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第一章 燃え尽きた先に

1-26 神殿にて

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 翌日、俺が彼女を迎えに行くと、他の警護隊連中六名も待っていた。

 皇族の居住区には見張りがいたが、話は聞いているらしくて、名を名乗り例の剣の紋章を見せただけで通してくれた。

 そこにはいつもの侍女も一緒についている。
 当然、キャセルも一緒にいて呆れたような顔をしていた。

 お、そういや立派なのは剣だけで、格好がいつもの一般使用人風のままだった~。

 一応、剣帯は用意してくれてあったんで、賜った剣を浪人みたいに肩に担ぐなんて無様な事にはなっていなかったのだが。

 そして二台の馬車で出発した。どこへ行くのだろう。
 だが、エリーセルも何も言わずに黙っている。

 そして彼女が真っ先に行きたかった場所というのは、なんと先日殉職した侍女エステリーナのお墓だった。

 彼女のお墓は神殿の裏にある大きな墓地にあった。

 皇女の乳母や侍女を務めていたのだから、それなりの身分の人だったのだろう。

 立派な真新しいお墓が建てられていた。
 おそらく、あの皇帝陛下が娘のために心を砕いたのだろう。

 もしかして、今回の俺の騎士就任の話はこのために急遽あった話なのかもしれない。

 俺や護衛隊のメンバーは全員整列して、その様子を見守っていた。

 彼女はお墓に豪勢に設えた花束を添えて、お別れを言っていた。

 彼女の葬儀には参列できなかったのだろう。
 ずっと自室に缶詰になっていたみたいだからな。

「エステリーナ、ごめんなさい。
 そして今まで本当にありがとう」

 手慣れた感じに警護の気を配っているキャセルの部隊。
 さすがはプロだけの事はある。

 彼女達はこういう通常行動なら問題なく皇女についていられる。

 それでも今は特別警戒期間なので、俺がいないと皇女は外出禁止なのらしい。

 キャセルの部隊の連中はそれが面白くないところもあるのだろうが、これは皇帝命令なのである。

 連中の心の声が聞こえてくるようだ。

「素人の分際で、何が落ち人だ。
 確かに活躍したのは認めるが」

「大体、あの貴族の子弟達がだらしがない」

「貴族どもめ、日頃は威張ってしゃしゃり出てくるくせに、あっさりとやられやがって。
 お蔭でエステリーナさんが、このような事に」

 心の声、こんな感じなのかね。

 どっちかというと、多分俺よりも貴族どもに意趣があるんじゃないかと思っている。

 まあ連中はもう因果応報に死んじまったんだけどな。

 そして、しばらくお墓の前でずっと座り込んでいたエリーセル。

 やがて心の区切りがついたものか、少し吹っ切れたようないい顔でエリーセルは振り向いた。

「みんな、ありがとう。
 やっと彼女のお墓参りが出来たわ。

 生まれてからずっと面倒を見てくれていた彼女の。
 勝手な外出も許されなかったからね。

 エステリーナは私の乳母だった人で、その後もずっと一緒にいてくれたの。

 あれだけ長年尽くしてくれた彼女に、せめて私が成人した姿を見てもらいたかったけれど。
 それはもう叶わない事だから」

 それを聞いて、なんとも言えない表情で彼女を見ていた俺に、屈託のない笑顔を向けてくれたエリーセル。

 今、俺は曲がりなりにも彼女の騎士なのだ。
 俺は今ここで、その主のために新しい力を試していた。

 電磁気の力を伸ばし、一種のセンサーのように使ってみたのだ。

 いきなりでも一応は新しい力を使えて案外と周囲の様子がわかる感じなのは、あのディクトリウスの祝福のお蔭なのか。

 他にも闇魔法系ESPのテレパシーをエコーのような感じに使って、人間がいればわかるし、またそこに敵意があればわかるような感じだ。

 テレパシー索敵ってところかな。
 今、この墓地に人間は俺達以外に三名一組、彼らに敵意はない。

 電磁気とテレパシーの双方で感じられる物に差異は特に感じられなかった。
 落ち人流索敵オールグリーン。

「これからどうするんだい」
 俺はエリーセルに訊ねてみたが、キャセルが異を唱えた。

「馬鹿ホムラ、何を言っているんだ。
 皇帝宮に帰るのに決まっているだろうが」

「俺は、『皇女の騎士』としての発言のつもりだったのだがな」

「なんだと!」

 そして、その会話を聞いて嬉しそうなエリーセルが俺達の間に「エヘヘヘー」という感じに割り込んで、両手を後ろに組んだまま少し体を折って、キャセルの顔を覗き込むような感じに御強請りポーズを決めた。

