崩壊転移

影樹 ねこ丸

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序章 幻夢の繰返

第3話-予感

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 光は一層強さを増している。
 ちょっと先に光が見える。
 やはり、どんどん光は近づいてきている。
 この光だけが、少女の希望だった。
 もう少しでこの束縛そくばくから解かれるのではないかと。
 
 だがいつも、思い虚しく光は消えてしまう。
 そしてまた真っ暗闇にいざなわれる。
 希望を絶望に塗り替えるように。
 甘い暗闇は、少女を包み、光を追い出す。
 少女を束縛するかせが、生黒く光出す。
 少女はまた、何もできないまま、暗闇のなかで倒れた。

 
 「はっ!」

 その日は、かまびすしい音は聞こえなかった。
 代わりに、とてつもない罪悪感を感じた。
 何かを見捨ててしまったような、そんな感覚だ。
 
 昨日、早めに寝てしまったため、中途半端な時間に起きてしまった。
 夜の0時5分。
 日付が変わって間もない時間だ。
 卓はすぐさまベッドから降りて、椅子に座った。
 自分が何をしようとしているのか全く分からない。
 ただ、とにかく焦っていた。
 そして引き出しからメモ帳を取りだし、何かを書き始めた。
 自分の意思のはずなのに、何を書いているのか分からなかった。

 “アヴェイラ”

 メモ帳には、その字が刻まれていた。
 誰かの名前なのだろうか?
 自分が怖くて、数時間椅子で硬直したままだった。

 
 そしてようやく身を動かすことができたのは、午前3時。
 三時間近くも椅子に座っていたことになる。
 卓はようやく椅子から立ち上がり、新しいスマホを手に取った。
 まだ開封をしていない。
 パッケージを破り、中から光沢のある薄い金属の板を取り出した。
 これが、スマホ。
 発売当時は話題となり、良く見たが、触ったことは無かった。
 母親のスマホなんて触らないし、全く縁がなかった。
 ようやく今自分の物になったのだ。
 すごい嬉しいわけではないが、少しワクワクする。
 卓はスマホの電源を入れた。

 
 スマホは中々使いやすかった。
 家はWi-Fiも繋いでいるため、モバイルデータではない。
 ほとんど使い放題である。
 高性能で、かなりいじり甲斐があった。
 ゲームも種類豊富で、あの「デッドorキル」もあった。
 見た瞬間にインストールをして、サブ垢として始動した。
 早速やってみた。

 「ダメだ。」

 PCの操作に慣れているせいか、小さい画面のボタンは使いづらかった。
 とまぁ、そうは言っても、初戦で9killだ。
 全くダメではない。
 卓は他にも、色々いじってみた。
 
 そうしているうちに、PCをまたいじりたくなってきた。
 元の自分に戻ってきたのだ。
 卓はPCの電源を入れて、いじり始めた。
 一日しか離れていないのに、すごく愛しく感じた。
 
 まずは、SNSのチェックから。
 卓はかなり細部まで潜り込む。
 すると、とんでもないものを見つけてしまった。
 それは動画だったのだが、内容を見て驚いた。

 “今日、車にかれかけた男がいた‼腰が抜けて、好青年に助けてもらってたw
 へっぴり腰具合がくそ面白い!ww”

 添付された動画には、帽子を被った地味な私服を着た男が、車に轢かれかける様子が映っていた。
 そして、青年の手を掴み、何とか立ち上がる姿がしっかりと映っていた。

 体全体から汗がにじみ出てきた。
 (これ、俺じゃん...!)
 みるみるうちに顔が赤くなっていくのが、見ないでも分かる。
 まさか、こんなところを撮られるなんて。
 これだから外の世界は怖いのだ。
 胸の鼓動が収まらなかった。
 (こんなの忘れよう。)
 そう思った。
 どうせ、広まることはない。
 こんなもの、忘れてしまえば良いだけの話だ。

