その瞬間〟が遅くなるだけに過ぎない。

「でも……それでも……一秒でも長く――」
「『グレイトアイシクル』」
「――がはっ!!!」

 ――業を煮やした魔王が、巨大な氷柱を生み出して、あたしを貫いた。
 と同時に、罅だらけだったあたしは、粉々に砕け散って――

「いやああああああああああああああああ!」

 ――ミラの絶叫が玉座の間に響き、魔王は目を細めた。

※―※―※

「……ここ……は……?」

 気付けば、あたしは、不思議な空間を漂っていた。
 小さなウィンドウの姿で。

 時空が歪んで見える、ここは――

「別次元……亜空間って奴かしら……?」

 そう言えば、転生させられる時に女神が言っていた気がする。
 基本的に〝声のみ〟で、その姿も〝不可触のウィンドウ〟であるサポートシステムは、世界の理からほんの少し逸脱した存在であるため、その〝死〟も特殊なものになると。

 それが、つまりこれ――〝万が一実体化して破壊されれば、亜空間へと飛ばされた上で、やがて実体も意識も失い、完全に死ぬ〟という事だ。

「……そっか……ここがあたしの死に場所なのね……」

 死は覚悟していた――
 ――が、出来れば――

「……あの子と同じ場所が良かったな……」

 それが天国だろうが、地獄だろうが構わない。
 彼女と同じ所へと向かいたかったが――
 ――それは叶わぬ夢だ。

「……最期は……一人ぼっち……か……」

 身体――ウィンドウの輪郭が朧気になり――
 ――徐々に意識が薄れていく――

「……守れなくて……ご……め……ん……ね………………」

 ――意識が遠のいて――
 ――闇の中へと、落ちて――
 ――落ちて――
 ――落ち、て……――

「――ちゃん」

 ――幻聴まで聞こえる――
 本格的にヤバそうだ。

「――ちゃん」

 もう、すぐそこまでお迎えが来て――

「ポポちゃん!!!!!」
「!?」

 ――幻聴じゃ……ない!

 気付くと、そこには――
 ――あたしに――小さなウィンドウに泣きながら抱き着くミラの姿があった。

 〝生者〟であるミラに〝触れられた〟事がきっかけとなったのか、身体が輪郭を取り戻し、消え掛けていた意識が呼び戻される。

「ポポちゃん! ポポちゃん!! ポポちゃん!!!」
「あんた、何で動けるの……? あ、この感じ……そうか、以前〝毒蛙〟に噛み付いて動けなくなった時に、神経毒への耐性がある程度出来ていたのね……じゃなくて! どうやってここへ!?」

 職業病か、ミラの身体を無意識に診断した上で、あたしがそう訊ねると、彼女は涙を拭った後――

「ぐす。……えっとね、穴を掘ったら、ここに出たんだ」
「……はい?」

 ――事も無げにそう言ってのけた。

 話を聞くと、どうやら、〝次元に穴を掘って〟ここに辿り着いたらしい。
 見ると、ミラの頭上――時空に、大きな穴が開いている。

「分かっていたつもりだったけど、あんた……本当に滅茶苦茶ね……」

 心底呆れるあたしだったが――

「でも、良かった! 今度はミラが見付けようって思ってたから!」
「!!!」

 予想だにしない言葉に驚愕し、言葉を失う。

「って、あれ? 何言ってんだろ?」
「………………」

 どうやら、記憶が完全に戻っている訳では無いが、ミラは何かを感じ取っている様子だ。

「まぁ良いや! ポポちゃんに会えたし!」

 死ぬ寸前だったあたしを救い、満面の笑みを浮かべる彼女が眩し過ぎて、動揺を抑えようと、「コホン」と咳払いしたあたしは――

「って、穴が小さくなってるわよ!」
「え?」

 事態は一刻を争う事に気付いた。

「ほら、早くしないと、元の世界に戻れなくなっちゃうわよ!」
「ダメなの?」
「何で〝ここで二人で暮らそう〟みたいな雰囲気になってんのよ!? ここにはあんたが大好きなタンポポもないのよ!」
「! それはヤダ!」
「でしょ? 戻るわよ!」
「うん!」

