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もうそれは、この世のありとあらゆる不幸を背負っていますという佇まい。
カーテンの影に立ってるものだから、余計に背景がどんよりだよ!!暗いっ!

ついつい目が離せなくなっちゃって、じぃっと見ちゃった。

駒1番がそれに気が付いて、へっらへらと彼の事を話たそうにする。
「彼はジュドー子爵様ですね。いやぁ~同じ騎士として、なんとも・・・」と言いよどむ。

チラリと目線を向けると、わたしの関心を引けたと思ったのか、もう嬉しそうに
ぺっらぺら。この世界、個人情報保護法なぞない!

ああ゛あ゛~ん?
しかしすぐに不機嫌になりそになったわ。お前よくそんなに・・・人の不幸は楽しいかよ。

エライアス・ジュドー子爵、若い当主だな。んん?

先代が放蕩三昧で、子爵ごときじゃ到底支払えないような借金をこさえて、嫡男にぶんなげてとんずら。その嫡男が、既に家を出て騎士爵をいただいていた弟に当主の座をぶんなげて出奔。
本人の知らぬ間に、莫大な借金を抱えた実家を引き受けざるを得なかったと。

借金だらけだったので、気楽な愛人生活していたのに、パトロン全員が逃げ出したと・・・
適度に貢のはよくても、金をたかられるのは御免って事ね。
万策尽きて、どんより中か。もう死相が出てるんじゃね?ってぐらい暗いわ・・

騎士爵持ちとはいえ、俸禄がでるような地位につけなければ全て持ち出しだから
しんどいなんてもんじゃない。うまく貴族夫人の愛人におさまりつつ、出世、取り立て待ちするのが
この世界の跡取りではない、貴族子息がまあまあ進む道だ。
だって、愛人になれるのって、見た目も良くて若くないとダメなんだもの。期間限定なんだよね。
そうじゃない子息は、あっさり平民になって自由を謳歌したり、文官になって各家の代官に収まったり
王宮にお勤めして役人になったりしている。まあ、鎬を削る世界だよねぇ。
当然、婿や嫁入りって流れもあるけど、これは家の意向がモノ言うからね。自由にはならんよね。

しかし、今日の夜会のレベルを考えれば、当主とはいえ、子爵がでられるものじゃない。
どんなからくりだ?俄然、興味しんしんになるよねぇ~。じっくり話を聞いてみようじゃないの。

駒一番と二番が他の夫人達に話しかけられてる隙に、するりと抜け出して彼の下に向かった。


「貴方、お名前はなんとおっしゃるのかしら?」

ほーら、待望のパトロン候補の夫人が来てやってぞー元気出せーこっち向けーと思いながら近寄ってみたが、顔を上げた奴は一層、悲愴。 えっと、これどんな悲劇がふりかかってる事になっちゃったの???

だけど、騎士らしく丁寧に礼をして、「エライアス・ジュドーと申します」と言ったきり目を伏せた。
二人の間に葬送行進曲がながれてる気がするんだけど・・・・
うーんと、ここから控え室に拉致るには、どんな手順が必要だったかな?

うむむと考えていると、後ろからここの使用人が「ご案内いたしますか?」と聞いてきた。
む!でかしたこれだ思い出した!! わたしはエライアスに向かって
「エスコートしてくださる?」と告げた。

そこからはスムースに控え室だ!!
奴も無言でついてくる。顔は相変わらず死にそうだけどな!

しかしだよ、死にそうな顔してる癖に、控え室に入った途端にがばりと覆いかぶさってコトに及ぼうとするのはいかがなものか。奴の眉間を扇でしたたかに打ち据えてやらねばならなくなって、手が痛いわ。

痛みに我に返ったのか、きょとんとするのは何でだよ!ぽかーんとしてんじゃないわよ。いてて・・・

「あ・の・ねぇ~いきなりとか何を考えていらっしゃるのっ。わたくしはお話を聞きたかったのよ」
「私の話をしたって社交の場では受けませんよ?笑い話が欲しいなら人選ミスですね」

「腹を立てて噛みついたって解決しないわよ。それよりあなた子爵なのになぜ今日来られたの?」
「ああ、そういう・・ほんとにご婦人というのは物見高い。下品だ」おやおや??