 ただ、それが難しいのだ。
 単に忘れようと思って、すぐに忘れられるなら良い。
 だが、普通はそう簡単に忘れられはしない。
 ずっと心の中で、リピート再生されるのだ。
 しかも馬鹿にしている文章。
 恥ずかしいにも程がある。
 卓は深呼吸をした。
 よし、PCでゲームしよう。
 そう思って、「デッドorキル」を開いた。
 シングルでプレイをしてみた。

 全く上手くいかなかった。
 さっきのことが気がかりで、3killしかできなかった。
 何もかも上手くいかなくなった。
 曲だって良いメロディーが浮かばない。
 本を読んでも、内容が頭に入らない。
 動画を見ても、気が紛れることはない。
 ネットでアンチコメントを晒そうとしても、自分を罵っているようで不快だった。
 討論しようにも、自信を無くして熱く語れなくなってしまった。
 また、SNSを見てみようと思っても、自分の動画を思い出し、怖くて開けなかった。
 
 またしても卓は、PCをいじらなくなった。
 しかもスマホだって、いじる気にならなかった。
 卓は何もできない自分に戻ってしまった。
 だが、一つだけやることがあった。
 卓はスマホを握って、検索アプリを開く。
 キーボードを滑るようにタップし、“アヴェイラ”と打った。
 検索マークを押して、調べてみる。
 
 だが、出てきたのは、アニメのキャラクター。
 制服を着た、帰国子女風のボーイッシュな女の子の姿が、画面に映る。
 見たこともないし、聞いたこともない。
 そもそもこのキャラクターのことなのだろうか?
 いいや、違う。
 また別の、他の何かの誰かの名前なんだ。
 アヴェイラ、一体お前は誰なんだ?
 見ず知らずの誰かに、俺はそう問いかけた。

 「ジリリリリリリッ!」

 切り忘れた目覚まし時計が、鼓膜を刺激した。


 
 「誰か助けて」

 喉から出ない声を必死に、必死に振り絞った。
 横隔膜から吐かれる声が、全て空振りをする。
 涙さえも流れないし、ただただ一心に誰かに叫ぼうとしている。
 状況が分からないまま、ただこの場を脱したい。
 それだけしか考えられなかった。

 時々現れる希望の光。
 それが自分が助かる唯一の糸口だと、少女...いや、アヴェイラは考えていた。
 アヴェイラとその光には、何か関係があるんだ。
 繋がっているんだ。
 そう考えた、というかそうであってほしかった。
 アヴェイラは、記憶のあるなかで、ここ以外の世界を見たことがない。
 最初っからここにいて、今までずっとここにいた。
 それがどれくらいの期間なのか、さっぱり分からない。
 
 「アヴェイラ、一体お前は誰なんだ?」

 ふと、そんな声が聞こえた。
 アヴェイラは自分を助けてくれるかもしれない、その声の主に叫んだ。

 「私!私がアヴェイラよ!」

 だけど、またしても空振りをした。
 声はどこかに逃げてしまい、声の主に届くことはなかった。
 虚しい想いが、心いっぱいに溢れた。
 体がムズムズした。
 手を伸ばせば届くはずの自由に、自分は手が伸ばせない。
 無力さを感じ、力なく横たわった。
 この枷が無ければ、自由に歩けるというのに。
 「ジャリジャリ」と、どこに繋がっているか分からない鎖が音を立て、真っ暗な空間に余韻を響かせる。
 その音さえも、暗闇は包み込んでしまった。


 
 卓は目を覚ました。
 アヴェイラの正体が知れないまま、三日が経った。
 あの謎の夢も、未だに続いている。
 どんどん鮮明になりながら。
 そして毎日、罪悪感と悲しみが押し寄せる。
 夢の内容は、良くは思い出せない。
 誰かが見えたような気もする。
 だけど、記憶に残っているのは、声だけ。
 か細く、切実な、今にも消えそうな声だけが、起きてもずっと鼓膜を打った。
 
