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火を恋う青蛾は焔に焼かれ
9話
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獅道は、日本橋の呉服店の前に立っていた。
堂々とした店構えで、そこが老舗だと一目でわかる。
獅道は普段着物を着る習慣がないため、その慣れない雰囲気に唇に銜えていた煙草を捨てると、汚れひとつない靴でギュッと踏みつけた。
店に入ると、土間が広く取られ上り框が大きく、その奥には畳が広がり華やかな振袖や留袖が飾られていた。
入り口に正座をし書き物をしていた着流しに羽織を着た男が顔を上げると、貼り付けた笑顔でいらっしゃいませと声を掛けるが、獅道の姿を見ると、キュッと眉を寄せた。
「‥どのようなご用向きでしょうか?」
楚々と近づいてきた男は丁寧だが、その声は冷たく獅道を排除しようとしているようだった。
「ああ、黒須要蔵さんに会いに来たんだが‥」
相手の態度など気にする風もなく、低く威圧するような声に、男の眉間の皴が更に深くなる。
探りを入れてくるような男の瞳に、獅道は眉ひとつ動かさず見据えていた。
「‥要蔵は、私ですが‥なにか?」
男がそう言うと、ようやく獅道の眉がピクリと動いた。
「ああ、お前が‥響の事で話があるんだが」
いかにも裏の世界の住人という出で立ちの男から、自分が捨て記憶すらも消してしまいたい息子の名が出てくるとは思わず、驚きのあまり次の言葉が出てこなかった。
「‥もう一度言おうか?黒須響の事で話がある‥」
再び言われた事で、正気に戻った要蔵は、相手の要件が何であるか分からないが、店先で騒ぎを起されたくないがために、平静を装った。
「‥失礼ですが、どちら様でいらっしゃいますか?」
「ああ、先にお前の息子の話がしたい」
睨みつけるように放たれたその言葉に、どうやら捨てた息子はとんでもない事をしでかしているのだと、要蔵は覚悟を決めるしかなかった。
「‥ここでは何ですから‥奥へどうぞ‥」
要蔵はそう言うと、近くにいた店員に奥へ行くからと目配せをし、獅道を促した。
上がり框で靴を脱ぎ、飾られている着物の脇を通る様に奥へと案内され、縁側のような廊下を進むと、左手には手入れの行き届いた和風の庭園が広がり、右手には部屋がいくつも並び、数人のお客が反物を肩にあて選んでいた。
要蔵は、脇を通る度にペコリと頭を下げ、奥へと進んでいく。
獅道は一番奥の部屋に通されると、置いてある座卓の前にある座布団に掛けるように促された。
上座にある座布団に獅道は胡坐をくむと、ポケットから煙草を取り出した。
「あっ‥申し訳ありませんが‥お煙草はお控えくださいませ。‥反物に匂いが付いてしまいますので‥」
丁寧な言葉で諭され、ああと返事をした獅道が煙草をしまう。
ススッと着物の擦れる音がして、歩いてきた廊下から着物姿の女性がお茶を持って来た。
女性はお茶を出すと、すぐに頭を下げ部屋を出て行き、その女性が出て行ったのを見計らったのように、要蔵が口を開いた。
「‥それで、お話とは何でしょうか?」
「ああ、響は‥今うちで預かっている‥」
出されたお茶に手を伸ばし、一口啜って口を開いた獅道に、冷静な返事が返ってきた。
「そうですか」
「‥それだけか?他に言う事はないのか?」
睨みつけるような鋭い獅道の瞳に、臆することなく要蔵は再び口を開いた。
「ええ、あれは私共が捨てたものです。どうぞ、お好きなようになさって下さい」
獅道の眉が再びピクリと上がる。
「好きに?‥あの火災の後、お前達は少しでも響を探そうとは思わなかったのか?」
地面を這うような声に、要蔵がビクッと肩を震わす。
「‥どうして、私共があれを探す必要があるのでしょう。すでに捨てたものと言いましたが‥」
獅道の顔に怒りが滲み出るが、それでも要蔵は響を捨てたものだと言い張る。
「‥少しも、響に情が無いと言うのか?」
「ええ、あれに向ける愛情も同情も持ち合わせておりません。あえて言うのなら‥嫌悪。‥‥または憎悪とでも言いましょうか‥」
「憎悪だと?」
座卓に置かれた獅道の拳が強く握りこまれた。
その拳にチラリと目をやった要蔵だが、その表情を変える事はない。
「ええ、そちらにあれが居るのなら、伝えて下さい。もう二度と、私達の前に現れないでくれと‥お願いします」
ゆっくりと丁寧な所作で、深々と頭を下げる。
「‥お前達は間違っている。何故そこまで我が子を憎む‥」
「もう、お話しする事はありません‥お引き取り下さい」
頭を下げ再び真っ直ぐ獅道を見据える要蔵の目には、何事にも変えれない強さと、冷酷さが入り混じっていた。
獅道はここまで我が子を無慈悲にも切り捨てる男に、これ以上言うべき言葉が無いと分かり、立ち上がった。
「それなら、響は俺が貰う」
最後にその一言を言い放ち、獅道はその場を後にした。
獅道が店から出て行くと、要蔵は女性の店員に塩を撒くように伝えた。
はい‥と返事をした女性が店先に出て行くと、代わりに背後から学生服を着た男が要蔵に近づく。
学生服を着ていると言う事は学生だろうが、身長も高く体付きも良い、鼻筋が通ったすっきりとした顔立ちの男だった。
「‥誰ですか?」
学生の男は獅道が奥の間から出てくるのを見ていた。