 あたしを抱き抱えたミラが、まるで宇宙遊泳のように、手足をバタつかせながら、上昇して――

「頑張って! タンポポが待ってるわよ!」
「タンポポ! ミラ、頑張る!」

 ――瞬く間に収縮していく〝時空の穴〟へと――

「間に合って!」
「タンポポおおおおおお!」

 ――無我夢中で飛び込んで――

※―※―※

「ここは……」
「ポポちゃん、戻った!」
「そうみたいね……」

 間一髪のところで間に合ったようだ。
 魔王城へと戻っている。

 周囲を見回すと――

「!」

 ――そこは、〝一階〟だった。
 ――否、正確には、〝上階が全て崩れて、一階まで落ちた〟と言った方が正しい。

 天井、床、壁が吹き飛び、瓦礫の山が出来上がっており、それらを月が紅く照らしている。
 
 よく見ると――

「これ……全部あんたがやったのね……」

 ――それら全てに〝穴〟が開いている。
 次元の穴では無く、普通のものだが――
 圧倒される程の、夥しい数の穴。
 そして、魔王城の崩落。

 恐らくこれは、〝何千〟――いや、〝何万〟もの穴を同時に掘った事により生じた結果なのだろう。

 怒りと悲しみによって感情を爆発させたミラの、本当の意味での〝本領〟が発揮されたのだ。

「これだけの攻撃を受けたら、流石の魔王も――」

 あたしがそう呟いた――
 ――次の瞬間――

「我がどうかしたか?」
「「!」」

 ――瓦礫の山が爆ぜた。

 慌ててあたしは巨大化し、ミラを守る。

 床も吹っ飛び、剥き出しの地面に――

「本当、しぶといわね! そのまま大人しく死んでなさいよ!」
「その言葉、そっくりそのまま返そう」

 ――漆黒の王が仁王立ちしていた。

「そんな余裕ぶっこいてられるのも今の内よ!」

 さっき殺され掛けたけど、あたしには、覚醒したミラがいる!

「魔王だか何だか知らないけど、あんたなんて、ミラの超すっごい必殺技で一撃なんだから!」

 指――が無いため、代わりにあたしは、巨大ウィンドウを浮かせて、角でビシッと魔王を指す。

「さぁ、ミラ! さっきあたしを助けた時に使った〝あの技〟を、魔王に食らわせてやっちゃって!」
「えっと……どうやったんだっけ?」
「何で忘れてんのよおおおおおおおおお!?」

 小首を傾げるミラに、あたしは全力で突っ込む。

「認めよう。先刻の技は、確かに凄まじかった。あそこまで再生に時間が掛かったのは、生まれて初めてだ」

 何やら勘違いした魔王が、そう語り掛けて――

「感謝するぞ。貴様のお陰で、我も限界を超える事が出来た」

 ――天に向かって、無造作に手を掲げると――

「「!」」

 ――夜空が、炎で埋め尽くされた。

 その数、数十万を下らない。

 闇を焦がす猛炎の大群を目にして、思わず息を呑むあたしの耳に――

「終わりだ」

 ――魔王の声が届いて――

「死――」

 ――〝死の宣告〟と共に振り下ろそうとした手が――

「〝接近戦〟が怖いんでしょ!!!」

 ――止まった。

「……何だと?」

 ――一瞬、確かに動き出した火炎の群れにより、空が揺らめいた後――静止する。

 あたしは、ふわりと舞い上がりながら、言葉を継いだ。

「『ミラに合わせて長距離攻撃にしてやる』みたいに言ってたけど、本当は〝接近戦〟が怖いんでしょ! だから、長距離ばっかりで、一度も近距離攻撃しないのよ! 悔しかったら、あたしが今から行う〝ウルトラアルティメットアタック〟を、逃げずに迎撃してみなさい! どうせビビりのあんたには無理でしょうけど!」

 「随分と安い挑発だ」と、魔王は目を細める。

「だが、良いだろう。乗ってやる」

 ――そう呟くと、魔王は腰を落として、右拳を後方に引いた。
 ――と同時に――

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「「!」」

 ――力を込めたその足下が陥没――
 ――大気が震え、大地が割れる。

 そりゃ〝接近戦〟も強いわよね……
 何たって、魔王だもの……
 でも、そんなの百も承知よ!

 あたしは、更に上昇し――
 ――炎に近付き過ぎないように注意しつつ、高空で静止すると――

「覚悟しなさい、魔王! 行くわよ! 〝ウルトラアルティメットアタック〟うううううううう!」

 眼下に小さく見える魔王に向かって、猛スピードで急降下しながら――

「助けてええええええええええええええええええええええ!」

 ――情けない悲鳴を上げた。

 ――散々大見得を切っておきながら、大声で助けを求めつつ敵に突っ込む。
 ――世界一格好悪い特攻だ。
 
 でも、それで良い。
 これは賭け。
 あたしは――

「助けて! モコちゃん!!!」
「!!!」

 ――その賭けに勝つ!

