崩壊転移

影樹 ねこ丸

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序章 幻夢の繰返

第1話-日常

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 俺は、ここで何をしてるんだ?
 目の前には、真っ青でもあり、真っ赤でもある草原が広がっていた。
 色覚が歪んだような世界だ。
 そして、いつものように誰かの声が聞こえる。
 どこかからか、風に乗ってくるように。
 悲しくて苦しそうな声なのに、その声は鼓膜を優しく撫でるように入り込んでくる。

 「ジリリリリリリッ!」

 けたたましい音が幻想を掻き乱し、現実へと引き戻された。
 朮木卓おけらきすぐるは、音が聞こえる方へ手を伸ばし、その音を止めた。
 時計の針は、四時半を指していた。
 かなり早起きだ。
 卓は高校生で、朝も早起きな......訳ではない。
 卓は小学生の途中から、不登校になっていた。
 学校の必要性だったりしたものが、感じられなくなった。
 別に陰気では無いが、友達はほとんど居なかった。
 友達を作る必要性もまた感じられなかったのだ。

 「おはよう、ネオン。」

 卓の唯一の親友は、猫のネオン。
 今日も眠たそうな目をこちらに向け、朝飯を待っていた。
 ふてぶてしい猫ではあるが、どこか愛らしさを感じる。
 卓は戸棚からキャットフードを取りだし、ネオンに差し出す。
 待ってました!と言わんばかりに、むさぼり始めた。
 それが終わると、PCに電源を入れた。
 朝食より、顔を洗うより、家族におはようの挨拶より先に、PCをいじる。
 というか、食事も部屋に供給されるだけで、家族とはあんまり顔を合わせない。
 風呂に行った時に会うか会わないかぐらいだ。

 データをダウンロード中...

 鮮やかな写真が貼られた、PCの背景の上を文字が滑る。
 起きている時間の9割以上PCをいじるため、常時充電中システムだ。
 電気代の無駄かもしれないが、PCが使えなくなるより遥かにましだ。

 オンラインに接続中...

 読み込みマークがぐるぐると回り、オンラインへと接続をしている。
 普段、PCで何をするかというと、動画を見たり、曲を聴いたりもする。
 だが、殆どがゲームやネット活動だ。
 最近ハマっているゲームが、デッドorキルという戦闘ゲームだ。
 自衛隊の戦場のような臨場感で、オンライン対戦するゲームだ。かなり面白い。
 ネット活動は、色々ある。
 世間の出来事や、誰かの投稿に、コメントを書いたり、どっかの誰かとたわいもない討論をしたり。
 意味があるのかは分からないが、なんとなく楽しく感じた。
 あとは、仕事もしている。
 ネット界のアーティストさんなどの、曲の音源を考えて作ったりする。
 PCの扱いは、そこら辺の引きこもりよりは絶対に上手い。
 かなりの自信があった。

 「朝ごはん到着!」

 扉の向こう側から、生き生きした明るい声が聞こえた。
 軽くノックを叩いたその人物は、正真正銘卓の母親である。
 朮木渚己しょうこ、45歳。メス。
 かなり明るい性格に、うるさい声と、ニコニコした顔。
 典型的な大阪のおばはんである。
 大阪出身の母親だが、上京して父親と出逢った。
 まぁどうでも良い。
 卓は扉を開き、朝ごはんを受け取った。

 「おう、ありがとう。」
 「じゃあ、お母さん仕事行ってくるね。」
 「はいよー、いってらっしゃい。」

 母親は引きこもるような性格ではないが、卓の引きこもりは全面的にフォローしてくれる。
 母親の仕事は、王手の家具チェーン店の店員だ。
 働き方改革とやらで、夜は早めに帰ってくる。
 しかし、卓の邪魔はせずに、一人で家事やテレビを見てたりする。
 申し訳ないとは思うが、PCから長時間離れると、落ち着かなくなってムカムカしてしまう。
 かなり重症な、コンピューター中毒者である。
 
 卓はようやく落ち着いてPCをいじり始めた。
 まずはSNSで今話題のものを、チェックする。
 それだけ。
 チェックして、気になったら外出して行くわけではない。
 チェックしたら、終わり。
 それが終わると、ゲームを始める。

