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魔術師エレンの修業【二】
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「僭越ながら、剣術はこの私――リン・ヒメミヤが担当させていただきます」
「よろしくお願いします」
礼儀正しくお辞儀をするリンへ、エレンも同じように頭を下げる。
剣術の講師は、エレンのお世話係でもあるリン・ヒメミヤ。
ポニーテールにした艶やかな長い黒髪、身長は百六十八センチ、年齢は十八歳。
大きな漆黒の瞳・雪のように白い肌・大きくて豊かな胸・スラッと伸びた肢体、可愛いというよりは、美しいという言葉がよく似合う美少女だ。
きっちりとした性格をしており、白と黒の超正統派メイド服を完璧に着こなしている。
「早速ですが、エレン様は剣を握られたことがありますか?」
「いえ、一度もないです」
「かしこまりました。それではまず、剣の持ち方から始めましょう」
リンはそう言って、二本の木刀を床に並べた。
「利き手を前に突き出し、こうして握手をするように柄を迎え、その下に自然な形でもう一方の手を添えます」
「えっと、こう……ですか?」
「はい、とてもお上手です。可能ならば、もう少し右手を上へ、鍔の方へ滑らせて――そう、その位置です」
リンはエレンの背後に立ち、彼を抱きしめるような形で指導する。
「……っ」
背中に柔らかいものが――リンの豊かな胸が押し当てられ、自然と鼓動が速くなった。
「それでは次に、剣術において最も基本的な型である、『正眼の構え』を練習しましょう」
彼女はそう言って、自身のおへその前に木刀を構えた。
「『学ぶ』という言葉の由来は、『真似ぶ』にあると言われております。さぁエレン様、まずは私の構えをよく見て、それを真似てみてください」
「はい」
エレンはコクリと頷き、目の前のお手本を注意深く観察する。
(えーっと……剣先の角度は四十五度、重心の位置は真下で、呼吸はこんな感じかな……?)
剣の持ち方・重心の位置・呼吸のリズム――まるで鏡写しのように、リンの構えを完璧に模倣した。
それを見た彼女は、思わず言葉を失った。
(……信じられません)
堂に入ったその姿は、今日初めて剣を握った初学者とは思えない。
エレンの正眼は、既に完成していたのだ。
「え、えっと……どうでしょうか?」
「……さすがはエレン様、素晴らしい正眼でございます」
「本当ですか? ありがとうございます」
この十年、碌に褒められたことのなかったエレンは、とても嬉しそうに破顔する。
「さて、お次は剣術の基礎となる動きを学んでいきましょうか」
「はい!」
その後、袈裟・真向・一文字と言った基本的な斬撃に始まり、踏み込み・重心移動・運脚のような体捌きを学んでいく。
(……覚えがいい。それに何より、眼がいい)
(リンさんの教え方、本当にわかりやすいなぁ……)
感覚的に過ぎるティッタとは異なり、きちんとした理論に基づいたリンの指導は理解しやすく、エレンはその教えをスポンジのように吸収していった。
「では最後に、我が流派の技をお教えましょう」
「お願いします」
「私の流派は次元流。長い実戦の中で研ぎ澄まされた、最強・最速の剣です。ただ……かつて栄華を極めた次元流も今や風前の灯、この剣を振るえるのは、もはや私のみとなってしまいました」
「リンさんだけ……?」
「はい。次元流を開いたヒメミヤの一族は、とある事情により滅ぼされてしまいました。私は一族最後の生き残り。……この剣はいずれ消えゆく運命にあるのです」
もの悲しそうに訥々と語るリン。
それを見たエレンは、どうにかして彼女の力になりたいと思った。
「……だったら、俺がリンさんの剣を引き継ぎます。そして次元流をもう一度、」
純粋無垢――あまりにも真っ直ぐな言葉を受けたリンは、一瞬呆けたように固まってしまう。
「あ、いえ、その……す、すみません……っ。俺なんかが、出過ぎたことを言ってしまいました」
「いえ、ありがとうございます。エレン様は本当に優しいお方ですね」
その後およそ一時間、エレンはリンの指導の下、次元流の基礎をしっかりと丁寧に学んだ。
「――今日は初日ですので、このあたりにしておきましょうか」
