上 下
1 / 20

第1話

しおりを挟む
 ゴゴゴゴゴゴッッ!!空では稲光が閃き、黒い雲がいまにも雨を降らしそうなそんな中。

 街はずれの、かつて神殿のあった「聖地」。その聖地で今まさに10年ぶりに召喚術式が組み上げられつつあった。

 …所々には神殿のあった頃の名残である、もとは立派な柱であったであろう白い大理石のような石が散見される。

 そして、これまた白い大理石のような石がびっしりと敷き詰められていたであろう(現在ではそれも長年の風雪ですっかり薄汚れている)かつての大広間では、地面に巨大な方陣が描かれその中心と周りには白いローブ姿の魔導師がなにやら口々に呪文の詠唱を行っている。

 「アァル・リベ・メパートラ!どうか、天空におわします我らが神々よ!邪を滅す光の勇者を顕現させたまえ!」

 魔方陣の中心に陣取った魔導師が一際大きな声をあげた!その瞬間、物凄い雷鳴と共に辺り一面が白く染まった。

 ドーンッッッ!!!「クッ!!」思わず魔導師はきつく眼を閉じ、耳を塞いだ。
 ゴゴゴゴゴッッッ!!空では相も変わらずくぐもった雷鳴が尾を引いている。

 最前、魔方陣の外側に落ちた雷のせいで辺りは未だもうもうと土埃が舞っている。…やがて、少しずつ視界が晴れてゆく。
 果たしてそこには異界から召喚された勇者の姿があった……。

 
「…ここは何処だ?」もうもうと立ち込めた土煙から、姿を現したのはまだ高校生くらいのどこかあどけなさを残した青年だった。

 「おお、勇者よ!我らが下に遣わされた光の者よ!どうか、この邪に侵されし世界を救いたまえ!」魔方陣の中心にいる魔導師逹のリーダーである、白いローブ姿の女が声高く青年に懇願する。

 「…えっ、誰?」キョトンとした顔で一人ごちる青年。

 「主は我ら魔導騎士団が魔王討伐の為、この世界に召喚した救世主である!」なぜか自信満々に胸を反らせる女。

 「ハァッ!?嘘だろ!?これって、まさか……噂の異世界転生!?でも俺死んでないんだけど…。」

 「これから主には魔王討伐の為のレクチャーを行う!然るのち魔王討伐の為、各地を旅してもらうことになる!先立っては、我らが城に来てもらおうか!」白いローブの女は一方的にそう告げると部下に顎をしゃくる。

 「はっ!!」青年の周りにいた同じく白いローブ姿の屈強そうな男逹が返事したか、と思うと一斉に青年に襲いかかる。

 「ちょw待って…」皆まで言わせず男逹は青年をあっという間にふんじばる。

 「暴力はんたーい!!暴力…もがっ!?」…かくして、異世界へと召喚されてしまった哀れな青年は、異を唱える間もなく城へと拉致されたのであった……。
 


 「えっさ、ほいさ!えっさ、ほいさ!」
 なんだか耳元でいかついバリトンボイスが聞こえるような…。

 …あれ、俺こんな目覚ましボイスとか入れたっけ?…。まぁいいや…。まだ眠いし、もうちょっとだけ眠ろう…。

 「とうちゃ~く!!ぶはぁ!!」
 また、いかつそうなバリトンが…。
 なんだよ、これ。また、梨花の奴が勝手に変な設定したな…。学校行ったらとっちめてやるかんな…。

 つんつん。あれ、なんかベッド冷たくね?
 なんか固いような…。つんつん。なんだよ、まだ寝かせてよ母さん…。

 「だ~れが母さんだ!おい、起きろ!」
 ぺチッ、ぺチッ。…なんか頬っぺたがいたいような…。ぺチッ、ぺチッ!
 「あ~と、5分~!」ドガッ!!
 「いってぇぇ!!……あれ、ここドコ?」
 寝ぼけ眼の俺の前には、白いローブ姿のなんとなく偉そうな10代っぽい少女(?)が立っている。

 「ようやくお目覚めか。よくねむっておったな。わしの名前はリル・クインと申す。どうぞ良しなに。」
 そう言って女はローブの端を両手でちょこんと摘まみ、軽く会釈してみせた。

 「えっ?ていうか、ここ何処ですか?」
 「…ちっ。アーダンの奴め、さては薬の量を間違えおったな…。使えん奴じゃ…。」
 薬?何の話だ?