 「デッドorキル」は、今アメリカを中心に流行っており、その流行に乗った中国から、日本に渡ってきた。
 広大なワールドで、150人が熾烈しれつな戦闘を繰り広げる。
 家屋などに置いてある、銃や魔法の杖、刀等を駆使して、プレイヤーを殺していく。
 移動手段も、歩行、走行、乗馬、乗車などの手段がある。
 火力が高い武器や、防御力の高い防具、移動速度の速い馬や車。
 そして、プレイヤーのスキルが問われるゲームだ。
 1位を獲った者が、その戦場の王者になる。
 二人モードや、三人、四人、五人、十人とモードが分かれ、楽しみ方は色々。
 ランクもあり、ビギナー、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンド、戦王、覇者、神王に分かれている。
 それぞれ、ビギナーのⅢなどと分かれており、レベル上げも楽しい。
 通常は、数字がⅥになると昇格する。神王の場合は、永遠と続く。
 その数が大きいものほど、強い。というゲームだ。

 卓はデッドorキルでは、かなり有名なプレイヤーだ。
 強いプレイヤーでも、動画などを投稿していないと知られないのだが、卓は無名にも関わらず有名になった。
 とてつもない実力を持っているからだ。
 おそらく日本では、五本の指に入るであろう強者だ。
 プレイヤー名は、“屍王組〆kill魔”。
 読みは分からなくて良い。別に重要な事ではない。

 卓の一戦最大kill数は、39だ。
 とんでもない数だ。各地でプレイヤーが激戦するなか、戦場の五分の一を殺している。
 もはや人間業ではない。

 「野良のらでもやろうかな。」

 野良というのは、初対面のプレイヤーとチームを組む事だ。
 普段はフレンドと一緒にやるのだが、今日は野良をやりたい気分だった。
 有名なプレイヤーなだけあって、チャットで一言発すれば、どよめきが起こるほどだ。
 
 誰か一緒にやろー

 卓はチャットにそう送信した。
 すると一瞬で、申請が来た。
 もはや、俺が言うのを待っていたかのような速さで。
 その中で、覇者か神王のプレイヤーを選び、チームを組んだ。
 初心者が相手だったら、こんなの手も足も出ない。

 「もしもしー、誰かボイスしてますか?」

 チームの一人が、ボイスチャットをし始めた。
 卓はこのゲームで、一回もボイスチャットをしたことがなかった。
 やる意味が無いからだ。
 ボタン1つで命令できるので、必要なかった。

 二人がボイスに反応し、賑やかになった。
 それは構わないのだが、ややうるさかった。
 
 飛行機に乗って、ダイビングして目的地に向かう。
 当然激戦区へと向かった。
 30人近くがそこに降りた。
 今日はキルパーティーができそうだ。

 卓は同じ家に降りたプレイヤーを、すぐさま拾った銃で殺した。
 これで1kill。
 その後、他のプレイヤーの物資が揃わないうちに、近くの敵二人を殺す。
 これで3kill。
 物資を調達して、そこら辺を走り回る敵を殺していく。
 もう7kill。
 逃げていく敵を狙撃して殺す。
 9kill。
 残っている敵を炙り殺したら、11killだ。

 それで激戦区は殲滅。卓のチームは無傷。
 一発も攻撃を食らっていない。
 
 その後は、まだ敵が居そうな地域を当たっていく。
 車から乗り出して射撃する。
 命中率は恐ろしいほど。
 これで13kill。
 卓はこのワールドを熟知しているため、どこら辺に溜まりやすいかよく分かる。
 団体行動だと、あまりkillを稼げないが、仕方がない。

 残り30人ほどになってきた。
 あれから2killして、15killになっていた。
 他のメンバーも、5kill以上はしている。
 見えた敵は頭を抜いて、殺していく。
 卓は狙撃のプロだった。
 ほんの少しの時間で、二人を殺して、17kill。
 最後に、ワンパーティーの方に突っ込んでいき、2killした。
 いまだに卓のチームは無傷。ダメージは食らったが、死んでいない。
 回復も完了し、残り10人になっていた。
 