「ありがとうございました」
「はい、とてもよくできました。さすがはエレン様でございます」
優しくギュッと抱き締め、よしよしと頭を撫ぜた。
女の子特有の甘い香りが鼻腔をくすぐり、温かく柔らかい感触が全身を優しく包み込む。
「り、リンさん、近いですよ……っ」
「ふふっ。家族ですから、これぐらいのスキンシップは普通です」
「そ、そういうものなんですか……?」
「そういうものです」
剣術の指導が終わり、ヘルメスや使用人たちと夕食を食べた後は、いよいよ魔術の修業が始まる。
「ふっふっふっ、ようやくこの時が来ましたね……。魔術の講師はこの私――シャル・エインズワースが担当します!」
「よろしくお願いします」
シャル・エインズワース。
両サイドの肩口あたりで纏められた美しい青髪、身長は百五十センチ、年齢は十五歳。
自信に満ちた琥珀の瞳、張りのある柔らかい肌、少し幼さの残る可愛らしい顔立ちの美少女だ。
背丈こそ小さいものの、大きな胸とくびれた腰付きが特徴の魅力的なプロポーションを備えている。
趣味は裁縫。支給されたメイド服を魔女ルックに大改造し、頭からすっぽりと被った大きな魔女帽子は、彼女が夜なべして編んだ手作りだ。
「いいですか、エレン様? 魔術の基本は『六道』の理解にあります。赤道・青道・黄道・緑道・白道・黒道――自身の魔術適性を知り、その道を真っ直ぐ進むことが、魔術を極める最短経路になります」
「なるほど……。ちなみになんですが、六道の中で優劣とかはあるんですか? 例えば○○道が強かったり、××道が弱かったりとか」
「いい質問ですね。その問いに対する答えはずばり――我が『青道』こそが最強であり、他の系統は『糞雑魚ゴミ道』です」
「え、えー……っ」
明らかな偏見を押し付けられたエレンは、曖昧な苦笑いを浮かべる。
「さて、それでは早速、エレン様の魔術適性を調べましょうか」
シャルはそう言うと、戸棚の奥から透明な水晶を取り出し、机の上にそっと置いた。
「この水晶は『魔晶石』と呼ばれる、特殊な魔石から削り出されたもの。魔晶石は周囲の魔力に反応し、様々な変化を示します。この性質を利用することで、魔術師は自身の魔術適性を知ることができるのです」
「なるほど……」
「術師の適性が赤道ならば、魔水晶の内部にちんけな小火が起こり、青道ならばまるで神の零した涙と見紛うばかりの神秘的な雫が生まれ、黄道ならばみすぼらしい静電気が流れ……まぁ『百聞は一見に如かず』ですね。さぁエレン様、魔水晶に両手をかざし、魔力を流してみてください」
「はい、わかりました」
エレンは言われ通り、魔晶石に両手を添え、静かに魔力を込める。
すると次の瞬間、魔晶石の内部に灼熱の業火が渦巻き、
「ほぅほぅ、エレン様の適性は『赤道』のよう――」
しかしその直後、眩い迅雷が駆け抜け、
「あ、あれ……? この反応は『黄道』の――」
そうかと思えば、邪悪な闇が湧きあがる。
「なんと禍々しい……っ。これは間違いなく、『黒道』の――」
それからしばしの間、魔晶石内部の『異常』は留まる試しを知らず、まるで嵐のように目まぐるしく変わり続けた。
「えっと、これは……?」
エレンはコテンと小首を傾げ、シャルの意見を仰ぐ。
「え、エレン様は……白道に適性があるようですね!」
「白道ですか」
「はい、この優柔不断かつ不細工な反応は間違いありません。ちなみに白道は、糞雑魚ゴミ道の一つ。調和を司る、生温くて半端な力となります。……残念でしたね」
「生温くて半端な力……。なるほど、優しくて応用力のある力ということですね!」
ここまでのやり取りから、シャルの取り扱いを理解したエレンは、とても嬉しそうに微笑んだ。
「まぁ、そのような解釈もできなくはないですね。――とにもかくにも、エレン様の魔術適性は、糞雑魚ゴミ道の一つである『白道』。まぁこれは生まれつきのものなので、文句を言っても仕方がありません。そうがっかりしないでください」
シャルはそう言いながら、魔水晶を戸棚の奥へ収納し、コホンと咳払いをする。
「さっ、それでは気を取り直して、青道の授業を始めましょう!」
「はい、お願いしま……えっ?」
「……? どうかしましたか?」
不思議そうにキョトンと小首を傾げるシャルへ、エレンはゆっくりと問い掛ける。
