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第二章 王子の葛藤
6 仕事
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私ジェード・ルーデンは伯爵家の三男だ。現在クレアンナート公爵家のご領主様であるメーデル様より秘書官長という役職をいただいている。初めは私だけが秘書官だったので『長』の意味はなかった。クレアンナート公爵家が立ち上がりすでに七年以上経ち、今では部門ごとに秘書を置いているのでその総括役を担っている。それ以外の仕事が主な気もするが。
〰️
私が初めてご領主様を見たのは王城の廊下であった。当時のご領主様はメーデル王太子殿下と呼ばれていた。確か十三歳ほど。私も学園を卒業して二年程で二十歳、王城税務局の職員だった。
メーデル王太子殿下は王城では終始苛立っているという噂を聞いていた。確かにその日も眉間に皺を寄せて歩いていた。
王城王宮は王族にとっては、いる者すべてが部下だ。ニヤニヤしろとは言わないが、不機嫌を撒き散らす上司はよろしくない。
「何だ? 次―王太子―はダメボンか?」
隣を歩く学園からの同級生で王宮管理局に勤める友人に聞いた。私も若かったための言葉だが、それでも濁した。濁す言い方は致し方ない。
「いや、大変優秀なお方だよ。ただなぁ……」
「なんだよ?」
歯切れの悪い友人に先を促した。
「お相手―婚約者ラビオナ様―が優秀すぎてな……。プレッシャーに感じているように見受けられる」
「次なのだから、そんなものは当然だと思うが?」
「そうなのだがな。若いうちは反発するものだろう?
今は茶会などでしか接点をお持ちでないからな。あと三年もして学園へ行き、お相手の人となりを判ればまた変わるかもしれないしな」
友人はそれを期待しているような口ぶりだった。
〰️ 〰️ 〰️
それから私はすぐに王家直轄領の管理人となった。王都からは馬車で四日ほど離れた領地で、王家直轄領地だけあって寂れてはいないが、発展しているわけでもない。
私は税務局で働いていたので、税務系は調査も改善もできるが、直接的な権利も責任もないので領民の意見を耳にしても王宮管理局に問い合わせねば何も進められない。管理人と領主は似て非なりなのだ。
それを実感する事案がすぐに起きた。流行り病が蔓延したのだ。陛下から直接指示を受けられる王宮管理局から人を派遣してもらい対応し、半年かけてなんとか復興へ歩みだせた。
だが、人を派遣してもらわなければ対応できないことで十日ほどロスした。初期の十日は大きい。死亡人数も街の衰退ももっと小さく済んだに違いない。
それを機に管理人の権利は多少増えたが、あくまでも目的は領地の維持である。
〰️
復興が進み安定して領地維持ができてきた頃、王宮管理局の友人から手紙が届いた。
そこには王城で行われている『メーデル王子殿下の婚約者候補勉強会』なるものことが書かれていた。
私には関係のない話だと読み進めると、最後に眉を顰めたくなることが記載されている。
『とにかく一度王都に戻り、様子を見に来てくれ』
私に関係するとは到底思えない内容の手紙に書かれた最後の一言に訝しむも、友人が戯れにこのようなことを書くとは思えず、日程を調整して王都へ向かうことにした。
王都に入ると学園へ向かいメーデル王子殿下の様子を観察した。それから、王城へと赴く。
王城に到着すると友人が迎えに来てまっすぐに王妃陛下の執務室へ通された。ここでは税務局員でしかなかった俺はとにかく緊張した。
「貴方がジェードね? クレアンナート地区の安定に貢献してくれてありがとう。とても助かっているわ」
「お褒めに預かり光栄にございます。王妃陛下」
「今日来てもらったのは、メーデルのことなの。様子は見てきてくれた?」
「大変真面目に勉強されておりました。学園長も成績優秀だとおっしゃっておりましたが?」
「そうなのよ。だからこそ、人間性が最低なことを見逃していたのよね。
国王陛下もわたくしも忙しいことを理由にしてはいけないんだけど」
王妃陛下は苦悶の表情を俺に見せる。優雅に微笑む王妃陛下しか知らなかった俺はとまどった。
「失礼ですが、どこがどのように……その……」
「人間性が最低! ね」
俺の口から王子への評価でそれを口にできるわけがない。王妃陛下の冗談だろうと思われる意地悪に苦笑いを浮かべた。
「一言で言えば、自己中心的で視野が狭くて自惚れ屋で自慢屋で努力を甘く見ていて快楽に逃げやすくて、それなのに半端に優秀。って感じかしら」
全く一言ではなかったが、王妃陛下が悩んでいらっしゃることは伝わった。
「だからね。その辺の矯正を貴方に任せたいと思っているの」
「は? 私が……ですか?」
「彼の推薦よ」
王妃陛下は俺の友人を示す。友人は今まで見たことがないような笑顔を返してきた。
『嵌められた……。断ることなどできるわけがない……』
俺は王妃陛下の御前であるのでなんとか顔を引きつらせることは我慢できたと思う。
「騎士団に無理矢理入れることも考えたのだけど、騎士団ではみなメーデルを知っているでしょう。
メーデルのことを誰も知らない場所へ放り込んでほしいの」
王妃陛下はとても恐ろしいことを笑顔で話している。逡巡する俺を急かすことなく待ってくれた。
〰️
私が初めてご領主様を見たのは王城の廊下であった。当時のご領主様はメーデル王太子殿下と呼ばれていた。確か十三歳ほど。私も学園を卒業して二年程で二十歳、王城税務局の職員だった。
メーデル王太子殿下は王城では終始苛立っているという噂を聞いていた。確かにその日も眉間に皺を寄せて歩いていた。
王城王宮は王族にとっては、いる者すべてが部下だ。ニヤニヤしろとは言わないが、不機嫌を撒き散らす上司はよろしくない。
「何だ? 次―王太子―はダメボンか?」
隣を歩く学園からの同級生で王宮管理局に勤める友人に聞いた。私も若かったための言葉だが、それでも濁した。濁す言い方は致し方ない。
「いや、大変優秀なお方だよ。ただなぁ……」
「なんだよ?」
歯切れの悪い友人に先を促した。
「お相手―婚約者ラビオナ様―が優秀すぎてな……。プレッシャーに感じているように見受けられる」
「次なのだから、そんなものは当然だと思うが?」
「そうなのだがな。若いうちは反発するものだろう?
