【悪役転生 レイズの過去をしる。】

くりょ

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レイズの過去を知る

夜中の訪問

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――夜は、静かに更けていた。

部屋の外では虫の声すら途絶え、淡い月光だけがカーテンの隙間から差し込んでいる。
レイズはその光を背に、ベッドの中で身じろぎもせずに横たわっていた。
頭の奥に残る鈍い痛みと、心の底に沈むもやのような疲労感。
数日間の出来事が重なり、ただ目を閉じていたかった。

だが――その静寂を、軽やかな声が破る。

「レイズくーん!」

ドアの向こうから聞こえてきたのは、イザベルの弾むような声。
寝ぼけ眼のまま、レイズは思わず小さく舌打ちをした。

「……なに」

「お部屋、入ってもいいかなぁ?」

気楽な声色。
その明るさが、いまのレイズには妙に腹立たしく響いた。
彼は布団をかぶり、うつ伏せになりながら投げやりに答える。

「いまは……誰にも会いたくないの!」

しばらくの沈黙。
“さすがに帰るだろ”と期待するレイズ。
しかし次の瞬間――。

「そっか。でも、私は入るから」

ガチャリ。
音と同時に、ドアが開いた。

「はぁぁ!? おいっ、ちょっと!!」

布団を跳ね飛ばしながら飛び起きるレイズ。
その目の前に、月光を背負ったイザベルの姿が現れる。
白い寝間着の裾が揺れ、銀髪が光を受けて淡く輝いていた。
その瞳には、いつもの冗談めかした色はなく――真剣な光が宿っていた。

