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第二章 探索者フェンリル

2-10 狩りかと思いきや

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 延々と続いた登山行も、ようやく終わりが見えた。約九十キロメートルにも渡る苦行は終わりを告げたのだった。開けた景色を前に俺は、はしゃいで耳と尻尾を立てて叫んだ。

「さあっ、狩りの時間だ!」

「ばーか、宿屋を捜す時間だよ。あれだけの人数がいるんだ。あっという間に宿なんか埋まっちまうから。それとも、君は夜中じゅう魔物と戦っていたいのかな?」

「あれま」
 だが、ミルの言う事ももっともだ。

 お風呂にも入れず、ちゃんとした御飯も食べれずに、倒した魔物の生肉をかじりながら、夜っぴいてのマラソン討伐。いくら俺が人外とはいえ、さすがにうんざりしちゃうだろうな。そもそも生肉に一番うんざりするわ。

「さあ、行くよ。いつもの定宿なら、なんとか泊まれるさ。広い部屋だからな、お前みたいに大きな狼でも平気だ」

 よく見れば、前に見えるのはもう外から差した夕日に照らされ、ポツポツと灯りが点りだした、小さめの街があった。

「あれが五階層の街、クリオナだ。まあ、良くもなく悪くもなくだ」
「ちゃんと出入り口にあるんだな」

「そうしないと商売にならんだろうが」
「寝ている間に魔物とかが襲ってこないの?」

「そのために夜番の冒険者が雇われているんだよ」
 なるほど、自分が客なだけではなく職場でもあるわけか。そっちの方が退屈はしないかもしれないな。

 ミル達が案内してくれた宿は、ここでは極上の部類に入る事は想像できた。だいたい、門構えでわかる。

 フロントでは眼帯のまるで山賊か何かのような雰囲気の男が現れたが、ここではそんなもんなのだろう。観光客の貴族もこんなところに上がってきたりはしないので。おそらくは元冒険者なのだろう。

「おや、皆さん。お早いお戻りで」
「うん、バーゲンで買いすぎちゃってさ。貯金に手を付けるとベルミがうるさいからね」

「当り前だ。放っておくと、お前はまたすっからかんになるまで使っちまうだろう」

「ほっほっほ、皆様方ならばまたすぐに稼げますよ。皆さまは十階層でも戦える力がありながら、ここで頑張っておられる。お若いのにたいしたものです。私などは、このような有様で」

 そう言って見せてくれる右足は、木の棒で作られた義足だ。彼は笑って話を続けた。

「自分の力を試したい、自分ならやれる、もっと稼ぐんだ。そう息巻いて上の階層へ上がって行って、二度と帰らなかった若者達。もう顔もいちいち覚えておられませんわ」

 なんて説得力のある話をしてくれるんだろうな、このおっさん。生憎な事に俺には無用の説法なのだが。

 そもそも、俺は魔物を討伐しにきたのではなく、お遊びのためにやってきたのだから。

「そちらの狼君は従魔をお入れになったので?」

 不思議そうに見ているのは、俺のように巨大な従魔は、こんなところで戦っている奴らには分不相応の代物だからだろう。

 なんというか、たぶん燃費が悪すぎる。日本の小さな田んぼに、アメリカの大農場で使うようなコンバインを投入するようなものだ。

「ああ、いや。こいつはただの道連れなのさ。挨拶しな、スサノオ。うちの定宿の親父さんでダルクスさんだ」

「あー、どうも御世話になります。フェンリルのスサノオと申します。これつまらない物ですが、よろしかったら」

 俺はそう言って、両前足でそれを差し出した。銀座の有名店の洋菓子詰め合わせだ。

「おお、人間の言葉を喋りなさるのか。これはまたご丁寧に。フェンリル? あの神ロキの息子の」
「そうですよ。ちょっと遊びに来ました」

 なんていうのだろうな。外国の偉い人というか、王子様みたいなのが手土産を持って、ぶらりっとダンジョンに遊びに来ましたみたいな感じだろうか。

 相手はちょっと面食らったようだったが、そこは冒険者上がりだけあって、即座に『あり』と判断したようだ。

「そうですか、これはご丁寧にどうも。アネッテ、アネッテ。お客様をご案内してくれ。ミル様御一行様だから、いつもの部屋にな。今日は大きな狼さんも御一緒だ」

「はーい」
 アネッテと呼ばれた少女が、パタパタと足音を立てて走って来た。年のころは、あの辺境の宿で出会った少年と同じくらいで十二歳くらいか。

「へえ、大きな狼さんだ。もふもふ~」
「こんにちは、俺はスサノオ。よろしくね」

「あ、喋るんだ。すごーい。うちにも欲しいな、喋る狼さん」

 おお、そこまで言ってくれた人は今までいないな。ルナ姫の場合は、なしくずしに御一緒してたしな。仲人は、大蜘蛛さんだったのだが。

「ああ、そうだ。これをあげよう」
 そう言って渡したのは、最近女子小学生に人気の女の子向けアニメのお菓子だ。

 可愛いオマケがついているのだ。最近では珍しいコンテンツのニューヒットで関係者を喜ばせているらしい。

 年齢に比べて、非常にお洒落な内容が受けているようだ。当然のように食玩のオマケも、ありえないほどにお洒落なのだ。彼女もパッケージを見ただけで、パッと表情を明るくしたのだった。
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