「えっと……俺の適性は白道なんですよね?」
「えぇ、それがどうかしましたか?」
「だとしたら普通、白道から習うのでは……?」
至極真っ当な質問に対し、シャルはやれやれと肩を竦める。
「まったく、これだから素人は……。いいですか、エレン様? 遥か古より、『全ての道は青道に通ず』と言われています。この言葉からもわかるように、魔術師は青道さえ学んでおけばいいんですよ」
「……ちなみにその言葉は、どなたが仰られたんですか?」
「無論、私です」
「あ、あはは……やっぱり……」
予想通りの回答に、エレンは苦笑いを浮かべる。
「とにかく、六道の中で最強の青道を学べば、自ずと他の道の理解も進みます! ぶっちゃけた話、青道以外の魔術を学ぶ価値はないのですよ!」
「わ、わかりました……っ(シャルさんは青道に御執心だし、ここで反発しても、話が進まなさそうだな……)」
そう判断したエレンは、青道を習うことに決めたのだった。
それからおよそ一時間、術式構成・魔力循環・詠唱理論といった、座学を中心とした指導が行われ――いよいよ実践の時を迎える。
「これより、青道における最も初歩的な魔術『青道の一・蒼球』の実技練習を行います。これから私が完璧なお手本を見せるので、エレン様はそれを真似てください」
「わかりました」
エレンがコクリと頷いた後、シャルは静かに目を閉じる。
「白日の冬、悲愁の喜像、篝の秘空を藍で満たせ――青道の一・蒼球」
詠唱が結ばれると同時、彼女の周囲にたくさんの水球が浮かび上がった。
「お、おぉ……!」
「ふっふっふっ。どうですか、美しいでしょう? 綺麗でしょう? これが青道魔術なのです!」
エレンの反応に気をよくしたシャルは、得意気な顔で胸を張る。
「ではエレン様、青道の一・蒼球を発動してみてください」
「はい!」
座学で習った蒼球の術式を構築し、そこへ自身の魔力を流し込む。
そうして発動準備を完了させたエレンは、いよいよ詠唱を開始する。
「白日の冬、悲愁の喜像、篝の秘空を藍で満たせ――青道の一・蒼球」
次の瞬間、彼の周囲に蒼い水の球がふわふわと浮かび上がる。
「うわぁ、凄い……!」
自分の意思で、初めて行使した魔術。
エレンの心の内は、純粋な感動と喜びとでいっぱいになった。
「ほ、ほぉ……。一発で成功させるとは、中々やりますね。……実はどこかで、コソ練していたんじゃないですか?」
「いえ、今回が初めてです」
「ふーん、そうですか……。でも、あまり調子に乗ってはいけませんよ? 青道の真髄は、変幻自在の展開力! すなわち『属性変化』と『形態変化』にあります! これをマスターせずに青道を語るなど、片腹痛いとしか言えません!」
「属性変化と形態変化……こういうのですか?」
エレンは人差し指をサッと走らせ、展開中の術式に軽微な修正を加えた。
すると次の瞬間、周囲に浮かぶ水の球は朱を帯び、赤道属性に変化する。
「こ、これは……属性変化!? しかも、一番難易度の高い対極の属性に……っ」
「なるほど、やっぱりここをいじれば属性が変わるみたいですね。それなら、こっちをいじれば……?」
エレンがさらに別の場所へ手を加えると同時、水の球は四角錐に変形した。
「け、形態変化まで……っ」
魔術師の上級技能、属性変化と形態変化。
エレンはそのやり方を誰に教わるまでもなく、自身の直感だけで容易くやってのけたのだ。
(ずば抜けた魔術センス、常識に囚われない自由な発想……ヘルメス様の言う通り、エレン様には天賦の才能があるようですね。……ちょっと癪ですが、認めるべきところは認めましょう)
シャルは大きく深呼吸をし、コホンと咳払いをする。
「ま、まぁまぁですね! 世紀の大魔術師であるこの私から見れば、ミジンコレベルの青道魔術ですが……。『初学者にしてはよくできた』、と言ってあげてもよいでしょう!」
「本当ですか? ありがとうございます!」
既にシャルの人となりを理解しているエレンは、彼女らしい誉め言葉を素直に受け取った。
「さて、と……今日はこのあたりでお開きにしましょうか。明日は青道魔術の奥深さとその神秘性について、ばっちりみっちりお話しするつもりなので、楽しみにしておいてください」
「はい、わかりました」
こうしてエレンの魔術師修行、その一日目が終わったのだった。