 ミラが目を瞠る。
 狙い通り――
 ――のはずだったのだが――

 ――地上にてあたしを迎撃せんとする魔王が――

「ぬん!」
「!」

 ――まだ距離があるのに、右拳を勢い良く突き出すと――

「無理無理無理無理無理無理いいいいいいいいいいい!」

 ――〝最上級風魔法〟の威力を持つ〝衝撃波〟が生じて――

「〝接近戦〟って言ったのにいいいいい! 嘘つきいいいいい!」

 ――あたしに向かって真っすぐに飛んで来る。

 あたしが為す術もなく、〝死の衝撃波〟に――

「ダメええええええええええええええ!!! ノコちゃん!!!!!!」
「!!!」

 ――打ち砕かれようとした、その瞬間――

「『掘る』!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 ――身体を大きく後ろに反らしたミラが、反動をつけて、身体全体で虚空を掘った。

 すると――

「何だと!?」

 ――一瞬、世界がブレて――
 
 ――時空に穴が空き――

 ――〝衝撃波〟が飲み込まれて、消失――

 ――巻き添えを食わないように、あたしが慌てて方向転換して避けると――

 ――更に――

「!」

 ――連続して時空が穿たれ、まるで増殖するかのように、次々と穴が空き――
 ――回避するために後方へ飛び退いた魔王の――

「くっ!」

 ――左腕が削り取られた。

「これは……次元に穴を掘ったのか……!」

 ――驚愕し、瞠目する魔王。
 どうやら、時空が新たに穿孔され穴が空く際に、巻き込まれたようだ。

 ただ、この攻撃の最も驚くべきは――

「再生しない……だと!?」

 ――魔王の再生能力が発動しなくなることだ。

「『ワープ』」

 通常の移動では危険過ぎると判断した魔王が、魔法で上空へと空間転移する。
 ――が。

「ぐっ!」

 ――今度は右半身が消し飛んだ。

「……これだけの威力にも拘らず、〝自動追尾式〟か……」

 半身を飲み込んだ〝亜空間へと繋がる穴〟を、左目で見た魔王は――
 ズズズ……と、残った左半身も亜空間へと引き摺り込まれて行き――

「ここまでか……」

 ――己の運命を悟ったのか、そう呟くと――

「フハハハハハハハハハハ!!!」

 ――突如笑い声を上げて――

「やはり貴様は〝格別な味〟だったぞ、ミラ! フハハハハハハハハハハ!!!」

 ――死の淵にあるはずの彼は、哄笑し続け――

「ハハハハハハハハハハ――」

 ――亜空間へと完全に飲み込まれると、穴は閉じて――
 ――消滅した。
 と同時に、空を支配していた紅蓮の炎も、その姿を消した。

「……こ……今度こそ、やったのね……」

 空中にて、安堵の溜息を吐くあたしを――

「ポポちゃん!」
「きゃあ!」

 ――跳躍したミラが、ガシッと捕まえて、共に落下。

「ぐえっ!」

 ――角が地面にぶつかった衝撃で、蛙のような呻き声を上げるあたしに構わず――

「ポポちゃん! ポポちゃん!! ポポちゃん!!!」
「はいはい、ここにいるわよ」

 共に地面に転がり、もう離さないと言わんばかりの勢いで縋り付くミラに、あたしは穏やかに声を掛ける。

「助けてくれて、ありがとね、ミラ。あんたが助けてくれるって、信じてたわ」
「うわあああああああああん!! ポポちゃあああああああああああん!!!」
「いたっ! 〝緑色〟だからって噛むなって言ってるでしょ!」

 痛みから逃れようと、あたしは巨大化を解き、元の大きさへと戻る。
 そんなあたしを、ミラは寝転がったまま、ぎゅっと抱き締めた。

 いつの間にか夜になっていたのか、魔王の死後も、まだ周囲は暗いままだ。
 だが、あたしたちを照らす月の明かりは、もう紅くない。
 柔らかい月光は、まるで二人を祝福してくれているかのようだ。

