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第一章 燃え尽きた先に

1-36 舞台裏

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「ふうう、もうあんた、あたしらを殺す気?」

 もう完全にへばってしまっているキャセルの奴が文句をいい、他の連中も全員もれなく涙目だ。

「だって第一皇女様がゴーゴー・ダンスを気に入っちゃって踊り止まないんだもの。
 お前らが、あの人を怒らすなって言ったんじゃないか」

「う、そりゃあ確かに言ったけどね。
 ねえ、まだやるの~?
 少しくらい休ませてよー」

 もう完全にへばってしまい、ダウンしている第三皇女音楽隊。
 仕方がないので、第一皇女様に交渉してみる。

「ダンスはもう一つ用意してあるんだが、音楽隊を休ませたいんで、ちょっと休止だな。
 どうせ他の企画も用意してあるんだろ」

 一応、こういう不敬な口の利き方は日本語でやっている。

「ふふ、その通り。
 当然騎士対抗戦もあるわよー」

「なあ、あのゴリも出るのか?」

「もちろん。
 ホルスたんはあれこれと凄い芸の持ち主よ」

「もう芸とか言っちゃってるし」

「だって、ホルスたんはあたしが外国で拾ってきたゴリラさんなんだもの」

「そうじゃないかと思っていたよ。
 そういやあんた、絶対にあのサンボーイと仲がいいよね」

「そらそうよ。
 あいつは全弟だからね。
 よくあたしの真似をしているし」

 それで赤コーナーだったのかよ。
 こっちが本家なのか。

 よく考えたら赤コーナーも青コーナーも元々こっちの世界には、多分存在していないよな。

「ああ、姉弟の中に腹違いの人がいるんだ」

「そら、皇帝家で七人も子供いるんだし。
 あとエリーセルたんも、あたしの可愛い可愛い全妹なんだよん」

「う、そうだったのかー」
「うぇい!」

 そういや、うちの姫君も若干中二的な側面を見せてくれていたな。
 あれはこの全姉の影響であったのか。

「あれ、そういや第二皇女様は?」

「あの子はまたちょっと違う方向性だから。

 あの子は母親が違うわね。
 賢者と謳われた凄い人よ。

 頭の出来はあっちの血筋かしら。
 さすがに、あの頭の良さにはついていけないわ。

 あと正式な夫人じゃない人の子供である兄妹も何人かいるの。
 みんな優秀な子ばっかりだよ」

「へえ」
 そして、余興として騎士杯が始まった。

「あれ、そういやこの騎士杯って俺の優勝で決まったんじゃなかったけ」

「ああ、あれ。
 まあこれも余興でやっているわけだし。
 そんなものは適当適当。

 家族で揃うのもなかなかないからね。
 じゃあはい、これ優勝賞品の小型収納バッグ。
 こいつは無限収納だから便利よ」

「うそ、マジ!
 そんないい物あるんだ!」

 それは一見すると剣帯に装備できるポシェットのような物にしか見えない。
 デザインや色合いも男物の、革製のような物だ。

「これは遺跡で発掘された物を帝国が高価買い上げした物なの。
 でも、なかなか複製が難しくてね。

 うちのフローセルたんが苦労して複製に成功した物なのだよ」

「そうだったのかー」

「ふふ、そいつは大事に使え。
 それはどういう訳か、あの天才フローセルたんの力を持ってしてもなかなか複製が上手くいかなくてね、どうにも数が出来ん。

 付与の際に空間を弄る事になるせいらしいんだが、詳しい事はまだよくわかっていないのさ。
 その辺の魔導具付与師の手には負えんから、まだかなり貴重品なのよ」

「へえ、凄いなー。
 いいの、俺がこんな物をもらっちゃって」

「何、これは最初からお前にやるつもりだった。
 エリーセルたんの騎士に新装備を渡しておこうと思ってな。

 賞品が間に合ってよかった。
 フローセルたんも父もそのつもりだった。

 百年に一人と言われる依り代の巫女に加えて落ち人、しかも結構強烈な奴が揃ってしまったからな。
 この先、何があるかわからんから覚悟はしておけ」

「げ、またそういう話?」

「せっかくの平和の時代に、帝国に牙をむく周辺の奴らも、帝国内でそれに迎合する勢力もある。

 今日の催しも、実質は他の皇子皇女とお前の顔合わせのようなものも兼ねている」

「マジっすか……」
 ヤベエな。

 皇帝ご一家は、これから『依り代の巫女絡み』で、まだ何か起こると確信していらっしゃるようだ。

 そういや、そういう伝説なんだったっけ。
 俺も心しておくとするか。

「じゃ、イベント行くかあ。
 賞品はその都度出すから、お前も気張っていけよー」

「へーい」
 そして俺の対戦相手は、なんといきなりホルス様だった。

 おい、そこの第一皇女、これ絶対にわざとだろう~。