「ねー、キャセル。
 私、もう一か所行きたいところがあるんだけどー」

「し、しかし姫様」

「お願い、お願い、お願い、ねーキャセルー」
「はあー」

 ははは、おそらくこれがキャセル達の知る素顔のエリーセルなのだろう。

 そして俺がにっこりと笑顔で言ってやった。

「はい、キャセルの負けー。
 せっかくエリーセルが元気になったんだからよ。
 もう一軒梯子するのに決まってんだろうが」

「しかしな、ホムラ。
 うちの上も墓参りを終えたら早く帰って来いと煩くてだな」

「まだ朝方だぞ。
 何のために俺達がついているんだ。

 十三歳の女の子をあの部屋にずっと閉じ込めておくためなのか?
 それは軟禁っていうんだぞ。
 王族幽閉じゃねえか」

 昔の血塗られた英国王室の曰く付きの塔とかじゃないんだからさ。

「う、そう言われたらそうなのだが」
「ありがとう、ホムラー」

 エリーセルは顔いっぱいの笑顔で俺の配慮に応えた。

 これで、そこに眠っている人も安心できるだろう。
 俺は彼女にそうさせてやりたかったのだ。

「ああ、重装歩兵くらいなら少々の数は俺一人で引き受けよう。
 俺もパワーアップしたんだから。

 まあ奴らもそうそう、あんな物は持ち出さんと思うがな。

 神殿墓地は広いから、次に襲撃するとしたらここじゃないだろうが、今度連中が使うなら吹き矢とかかな。

 弓矢も街では目立って使い辛い。そういう時はこうやってな」

 俺はポケットの中から、あらかじめ説明用に作っておいた紙吹雪を撒き、電磁気により空気を動かしてかき回した。

 それは俺達の周囲を渦巻き、決して近寄ってはこなかった。

 そして俺は次にそれを燃やして微粒子レベルの灰にしてみせた。

 さすがに姫君の騎士とあろう者が、こんな公共の場所でゴミを撒いちゃ外聞が悪い。

「吹き矢の矢は軽いから、こうしてやると届かない。

 むしろ、誰かが街中でトンっとぶつかってくる方が怖いかな。
 ちょっと何かで毒を塗ってひっかいてやれば人は簡単に死ぬ。

 そういう事への対応は、場数を踏んだお前らの連携に任せたぞ。

 もう敵さんも簡単に表立って兵士は使えないから、エリーセルを殺す気なら、そういう街の後ろ暗い奴を使うだろうさ。

 ただし、帝都の分についちゃ、おそらくもう陛下が潰しているんだろうがな。
 それに諜報だって馬鹿じゃないから動いているさ」

 多分、あいつの急な出張もそういう関係なんだろう。

 他の諜報関係の奴も動いているのに決まっている。
 キャセルは黙ってしまった。

「ま、まあいいですけどね。
 それで姫様、今からどこへ行かれるのですか?」

「お芝居を見に。
 今日はね、マルシアとエステリーナと一緒に行く予定だったの。

 彼女の供養のために行きたいわ。
 エステリーナが大好きなお芝居だったのよ。
 よかったらボックス席はキャセルがエステリーナの代わりに行く?」

 それを聞いてキャセルは一瞬なんとも言えないような顔をすると、こう言った。

「いえ、我々は周囲の警護をいたしますので、どうかあなたの騎士をお連れください。

 ホムラ、姫様をしっかりエスコートするように。
 そういうのも騎士の務めの内だぞ」

 だが、キャセルはすぐに気がついてこのような事を言い出した。

「って、お前~。
 その格好で帝都の一流劇場へ行くつもりなのかよ」

「う! そういや、そういう事になるのか⁉」
「じゃあ、まずホムラの服の調達からねー」

「お、お手柔らかに。
 姫様、俺は荒事を任されているんだから動きやすい服で頼みますよ」

「うん。
 ちゃんとしたのはまたにして、今日は出来合いで我慢しようっと」

 やれやれ、当分は少し窮屈な生活になりそうだなあ。

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