 こうして、〝ただの兎〟は、何の因果か、異世界で魔王を討伐して――
 ――世界を救った。

※―※―※

 やがて、夜が明けて――

 魔王城――だった場所を後にしたあたしたちが目にしたのは――

「わぁ!」

 ――一面の野原だった。

 しかも――

「すごい! タンポポいっぱい!」

 ――タンポポが、咲き乱れている。
 見渡す限り、どこまでも、どこまでも。

〝暗黒の大地〟は〝黄色の絨毯〟へと姿を変えた。
 自分たちが辿って来た方角へ視線を向けると、〝灰色の大地〟すらも、その姿を〝鮮やかな黄色〟へと変貌させている。

 世界の変化はそれだけに留まらない。
 モンスターを生み出し、維持し続けていた魔王が死んだ事で、あれだけいた世界中のモンスターもまた、消滅していた。

※―※―※

 ミラの横を、小さなウィンドウ姿でふよふよと飛びながら、あたしは〝世界を救った英雄〟に語り掛ける(何故か姿を消す事が出来なくなっており、しかも、ウィンドウも〝実体化したまま〟になっている)。

「まさか、魔王を倒しちゃうなんてね……本当、とんでもないわね、あんたは」

 そんな事が可能であるとは、あたしは露ほども思わなかった。
 けど、実際にミラは、それを成し遂げた。

「そうそう、魔王を倒したから、あんた、報奨金が貰えるわよ? 世界各国が設定していた、莫大な報奨金が全部。一生遊んで暮らせるわ」
「タンポポ美味しい!」
「だから人の話聞きなさいって言ってるでしょ! ……って、まぁ良いけど。あんた、そういうのに興味無さそうだもんね」

 ――金銀財宝よりも、タンポポ。
 それがミラだという事は、良く知っている。
 それこそ、転生する前から、ずっと――

 ……そういや、あたしが人間だった頃の名前を、あの時叫んでくれたのよね。
 ――って事は、記憶が――

「そういやあんた、さっき、あたしの事を『ノコちゃん』って呼んだわよね?」
「え? そんな事言ったっけ?」
「何で忘れてんのよ!? あたしがあんたの事を『モコ』って呼んだら、あたしの事を『ノコちゃん』って呼んだじゃない!」
「何言ってるの、ポポちゃん? ミラの名前はミラだよ?」
「だから何であたしが変な事言ったみたいになってんのよ!?」

 どうやら、一時的――それも、ほんの一瞬だけ記憶が戻っただけらしい。

「はぁ。ま、良いけどね」

 別に、〝絶対に記憶を取り戻して欲しい〟とも思わない。
 辛い記憶も一緒に思い出してしまうからだ。
 それに――

 あんたは、ずっとあんただから。

 ――心の中で、密かにそう呟く。

 と、その時。
 ひたすらタンポポを食べまくっていたミラが、ゆっくりと空中を飛ぶあたしの方を振り向いた。

「ねぇ、ポポちゃん」
「ん?」
「ミラの事も、〝ミラちゃん〟って呼んで」
「!」

 驚きの余り言葉を失うあたし。
 嘗てあたしが望んだことを、今度は、ミラが求めている。

 あたしは――

「……ミラ……ちゃ……」

 ――ゆっくりと言葉を紡ぎ――

「って、嫌よ!」

 ――断った。

「なんで!? ポポちゃんのイジワル!」
「意地悪で結構よ!」

 ミラには分かるまい。
 もう小学生ではないのだ。
 大人のレディとしての立場というものがある。
 
「って、本当はあんた、記憶が戻ってるんでしょ?」

 先刻の発言からすると、そうとしか考えられない。

「きおくってなぁに?」
「そこから!?」

 ――のだが、もしかしたらミラは例外かもしれない。

「そうね。記憶っていうのは――」

 ミラに説明をするあたしが――

「あたしは持ってて、あんたも持ってる」

 ――ミラに話し掛ける内に、少し近付いてしまい――

「これまでも、そしてこれからもたくさん作っていける」

 ――にこにこと満面の笑みであたしを捕まえ、抱き締めるミラの胸の中で――

「そんな〝思い出――たからもの〟の事よ」

 ――あたしは、〝あの日失い、どれだけ願っても触れられなかった温もり〟を、存分に堪能するのだった。



―完―


 ※ ※ ※ ※ ※ ※

(※最後までお読みいただきありがとうございます! お餅ミトコンドリアです。

現在、第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。

【「え、良いの? あれ、トカゲじゃなくてドラゴンだよ?」ドラゴンが存在しない異世界で「トカゲしか召喚出来ない無能は要らない」と勇者パーティーから追放されたドラゴン召喚士の少年が無自覚ざまぁする話】
https://www.alphapolis.co.jp/novel/547765216/458981690

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