クリスマスプレゼントという名の「奇病」

昼夜 弘行

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クリスマスプレゼントという名の奇病

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煌びやかな電飾で街は色付き、世のほとんどの男女はロマンティックな雰囲気に酔いしれ、残りの異性との交際を諦めた者は、見て見ぬふりをする日。そうクリスマスだ。
良い子にしていた子どもたちには、サンタクロースがプレゼントを届けてくれる。
しかし私にはプレゼントではなく、激痛が届いた。睾丸、俗に言う金玉が痛むのだ。男子あるあるのしばし飛べば、その痛みは次第に治まるだろうと読者諸賢は思っただろう。もちろん私もこれでもかと飛び跳ねたが、一向にその痛みは消えない。例えるならば、球技を嗜んでいた男子が恐れる球が玉に当たる痛みなのだ。
 早急に病院に駆け込むために、冷や汗混じりに車を走らせた。「そんな状態での運転では危ないだろ!」と思う人もいるかもしれないが、今の日本の法では、金玉、失敬、睾丸に痛みを抱えながら車を運転することは何も罰せられないはずだ。
 そして病院に着いた。安心してほしい。もちろん安全運転でだ。
 そこには私の恋人鈴木さんが痛む箇所が箇所だけに駆けつけてくれた。駆けつけてくれた嬉しさ半分、恥ずかしさ半分で共に手続きをした。しかしその時には痛みはみるみるうちに増していた。
う~、う~とうずくまることしかできない私に代わり、鈴木さんが問診票を書いてくれた。
「どこが痛いの」
「金玉」
「どういう痛み」
「ズキズキする」
なんともヘンテコな会話をし、鈴木さんは問診票にある痛む箇所を記す人間の絵の股間の位置に○を記した。そして備考欄に
「睾丸に痛みあり」と記した。
この時、鈴木さんの検索履歴に
「金玉 正式名称」が刻まれた。この場をお借りして、鈴木さんには心の底からお詫び申し上げたい。
 二時間にも感じられる十五分間を経て、診察室へ。部屋にいたのは三十代後半くらいの休日にはジムに通い、なんとも健康的な汗を流していそうな男性医師であった。
「とりあえずベッドに横になってください」
と言われ横になった。そしてなんの抵抗もなく私のズボンを脱がした。幾度となくこれまで脱がしてきたのだろう。なんとも慣れた手つきであった。そして触診される。相手はプロだ。なんとも思っていない顔で私の睾丸を触る。
「ここ触ったら痛い?」
「痛いです」
「ここは?」
「痛いです」
 男性医師は首を傾げ、エコーで診察することに。私の金玉袋にジェルが塗られ、ひゃっという乙女のような声を不覚にも出してしまったが医師は気にも留めない。エコーの画面を凝視しているが、男性医師はどうもピンときていない。そしてより精密なエコーで検査するべく別室へ誘導された。
誰もいない空疎な部屋で医師を待つ。そしてガラガラと扉が開いて、当然先ほどの男性医師と思いきや、女性医師がそこには立っているではないか。おそらく、変態であれば、この上ないラッキーシチュエーションであろう。しかし、私のような若輩者はまだその領域には達していない。ピンチなのである。なぜピンチかというと、私のムスコがオトナになってしまう恐れがあるからだ。そんな状況のムスコを女性医師に見られたら恥ずかしさこの上ないだけでなく、下手をしたらこのコンプライアンスが厳しい世の中、セクシュアルハラスメントで訴えられるかもしれないからだ。
そんな私の危惧を余所目に女性医師は診察を始める。ズボンを剥ぎ取り、最終防御壁であるパンツをずらし、私の金玉袋にジェルを塗る。私は絶対に我がムスコの成人化現象を抑えねばならない。心を無にするべく、我が愛すべき祖父と祖母の顔を思い浮かべ平静を保った。この場をお借りして祖父と祖母にもお詫び申し上げたい。何度目の謝罪であろうか。
エコーの画面を見つめる女性医師は先ほどの男性医師同様ピンときていない。どうしたことかと困り果てているのだ。そして先ほどの診察室へ戻るよう告げられた。
