異世界へようこそ、ミス・ドリトル

緋色優希

文字の大きさ
56 / 104
第一章 幸せの青い鳥?

1-56 決着

しおりを挟む
 当り前の事だけど、周りの騎士どもはその子にまだビビっていたのだが、私は涼やかに言ってのけた。

「チャック。お手」

 彼は触手の一本を緩やかに伸ばし、私が優雅に差し出した手に、まるで王女様か何かに犬がお手をするかのように振る舞った。

 この子は何の魔物なのかよくわからないのだが、何体ものヒューマノイドっぽい感じの体がくっついて円形になったような不思議な体躯に触手をたくさん付けている。

 パッと見の形が、イソギンチャクのような印象があったのでそう名付けてみた。

 名前は気に入ってくれたようで、彼は私の眷属となる事を受け入れてくれた。
 一種の従魔契約である。

「どうよ!」

 その私の、彼らからしてみればなんとも感想に困るような所業に、何故か味方の騎士達がガクリと頭を垂れた。

「はあ、聖女様が悪魔使いになってしまわれた……」

「なんですって~。
 聞こえたわよ。
 今言った奴、誰!?
 前に出なさい」

 そして、チャックは触手でそいつを素早く捕らえ、上に引っ張り上げた。

 うん、この子って人の言う事もよく聞き分けるのねー。
 賢い、賢い。

「わー、助けてー」

「サヤ、戯れはそのくらいで」

「はーい、まあこれくらいしたって、そのしぶとい第二王子様の心は折れないだろうけどね」

 またしても、私の闇黒聖女っぽい感じの発言に騎士達がざわめいたようだが、今度は感想を口に出す愚は誰も犯さなかった。

 とりあえず、私は掌を二回下へ振る軽いジェスチャーで騎士を下へ降ろすように指示したが、ちゃんとその指示には従ってくれた。

 やだ、この子って滅茶苦茶に知能高いんじゃないの。
 かなり高位の魔物なのねー。
 チュールもそうなんだけどさ。

 私達は全員が第二王子を見ていた。
 さあ、もうお前に打つ手は残っていないぞとでも言うみたいに。

「ふ、俺を討つがいい、リュール。
 みっともなく命乞いなどせん。

 俺はアースデン・マースデン両国の思惑で誕生し、その両国からも見捨てられた人間だ。

 それにしても、その聖女一人にやられてしまったようなものだな。
 まったく忌々しい事この上ない」

 だが、私はその潔い言葉の裏に何かがあるような気がした。

 そしてリュールに忠告しようとしたその刹那、リュールは第二王子を瞬殺していた。

 剣で心臓を貫いて。
 楽に死なせるのは、せめてもの情けか。

 いや、兄弟殺しの血の宿命を受けた己の心のためなのだろうか。

 だが、リュールの様子が何かおかしい。
 何故か、その第二王子の心臓に剣を突き立てたままの姿勢で動かない。

 そして死んだはずの第二王子が体を震わせた。

「くふ、くふふふ、ふはははは。
 聖女め、せめてお前の庇護者であるこいつだけは道連れにしてやるぞ。

 俺はなあ、特殊なマースデンの秘術のおかげで、心臓を貫かれたとてすぐには死なぬよ。
 まあ、さすがにこのまま生き延びるのは無理だがな。

 こいつの事だ、殺す時は自分で無防備に近寄ってくると思っていたが、やはりな。
 この甘ちゃんめが」

 ええーー。聞いてないよー。
 というか、あいつめ、リュールさんに一体何を。

 そして、急にわなわなと震え出したリュールさんは、その場でグラリっと回転し、仰向けになって倒れ伏した。

 少し血を流している。
 もしかして毒でも受けた?

「副団長!」
「リュールさんっ⁉」

「おのれ、フランク王子。
 副団長に何をした」

 奴も、もうガクっと両膝を床に着いて口から血を垂らしていたが、血だけではなく、この世への捨て台詞を不気味笑いと共に遺していた。

「くくく、こいつは大陸東方の教団で用いる呪術アイテムでなあ。
 魂を破壊する特殊な小剣だ。

 こいつで傷を付けられた人間の魂は直に崩壊する。
 もうそいつは終わりだ。

 たとえ伝説のエリクサーを使おうと、お前の強力な回復魔法をどれほど使おうがな」

 だが私は足掻いた。
 そんなのは絶対にダメ!
 イケメンは絶対に死なせないから~。

「エリクサー・エクスペリエンス、エクストラ・ヒール!
 ああ、やっぱり駄目だ。どうしよう‼」

「ふわっはっはっは。
 もうどうにもならんぞ。
 魂をよみがえらせる秘術など、この世には存在せん」

 だが、その時、私の中で何かが引っ掛かった。
 魂……?

