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第一章 燃え尽きた先に

1-7 新しい住処

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 やっぱりエリーセルはお姫様だったのか。

 どうやら、俺の待遇は良い方へ転がったらしい。
 しかし、俺ってここじゃ相当怪しい人間に映るのだろうなあ。

 そして姫君以外はその謁見の間から退出しようとした時に、エリーセルが駆け寄ってきて手を握って言ってくれた。

「ホムラ、助けてくれてありがとう。
 また会いましょう」

「ああ、君が無事でよかったよ」

 話が通じるって本当に素晴らしいな。
 エリーセルと王様の配慮に感謝だ。

 そして俺はキャセルと隊長さんに連れられて事情聴取のお時間だった。

 だが、彼の視線も先程よりは少し柔らかい物になっていたのでホッとした。

「貴様、落ち人だったのか。
 それで、あんな場所へ突然に現れたのだな」

「あの、それって何か凄くマズイのでしょうか」

「いやマズイも何も、単にそれはもう珍しい現象なのでな。
 この宮殿でその手の人間に会った事があるような人間はいないのではないか。
 そこはもう、後はお前の人となりを見て判断するしかないという事だ」

 隊長さん的に俺は合格なのかどうか気になる。

 この方は、ここの警備をしているような警察の責任者のような人っぽい。
 こういう人に睨まれちゃったら後が大変なのだから。

「お前が使ったという、おかしな術というのが問題だな。
 伝説によると、ある者はそれを用いて大暴れして世間を騒がせ、またある者は英雄になったという。
 そいつも相当世間を騒がせはしたというがな」

「ああ、そうなのかもしれないなあ」

「む、何か心当たりでもあるのか?」
 少しこちらを睨みながら、キャセルが訊いてくる。

「いや、こんなよくわからないような剣が主流の世界で、おかしなスキルが手に入ったら弾けてしまうような奴もいるのかなと」

「ほお、そのあたり、お前はどうなのだ」
 すかさず、隊長が突っ込んでくるが答えようもない。

 だって、俺って。

「うーん。
 俺、この特殊な体質のせいでやたらと外へ出かけられないんで、ずっと家に引き籠っていましたからねえ。
 そう言われてもよくわからないというのが本音かな。

 でも、この電子機器のなさそうな世界なら特に問題がないんで、外へ出かけてみてもいいかなあ」

 それを聞いて、よくわからなかったらしいキャセルと隊長は顔を見合わせていたが、まあ俺に関しては様子見する事になったようだ。

「俺はブラント、ブラント・ユール・ケニオンだ。
 そしてこのエルスパニア宮殿の警備隊長をしている。
 当然、皇帝ご一家の警備も兼ねておる。

 この宮殿における、お前の身柄はキャセルが受け持っている。
 詳しい話はこいつに聞くがいい。
 では私は忙しいので、これで失礼する。
 キャセルよ、後は任せたぞ」

「は!」

 そして彼はもうスタスタと行ってしまった。
 まあ隊長なんだから忙しいのだろう。

 たぶん、警視庁のトップくらいの忙しさなんじゃないのだろうか。

 キャセルは現場の警部くらいの地位?
 最低でも隊長さんとは二階級くらいは違いそうだ。

 エリーセルは王女様、いや皇帝の娘なのだろうから皇女様になるのか。
 あの人は王様じゃなくって皇帝陛下だったのね。

 後には俺とキャセルだけがポツンと残された。

「おい、ついてこい」
 彼女はぶっきらぼうに言って歩き出し、片方の手を上げて人差し指のみで俺を招いた。

 この女も見かけは可愛いのだから、もうちょっと愛想よくすればモテそうなのに。

 きびきびと、いかにも兵士らしく歩く彼女の後についていくと、宮殿内の広々とした大通りから一本入ったそこは、少し雑多な、なんというか従業員ゾーンというような区画へと移った。

 結構な人間がそこを行きかっており、皆が皆、手に荷物や書付けのような物を持っており、オフィスで使うような手押し車を押したり、荷車の小さい物を引いたりしている人もいた。