二人のプロフェッショナルな医師に診察してもらったが、何の原因を掴めないということに、私は相当の不安感に襲われた。いったいこの痛みはなんなんだと。
男性医師がいる診察室へ戻った私の前にまた新たな医師が登場した。四十代前半ぐらいの、背が小さくなんとも可愛らしい男性医師がいた。その人はこの病院の泌尿器科の責任者だそうだ(以下ボスと呼ぶ)。その人が私に見せてごらんなさいと言わんばかりに、診察を始めた。泌尿器科のボスが診察してくれるのだ。私の痛みの原因を必ずや解明し、今からでも遅くない華やかなクリスマスライフを過ごせると思ったのも束の間、そのボスは先ほどの二人の医者と同じように、首を傾げ
「ん~なんだろね」
 お前らほんましっかりしてくれ。そう叫びたかったが悪いのは私だ。もちろんそんなことなど言えるはずもないため、その気持ちを抑え
「どうなるんでしょうか」
「手術して玉袋を開いてみるしかなさそう」
 思いもよらぬ発言だった。手術になるとは全く予想していなかったために面を食らった。
しかしそれ以外治す方法はないのだ。生唾をゴクリと飲み込み
「お願いします」
緊急手術となり、医師や看護師たちがバタバタと慌ただしくなり、私も関係各所に連絡をした。
まずは母親に電話をした
「もしもし」私
「もしもし、どないしたん」母親
「あのさ今日ずっと金玉痛くなって」私
「ワハハ(爆笑)」
「病院行って診てもらってんけど、わからへんから手術することになった」私
「えっ(絶句)」母親
「じゃあ、犬たちに餌あげてから病院向かうわ」母親
 私より犬優先かいと思ったが、来てくれるとわかり電話を切った。
 次にバイト先に連絡した。
「もしもし」私
「もしもし、どうしたの」店員
「今日バイトお休みさせていただきたいのですが」私
「なんで?どうしたの」店員
「今日ずっと下腹部が痛くて病院に行ったところ今から手術することになりました。」私
「えっ(絶句)大丈夫?全然休んでいいよ」
 電話に出たのが、男性であったら正直に言おうと思っていたが、女性であったため正直に言うことができなかった。私のジェントルマンな一面が垣間見えただろう。
 関係各所に連絡えを終え、いざ手術室へ向かう。医療ドラマで見たことがあるだろう。ベッドに横になり、医者と看護師にベッドを運ばれ、周りに恋人と親が心配そうに見つめ手を握るというあの緊迫したシーンを。しかし私は、ベッドで運ばれることなく、心配そうに見つめる鈴木さんの視線を浴びながら、自分の足で手術室へ。そして手術室の扉を前にし、鈴木さんに背を向けて一言
「アイル ビー バック」
 ちなみにターミネーターを見たことはない。さらにちなみに言うのであれば、その場面我が親愛なる母親は犬に餌を与えるという重要任務にあたっていたために、間に合わなかった。
 そしていざ手術へ。読者諸賢も楽しみにしている場面であろう。私もできることならここに記したい。しかしそれはできない。なにせ全身麻酔で深い深い眠りについていたからだ。ただこれだけはわかる。手術は成功した。箇所が箇所だけに全く命に別条はないのだ。
 原因は普通の男子であれば、胎児の段階の時に無くなっているはずのモノが金玉袋内に残っており、それが白井健三ばりに捻ったことが原因で激痛が発生していたそうだ。ボスが言うに、ボスの長い泌尿器科人生で二例目という奇病だそうだ。
 手術を終え、目が覚めたら目の前には、鈴木さん、我が母、そして鈴木さんのお母様が立っていた。鈴木さんは少し目が腫れていた。それもそうだ、恋人が急に手術となったのだ。不安なことこの上ないであろう。鈴木さんには心底感謝している。そして鈴木さんのお母様も心配になり駆けつけてくれた。聞けば、我が母よりも早く来てくれたそうだ。我が母よ、どれだけ犬たちの餌に時間をかけていたんだ。そして私は三人に感謝を告げ、いろいろと話した。ひとしきり話した後、我が母が
「犬が寂しがってると思うから帰るわ」
そういって三人は私の病室を後にした。ひとりぼっちのメリークリスマス。
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