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第9話

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「あの怪魚は何故か真夜中にしか襲ってこないのです。ですのでしばらくこの小屋でお待ちいただけたら、と。」

あれからデルに連れられて港の端にある、倉庫として使われている木造小屋まで俺達は案内された。
……そして小屋のドアから外の様子を伺うこと数時間。……ザッパーーン!!バキィィィッッ!!

外から何かが破壊されるような音が聞こえた。
俺達は慌てて外に出た。
するとそこには全長10m程はあろうかという、鼻の部分が鋭く尖りウツボのように恐ろしげな顔の巨大魚が大きな漁船に向かって体当たりをしていた。

「……よーっし!!勇者よ!!今こそ主の出番じゃ!!」
そう言ってリルが後ろから怪魚に向かって俺の背中を押す。
「ちょ、ちょっと待てよ!!俺泳げないんだってば!!」
「……へ?何じゃと!?」
「だ、だから海に落ちたら俺沈んじゃうってば!!そ、そうだ!シンさん、ここはどうかお願いします!!」
俺は深くシンに向かって頭を下げる。

「……よろしいですかな?リル様?」
と戸惑いながらシンがリルにお伺いを立てると、
「……えぇーーっ!?勇者なのに金槌とは……。あぁー……やっぱり儀式が失敗したから……。ハァァァーーーーーッッ…………。しょうがないのう。シン!後は任せたぞ!!」
盛大にため息を漏らすとリルがシンに命令する。

「……このパチもん勇者め……。」
リルの後ろでマリスがボソッと呟いた言葉が俺のいたいけなハートにグサリと刺さった……。

一方、カイトが落ち込んでいる隙にシンは、
「ハッ!!御意!!」とリルに一礼し腰の剣を抜くや否や、こちらに向かって凶暴な尖った歯を剥く巨大な怪魚に、
神速牙突焰撃しんそくがとつえんげき!!」と何やらおっそろしいスピードで炎を纏(まと)った無数の突きを食らわせる。

……吹っ飛んだ怪魚は海面に腹を上にしてプカプカと浮かびピクピクと体を痙攣(けいれん)させている。

「さっすがシン様!!お見事!!」
とすかさず俺の隣にいたマックスがシンをヨイショした。
「……ふぅーーっ。」
と、腰の鞘に剣を納め一仕事終えたシンの俺を見る眼差しが心なしか冷たいような…。

「まぁとにかくこれでギルドから船を借りれるじゃろう。よし!!早速デルに報告しに行くぞ!!」
リルが一同に声をかけ、俺達はデルの家へと再び足を向けた。

     
     ◆  ◆  ◆  ◆


………一方その頃ラングーン魔導騎士団本拠地、その会議室では……。

リルの祖母キィールが一人ポツンと椅子に座っている。しばし何かに思いを馳せた後、

「……しかし、儀式に差し障りがあったとは言えあの勇者の能力………。まさか、な……。」
誰にともなくキィールは一人呟いた……。

「…本当にありがとうございました!魔導騎士団の皆様方!!」
怪魚を倒し(シンが)、早速デルの家に戻ってその旨を報告すると、開口一番デルの口からは感謝の言葉が飛び出してきた。

「これで舟を貸してもらえるかのう?」
リルが言うと、
「もっちろんですとも!!早速若い者達に舟と舟を橋のたもとまで運ぶための人足を用意させましょう!!」
デルが力強く請け負った。

その後、俺達はデルが手配した宿屋に一泊させてもらえることとなった。

   
     ◆  ◆  ◆  ◆


宿屋に一泊して朝が訪れた。
宿屋から出た俺達がデルから舟と人足を借り受け、さてそろそろ街を出発しようか、等と言っていたその時、
「おぉ~~~い!!!まってくれぇぇっっ~~~!!!」
と、後方からウェンディがすごい勢いで走ってこちらを追いかけてくる。 

追い付くまで待っていてやると、
「……ハァハァハァ………。あーーーっ!!つっかれた~~~!!」と、しばらく息を整えた後で、

「お前達、トーリスまで行くんだろ?俺様も一緒に連れてってくれないか?どうやら橋が壊れてるみたいだし。」
と、上目遣いで目をウルウルさせて、両手を胸の前で組みながら懇願するウェンディ。

「……しかしのう。舟に果たして主まで乗るかのう……?」
と、あからさまに嫌そうにするリル。
その横から舟を運んでいる人夫の一人が、
「その子位なら全然大丈夫だと思いますよ!」
と口を挟む。

「……た~の~む~よ~!!俺様だってお前達を助けてやったじゃないか~~~!!」とウェンディ。

「……しょうがないのう…。」
と、ついに渋々といった様子でリルの方が折れた。

……こうして6人(+ラウ)になった俺達は、トーリスへと渡る橋までの道を黙々と歩き続けた。

    
     ◆  ◆  ◆  ◆


「……ふーーーっ、とうちゃ~~~く!!」
ウェンディが赤く上気させた顔で膝に手をついて一息入れる。

「やっとっすね~~~。」
のんびりとマックスが漏らす。

「……やれやれ、ようやく、か……。」
ボソボソっとその横でマリスが呟いた。

「この辺りでいいですか~~?」
ここまで小舟を運んできてくれた人夫たちがリルに尋ねる。
「ああ、ご苦労。」と、何だか偉そうに労(ねぎら)うリル。
「それじゃあ、あっし達はここで。」
と言って人夫達はテヘへと帰っていった。

「よし!それではようやくじゃな!これよりトーリスへと向かうぞ!」
リルが一同の顔を見回し、言った。

……舟はトーリスまでのおおよそ1kmの距離をゆっくりと進んでいく。
オールを漕いでいるのは俺、マックス、シンの3人だ。俺はなるべく水面を見ないようにしながら淡々とオールを動かす。

……30分位経った頃、ようやく向こう岸に到着した。

「はーーーっ!怖かったーー!!」
と、思わず素直な感想を漏らすと、リルが、
「主は追々水に慣れていく必要がありそうじゃなあ?」と、不吉な笑みを浮かべた。

「…その時は私もお手伝いします……。」
と、マリスも続けて不気味に微笑んだ。

「お、おいおいおい!お手柔らかに頼むぜ……?」

「……まあ、今はよい。さっさとトーリスまで行くぞ!」
リルの声で俺達はぞろぞろとトーリスまで歩き始めた。






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