 みんな上等そうな格好をしている。

 キャセルは警備の現場の人間だからか、厚手ズボンにショートブーツ、ネックまでのシャツに厚手の前合わせジャケットといった感じの、比較的簡素な格好をしている。

 頑丈な布地で出来た色気もそうないような服っていう感じか。
 もちろん警備隊の人間なので帯剣している。

 他の使用人の人達は、もちろん武装していない。
 剣など持っていたら仕事の邪魔になるのだろうし。

 俺がきょときょとしていると、キャセルが催促してきた。
「何をやっている。こっちだ」

 そして彼女が案内してくれた部屋は、なんというか雑居区画というのか、使用人が使っているらしい部屋が並ぶ一角にあった。

 裏通りから少し横に入った区画で、同じような扉がたくさん並んでいた。
 そこの最初の扉の前で彼女は足を止めた。

「へえ、宮殿にはこんな場所もあるんだなあ」

「そりゃあ当り前さ。
 居住区だって皇帝から使用人までピンキリなんだから。

 ここは普通、家族で使うような部屋だから一人で使う分にはかなり広いぞ。
 ここは場所がわかりやすいから宮殿に慣れないお前でも迷うまい。

 この部屋は特別にそういう人間のために用意されているのだ。
 丁度ここが開いていてよかったな。
 こいつが魔導キーだ、これは作り直しが面倒だから絶対に無くすなよ」

 彼女はキーを使って、その鍵の機構部分に『A1-1A』と俺には読める、この世界の文字で刻まれていると思しき部分にキーを差し込むと言うか宛がって、解錠音と共に扉を開けた。

 どうやら文字もあの魔道具のお蔭で翻訳されて脳に認識されるものらしい。

 そいつは首からかけられるような紐のついた長さ五センチ直径一センチくらいの丸い棒で、扉にある小さな穴にそれを軽く差し込むと開くようだ。

 金属のドアになっていて、周りは宮殿と同じ石造りのようだ。

 中へ入るとチェストやベッド、テーブルに机や椅子などの調度なんかも一通り揃っていて、そう不自由はないみたいだ。

 トイレもなんと水洗で、嬉しい事に良質の紙まで備わっていた。

 キッチンもあり、水やコンロ? のような物もついている。

「シーツなんかは、この区画のリネン室まで持っていくと無料で交換してくれる。
 トイレの紙もそこで同じく無料でもらえる。

 食い物は食堂で食うか、買うかしろ。
 部屋で炊事もできるが、お前はまだ少年のようだし、たぶん自分でやるのが面倒だろう」

「ああ。炊事はあんまりやった事がないよ」

 日本のキッチンで、やたらと俺が何かに触ると、それはもう大変な事になるし。

「あと、これがお前の受け取る報酬で金貨百枚入っている。
 金額を確認して受け取りをくれ」

 そう言って彼女は紐付きの袋と書付けを渡してきた。
 どうやらこの世界にはごく普通に紙はあるようだし、質もそう悪くない。

「ペンは?」
「ほれ」

 こっちも、ちゃんとインク内蔵の方式だった。
 結構あれこれと進んでいるな。

 俺は金貨を数えて、受け取りに署名した。
 確かに金貨は全部で百枚あった。

 地球のプレスされた硬貨のように綺麗な形の金貨で、ローマ時代の金貨のような、形が不揃いの物ではない。

 署名は日本語で書いたけど、そのまま受け取ってくれた。

「あと、お前もここで暮らすのなら、何か仕事をしないと金もいつまでも持たないぞ。

 それは、それなりの仕事をしている人間の二年から二年半分の給金なんだ。
 しばらくは持つが、あまり散財すると、それもすぐに終わるぞ」

 なるほどな。年収四百万円から五百万円と見積もるなら、金貨百枚で一千万円換算、一枚十万円程度の価値か。

「ここの家賃は?」
「普通なら月に銀貨三十枚ってところだが、お前は特別に皇帝陛下の御好意で無料だ」

「へえ、そいつはまた、えらく気前がいいな」

「ああ、お前はエリーセル姫を、この帝都のど真ん中で急襲してきた圧倒的な数の敵から見事に守った。
 これがどれほどの功績なのか、多分お前にはわからんのだろうな」

 そんなもん、わかる訳がないわ。
 自慢じゃないが、この状況がどうなっているのかまったくわからないのだから。

 第一、そもそも俺は燃えちまったはずなのに、なんでこのような場所で生きているものなのか。
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