「蒼‥お前は知らないで良い事だ‥」
要蔵のその言葉に、蒼と呼ばれた学生は大きく肩を竦め、踵を返し奥へと入っていく。
その時、蒼の項に深く引き攣れたような火傷の痕が見えた。
堂々とした店構えで、そこが老舗だと一目でわかる。
獅道は普段着物を着る習慣がないため、その慣れない雰囲気に唇に銜えていた煙草を捨てると、汚れひとつない靴でギュッと踏みつけた。
店に入ると、土間が広く取られ上り框が大きく、その奥には畳が広がり華やかな振袖や留袖が飾られていた。
入り口に正座をし書き物をしていた着流しに羽織を着た男が顔を上げると、貼り付けた笑顔でいらっしゃいませと声を掛けるが、獅道の姿を見ると、キュッと眉を寄せた。
「‥どのようなご用向きでしょうか?」
楚々と近づいてきた男は丁寧だが、その声は冷たく獅道を排除しようとしているようだった。
「ああ、黒須要蔵さんに会いに来たんだが‥」
相手の態度など気にする風もなく、低く威圧するような声に、男の眉間の皴が更に深くなる。
探りを入れてくるような男の瞳に、獅道は眉ひとつ動かさず見据えていた。
「‥要蔵は、私ですが‥なにか?」
男がそう言うと、ようやく獅道の眉がピクリと動いた。
「ああ、お前が‥響の事で話があるんだが」
いかにも裏の世界の住人という出で立ちの男から、自分が捨て記憶すらも消してしまいたい息子の名が出てくるとは思わず、驚きのあまり次の言葉が出てこなかった。
「‥もう一度言おうか?黒須響の事で話がある‥」
再び言われた事で、正気に戻った要蔵は、相手の要件が何であるか分からないが、店先で騒ぎを起されたくないがために、平静を装った。
「‥失礼ですが、どちら様でいらっしゃいますか?」
「ああ、先にお前の息子の話がしたい」
睨みつけるように放たれたその言葉に、どうやら捨てた息子はとんでもない事をしでかしているのだと、要蔵は覚悟を決めるしかなかった。
「‥ここでは何ですから‥奥へどうぞ‥」
要蔵はそう言うと、近くにいた店員に奥へ行くからと目配せをし、獅道を促した。
上がり框で靴を脱ぎ、飾られている着物の脇を通る様に奥へと案内され、縁側のような廊下を進むと、左手には手入れの行き届いた和風の庭園が広がり、右手には部屋がいくつも並び、数人のお客が反物を肩にあて選んでいた。
要蔵は、脇を通る度にペコリと頭を下げ、奥へと進んでいく。
獅道は一番奥の部屋に通されると、置いてある座卓の前にある座布団に掛けるように促された。
上座にある座布団に獅道は胡坐をくむと、ポケットから煙草を取り出した。
「あっ‥申し訳ありませんが‥お煙草はお控えくださいませ。‥反物に匂いが付いてしまいますので‥」
丁寧な言葉で諭され、ああと返事をした獅道が煙草をしまう。
ススッと着物の擦れる音がして、歩いてきた廊下から着物姿の女性がお茶を持って来た。
女性はお茶を出すと、すぐに頭を下げ部屋を出て行き、その女性が出て行ったのを見計らったのように、要蔵が口を開いた。
「‥それで、お話とは何でしょうか?」
「ああ、響は‥今うちで預かっている‥」
出されたお茶に手を伸ばし、一口啜って口を開いた獅道に、冷静な返事が返ってきた。
「そうですか」
「‥それだけか?他に言う事はないのか?」
睨みつけるような鋭い獅道の瞳に、臆することなく要蔵は再び口を開いた。
「ええ、あれは私共が捨てたものです。どうぞ、お好きなようになさって下さい」
獅道の眉が再びピクリと上がる。
「好きに?‥あの火災の後、お前達は少しでも響を探そうとは思わなかったのか?」
地面を這うような声に、要蔵がビクッと肩を震わす。
「‥どうして、私共があれを探す必要があるのでしょう。すでに捨てたものと言いましたが‥」
獅道の顔に怒りが滲み出るが、それでも要蔵は響を捨てたものだと言い張る。
「‥少しも、響に情が無いと言うのか?」
「ええ、あれに向ける愛情も同情も持ち合わせておりません。あえて言うのなら‥嫌悪。‥‥または憎悪とでも言いましょうか‥」
「憎悪だと?」
座卓に置かれた獅道の拳が強く握りこまれた。
その拳にチラリと目をやった要蔵だが、その表情を変える事はない。
「ええ、そちらにあれが居るのなら、伝えて下さい。もう二度と、私達の前に現れないでくれと‥お願いします」
ゆっくりと丁寧な所作で、深々と頭を下げる。
「‥お前達は間違っている。何故そこまで我が子を憎む‥」
「もう、お話しする事はありません‥お引き取り下さい」
頭を下げ再び真っ直ぐ獅道を見据える要蔵の目には、何事にも変えれない強さと、冷酷さが入り混じっていた。
獅道はここまで我が子を無慈悲にも切り捨てる男に、これ以上言うべき言葉が無いと分かり、立ち上がった。
「それなら、響は俺が貰う」
最後にその一言を言い放ち、獅道はその場を後にした。
獅道が店から出て行くと、要蔵は女性の店員に塩を撒くように伝えた。
はい‥と返事をした女性が店先に出て行くと、代わりに背後から学生服を着た男が要蔵に近づく。
学生服を着ていると言う事は学生だろうが、身長も高く体付きも良い、鼻筋が通ったすっきりとした顔立ちの男だった。
「‥誰ですか?」
学生の男は獅道が奥の間から出てくるのを見ていた。
「蒼‥お前は知らないで良い事だ‥」
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