今は茶会などでしか接点をお持ちでないからな。あと三年もして学園へ行き、お相手の人となりを判ればまた変わるかもしれないしな」
友人はそれを期待しているような口ぶりだった。
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それから私はすぐに王家直轄領の管理人となった。王都からは馬車で四日ほど離れた領地で、王家直轄領地だけあって寂れてはいないが、発展しているわけでもない。
私は税務局で働いていたので、税務系は調査も改善もできるが、直接的な権利も責任もないので領民の意見を耳にしても王宮管理局に問い合わせねば何も進められない。管理人と領主は似て非なりなのだ。
それを実感する事案がすぐに起きた。流行り病が蔓延したのだ。陛下から直接指示を受けられる王宮管理局から人を派遣してもらい対応し、半年かけてなんとか復興へ歩みだせた。
だが、人を派遣してもらわなければ対応できないことで十日ほどロスした。初期の十日は大きい。死亡人数も街の衰退ももっと小さく済んだに違いない。
それを機に管理人の権利は多少増えたが、あくまでも目的は領地の維持である。
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復興が進み安定して領地維持ができてきた頃、王宮管理局の友人から手紙が届いた。
そこには王城で行われている『メーデル王子殿下の婚約者候補勉強会』なるものことが書かれていた。
私には関係のない話だと読み進めると、最後に眉を顰めたくなることが記載されている。
『とにかく一度王都に戻り、様子を見に来てくれ』
私に関係するとは到底思えない内容の手紙に書かれた最後の一言に訝しむも、友人が戯れにこのようなことを書くとは思えず、日程を調整して王都へ向かうことにした。
王都に入ると学園へ向かいメーデル王子殿下の様子を観察した。それから、王城へと赴く。
王城に到着すると友人が迎えに来てまっすぐに王妃陛下の執務室へ通された。ここでは税務局員でしかなかった俺はとにかく緊張した。
「貴方がジェードね? クレアンナート地区の安定に貢献してくれてありがとう。とても助かっているわ」
「お褒めに預かり光栄にございます。王妃陛下」
「今日来てもらったのは、メーデルのことなの。様子は見てきてくれた?」
「大変真面目に勉強されておりました。学園長も成績優秀だとおっしゃっておりましたが?」
「そうなのよ。だからこそ、人間性が最低なことを見逃していたのよね。
国王陛下もわたくしも忙しいことを理由にしてはいけないんだけど」
王妃陛下は苦悶の表情を俺に見せる。優雅に微笑む王妃陛下しか知らなかった俺はとまどった。
「失礼ですが、どこがどのように……その……」
「人間性が最低! ね」
俺の口から王子への評価でそれを口にできるわけがない。王妃陛下の冗談だろうと思われる意地悪に苦笑いを浮かべた。
「一言で言えば、自己中心的で視野が狭くて自惚れ屋で自慢屋で努力を甘く見ていて快楽に逃げやすくて、それなのに半端に優秀。って感じかしら」
全く一言ではなかったが、王妃陛下が悩んでいらっしゃることは伝わった。
「だからね。その辺の矯正を貴方に任せたいと思っているの」
「は? 私が……ですか?」
「彼の推薦よ」
王妃陛下は俺の友人を示す。友人は今まで見たことがないような笑顔を返してきた。
『嵌められた……。断ることなどできるわけがない……』
俺は王妃陛下の御前であるのでなんとか顔を引きつらせることは我慢できたと思う。
「騎士団に無理矢理入れることも考えたのだけど、騎士団ではみなメーデルを知っているでしょう。
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