「……レイズ君。弱いとこ、見せていいんだよ?」

その静かな声は、不思議と優しく、胸の奥に沁みる。
レイズは一瞬だけ目を伏せ、天井をにらむように息を吐いた。

「弱いところじゃない。ただ、疲れただけだ」

「ふぅん」
イザベルは小さく笑う。
「でもね、あの時……クリスに向かっていったレイズ君、すっごくかっこよかったよ?」

その一言に、レイズの心臓が跳ねた。
同時に泥にまみれ、転げ回ったあの情けない光景が頭をよぎり、思わず顔を覆う。

「やめろよ……」

低く唸るように呟いたその声に、イザベルは肩をすくめた。
「私は本気でそう思ったんだけどなぁ」

しばしの沈黙のあと、レイズは不意に口を開く。

「……最初からいろいろありすぎなんだよ。風呂でも恥かかされたし……食堂でも……」

ぽつり、ぽつりと恨み言を吐きながら、布団に潜る。
そして、声がかすかに震えた。

「……で、極めつけは、昨日のクリスとの戦いだ。……あれが、一番……恥ずかしかった」

その言葉は、子供のように小さく、震えていた。
イザベルは唇を押さえ、こらえきれずに笑う。

「ふふ……そんなこと言うけど、ちゃんと頑張ってたの、私は見てたよ?」

そう言いながら、イザベルはベッドに腰を下ろす。
レイズのすぐ傍、そっと身をかがめ――顔を近づけた。

「……ねぇ、レイズ君」

囁くような声。
顔を上げたレイズの目に、至近距離で覗き込むイザベルの瞳が映る。
夜の光を吸い込んだような、深い紫。

「恥ずかしいって思うのは、それだけ本気でやった証拠だよ」

イザベルの吐息が頬にかかるほど近く、静かに言葉が落ちた。
「……あの時のレイズ君、私にはすっごくかっこよかった。誰よりも、まっすぐで」

言葉が胸を突く。
レイズは一瞬、息を止めたまま固まり――やがて、そっぽを向いた。

「……からかうなよ」

「え? からかってなんかないよ?」
イザベルは小首をかしげる。
その仕草が余計に可愛らしく見えて、レイズはますます顔を赤らめた。

「ち、近いんだよ! そういうのが恥ずかしいんだっての!!」

慌てて顔を隠すレイズ。
イザベルはくすくすと笑いながら、目を細める。

「ふふっ……やっぱり可愛いなぁ、レイズ君」

「~~っ! やめろって!!」

必死に布団をかぶるレイズ。
けれど、その背中を見つめるイザベルの目は優しかった。
からかい半分ではなく――どこか母性すら滲んでいた。

彼女は布団越しに手を伸ばし、ポンポンと軽く叩く。
「……レイズ君。からかってごめん。でもね、本当に思うの。
数日しか経ってないのに、こんなにたくさんのことを背負って……
普通なら折れちゃうのに、ちゃんと前を向いてる。……すごいよ」

その声には、誠実な温もりがあった。
布団の中のレイズの肩がわずかに揺れる。

「無理しなくていいんだよ」
そう続ける声に、レイズは小さく息を呑んだ。
目頭が熱くなる。
情けなさと、安心と、何か言葉にできない想いが混じり合って――。

「……是非もなし」
その一言に、イザベルは吹き出した。

「もう! それ、また出た! 何その変な口癖!」

レイズは顔を真っ赤にし、布団に潜り込んだ。
イザベルはその様子に、たまらず笑い転げる。

そして――少し落ち着いたあと、イザベルはそっと呟いた。
「ねぇ、レイズ君……今日、一緒に寝てもいい?」

「はぁ!? な、なに言ってんだお前!!」

レイズの叫びに、イザベルはくすくす笑いながら布団の端に腰を下ろす。
「だって心配なんだもん。弱ってるレイズ君、ほっとけないよ」

「……おまえ、昔からそういうのずけずけ言うよな」

イザベルは小さく笑い、目を細める。
「昔って言うけど、昔はよく一緒に寝てたじゃない」

「なっ!? ……年齢考えろ!」
真っ赤になって叫ぶレイズに、イザベルはさらに笑みを深めた。

「えへへ、やっぱりその反応可愛い」
笑いながら、ふと彼女の表情が柔らかくなる。

「……私ね。本当のレイズ君はもういないって、わかってるの。
でも……いまのレイズ君を見てると、やっぱり“レイズ君”って感じるの。変かな?」

沈黙。
レイズは小さく息を吐き、照れ隠しのように呟いた。

「……めっちゃ変」

イザベルはむっとして、ぷくっと頬を膨らませる。
「なによそれ! 普通、『変じゃないよ』って言うところでしょ!」

「うるさい!」
レイズは顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
イザベルはそんな彼を見て、また笑った。

「決まってるじゃない。レイズ君を元気にしにきたの」

その一言に、レイズの胸が少しだけ温かくなる。
けれど、つい口が動く。

「……でも俺、本当のレイズじゃないのに」

イザベルは首を横に振った。
「違うよ。今ここにいる“レイズ君”が、私の知ってるレイズ君なの」

そのまっすぐな瞳に、レイズは言葉を失う。
息を詰め、ただ見つめ返すことしかできなかった。

「……なんだよ。おまえ、俺のこと好きなのかよ」

冗談めかして言うと、イザベルはびくっと肩を跳ねさせる。
「そ、そんなわけないでしょ! わ、私はスリムな人が好きなの!」

「……おい、それ、俺のことデブって言ってんだろ!!」

「ふふっ、だって――ほら、つまめるし♪」

むにっ。

イザベルの指がレイズの腹をつまむ。
「おいっ、やめろぉぉぉ!!」

必死に逃げるレイズ。
イザベルの笑い声が夜の部屋いっぱいに響く。
笑い声に混じる、楽しげな、少し切ない音色。

――そして、夜が明けた。

隣ではイザベルが無防備に寝息を立てていた。
レイズは呆れ顔でその寝顔を見つめ、ぽつりと呟く。

「……なんか、余計につかれたわ」

それでも、唇の端がかすかに緩んでいた。
その笑みを月明かりが照らし、静かな朝が訪れていく。
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