「よろしくお願いします」
礼儀正しくお辞儀をするリンへ、エレンも同じように頭を下げる。
剣術の講師は、エレンのお世話係でもあるリン・ヒメミヤ。
ポニーテールにした艶やかな長い黒髪、身長は百六十八センチ、年齢は十八歳。
大きな漆黒の瞳・雪のように白い肌・大きくて豊かな胸・スラッと伸びた肢体、可愛いというよりは、美しいという言葉がよく似合う美少女だ。
きっちりとした性格をしており、白と黒の超正統派メイド服を完璧に着こなしている。
「早速ですが、エレン様は剣を握られたことがありますか?」
「いえ、一度もないです」
「かしこまりました。それではまず、剣の持ち方から始めましょう」
リンはそう言って、二本の木刀を床に並べた。
「利き手を前に突き出し、こうして握手をするように柄を迎え、その下に自然な形でもう一方の手を添えます」
「えっと、こう……ですか?」
「はい、とてもお上手です。可能ならば、もう少し右手を上へ、鍔の方へ滑らせて――そう、その位置です」
リンはエレンの背後に立ち、彼を抱きしめるような形で指導する。
「……っ」
背中に柔らかいものが――リンの豊かな胸が押し当てられ、自然と鼓動が速くなった。
「それでは次に、剣術において最も基本的な型である、『正眼の構え』を練習しましょう」
彼女はそう言って、自身のおへその前に木刀を構えた。
「『学ぶ』という言葉の由来は、『真似ぶ』にあると言われております。さぁエレン様、まずは私の構えをよく見て、それを真似てみてください」
「はい」
エレンはコクリと頷き、目の前のお手本を注意深く観察する。
(えーっと……剣先の角度は四十五度、重心の位置は真下で、呼吸はこんな感じかな……?)
剣の持ち方・重心の位置・呼吸のリズム――まるで鏡写しのように、リンの構えを完璧に模倣した。
それを見た彼女は、思わず言葉を失った。
(……信じられません)
堂に入ったその姿は、今日初めて剣を握った初学者とは思えない。
エレンの正眼は、既に完成していたのだ。
「え、えっと……どうでしょうか?」
「……さすがはエレン様、素晴らしい正眼でございます」
「本当ですか? ありがとうございます」
この十年、碌に褒められたことのなかったエレンは、とても嬉しそうに破顔する。
「さて、お次は剣術の基礎となる動きを学んでいきましょうか」
「はい!」
その後、袈裟・真向・一文字と言った基本的な斬撃に始まり、踏み込み・重心移動・運脚のような体捌きを学んでいく。
(……覚えがいい。それに何より、眼がいい)
(リンさんの教え方、本当にわかりやすいなぁ……)
感覚的に過ぎるティッタとは異なり、きちんとした理論に基づいたリンの指導は理解しやすく、エレンはその教えをスポンジのように吸収していった。
「では最後に、我が流派の技をお教えましょう」
「お願いします」
「私の流派は次元流。長い実戦の中で研ぎ澄まされた、最強・最速の剣です。ただ……かつて栄華を極めた次元流も今や風前の灯、この剣を振るえるのは、もはや私のみとなってしまいました」
「リンさんだけ……?」
「はい。次元流を開いたヒメミヤの一族は、とある事情により滅ぼされてしまいました。私は一族最後の生き残り。……この剣はいずれ消えゆく運命にあるのです」
もの悲しそうに訥々と語るリン。
それを見たエレンは、どうにかして彼女の力になりたいと思った。
「……だったら、俺がリンさんの剣を引き継ぎます。そして次元流をもう一度、」
純粋無垢――あまりにも真っ直ぐな言葉を受けたリンは、一瞬呆けたように固まってしまう。
「あ、いえ、その……す、すみません……っ。俺なんかが、出過ぎたことを言ってしまいました」
「いえ、ありがとうございます。エレン様は本当に優しいお方ですね」
その後およそ一時間、エレンはリンの指導の下、次元流の基礎をしっかりと丁寧に学んだ。
「――今日は初日ですので、このあたりにしておきましょうか」
「ありがとうございました」
「はい、とてもよくできました。さすがはエレン様でございます」
優しくギュッと抱き締め、よしよしと頭を撫ぜた。
女の子特有の甘い香りが鼻腔をくすぐり、温かく柔らかい感触が全身を優しく包み込む。
「り、リンさん、近いですよ……っ」
「ふふっ。家族ですから、これぐらいのスキンシップは普通です」