 「…え~、こほん!主は我ら魔導騎士団が魔王討伐にこの世界に召喚した!どうか、世界を救って欲しい!異世界から来たりし勇者よ!」
 
 「…はっ!?どゆこと!?」
 「これから我らが主に魔王討伐に必要な知識などをれくちゅあする!」 
 「リル様、レクチャーです…。」いい間違えた女に回りにいたローブ逹の一人がすかさず耳打ちする。声からしてどうも若い女のようだ。
 
 「わかっておる!場を和ませるためのじょおくじゃ!」
 なんか頭から被ったローブの下の顔、赤くなってない?
 「…とにかく!!主にはレクチャーが終わり次第、魔王討伐の為、旅立ってもらうことになる!覚悟はよいな?」ずずいっと、リルと呼ばれた少女が顔を寄せる。
 
 「お主にも心の準備というのが必要じゃろう。しばらく休むが良い。」そう言い、少女は軽く顎をしゃくる。
 屈強そうなローブ男逹の一人が、「案内します。こちらまでどうぞ…。」そう言って右手を石畳の廊下の奥に差し出した。何がどうなってんだ?一体…。

 (一体、ここはどこなんだ?さっきの女の子が言うには、どうやら巷で噂の異世界に召喚されちまったみたいだけど。)
 
 堅牢そうな灰色の石のブロックで組み立てられた無骨な通路を、きょろきょろしながら白ローブの一人の後をおっかなびっくりついてゆく。
 
 最初に目覚めた通路からしばらく真っ直ぐ歩き、右に折れる。

 「勇者様には、我々の持てる限り全ての情報をお教えいたします。それにはどんなに急ごうとも数日はかかると思われます。つきましては、こちらの部屋を寝床としてお使いください。」
 
 俺を案内してくれた白ローブは軽く会釈すると、来た道を引き返していく。

(とりあえず、気持ちを落ち着けたいぞ…。)そう考えながら、手近にあった椅子に腰を落ち着ける。
 
 通された部屋は、20畳ほどはあるだろうか。

 控えめな白いレースの天蓋のついたダブルサイズのベッドが右隅に一つ。その左脇には、衣装棚と思われるタンスが一つ。
 対面の隅には、今俺が座っている事務的な少し黄ばんだ、白い椅子と机が1組、そして入ってきた頑丈そうな樫(かな?)の黒っぽいドアが一つ。
 
 壁紙は淡い青色で統一されている。
 対面にあるベッドに転がり込む。

 「はぁ~~……。」自分でも間抜けだな、と感じてしまう程の、気の抜けた声が漏れる。

 「何でこんなことになっちゃったかな~。」一人、呟く。しばらく、呆然と寝転がって天井を眺めていると、扉の方から「コン、コン!」、とノックの音がする。

 俺は思わず、バッとベッドから身を起こして、「はい!」と返事を返した。

 扉の向こうから、「勇者様、リル様がお呼びです。扉を開けていただけませんか。」と、さっき俺をこの部屋まで案内してくれた白ローブの声がする。

 つかつかと、ドアまで歩いていって開ける。

 「勇者様、お休みのところ申し訳ありません。リル様がお呼びです。私についてきてくださいますか。」と、丁寧ながらも有無を言わせない調子で彼は俺に告げる。その態度にしぶしぶ俺は彼の後を付いていく。


しおりを挟む

処理中です...