なんか、こやつ急にやさグレだしたぞ?やれると思った女にお預けくらってお怒りモード??
しかしわたしには考えがあるのだ。ちゃんと聞いて乗ってもらわねば困るのだ。やらんぞ!

「わたくしは、貴方に取引を持ち掛けたいの。聞いてくださるのなら、手を貸すこともやぶさかではなくってよ」

再びのポカーン顔いただきました。

「えっと・・・取引ですか?」 床に座ったままこちらを見上げるやさグレ男。
「ええそう。取引でしてよ」上からか見下ろす、仁王立ちの女。

仕切りなおして、お互い椅子に腰かけて対面した。

「ジュドー子爵、貴方には愛人希望の子息ではなく、俸禄でちゃんと護衛を務めてくれそうな若い騎士を紹介していただきたいの。わたくしは最近、婚姻したのだけど愛人を持つつもりはないのよ。面倒だから。良い方をご紹介いただければも手数料をお支払いいたしますわ。その・・・借財のね、ご返済の助けになったらいいかと考えたのよ」

はじめが肝心だ、誤解されないようにぶっちゃけてみた。

「あ、わ・・・えっ?随分はっきりとおっしゃいます。えーと、そういう事でしたか、先ほどは大変申し訳なく・・・最近何もかも嫌になる事がおおくて、重ねてお詫び申しあげます。」
今度はやたら腰が低くなった。取り合えず、思い当たるのが数人いるとの事で、後日紹介してもらえるようだ。
「騎士になったのは剣を振るためであり、腰を振るためじゃない!」という、ごもっともな価値観の持ち主のようだ。大変ありがたい。

その後も詳細を詰めつつ、つらつらと彼の身の上話になったんだが・・・

今、わたしは涙がとまりません!鼻水もとまらんが許してくだされ・・おおん

リリアちゃんとエライアス君は、お互い子爵家の幼馴染同士。いずれは、お互い平民になり小さな幸せを大切にしていこうと心を捧げあった仲だった。長じるに、剣の才能があった彼は騎士爵をたまわり、士官できればすぐにでも妻に迎えるつもりであったらしいの。純愛だわ!!

でもさー純愛の恋人たちに試練が訪れるのよ~!!
リリアちゃんの親が、突然伯爵家との婚約を決めてきちゃったらしいのよ!!なんでそうなるのさ!!
思わず立ち上がって、リリアちゃんの親を罵っちゃったわわよ!知らない人だけども!
二人は悩んだのでしょうねぇ。どうもこの子達は真面目過ぎて、家を捨てるという事すらできなかったのね。

泣く泣くリリアちゃんは嫁いで、そうして彼は彼女の側にいるために心殺して護衛騎士になったという事なのよ。
なのにさー、ここにきて実家の子爵の阿呆どものせいで、再び引き裂かれる恋人たちなの!!

家を継いで当主になれば、他家の夫人との恋愛はタブーになるっていうか、騎士はよくて当主だめとか
意味わっかんないっつーのね。いやま、身分的な物というのは分かるけどね。
エライアス君は言うのよ、なんとか借金をどうにかして当主を誰かに譲って騎士に戻り、彼女の下へ再び戻りたいと思っているって・・・うぐっ、リリアちゃんに操たててんのね!!ぐすぐすっ

って事で、最初にもどるわけよ。

何で子爵家の当主がこの夜会に来てんのかって話。

「実はまだ、手続き中で当主にはなっていないのです。正式にはまだ騎士なので、少し搦め手ではありますが、この夜会で・・・その・・・誰か・・・家の執事が伝手を頼りまして、寄親家の夫人の騎士として護衛に付けることになりまして・・・」
声がだんだん、ちいちゃくなっちゃって、気まずいのね。
いいのいいの~。話を聞いたからには、一肌脱いだるわ!
さっきの狼藉も不問にしちゃるわ!




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