「そ、そういうものなんですか……?」
「そういうものです」
剣術の指導が終わり、ヘルメスや使用人たちと夕食を食べた後は、いよいよ魔術の修業が始まる。
「ふっふっふっ、ようやくこの時が来ましたね……。魔術の講師はこの私――シャル・エインズワースが担当します!」
「よろしくお願いします」
シャル・エインズワース。
両サイドの肩口あたりで纏められた美しい青髪、身長は百五十センチ、年齢は十五歳。
自信に満ちた琥珀の瞳、張りのある柔らかい肌、少し幼さの残る可愛らしい顔立ちの美少女だ。
背丈こそ小さいものの、大きな胸とくびれた腰付きが特徴の魅力的なプロポーションを備えている。
趣味は裁縫。支給されたメイド服を魔女ルックに大改造し、頭からすっぽりと被った大きな魔女帽子は、彼女が夜なべして編んだ手作りだ。
「いいですか、エレン様? 魔術の基本は『六道』の理解にあります。赤道・青道・黄道・緑道・白道・黒道――自身の魔術適性を知り、その道を真っ直ぐ進むことが、魔術を極める最短経路になります」
「なるほど……。ちなみになんですが、六道の中で優劣とかはあるんですか? 例えば○○道が強かったり、××道が弱かったりとか」
「いい質問ですね。その問いに対する答えはずばり――我が『青道』こそが最強であり、他の系統は『糞雑魚ゴミ道』です」
「え、えー……っ」
明らかな偏見を押し付けられたエレンは、曖昧な苦笑いを浮かべる。
「さて、それでは早速、エレン様の魔術適性を調べましょうか」
シャルはそう言うと、戸棚の奥から透明な水晶を取り出し、机の上にそっと置いた。
「この水晶は『魔晶石』と呼ばれる、特殊な魔石から削り出されたもの。魔晶石は周囲の魔力に反応し、様々な変化を示します。この性質を利用することで、魔術師は自身の魔術適性を知ることができるのです」
「なるほど……」
「術師の適性が赤道ならば、魔水晶の内部にちんけな小火が起こり、青道ならばまるで神の零した涙と見紛うばかりの神秘的な雫が生まれ、黄道ならばみすぼらしい静電気が流れ……まぁ『百聞は一見に如かず』ですね。さぁエレン様、魔水晶に両手をかざし、魔力を流してみてください」
「はい、わかりました」
エレンは言われ通り、魔晶石に両手を添え、静かに魔力を込める。
すると次の瞬間、魔晶石の内部に灼熱の業火が渦巻き、
「ほぅほぅ、エレン様の適性は『赤道』のよう――」
しかしその直後、眩い迅雷が駆け抜け、
「あ、あれ……? この反応は『黄道』の――」
そうかと思えば、邪悪な闇が湧きあがる。
「なんと禍々しい……っ。これは間違いなく、『黒道』の――」
それからしばしの間、魔晶石内部の『異常』は留まる試しを知らず、まるで嵐のように目まぐるしく変わり続けた。
「えっと、これは……?」
エレンはコテンと小首を傾げ、シャルの意見を仰ぐ。
「え、エレン様は……白道に適性があるようですね!」
「白道ですか」
「はい、この優柔不断かつ不細工な反応は間違いありません。ちなみに白道は、糞雑魚ゴミ道の一つ。調和を司る、生温くて半端な力となります。……残念でしたね」
「生温くて半端な力……。なるほど、優しくて応用力のある力ということですね!」
ここまでのやり取りから、シャルの取り扱いを理解したエレンは、とても嬉しそうに微笑んだ。
「まぁ、そのような解釈もできなくはないですね。――とにもかくにも、エレン様の魔術適性は、糞雑魚ゴミ道の一つである『白道』。まぁこれは生まれつきのものなので、文句を言っても仕方がありません。そうがっかりしないでください」
シャルはそう言いながら、魔水晶を戸棚の奥へ収納し、コホンと咳払いをする。
「さっ、それでは気を取り直して、青道の授業を始めましょう!」
「はい、お願いしま……えっ?」
「……? どうかしましたか?」
不思議そうにキョトンと小首を傾げるシャルへ、エレンはゆっくりと問い掛ける。
「えっと……俺の適性は白道なんですよね?」
「えぇ、それがどうかしましたか?」
「だとしたら普通、白道から習うのでは……?」
至極真っ当な質問に対し、シャルはやれやれと肩を竦める。
「まったく、これだから素人は……。いいですか、エレン様? 遥か古より、『全ての道は青道に通ず』と言われています。この言葉からもわかるように、魔術師は青道さえ学んでおけばいいんですよ」