 すると急に後ろから銃声が聞こえた。
 奇襲だ。
 卓も後ろに回られていることを、気づかなかった。
 相手もかなりの腕前のようだ。仲間が3人ダウンした。
 卓は、銃弾を交わしつつ、相手に銃弾を撃ち込んだ。
 4対1だったが、どんどん相手をダウンしていき、そのパーティーに勝利した。
 一人は死んでしまったが、他のメンバーは救助が間に合った。
 残るは一人だ。
 このスリルがまた、良いのだ。
 そして、卓はもう一人に気づいた。
 すぐさまスコープを覗き、頭を狙う。
 相手はトリッキーな動きで、エイムの邪魔をしてくる。
 だが、相手の行動のパターンを読み、速度や距離も考えて、卓は銃弾を撃った。
 銃弾は相手の頭を見事に撃ち抜いて、戦場の王者に輝いた。
 卓は24killで、他のメンバーも、6killだったり7killだったり、かなり上手かった。

 そのゲームを昼までやり続け、ランクを神王369級に上げた。
 えげつない。

 その後は、ネットで有名なボカロアーティスト、ソート~団子さんに頼まれた曲作成に取りかかった。
 かなり有名なアーティストの曲なので、本気で作成をした。
 別に無名なアーティストなら、適当に作ってもあーだこーだ言われないが、有名なアーティストさんの曲は、適当にやると批判の嵐、もしくは採用もされないかもしれない。
 だから、真面目に集中して取り組んだ。

 3時間後。かなり良い音源ができた。
 テーマは、失恋少女の妄想と悲嘆。
 悲しみを感じさせる曲だが、甘酸っぱいような、少しノリの良い曲に仕上がった。
 ギャップが、今の人たちには受けが良い。
 ソート~団子さんにも、似合った雰囲気にできた。
 これなら、落とされることは無いだろう。
 自分の中でも、かなり満足のいく作品になった。

 それが終わったら、動画を鑑賞していた。
 曲を聴いた。
 曲を聴いて、自分が創る曲の参考にしている。
 それが終わったら、ネットの投稿にコメントをしたり、チャットをしたりした。
 至って普通の世間話で、たまにアーティストさんと曲について話し合うときもある。
 だが大抵は、見ず知らずの人と、世間話をしているだけだ。
 これがかなり楽しい。

 四時間ほど誰かとチャットしたら、夕食を食べる。
 まぁ、自分の部屋でだが。
 だが今日はやり残したことはないので、下の階で母親と一緒に食べた。
 久しぶりの二人夕食に、母親はかなりテンションが上がっていた。
 俺も懐かしいこの感じに浸りながら、風鈴の鳴る部屋で夕食を食べた。
 だが、風鈴の音も、母親の声でまともに聞こえなかった。
 
 そしたら風呂に入る。
 初夏の暑さにかいた汗を洗い流す。
 ミンミン蝉のやかましくもあり、心地よくもある声を聞きながら風呂に浸った。
 こんな生活を送ってはいるものの、人間は人間だ。
 夏が始まり、少しワクワクしてるし、SNSも夏はかなり盛り上がる。
 それと、卓が唯一楽しみにしている、行事がある。
 夏祭りだ。
 引きこもりではあるが、毎年夏は祭りに行っている。
 数少ない友達と、毎年約束しているのだ。
 卓が一年の中で唯一、自分の意思で外出する日だろう。
 そんな事を考えていると、顔の半分が風呂の水面に付いていることに気づく。

 「ウワッゥァアアー!」

 息苦しくなり、飛び上がって風呂を出た。
 我ながら少し恥ずかしい。

 風呂から出ると、新しいパジャマに袖を通す。
 一日中パジャマで生活するため、パジャマだけで三着もあるのだ。
 そして自分の部屋に上がり、ネットのチャットに参加する。
 寝る前に、今日作成した曲をもう一度聴いて、微調整を行って布団に入った。
 
 これが卓の一日だった。
 今さらながら考えてみると、殆ど言葉を発していない。
 言葉を発していないせいか、風呂で叫んだ後、喉が痛くなった。
 それと、あまりにも部屋に居すぎて、今日の夕食で久しぶりにリビングをまじまじと見た。
 結構変わっていた。
 自分の家の事も詳しく知らないなんて。
 なんだか恐ろしかった。

 ふと最近見る夢を思い出した。
 果たして今日も見るのだろうか?
 その夢には何か理由があるのだろうか?
 この頃は深く考えはしなかった。
 ましてや、後に卓の人生を大きく変える事になるとは、思いもしていなかった。

 
 
 
 
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