 凄く悪い顔をして笑っていやがるし。

 こうして目の前で生のゴリラを見ると、またなんという迫力か。
 動物園の檻を通さずにこいつと対面したのは生まれて初めてだ。

 さすがに俺もビビった。

 しかも相手は曲りなりにも騎士扱の存在、しかも戦闘で倒してしまう訳にはいかないのだ。

 しかし、まともに力比べとかだったら俺がゴリさんに敵う訳がない。
 そして種目が発表された。

「垂直壁登りだから、ホムラたん頑張ってなー」
「うわー、さっそくゴリラ相手に体力勝負なのかよ」

 なんというのか、いわゆる壁登りクライミングであるボルダリングようなものだな。

 地球の物と同じで手足をでこぼこの突起物にかけて登るものだが、下にマットは引いてないわ、物凄く高いわでヤバイ代物だった。

 地球のボルダリングには安全のためにロープが装備されていたはずなのだが、そのような物はどこにも見当たらない。

 何故舞踏会をやるダンスホールの壁にこんな物があるのだ!
 あの偉丈夫な皇帝の趣味か何かなのか。

「これでもゴリラとの直接ガチンコ対決は避けてあげたんやでー。
 勝ち負けは天井タッチで決着な!」

 また第一皇女の話し方が更にエセ関西弁風に砕けてきた。
 興奮すると、こうなるらしい。

 俺は見上げたが、天井まで軽く二十メートルくらいはあった。

「そういや、この宮殿って、物凄くでかいんだった……」
「頑張れ、ホムラー」

 おっと我が姫君から声援が来ちまった。
 こいつは騎士としては絶対に負けられねえな。

 そして俺には用意しておいた秘策があった。

「なあ、グラッセル様よ」
「なんやー」

「これって絶対に突起を掴んで登らないと駄目なのかい」

「別に使わんでもええけど、天井までスキルとかで飛んだらあかんのやで。
 脚力によるジャンプで直接タッチもアウトや」

「了解」

「それじゃあ、位置について。
 ドン!」

 ゴリさんは頭がいいらしくて、ちゃんと号令に従い、あろうことか全身を縮めて一気に発条を爆発させて五メートルもジャンプして壁に取り付いた。

 え、並みのゴリラには多分こんな芸当は多分出来ないよな!
 さすがは騎士だけの事はある?

「おい、いいのかよ、あれは」

「ええの、ええの。
 だって最初の飛びつきに過ぎないからねー。

 あれだって彼の精進の賜物なのだよ。
 それも、このあたしが仕込んだんだけど。

 ほら早く行かんと負けてまうでー。

 エヘヘヘ、あんたが負けたらエリーセルたんに、どんな罰ゲームがええやろなあ。
 あんな事やこんな事とか」

「こ、こいつ!」
 という訳で、俺も遠慮なく行かせてもらう事にした。

 ゴリはもう半分近くまで登っている。

 そういや、子供の頃にこういうゴリさんがビルを登っていくゲームをやった事があるなあ。

「落ち人必殺スキル。
 ヤモリの壁走り!」

 そう叫ぶと、俺は壁を走った。

 そう、まるでヤモリの如く、でっぱりなど無視して両手両足で壁に吸い付いて。

 一気にゴリを抜き去り、一息に天井にヤモリタッチ。

「おお、やるやないけ、ホムラたん。
 なんや、その技。
 勝利、ホムラ!」

「くっくっく。
 見たか、これが超生物ヤモリの秘める驚異のファンデルワールス力だ!」

「ホムラたん、騎士が嘘ついたらあかんでー。
 あんたの手足にヤモリみたいな細かい毛なんか生えてないやないか」

「うん、生えていないにも関わらず出来るようになった。
 だってあれは電荷が影響する力だからねー。
 一応は俺の能力の範囲内だったみたいよ」

「またけったいな事を。
 器用やな。
 さすがは落ち人だけの事はあるか。

 じゃあ、賞品はどうしようかな、ああホムラたんならこれがいいか。
 オール・マギメタル製の槍や。

 ホムラなら、これを自分の力で飛ばせるやろう。
 直接電撃や炎が通用せん相手がおったら有効やで」

 ああ、第一皇女様も収納バッグを持っているのか。
 まあ、おかげでいい物を選んでもらえているわけなんだけれど。

「へえ、こいつはいい物をもらったなあ。
 これは何の素材?」

「マギメタルは魔法合金や。いろんな魔法素材や触媒なんかを使った錬金素材でな。

 いろいろな特性を盛り込むのに成功したもんや。
 元はこれも古代の遺跡から発掘された品さ。

 更にあれこれ改良されておる。
 物理特性が強烈なんで、もしかしたらあんたの能力にも耐えるかもしれんなあ。

 これも結構お高いんやでー。
 あ、ゴリさんには参加賞でバナナな」

 さすがゴリラだけあって、ホルス様はそのご褒美に結構喜んでおられた。

 でも仮にも騎士たる者が魔法武具よりバナナをもらって喜んでいていいのか?

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