「……ちなみにその言葉は、どなたが仰られたんですか?」
「無論、私です」
「あ、あはは……やっぱり……」
予想通りの回答に、エレンは苦笑いを浮かべる。
「とにかく、六道の中で最強の青道を学べば、自ずと他の道の理解も進みます! ぶっちゃけた話、青道以外の魔術を学ぶ価値はないのですよ!」
「わ、わかりました……っ(シャルさんは青道に御執心だし、ここで反発しても、話が進まなさそうだな……)」
そう判断したエレンは、青道を習うことに決めたのだった。
それからおよそ一時間、術式構成・魔力循環・詠唱理論といった、座学を中心とした指導が行われ――いよいよ実践の時を迎える。
「これより、青道における最も初歩的な魔術『青道の一・蒼球』の実技練習を行います。これから私が完璧なお手本を見せるので、エレン様はそれを真似てください」
「わかりました」
エレンがコクリと頷いた後、シャルは静かに目を閉じる。
「白日の冬、悲愁の喜像、篝の秘空を藍で満たせ――青道の一・蒼球」
詠唱が結ばれると同時、彼女の周囲にたくさんの水球が浮かび上がった。
「お、おぉ……!」
「ふっふっふっ。どうですか、美しいでしょう? 綺麗でしょう? これが青道魔術なのです!」
エレンの反応に気をよくしたシャルは、得意気な顔で胸を張る。
「ではエレン様、青道の一・蒼球を発動してみてください」
「はい!」
座学で習った蒼球の術式を構築し、そこへ自身の魔力を流し込む。
そうして発動準備を完了させたエレンは、いよいよ詠唱を開始する。
「白日の冬、悲愁の喜像、篝の秘空を藍で満たせ――青道の一・蒼球」
次の瞬間、彼の周囲に蒼い水の球がふわふわと浮かび上がる。
「うわぁ、凄い……!」
自分の意思で、初めて行使した魔術。
エレンの心の内は、純粋な感動と喜びとでいっぱいになった。
「ほ、ほぉ……。一発で成功させるとは、中々やりますね。……実はどこかで、コソ練していたんじゃないですか?」
「いえ、今回が初めてです」
「ふーん、そうですか……。でも、あまり調子に乗ってはいけませんよ? 青道の真髄は、変幻自在の展開力! すなわち『属性変化』と『形態変化』にあります! これをマスターせずに青道を語るなど、片腹痛いとしか言えません!」
「属性変化と形態変化……こういうのですか?」
エレンは人差し指をサッと走らせ、展開中の術式に軽微な修正を加えた。
すると次の瞬間、周囲に浮かぶ水の球は朱を帯び、赤道属性に変化する。
「こ、これは……属性変化!? しかも、一番難易度の高い対極の属性に……っ」
「なるほど、やっぱりここをいじれば属性が変わるみたいですね。それなら、こっちをいじれば……?」
エレンがさらに別の場所へ手を加えると同時、水の球は四角錐に変形した。
「け、形態変化まで……っ」
魔術師の上級技能、属性変化と形態変化。
エレンはそのやり方を誰に教わるまでもなく、自身の直感だけで容易くやってのけたのだ。
(ずば抜けた魔術センス、常識に囚われない自由な発想……ヘルメス様の言う通り、エレン様には天賦の才能があるようですね。……ちょっと癪ですが、認めるべきところは認めましょう)
シャルは大きく深呼吸をし、コホンと咳払いをする。
「ま、まぁまぁですね! 世紀の大魔術師であるこの私から見れば、ミジンコレベルの青道魔術ですが……。『初学者にしてはよくできた』、と言ってあげてもよいでしょう!」
「本当ですか? ありがとうございます!」
既にシャルの人となりを理解しているエレンは、彼女らしい誉め言葉を素直に受け取った。
「さて、と……今日はこのあたりでお開きにしましょうか。明日は青道魔術の奥深さとその神秘性について、ばっちりみっちりお話しするつもりなので、楽しみにしておいてください」
「はい、わかりました」
こうしてエレンの魔術師修行、その一日目が終わったのだった。
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高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
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