 あ、ああっ、思い出したー。
 馬鹿馬鹿馬鹿、小夜の大馬鹿ーっ。
 忘れてた。アレを!

「ありがとう、フランク王子。
 あなた、本当に最低の男だったけど、最後に一つだけいい事をしてくれたわ」

「何⁉」

「思い出させてくれてありがとう。
 これが私の五個目の回復魔法、ソウル・リターン・エクスペリエンス。

 これは失われた魂すら再生し、呼び戻す魔法。
 あいにくと、秘術なんかじゃなくって、ただの回復魔法よ」

 そして私はそれをリュールさんに向かって唱えた。

 そして部屋中を神々しいほどの光が満ち満ちて、それが収まった時、彼はゆっくりと目を見開いた。

「ここはどこだ。私は一体……」

 だが、周囲の騎士達の歓声とはまた別に、言葉を紡いだ者がいた。

「お、おのれっ、おのれ聖女め。
 やはり貴様を先に殺しておくべきだった!」

 だが、野郎の今までの狼藉の御礼に、わざと魔女風の悪っぽい感じで言ってやった。

「ほほほほほ。残念だったわねえ。
 私はね、本当は別に聖女なんかじゃないのよ」

「なんだとっ⁉」

「冥土の土産に覚えておきなさい、悪辣な第二王子さん。
 私の能力はこれよ。

 私の名前は愛土小夜。
 人呼んで、ミス・ドリトル。

 それは私のユニークスキルの名でもあり、こういう能力なの。

 本当は、ユニークスキルの副次性能で回復魔法習得能力がやたらと高いだけのエセ聖女なのよ」

 そう言って私はチャックを手招きし、私の体を触手で持ち上げさせて、お立ち台に立つかの如くのポーズを取らせた。

 そして腰に両手を当てて体を逸らした感じで高嗤った。
 そして、私の頭の上で同じようなポーズを決めてみせるチュール。

 その私の、誰が見てもむかつくほどの真っ黒なドヤ顔と、続けて今度は腕組みして奴を見下す感じに決めた思いっきり下衆いドヤポーズが、彼がこの世で視た最期の光景となった。

「く、おのれ、おのれ……たばかりおったか、この……」

 そう言って、彼は目の光を失って首をがっくりと傾けて弟の枕元に崩れ落ちると、そのまま事切れた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

聖女召喚

胸の轟
ファンタジー
召喚は不幸しか生まないので止めましょう。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

その聖女は身分を捨てた

喜楽直人
ファンタジー
ある日突然、この世界各地に無数のダンジョンが出来たのは今から18年前のことだった。 その日から、この世界には魔物が溢れるようになり人々は武器を揃え戦うことを覚えた。しかし年を追うごとに魔獣の種類は増え続け武器を持っている程度では倒せなくなっていく。 そんな時、神からの掲示によりひとりの少女が探し出される。 魔獣を退ける結界を作り出せるその少女は、自国のみならず各国から請われ結界を貼り廻らせる旅にでる。 こうして少女の活躍により、世界に平和が取り戻された。 これは、平和を取り戻した後のお話である。

社畜聖女

碧井 汐桜香
ファンタジー
この国の聖女ルリーは、元孤児だ。 そんなルリーに他の聖女たちが仕事を押し付けている、という噂が流れて。

聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした

猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。 聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。 思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。 彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。 それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。 けれども、なにかが胸の内に燻っている。 聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。 ※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています

奥様は聖女♡

喜楽直人
ファンタジー
聖女を裏切った国は崩壊した。そうして国は魔獣が跋扈する魔境と化したのだ。 ある地方都市を襲ったスタンピードから人々を救ったのは一人の冒険者だった。彼女は夫婦者の冒険者であるが、戦うのはいつも彼女だけ。周囲は揶揄い夫を嘲るが、それを追い払うのは妻の役目だった。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

処理中です...