 卓は最近PCをいじっていない。
 夢のせいでもあるし、トラウマのせいでもある。
 スマホは時にいじってみるが、前のようなワクワクはもう感じられない。
 もう外出もしたくないし、何もしたくなくなっていた。
 ただ、アヴェイラと謎の夢は物凄く気になった。
 夢で聞こえる声の主が、アヴェイラなんじゃないかとまで思っている。
 たかが想像に過ぎない。
 だけど、最近そうとしか考えられなかった。
 少女のようなその声は、自分に助けを求めてるんだ。
 (俺が助けなかったら、誰が助けるんだ?)
 卓は、とっくに決心していた。

 その日はなるべく早く寝ようよした。
 寝ないと夢の世界には行けない。
 夢の世界でないと、声の主は救えない。
 卓は戦いに行くかのように、身を構え、布団に入った。
 少しずつ睡魔に襲われる。
 そしてついに、卓は眠りに着いた。
 時計の針は、午前11時を指していた。

 
 少女にとって、暗闇は日常。
 少女にとって、絶句は日常。
 少女にとって、絶望は日常。
 少女にとって、束縛は日常。

 少女にとって、嬉々は一瞬。
 少女にとって、絶叫は一瞬。
 少女にとって、希望は一瞬。
 少女にとって、明快は一瞬。

 少女にとって、少女は一生。


 その空間の暗闇は、今日もアヴェイラを包み込んでいた。
 少女は、希望の光を待っていた。
 声の主を待っていた。
 誰だか分からないけど、光を見たのはあれが初めて。
 他人の声を聞いたのは、あれが初めてだった。
 その光が、自分を救ってくれる。
 何となくそう思っていた。

 「アヴェイラ!」

 辺りがやんわりと光って、前方から声が聞こえる。
 もうすぐそこに来ている。
 
 「アヴェイラはここです!」

 叫んでみるも、やはり声は形を成さなかった。
 がしかし、形で無い声を声の主は、すくい取ったのだ。

 「どこだ?声は聞こえるのに。」

 アヴェイラは必死に叫んだ。
 今までにないチャンスだった。

 「ここです!ここにいます!助けてください!」

 アヴェイラは必死に叫び続けた。


 卓はまた夢の世界にやって来た。
 何だか変な感覚だ。
 今まではずっと前に進んでいることと、声が聞こえることしか無かった。
 だけど、今は自分の意思で、体を動かせた。
 自分の意思で、声を出すことができた。

 「アヴェイラ!」

 卓は夢の中の少女を、アヴェイラだと確信していた。
 恐らくだが、もう近くに来ているに違いない。

 「アヴェイラはここです!」

 急に頭の中に声が響いた。
 やはり少女の名前は、アヴェイラだったのだ。
 しかし、声は聞こえるのに、どこの方角から聞こえるのか分からない。

 「どこだ?声は聞こえるのに。」

 卓は耳を澄まして、アヴェイラの声を掴もうとした。
 
 「ここです!ここにいます!助けてください!」

 ん?なんだ?どこから聞こえる?
 そして、あることに気づいた。
 (俺の、頭の中から聞こえる。)

 
 卓は飛び起きた。
 そこは紛れもなく、自分の部屋だった。
 今度は起きても、夢をはっきり覚えている。
 まさか、自分の頭の中にいるのか?
 自分の妄想なのか?
 アヴェイラは架空の人物なのか?
 俺はアヴェイラのことを、救えないのか?
 
 「いいえ、あなたはしっかりと、私を救ってくれました。」
 「え?」

 急にどこかからか、声が聞こえた。
 今度は頭からではない。
 しっかりとどこかからか声が聞こえた。
 この部屋のどこかからか。

 「どこにいる?」
 「ここです。あなたの足元におります。」

 俺は驚いて下を向いた。
 すると、スマホの画面の中に、一人の少女が映っていた。
  


 
 
 
 
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