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〜日常編〜

私を祭りに連れて行け

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 開け放たれたベランダから、熱気を帯びた風が吹き込んで、風鈴を鳴らしている。
 緩やかな茜色の夕空は、喧騒を見守っているのだろうか。夏本番、か。
 私はベランダから空調の効いた室内に入って、ガラス戸を後ろ手に閉めた。
 ソファに座る香楓が新聞を読んでいた手を止めて、こちらに微笑む。
「桜夜ちゃん珍しいね、暑いの嫌いでしょ?」
「香楓、私を祭りに連れて行け」
「・・・・・え、祭りに?」
 新聞をめくろうとしていた香楓がピクリ跳ねて動かなくなる。
 夏が始まって、連日テレビで見るのは祭りやら花火やらの特集。
 そして何を隠そう、祭りの屋台の美味さ。たこ焼き、イカ焼き、かき氷! 
「暑いのは嫌いだが、祭りを嫌いと言った覚えは無い。」
「祭りかぁ・・・・」
 香楓が顎に手を当てて何かを考える。たまに外に出してくれるが、あまり遠くへは行かせてくれないし、香楓がいつも傍に居る。
 それでも、もう構わない、祭りに行きたい。こうなれば私も最終手段をとるしかない。
 私は香楓の隣に座り、肩に手を置いて耳元で囁いた。
「連れてかないなら香楓を嫌いになる」
「オッケー今週末にでも行こう!」
 必死に即答する香楓に、私は内心ガッツポーズをした。こいつが私を好きなのはある意味、こいつの弱みだ。
「た、だ、し」
「ん・・・・?」
 香楓が人差し指を口に当ててにっこり、と言うよりにやりと笑った。
「条件を桜夜ちゃんが承諾したらね」
「条件?」
 まぁ、いい。聞いてやろうじゃないか。
「一つ、僕以外の人と極力話さないこと。二つ、僕から離れないこと。三つ・・・逃げないこと」
 三つ目を言う時の声が、あまりに低くてねっとりとしていたから、つい固唾を呑んだ。
 逃げるだって?逃げたら地の果てまで捕まえにくるだろ、絶対。
「分かった、全部守る。」
「良い子だね」
 頭を撫でられて、つい目を細めた。
 花火を見るのは、久しぶりかもしれない。ここ数年は祭りの日も普通にバイトしていたから、呑気に祭りに行く余裕などなかった。
 それに、一緒に行って、一緒に楽しんでくれる人も、居なかった。
 遠くから聞こえてくる祭囃子は、ただ輝いていて、まるで別世界のようだった。
 古い記憶が胸を叩く。それは、両親に手を引かれて行った縁日の記憶。
 幼い私は祭りが大好きで、毎年夏になると両親は私をなるべく多くの祭りに連れていった。
 それ程までに珍しかったのだろう、私が欲を言うのが。
「嬉しそうな桜夜ちゃん可愛い」
「可愛いとか言うな」
 
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