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第二章 探索者フェンリル

2-29 騎士団の誉

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 本日のおやつは、ピクニックに相応しく野外調理おやつで、騎士団が調理を担当する『男のおやつ』だ。

 繊細な物ではなくワイルド系ではあるのだが、食べさせるのが主であるため気合は入る。騎士たちのまとめ役である、エバンスが騎士を整列させて気合を入れている。

 彼は貴族、伯爵家の人間であるので騎士達からも比較的人望が厚い。平民にも分け隔てないので、平民出身者からも慕われている。

 まあ平民のバリスタの奴が騎士団長なのであるが、平民出身者達もあれは論外と言うか例外というか、そういう扱いらしい。

 一応副騎士団長も貴族出身であるのだが、結構脳筋な上、女性であるので勝手が違うのだ。むろん、本来は彼女一人がアルカンタラ一人騎士団であったため、文句をつける者はいなかったが。

 まあ彼女も美人なのだし、お婿さん募集中の貴族家の当主でもあるので、若い騎士などは婿入りを望む者も少なくない。

 何せ代々騎士の家系なので、昔の江戸時代の大店のように婿には優秀な騎士を迎えたい家なのだから。だから美人の副騎士団長を前に、若い騎士達も余計に気合が入っているようだった。

「今こそ、我ら騎士団の力を見せる時!」
「おー!」
「アルカンタラ騎士団に栄光あれ」
「お~!」

 だが若い騎士達が気合を入れているというのに、騎士団長の馬鹿が水を差した。

「お前ら、何を言っているのだ。我らは唐揚げ騎士団ぞ」
「おー……」

 実際にいるんだよな、こういう空気を読まない奴が。俺は二本足でつかつかと歩いていくと、前足で器用に持った『ハリセン』でバリスタの頭をはたいた。

 綺麗に鳴って実にいい音がしたな。このためだけにアポックスで新聞紙を召喚したのだ。多分、売れ残りの奴だけど。

 チビ姫様達がきゃっきゃっと楽し気な声を上げて、アルス王子も非常に御機嫌さんだ。バリスタと組んで、お笑いコンビになってしまったじゃないか。

「いいな、それ。ちょうだい」
 ハンナ様に強請られたのでその場で譲渡され、ハリセンは今後、彼女のメインウエポンとして装備される事になるものらしい。

 バリスタの頭が試し切りというか試し打ちに供されていた。ざまあ、あのアホめが。その唸る業物の一番外側には「某国王妃、日本のお笑い番組に出演」などと書かれていた。

 きっと知らないで出演させられたのに違いない。国際問題になっていなければいいのだが。この王妃様なら、むしろ自ら喜んで出そうだけど。出るんなら、俺を相方に指名するのはやめてね。

 そして、俺達が漫才をやっているうちに、若い衆が調理準備を整えていた。それは『ダッチオープン』によるケーキ作りだった。

 一口にケーキと言っても、高級レストランや晩餐会に出されるような洗練された上品なものではない。むしろ、その対極にある野趣溢れる代物なのだが、このような集まりには相応しかろう。

 そう思って、召喚しておいたのだ。このダッチオープンという奴はアメリカの西部開拓時代などでよく使われていたらしいが、要は金属製の蓋の上にも炭などの燃料を置いて、周り中から加熱して料理ができるオーブンのような使い方ができる鍋なのだ。

 その流れで、今でもキャンプなどの野外での使用に用いられている。便利なアルミ製やステンレス製の物まであるのだが、はっきり言ってお楽しみとして嗜好品のように用いられる道具なので、頑固に鋳鉄製の物に人気がある。

 しかもシーズニングなどと言って、わざわざ表面に黒錆の保護膜を作るのだ。そういうところは、ドイツの弁当箱を兼ねたメスティンというアルミ飯盒も同じだ。

 もっともメスティンはアルミ製なので、そのような事はしない人間も多いのだが。俺も持っていたが、シーズニングなどという面倒な事はしない。

 ダッチオーブンは今までに使った事がないのだが、騎士団の連中は楽しく訓練と称して使い込んでいるのだ。

 まだ出来上がったばかりの騎士団だが、親睦を深めるといって、そういう野外調理の実習にも熱心だ。その中心になっているのが、マルーク兄弟の元何でも屋の仕事人だ。

 しっかりと余熱されたダッチオーブンに、準備が整った材料が供されていく。本日はチョコケーキを作る予定なのだ。

 みてくれは悪いが、それもまた野趣溢れる魅力。すでに王妃様方は、アルミ製のキャンピングテーブルに向かい、キャンピングチェアで優雅にお茶をしていた。

 ヘルマスは、元冒険者なのでこういう野外の事は得意だ。また上品にそれを提供する術も持ち合わせている上質な男なのだ。そのあたりは、バリスタやアレン達とは一線を画する。

 簡単に焼き菓子を供され、お子様方は二本のレストランにあるような『お子様用の高足椅子』に座らせられて、お茶会を楽しんでいる。

 性格の似通ったルナ王女とサーラ王女の仲がいいので、このピクニックというかデイキャンプにて、母親同士もまた少し距離を縮めた気がする。

 ハンナ王妃は、アルカンタラ王妃が垣間見せる、このピクニック行で見せる立ち居振る舞いに、自分が少し彼女を誤解していた事に気がついたようだった。

 国王の腕に守られるだけの柔な人間ではない。むしろ大国の姫に過ぎない自分達とは異なり、この塔で国王の隣に立ち逢瀬を重ねる場所に選んでいたという事実を思い出したのだ。

 そして、ルナ王女の持つ魔法の才についても。国王は脳筋一本やりで魔法は使えない人なのだから。

 つまり、一見すると一番たおやかな弱そうな王妃という顔をしながら、その実は国王と並んで戦えるほどの大変な実力の持ち主なのだという事に。

 そして騎士団からケーキが届けられた。少し火が強かったのか、結構黒焦げになっている部分もあったのだが、彼女アルカンタラは笑顔で受け取った。

 彼らこそは、彼女の名を冠してアルカンタラ騎士団と先ほど名乗ってくれた者達なのだから。

「ありがとう、私の忠実な騎士達! このような忠誠はそうそう頂けるものではないわ」

 その言葉を聞いて、手を炭で真っ黒にしながら笑顔を交わす若い騎士達。アルス王子は、母親と彼を守ってくれる騎士達の、その素晴らしい笑顔を見て、また素晴らしい笑顔を見せてくれる。

 ルナ姫達も、きゃあきゃあ言いながら楽しんでいた。王宮の御飯では、このような事はありえないのだから。

 そして第二王妃ハンナ様もこう言った。

「うーん、このお焦げのところ、美味しいわ。なんと言ったらいいのかしら。この香ばしさ。

 こんな物を普通の食事で給仕が持ってきたら、どのような温厚な王族貴族でさえも顔を顰めてしまうでしょうに、この野外では。なんというかね、むしろ魅力に思えてくるのよ」

 さすがは通の第二王妃様だ。よくわかっていらっしゃる。これが、あの意地悪おばはんのジル王妃なら、空気を読まずに目を吊り上げて怒鳴り散らすところだろう。

 それを聞いて、騎士団の若い者達もまた、より誉に思い、その忠誠心を燃え上がらせるのであった。むろん、彼らが密かに狙っている副騎士団長様にも、しっかりとケーキは供されたのであった。
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