SSSランクの祓い屋導師 流浪の怪異狩り

緋色優希

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1-1 奇妙な乗客

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 巡る風は北北東。

 静かに進む帆船の真っ白な帆でそれ受け、進む方角を調節し、水夫達に矢継ぎ早に指示を出しているクルー。

 女性だてらにこの大型商船メリーバロン号の甲板長を務める逞しい体付きのケリー・アイバルは、些か御機嫌斜めのご様子だ。

 残念ながら本日の風は逆風気味だったらしい。

 入道雲の広がる夏の海上をカモメ達が騒がしく飛んでいる中、忙しく立ち働く水夫達を尻目にハーラ・イーマは両の目を閉じて、その筋骨隆々のまるで鋼のような肉体を、甲板中央に聳える大柱に背を持たせかけていた。

 顔には、冒険者が好むような鍔付きのよく使い込んで色褪せた革の帽子を被せていて、その下にある表情は伺えない。

 年齢も不肖だが、決して年寄りなどではなく、その体からして只者ではない空気を纏っているように見える。

「ねえ、あんた。
 そこにいられると結構邪魔なんだけどねえ。

 そいつはこのメリーバロン号のメインマストなもんでなあ」

 彼はそのぶっきらぼうと言ってもいいような、赤銅色に日焼けした二十代後半と思われる逞しい体付きの潮風に褪せた赤髪を靡かせた女性の声を無視して、そのままマントの上に座って片脚を投げ出したままの姿勢でいた。

 反対側の縦膝にした膝には両の手を添えて、傍らには武骨といった方がいいような実用一点張りの装飾を施された柄と鞘に包まれた剣が無造作に置かれている。

 溜息を吐いたケリーは、その豊かな胸の上で腕組みしていた両の腕を降ろして腰に当てて、若干前屈みの姿勢で彼を見下ろした。

 それから特に反応のない客の様子に諦めて、去り際に溜息と共に言葉を残した。

「やれやれ、不愛想な奴だ。
 これがキャプテンの客じゃあなかったら一発くれてやるんだが」

「奴はどうした」

 彼女、ケリー・アイバルは驚いて立ち止まり、声の主の方へと頭を巡らせた。
 昨日港を出て以来一言も口を利かなかった寡黙な男が、突然にそのような問いを発したからだ。

「ほお、口が利けたとは驚きだな。
 てっきり魔物にでも声を食われちまったのかと思ってた。

 うちの船にも、そういうのが一人いてね。
 キャプテンなら相も変わらず船長室で海図とにらめっこだよ」

 すると、男は帽子を手に軽く身を起こした。

 無造作に切られてはいるが不思議と雑然とした印象は受けない亜麻色の髪、やや厳つい感じの面長の顔に、その体躯からはパッと見には想像できない眉目秀麗な容姿。

 ただ、その精悍な顔に嵌め込まれた、空を映したブルートパーズのような瞳の眼光だけが異様に鋭かった。

 帽子を頭に深々と載せた男は、その話のうちの乗組員の話題に関心を示したのだ。

「音食い虫か。
 小さな魔物だが、気管から入り込んで人体に寄生する。

 そうなっても呼吸や免疫に異常は見られないが、一切の声は出せなくなる。
 症状は様々で、重症だと少し面倒だな。
 そいつの症状は?」

 だが、女は答えずに体を大きく起こし振り返ると、丁度通りがかったそいつの名を呼んだ。

 甲板を歩く足音だけで、部下一人一人の気配が判別つくものらしい。

「パスリー。ちょっと来い」

 そのパスリーと呼ばれた、かなりの髭面だが人の良さそうな面差しの水夫がやってきて、にっこりと笑った。

 そして、身振り手振りでハーラに挨拶をしていたが、彼はそれを片手で制した。

「なるほど。
 声が出ない以外は特に生活に支障はないようだな。

 稀に体の内部で大量に繁殖して脳にまで寄生が広がってしまうケースがある。

 そうなると治すのは一難儀だが、これなら軽症の部類になるだろう。
 しかし通常なら、こいつに寄生されてしまう事はないはずだが。

 その時に熱を出していて、体が極端に弱ってしまっていたとかないか?」

 彼女ケリーは天を仰ぎ両手を大きく広げて、それを肯定した。

「ああ、こいつは本当にいい奴でな。

 海に落ちた乗客の子供を助けるために躊躇いなく真っ先に冬の海に飛び込んでいった。

 おかげで子供は助かったのだが、自分が酷い高熱に魘されてしまい、熱が下がった時にはこの有様さ。
 それが魔物の仕業なら、あんたに祓えるのかい」

 男は所在投げに立ったままのパスリーを注意深く観察しながら、このように答えた。

「俺はそういう仕事を請け負って、その代わりに船に乗せてもらっている。

 あれはそんな寒い海に漂っていて、居心地のいい通りすがりの生物の体内に入り込むのだ。

 声が出なくなるのは呼吸器に入り込まれて声帯にまで影響を及ぼすからだ。
 こいつに寄生されると外からいくら働きかけても無駄だ」

 それを聞いたケリーは眉を顰めた。
 ならば、この男はどう治すというのか。

 そして男は言ったのだ。
「出てこい」と。

 ケリーは首を傾げる。
 そんな事を言って寄生した魔物が出てくるものでもないと思うのだが。

 だが違った。
 出て来たのは、『彼の体から』であったのだ。

 それは黄色あるいは金色のような煙というか粒子というか、体から立ち上るように現れる何か、そういうものだった。

「うわわわ、それは何だ。
 何かの魔物か?」

「違う、こいつらは俺が契約した一種の精霊だ。
 何かに寄生された人間の体内に入り込み、この手の魔を祓う。

 あまり力は強くないが、こういう用途では非常に役に立つ。
 これを使役できる人間はそうはいない。
 こいつら自身も希少な存在なのでな」

「うーむ、胡乱な奴だ」

 だが、彼はその問いには答えずに精霊にこう命じた。
「行け」

 すると彼の体の周りを漂っていただけの彼らは、突然俊敏に、傍から見ているとまるで蜂がパスリーに襲い掛かるかのように一斉に取り付いて周囲を取り巻き、やがてその体の中に吸い込まれるように消えていった。

 しばらくパスリーは落ち着かないようにバタバタと足を交互に持ち上げて腕を振り回し踊っていたが、煙を吐くようにその口と鼻から先程の精霊を吐き出した。

 それは何かを引きずり出すような感じにぐいぐいと立ち上り、なにやら黒いような濃い紫色のような何かを内に捕らえていたようであったが、それは暖かい陽の光に晒されて、やがて溶けるように消えてしまった。

「あ、あ、あ、うう」
「おお、パスリー!」

「おお、おお、俺の声。
 甲板長、俺の声が戻った」

 そしてパスリーは彼に駆け寄って跪くと手を取って礼を繰り返した。

「ありがとう、あんた。
 声が出せるのがこんなに嬉しいものだとは。

 そうか、あの時に魔物に取っ付かれてしまったんだな。

 だが後悔はしていない。
 あれで子供を助けられたんだからな。

 でも声が戻ったのはやはり嬉しい。
 あんたには是非お礼を」

「いやそれはいい。
 それは船長に先払いしてもらっているのだから。

 それよりしばらくこの船に厄介になるから、何かあったらその時は頼む」

 パスリーは破顔すると、水夫帽を手に取って胸の前に置き、こう言った。

「それはこの海の神、我ら船乗りの敬愛するネープチュにかけて」

 そして彼は二人に向かい一礼すると再び仕事へと戻っていった。

「へえ、たいしたもんじゃないか。
 それだけの腕があれば、どこかの王宮にだって士官できただろうに。
 なんでまた、こんなところに」

 だが、彼は再び目を瞑り答えないので、彼女も首を竦めて水夫達に大声で指示を出した。

「そら、もたもたするんじゃないよ。
 風を掴め、ロープを張れ。

 逆風だからってサボっているんじゃない。
 一流の船乗りは腕で船を動かすんだよ!」

 そして、その船メリーバロン号は逆風の中、甲板長の飛ばした激により、目的地へとひたすら航海を続けるのであった。
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